それから、アルの行きたかった民芸用品の置いてあるお店に立ち寄って、その土地で販売されている金属製の食器などを見た後に。
特に目的もなく、みんなで色々なお店をゆっくりと歩いて回っていると。
ふと、可愛いリボンなどの髪飾り用品や、女の子向けの雑貨などが置いてあるお店が目に入って、私は思わず、それらを視線で追ってしまう。
私が興味を示したことが、セオドアにはバレてしまったのか。
その場で足を止めてくれて……。
「姫さん、気になるんだろ……?
好きなだけ見ていいから、気になる場所があるんなら遠慮せずに言ってくれ」
と、声をかけてくれた。
「……ありがとう、セオドア」
ほわっと、柔らかい笑みを向けながら。
セオドアにお礼を伝えたあとで、私は目の前にあるお店の商品をゆっくりと見させて貰う。
最初は、女性向けの雑貨が置いてあるお店なだけなのかと思ったけど。
よくよく見たら、色々な国の物の雑貨などを取り扱っているお店みたいで。
壁飾りなのか、まあるい半円上の陶器から糸と紙のような物がぶらさがっており、それが風に揺られる度にチリン、チリンと鈴のような音を鳴らしている物とか。
この辺りではあまり見かけないような、一風変わった商品も沢山並んでいた。
「……それは、東の国の方では風鈴と呼ばれているものですね」
そういった商品に不思議そうな表情を浮かべながら、興味を示しているのを見てくれていたのか。
突然声がかかって、私は目の前へと意識を引き戻した。
「いらっしゃいませ、皇女様、皇太子様」
そうして、にこりと此方を見ながら、微笑んでくれた40代くらいの人に私はびっくりしてしまう。
【見た感じ……。どう見ても、この人は村人ではなくて、商人だよね……?】
さっき、村人達が私達を色々なお店に案内してくれた中にはいなかった筈だけど……。
――私達のこと、どうして分かったんだろう?
頭の中で疑問に思っていたことが顔に出てしまっていたのか。
目の前の商人さんが、ほんの少しだけ照れ笑いをしながら。
私達を見て、人差し指でぽりっと、頬を掻いたあとに……。
「いやぁ、先ほど友人でもある領主から、以前私が売った商品を、皇族の皆さまが今日のお祭りに着て下さっていると聞きましてねっ。
こんなにも、名誉なことはありません。……着物の着心地はどうですか?」
と、声をかけてくれた。
そこで初めて、彼が領主であるエリスのお父さんの知り合いの商人だということが分かって、私が目をパチパチとさせたあとで。
「あ、っ……。そうだったんですね……!
ドレスを着る時のような、コルセットもしていないのに……。
布を身体に巻いているだけで、しっかりと固定されていて、背筋も良くなるのが凄いと思いました。
それと、この“和柄”という東の国特有の独特の柄も素敵に感じます」
と、正直な感想を伝えれば。
私の言葉に、満足そうな表情をしながら。
「えぇ、本当に、そうですよねっ!
和柄のバリエーションの豊かさには、本当に目を見張るものがあるっ!
独自の文化で、発展してきているのでしょうっ。
東の国には本当に珍しくて、面白い物が沢山ありますので、興味が尽きないっ!」
と、はしゃいだように声に出してくれながら『見て下さい、ここにある自慢の商品達をっ!』と……。
私達にあれこれとお勧めしてくれるその姿を見て、何となくアルと凄く気が合いそうな人だなと思って、ほんわかしてしまう。
彼に勧められて、色々と販売している商品を見せて貰ったら。
珍しいものをコレクションしているのが好きだというだけあって、置いてある商品にあまり統合性は無い筈なのに。
ディスプレイが上手いこともあるのか、お店の中は、不思議と纏まりがあって。
更に、センスのあるような物が沢山並んでいるのが、私にも分かる。
色々な国を見て回っていて、良い物を沢山見てきているからこその、そのセンスは、アルだけではなくて、ジェルメールのデザイナーさんとも色々と話が弾みそうで。
今度彼女に紹介したら、二人の間で面白い案が出来るかもしれないなとも思ってしまった。
「いつも、この辺りで商売をしているんですか……?」
そうして、ほんの少し不躾かもしれないけれど。
王都で販売していたら、いち早く珍しい商品を取り入れたい貴族達から人気になっても可笑しくないのにな、と思いつつ。
気になって、聞いてみたら。
「いえ、私は基本的には世界中飛び回っておりますので。
普段、この辺りで商品を販売しているのは、息子の役目なんですよ。
一風変わった商品を取り扱うことも多いせいか、奇人変人呼ばわりでしてっ……!
こんなにも、素晴らしい作品ばかりなのに、量産出来ないものも多いですし、どうやら王都の人々からは、私の感覚は前衛的すぎるみたいで。
ここだと、友人の領地だということもあって、気兼ねなく販売出来ますからね」
そうして、にこやかにそう言われて。
私は“ほんの少し勿体ないな”と思いながらも、その言葉には納得することが出来て『そうなんですね』と声を出した。
それから、不意に思いついて……。
「あの、領主の夫人が作ってくれるクッキーを食べたことがありますか……?」
と、彼に向かって問いかけてみた。
私の言葉に
「えぇ、家内が大好物でしてっ!
私共にもよく作ってくれるので食べたことはありますよ。
時期によって使ってる野菜が違いますが、本当にどれも美味しいですよね」
と、答えてくれる商人さんを見ながら。
「あの、不躾かもしれないんですけど、領主の方には借金があるって聞きまして。
夫人が作ってくれたクッキーは、かなり日持ちもするみたいですし。
一度入ったら長く出てくることが出来ない、鉱山付近の冒険者さんにも販売してみたらどうかと思うんです……。
そのっ、鉱山近くで販売している商人さんたちにも、
と、声に出して、私は今思いついたことを、話してみる。
勿論、まだエリスのお母さんである夫人には、クッキーの販売自体をしてみてはどうかと聞いてもいないから、彼女の返答次第にもよる話だけど……。
一度食べて貰えればきっとその美味しさから評判を呼ぶことになると思う。
そうなったら、冒険者の人達はリピーターになって買ってくれるだろうし。
少しずつでもそう言う人達を増やしていけば、エリスのお父さんが抱えている借金の財政も多少は回復するかもしれない。
私の言葉に、暫くの間、鳩が豆鉄砲を食ったように、ぽかんと、驚いたような表情を浮かべた商人さんが。
ハッとしたような表情を浮かべたあとで、キラキラとした視線を私に向けて
「……それは、良いアイディアですねっ!
彼女の作るクッキーは、本当に美味しいので、日持ちもするとなれば購入してくれる冒険者は沢山いると思います。
友人が数年前に信頼していた人間から騙されてしまって、今、財政に困っているのは、私も知っていますし、私からも鉱山付近で販売している親しい商人仲間に販売して貰うよう、頼んでみましょう!」
と、声を出してくれた。
その言葉に、彼女の作るクッキーは普通に王都などで、販売してても可笑しくない物だと思っていたけれど。
現役の商人さんがお墨付きを出してくれたなら、間違い無く売れるだろうと、ホッとする。
日持ちも長いし。
伝手があるのなら、王都でも販売することが出来れば、絶対に爆発的な人気が出るだろうから。
そう言う意味でもジェルメールのデザイナーさんに、誰かカフェなどを営んでいる知り合いがいないか聞いてみてもいいかもしれない。
そっちは、リボンなども付けた袋に入れて販売するのが良いだろう。
手作りクッキーだから、欠けがあるような不揃いのものは冒険者の人に王都で販売するよりも安く販売して。
王都で売り出すものは“形が綺麗なもの”を、一日、個数を決めて限定などで売り出したりすれば。
新しいものや限定品などが好きな貴族からも、好感触だと思うし、プレミアが付けば、高値で販売することが出来る。
そうなったら、ほんの少しでもエリスの負担自体も軽くなるだろうから……。
今、パッと自分が思いついた案にしては、良策のような気がして。
「この後、夫人とお会いしたら、クッキーを販売して見るつもりはないか、早速伝えてみますねっ!」
と、私は目の前の商人さんに声をかけた。
私の言葉に、彼も……。
「えぇ、それが良いと思います……っ!
皇女様は商才がおありなんですねっ、私の秘書になって欲しいくらいです……!」
と、弾んだ声を出してくれる。
――それから
すっかり、この領地の借金のことに頭を悩ませていて、話が逸れてしまったけれど。
折角だから、私は当初の目的だった、髪飾りや女性向けに販売されている小物や雑貨なども見させて貰うことにした。
バレッタや、リボンだけではなくて、耳につけるイヤリングなど。
キラキラと綺麗にディスプレイして並んでいる商品に、自分が付けるものに関しては以前ほど興味を示さなくなってしまったけれど……。
それでも、見ているだけで楽しい気持ちになってくる。
その中でもパッと目を引いた、紺に近いような色合いのリボンが、ハーフアップをした時などに頭に付けるには、特に可愛いなと思ったけれど。
お兄様から用意して貰ったお金だし、あまり無駄遣いをすることは出来ない。
それに……。
【折角だし、私の物を買うよりも。
出来れば、今日ここに来ることが出来なかったローラにお土産を買って帰りたい】
という気持ちが湧いてきて、私は、目の前に飾ってある商品を吟味していく。
勿論、東の国関係の商品はこの辺りでは見ない様なデザインのものばかりなので、独特の装飾に一目で直ぐにそれだと分かるけれど。
それだけじゃなくて、様々な国の商品を取り扱っており、シュタインベルクとも割と近いような国の物も、品良く並べられている。
その中で、私が、パッと、目に付いたのはアンティーク調の装飾がされた手鏡だった。
普段から、メイドの仕事をするために、あまりお洒落をしていないローラだけど。
手鏡くらいなら、サッと髪の毛を直したりするのにも便利だし、持ち歩いてくれるかもしれない。
【うん、これにしよう……!】
と、心に決めて、1点物なのだろう、その手鏡を手に取ったあと。
ローラにだけ、プレゼントをしてると『他の人達もいるのに、あまり良く思われないかな……』と思い直した私は、その場で少し悩んでしまう。
折角だから、エリスにも、何か買って帰るつもりではいたんだけど。
今日、夫人から……。
エリスがそういった女の子が好むようなものには、全く興味が無いと教えて貰ったばかりだし。
それから、お兄様の侍女でもあるハンナやミラなども、今は私に付いてくれてお世話になっているのは確かだから。
ただ、みんなの好みが、ずっと傍に付いてくれているローラほど、きちんと分からないのと。
この手鏡は1点物だし、やっぱりお世話になっている度合いからも……。
どうしてもローラにプレゼントするものと、他の人達にあげるものとでは“ちょっと変えたいな”という気持ちが湧き出てしまって。
『うーん……』と、その場で一人、悩んでしまう。
「皇女様、何か、お困りでしょうか?」
私が困っている様子を見かねたのか、商人さんの方から問いかけられてしまって、パッと顔を上げる。
「あ、その……。
折角なので、知り合いの女性、数人にプレゼントをしたいんですけど、その人達の好みがあまり分からなくて……。
みんなに人気があるような商品とか、ありますか?」
そうして、商人さんに問いかけると、彼は少し悩んだ素振りを見せたあとで。
「ううむ、そうですね。
皆さんに対して、それぞれ個別に完全に違った物をプレゼントするという場合にはあまり当てはまりませんが。
同じもので良いのなら、此方のハンドクリームがオススメですよ」
と、声をかけてくれる。
手のひらで視線を誘導してくれた先にあるのは、香り付きのハンドクリームだった。
「この辺りでは売っていない、他国の珍しい物になりますし。
蜂蜜や、ミルクなども含まれた優しいクリームなので、女性達からは人気もあります。
中の成分は同じで、効能も一緒にはなってしまいますが。
入っている香油が別々で、香りが違うために何種類か出てるので、複数人へのプレゼントなら、差別化も出来ると思いますよ」
そうして、的確なアドバイスで、そう言って貰えたことで……。
私は、オススメして貰ったハンドクリームを手に取った。
彼の言う通り、香りは4種類も出ているみたいで。
レモン、オレンジ、ローズ、バニラ、の香りが付いた物で、エリス、ミラ、ハンナのそれぞれにあげるには充分すぎるものだった。
更に、このハンドクリームを買って帰って。
そこにさっきの“手鏡”を付けることで、いつもお世話になっている分、ローラだけ、特別感も出せるし……。
侍女でもある彼女達は、どうしても水仕事なども多くて手が荒れてしまいやすいから、下手な物をあげるよりも、ハンドクリームだと使って貰いやすいと思う。
凄く良い物を紹介して貰ったな、と内心で思いながら、一つ一つ手に取っていけば。
「良ければ、中の匂いを嗅いで下さっても構いませんよ」
と、商人さんからそう言われて、ハンドクリームの匂いを確認させて貰った。
――優しいバニラの香りはローラに。
何となく、エリスはレモンのようなイメージで。
ハンナはまだ若くて、元気いっぱいで、フレッシュな感じがするからオレンジに。
ミラは凄く大人な雰囲気があるからローズにしたら喜んでくれるかもしれない。
あれこれと、それぞれに合いそうな香りを考えながら、購入する物を決めて、手渡したあと、商人さんに別々に包んで貰う。
【思いの他、いい買い物が出来たなぁ……】
と、凄く嬉しくなりながら、渡された包みを手に持って私がほくほくしていると。
「おい、アンタ、この紺色のリボンを俺に売ってくれ」
「店主、このハンドクリームのバニラの香りの物をもう一つ頼む」
と、セオドアとお兄様から殆ど同時に、別々に声がかかって、私はきょとんとしながら二人を見つめてしまう。
同時に声をかけられた商人さんは、どっちに先に売ろうとセオドアとお兄様のことを交互に見ながら困惑した様子だったんだけど……。
それでも、それぞれに、無事に販売することが出来た商人さんから商品を受け取ったあと。
「アリス、さっきの手鏡とバニラの香りの付いたハンドクリームは、お前の一番信頼している侍女に宛てたものだろう?
同じ物にはなるが、こういうのは幾らあっても別に困らないものだからな。お前も使うといい」
と、お兄様が声をかけてくれて、商人さんから受け取ったハンドクリームを渡してくれた。
「あ……、お兄様……、ありがとうございます……っ。大切に、使わせて貰いますね」
そのことに、思わず目をパチパチとさせて、驚きながらもお礼を伝えていると。
その後ろから、セオドアが……。
「姫さん、さっきこれ、見てただろ?
本当は欲しい物があるのに、人様にばっかり気を遣って、お土産しか買わねぇんじゃ……。
折角、こういう所に来てんのに、勿体ねぇぞ。
頼むから、もっと、自分のことも甘やかしてやってくれ」
と、さらっと……。
私がさっき欲しかったけど、諦めたリボンを見てくれていたのか。
セオドアが、プレゼントをしてくれた。
……特に誰に何をプレゼントをするかなんて、言っていないのに。
お兄様は、私がプレゼントをしそうな人を予測して。
私とローラがお揃いになるようにと、同じ匂いのハンドクリームをプレゼントしてくれているし。
【何も言っていないのに、本当は欲しかった私の気持ち……】
――セオドアにはどうしてか、いつも分かって貰えて。
こうして紺色のリボンをプレゼントしてくれたことが、本当に嬉しくて。
口元を緩めて、ふにゃりと笑みを溢しながら。
「欲しかったことに気付いてくれてありがとう、セオドア。大事にするね」
と、声を出してから、二人に視線を向けて。
「二人からのプレゼント本当に凄く嬉しいですっ……!」
と、声を出せば。
二人とも、優しくて柔らかな笑みを私に向けてくれる。
「むぅ、なんだ、お前達はっ、そんなにも、仲良さげにしてっ、僕のことは仲間はずれか……!
僕は、人間の硬貨は持っていないから、アリスにプレゼントをするとしたら、こうやって、花の香りが一日持続する魔法くらいなものだなっ!」
それから、アルにそう声をかけられて、ふわっと何か暖かい魔法がかかったと思ったら。
優しい香りが私のことを包み込んでくれるような感じがして、思わずびっくりしながらも笑みを溢す。
「アル、素敵なプレゼント、ありがとう……」
「アルフレッド、なるべく人の多いところでは、魔法は使わないようにしてくれたら助かるんだが」
「ううむ……。だが、ウィリアム。
セオドアも含めてお前達だけ、アリスにプレゼントするのは狡いだろうっ……?
最初に、お前達がアリスに対してプレゼント大会を開催したのだぞっ!
僕だって、アリスに何かプレゼントをしたいっ!」
「あぁ、まぁ……。
姫さんから良い香りがしている所で、何かの香水でも使ってんのかと思われるのがオチだろ」
「いや、それは確かにそうなんだがな……。
アルフレッドの正体を知ってから、俺は正直な所、内心、気が気ではない。
アルフレッド一人のために、その身を求めて、国同士の対立や、争いの火種になってしまう可能性はどうしても捨てきれないからな。……慎重にだってなる」
「うんうん、お前の気持ちは僕にも分かるぞ、ウィリアム。
だが、そう、案ずるな。……例え僕の正体がどの国の人間に知られたとて、僕はアリスの傍から離れるつもりはない」
「お前、本当に分かっているのか……? まぁ、その、なんだ……。
その立ち回りについても、普段から気にしてくれているのは俺も分かっているし。
お前がそう言ってくれるのなら、心配はないんだろうが。
世の中、善人ばかりではないからな。……念には念を入れて気をつけてくれ」
「うむ、勿論だっ、任せておけっ!」
そうして、楽しそうな笑顔で胸を張るアルに。
どこか心配そうな表情をお兄様が向けているのが見えて、その気持ちは私にもほんの少しだけ理解することが出来る。
例え何が起ころうとも、アル自体は、自分の力でどうとでも出来ると思うけど。
それでも、基本的には善良で優しいアルは嘘がつけないタイプだから……。
人間のそう言った醜い争いなどに巻き込まれてしまった場合のことなども想像して。
お兄様は、国のことだけじゃなくて、アルや精霊のことなども含めてしっかりと考えてくれているのだろう。
アル自身も、自分の正体がもし広く知られてしまったら、一番の最優先としては精霊さん達のことを全力で守ることに心血を注ぐと思うけど。
それでもやっぱり、アルの正体は秘密に出来るなら誰にも知られない方が良いと思うし。
可能であるなら、今まで通り隠せる時は隠しておいた方が良いというお兄様の気持ちは痛いくらいに理解出来た。
私が頭の中であれこれと、考えていると……。
「あぁ、皇太子様、此方にいましたか……っ!
皆さんが探していた、アーサーの親戚が見つかりましたよ……っ!」
と、丁度いいタイミングで、エリスのお父さんが遠くから私達を見つけて駆け寄ってきてくれた。