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第252話 腐った林檎



 ヒューゴの言葉に、ベラさんは真っ直ぐ視線を向けて。


「アンタが納得するかどうかなんて関係ないわ。

 アタシの人生は、他の誰でも無い……、アタシが決めるものでしょう?」


 と、真剣な表情を浮かべながら、はっきりとした言葉で伝えてくる。


 その意思は、誰かの希望や願いなどが介入する余地もなく、どこまでも固いもので。


 きっと、その考えに至るまでも、色々な経験をしてきて……。


 それでもなお、彼女が、自分のことも含めて考えた答えなのだということを如実に表していた。


「……アタシはずっと、自身の髪色のことで、自分の人生にも関わらず、その決定権すら無い日々を送ってた。

 魔女になる前だって、この髪色の所為で自分の将来のことですら、その選択肢が限られてたんだから。

 今、アタシ自身が、“契約”として縛られている生き方をしていると言われたら、傍から見れば確かにそうなのかもしれないけれど。

 やっと、自分の人生を、自分で決めることが出来ているの……っ!

 魔女だっていう、最低最悪な制約がついても、尚よ?

 今までだったら、そんなことまず考えられなかったし、今が一番、生きていることの実感があるのだけは確かだわ」


 そうして、ベラさんから、改めて、そう伝えられたその一言に……。


 どうしても、言葉以上の重みがあるように、私は感じてしまう。


【魔女が世間で、どういう風な扱いをされるのか……】


 ――私だって、多少なりとも理解はしているつもりだ。


 それでも、私自身が皇女だという立場にいるせいで、見えてなかったことも沢山あったんだな、と痛感する。


【私自身、決してお世辞にも良い生活が出来ていたかと言われると、そうではないけれど……】


 私以外の皇族が食べる食事と比べてグレードを落とされたとしても。


 例え、私に仕えてくれる人が嫌々であろうとも、食べるのに困ったことはないし。


 お父様や、お母様から、ちゃんとした子供に対するような視線を向けられた記憶は無いけれど。


 それでも、物なども含めて、我が儘を言えば手に入るような状況だったから……。


 ――セオドアもそうだったけど、赤を持つ者に優しくないこの世界で生きて行く為には。


 職業や、生き方、自分の人生そのものの選択肢が極端に狭まってしまって……。


 自分たちの意思で自由に選ぶことすら、まともに出来ないのかと思うと、何だか悔しい気持ちが湧いてくる。


 例えば貴族のご令嬢なんかは、家を守る為に親の決めた結婚などをしなければいけない場合もあったりするし。


 自分の意思で将来を決めることが出来ない場合は、往々おうおうにして存在するけれど。


 これは、そう言った話ではなく、もっと根本的な“”だ。


 ベラさんが、本人の意思で今、自分の人生を決められていると言うのなら。


 彼女にとって、彼女の言う貴族との出逢いは本当にかけがえのない物だったのだろう。


 だけど、それは本当にたまたま幸運に恵まれた、というだけに過ぎない。


【本来なら、彼女自身が自分の能力を、文字通り買われて。

 誰かと契約を交わさなければいけないような状況が訪れることの方が、可笑しいと思わなければいけないだろう……】


 それだけ、魔女や赤を持つ者に対して。


 基本的な人権すらも尊重されることがなく、全く保障されていない世の中であるということを改めて、私自身、ひしひしと感じてしまう……。


 ――ふと……。


【それに、ほらっ、お姫様が王になる未来を見てみたいと一瞬でも思ったのは事実だよ。

 そうなったら、色んな人が救われる未来が来るかもしれないからねぇ……】


 前に教会で偶然会った時、ルーカスさんが言っていた言葉が頭を過った。


 


 あの時は、動揺もしていたけれど、まるで考えてもいない事だったし。


 あの時と同じように、今も、その考えは自分の中には全くと言っていいほどにあり得ないと言ってもいい。


 性格的にも能力的な面を考えても、ウィリアムお兄さまが、お父様の跡を継ぐのが一番良いと、私自身理解しているし。


 きっと……。


 お兄さまがお父様の跡を継いでくれた未来の方が、どう足掻いても私が王になるよりも、本当の意味で民のことを考えて政治を行ってくれるのだけは確かだと思う。


 だけど、あの時


【……それは、お兄さまでは、叶わない未来なんでしょうか……?】


 と、問いかけた私に。


【……殿下では、多分、叶わない、だろうなァ】


 と、遠い目をしたルーカスさんは……。


【うちの国はここ数十年の間に、急速に奴隷制度を撤廃してたり、差別的なものを無くそうと動いてはいるものの……。

 根本的なところで、差別が無くなってる訳じゃァ、ないでしょ?

 むしろ、そういうのはまだまだ、色濃く残っているのが当たり前な世の中だ】


 って、そんな風に、前置きをした上で。


【殿下がこの国で皇族としての誇り高い金を持っている以上、殿下はこっち側には絶対に来ないだろうね?

 ここの教会みたいに、赤色を持つものを保護したり、積極的に助けたりね。

 そういう施策は多分、表立って打ち出すことはしないんじゃないかなァ? 周囲からの反発も凄そうだしねぇ……】


 と、断言した物言いで声を出してきた。


 だけど、同時に……。


【あァ、でも一個だけ。

 殿下がそういう施策を将来するかも知れない可能性の芽は、ないことも、ないか。

 ……多分、あり得るとしたら……】


 と、何かを思いついた様子で、私を見ながらも……。


 けれど、その後、結局煙に巻かれてしまって、ルーカスさんが誤魔化すように口を閉ざしていたことも思い出す。


 あの時、ルーカスさんがどうして『お兄さまがそういう施策をするかもしれない』と思ったのか。


 その理由については、未だに謎のままだけど。


 私は、今のお兄さまなら。


 赤を持つ者である私に対しても心配して、色々なことを考えてくれるし。


 ベラさんだけじゃなく、シュタインベルク国内で、差別的な目に遭っている魔女や赤を持つ者に対して、根本的に何か救うことが出来るような方法を打ち出してくれるんじゃないかと……。


 期待も込めて、お兄さまの方へと視線を向ける。


「……あの、お兄さま。

 シュタインベルクだけでも、今後、赤を持つ者に対して差別や偏見を無くすような法案など、そういう物を通すことは出来ないんでしょうか……?」


 ベラさんも勿論そうだけど、今後、ベラさんのような思いをする人が出てしまうことを唯一、救える人間がいるのだとしたら……。


 それは、他の誰でもないだ。


 差別や、偏見などは、長い年月をかけて人々の心の中に染みこんでいるようなもので、直ぐに『完全に無くす』というのは、どう頑張っても不可能だろう。


 それでも、少しでもそう言う思いをしてしまう人が出てしまうようなことは、今後防げるんじゃ無いかと、お兄さまの方を見つめる私に。


「……っ、こ、皇女様……。

 アタシの為とか、魔女のために、そんな風にして貰わなくても……。

 アタシ達はこういう人生が当たり前で、もう、諦めちゃってますから……」


 と、少しだけ困ったような口調でベラさんからそう言われて、私はゆっくりとその言葉を否定するように首を横に振った。


「いえ……。その……、私も、魔女ですし。

 ベラさんの置かれていた境遇や気持ちについては、よく分かるんです。

 自分が能力を持った存在だということを、世間に公表するのにも凄く勇気がいることだし。

 きっと、ベラさんほどの大変な思いはしていないと思いますが。

 幼い頃から、髪色の所為で誰かから嫌悪されることも、日常的に差別の目に晒されてきたのは、私も一緒なので……」


 ふわっと口元を緩めながら、少しだけ微笑むと、ベラさんは驚いた表情を浮かべて、私のことを見てくれてから……。


「あ、ごめんなさいっ。……もしかして、さっき、アタシ、無神経なこと……?」


 と、声をかけてくれた。


 さっき、ベラさんが


【……っ、皇女様は、皇族っていう、特殊な立ち位置にいる方だから……。

 アタシみたいな……、そういう思いはあまりしたことが無いかもしれませんが】


 と、言ったことを気にかけてくれたのだろう。


「……いえっ! 別に何とも思っていませんし、大丈夫ですので、気にしないで下さい」


 私が、慌ててベラさんに向かって、その言葉に気にしないで欲しいと伝えていると。


「……アリス、お前の言いたいことはよく分かる。

 実際、奴隷制度の撤廃がされた際に、だという一文もしっかりと我が国の法には制定されている。

 ……だが、弱い立場にいる人間に対しては、未だに古い慣習に囚われていることは否定出来ない」


 と、ずっと私の横に立っていたお兄さまが私とベラさんを見ながら、説明してくれる。


「お父様が既に、そういった法案を……?」


 正直、奴隷制度が撤廃されたことは知っていたけど……。


 お父様がそういった法案を、一文としてでもねじ込んでいたということは知らなかったので、私は驚いてしまう。


「あぁ、父上が皇帝を継ぐよりも少し前に、前皇帝陛下と一緒に奴隷制度の撤廃をする際に、取り決めたそうだ。

 実際、父上の伴侶としてお前の母親がいずれ皇后になると取り決められて、婚約関係にあるということは広く知れ渡っていたし。

 赤色の髪を持つ人間が“この国の皇后”になる、というのは例え、前皇后様が生まれる前から取り決められた事とはいえ、国民や貴族の反発も多かったみたいだからな」


 そうして、お兄さまからそう言われて……。


 私はその言葉に、確かに、と納得してしまう。


 赤色の髪を持っていたお母様が皇后になる際に、反発の声が多かったというのは頷ける話だ。


 だけど、それに対して、お父様が周囲の声を黙らせるような法案を入れていたということは予想もしていないことだった。


 ――そう思うと


 お父様はやっぱり、お母様の事に関しても、一生懸命自分に出来る範囲で色々と考えてくれていたのだろう。


 だけど、それと同時に……。


「でも、それはあくまで、お母様のことを守る為の法案のようなものですよね……?」


 と、私はお兄さまに向かって問いかける。


 口に出したその言葉は、お母様のことや、お父様のことに関して。


 2人の子供としての立ち位置ではなく、自分でも意外なほどに広い視野で俯瞰することが出来ていて、どこまでも冷静なものだった。


「あぁ、そうだな。……だが、それが魔女や赤を持つ者への偏見を無くすための、小さな一歩だったことは間違いない。

 結局、誰も彼もが表面上ばかり取り繕っていい顔をして、中身はただの腐った林檎でしかなかったがな」


 そうして、私の方を見ながら、お兄さまが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべたことで。


 お兄さまが、“私”の今までの境遇のことを言ってくれているのだろうということは直ぐに理解することが出来た。


【A rotten apple spoils the barrel】


 ――たったひとつの腐った林檎が、樽の中の林檎の全てを腐らせる


 この世界で、割と古くからよく知られている、ことわざの一つだ。


 本来の意味では、たった一つの悪しきものが混ざるだけで、周囲に悪影響を及ぼしてしまうから、排除した方がいいという警告の意味で使われている言葉だけど。


 今、お兄さまの言っている言葉のニュアンスが、それとは少し異っているということは私にも感じ取れる。


 赤を持つ私達に対して。


 誰が一番最初にそういう風にしてきたのかは分からないし。


 ことわざのように、じわりと、一個の悪が周囲に伝染するように広がってではなく、それは最初から私達に関わる人、だったのかもしれないけれど。


 表面上は、いい顔をして近づいてきて、私とお母様以外の皇族に対しては上手く取り繕いながら、本心では認めていないから雑な扱いをする。


 ということは、私もそうだったのだから、もしかしたらお母様もそうだったのかもしれない、と……。


 どうしても考えてしまう。


 お母様とは普段から殆ど一緒に過ごしていなかったから。


 病気を理由に、皇宮でも殆ど皇后宮で暮らすことだけが大半だったお母様が……。


 今まで、どういった環境に置かれていたのかは、私には想像することでしか推し量れないし、実際の所に関しては分からないけれど。


 それでも、お母様がお父様と婚姻する際に、反発や難色を示すような声も沢山あったのだとしたら。


 きっと、皇宮にいる侍女達も、私と同様にお母様に対していい顔はしなかったんじゃないだろうか……。


 元々、お母様自体、公爵のとして身分が高いから表立っては酷いことをされたりはしなかったかもしれないけど。


「……皇宮ですら、そんな状況だ。

 1人がどれだけ、声を張って、一生懸命になろうとも……。

 人の認識も何もかもを、変えるのにはそれこそ膨大な時間がかかってしまう」


 そうして、お兄さまからそう言われたことに、私自身納得してしまった。


 私が赤を持って生まれてきたことは、隠しようがない事実ではあるけれど。


 私自身、自分が魔女であるということを、ごく一部の人間にしか伝えていないのも。


 お兄さまが、自分の目のことをひた隠しにしていたことに関しても……。


 それらを全て包み隠さずに世間に話してしまった際に。


 悪い方へと影響が出てしまうだろうということを、他の誰でも無く自分たちが一番理解しているからに他ならない。


「だからこそ、父上も……。

 その全てを“今生きる人間”ではなく、“未来に生きる人間”の為に、じっくりと腰を据えてより良い国に向かうよう、努力している」


「……皇太子様っ、ソイツは、結局、俺等みたいな人間は救われねぇってことですかい?

 未来って、一体、いつの話なんですかねぇっ……?

 その時、コイツはもう、生きていないかもしれないんですよっ!

 ベラに最新の医療を施すようなことは、出来ないんですかっ!?」


 一国の主としては確かにお父様のやり方は正しい在り方なんだろう。


 だけど、それで、今目の前で苦しんでいる人を見捨てているのだと捉えられてしまったのだろう。


 お兄さまの言葉に、ヒューゴが食ってかかると……。


「俺だって本来なら、助けてやりたい気持ちはある……っ!」


 と、珍しくお兄さまが大きな声を出してヒューゴに対して真剣な表情を浮かべていることに私はびっくりしてしまう。


【一瞬だけ、お兄さまの瞳がちらっと、私の方をみたような気がしたんだけど、私の気のせいだったのかな……?】


 お兄さまの瞳はヒューゴを真っ直ぐに見つめていて……。


「……だが、現状、俺たちに出来ることには限度がある。

 今は、これから先の未来に生まれてくる人間の為にどういう風に変えて行くのかを、考えることくらいしか出来ない。

 魔女や赤を持つ者へのきちんとした人権が尊重されるような法案が可決されるとしても、正規の手順を踏めば、それこそ、俺たちだけではなく、国を担っている貴族達にも話を通さなければいけないし。

 どんなに早く事が進んでも2,3年はかかる話だ。

 世間的な目のことも考えれば、恐らく、スムーズに事が運ぶ状況はあり得ないだろうから、実際にはもっと時間がかかってしまうだろう。

 少なくとも、今、能力を使用して、殆ど寿命が無くなってしまっている人間を救う手立ては俺たちにはない」


 そうして、お兄さまがほんの少しだけ唇を噛みしめた後で、私達にも分かるように今の状況を噛み砕いて詳しく説明してくれると、ヒューゴが『……っ!』と、顔を歪めて。


 お兄さまに、更に何か、言い募ろうと口を開きかけた、瞬間。


「ちょっと、ヒューゴっ! 皇太子様にあたるのはやめなよっ! みっともないっ!」 


 と、ベッドで仰向けに横になっていたベラさんが、上半身を起こして、ヒューゴの服を掴んで止めてくれる。


 途端……。


 ベラさんの口からぼたぼたと、また血が溢れ落ちて。


「ベラ……っ!」


 と、悲痛な声を出し慌てるヒューゴの事を視界の端に入れながら。


 私は咄嗟に、近くにあったタオルをベラさんの口元に持って行く。


「……っ、ベラさん、どうか、無理はしないで下さい……っ」


「……っ、あぁ、こう、じょ様、大丈夫です……っ、ありがとう……ございます」


 私の言葉に、力なく声を出すベラさんの言葉は震えていて。


 その姿に……。


 私はきゅっと、押し潰されそうな程に、胸が痛むような思いがしてくる。


「アル、ちょっとでも、癒やしの魔法を使って、ベラさんのことを今日いっぱいでも癒やしてあげることは、出来ない、かな……?」


「うむ、問題ない。……それくらいなら僕に任せろ。

 だが、ベラよ、お前が今後も能力を使うのだというのなら、どんなに僕が今癒やしの力を使っても、これ以上更に寿命は縮まっていく一方だぞ……?」


 そうして、心配する私とアルの視線を受けて、ベラさんがにこりと此方に向かって笑みを溢してくれながら。


「……えぇ、勿論。

 アタシも覚悟の上で能力を使ってるので、それに関しては何も問題ありません……。

 だけど、もしも、アタシや皇女様が差別の目に晒されて……生きるしかなかった、その世界が、アタシ達にとって、生きやすいものに、なるのだとしたら……。

 その世界をアタシは見られないかもしれないですけど、実現、して欲しいなぁ、とは、思ってます」


 と、声に出してそう伝えてくれて、私はその言葉に、真剣な表情を浮かべたあとでこくりと頷いてベラさんの方を見つめた。


「私も……っ。

 ベラさんのように、こんなに、大変な思いをしている人達のことを、そのままにしておく訳には、いかないと思ってます」


 それでも、格好よく……。


 ――必ず、そうする


 とは、どうしても言えなかった。


 私達がどんなに、差別の目に晒されているような人達のことを思って、心を砕いても。


 世間の足並みが揃わなければ、決して1人や2人、私達の考えに賛同してくれるだけでは、どうやっても、実現不可能なことであると私自身が痛いほどに分かっているからだ。


 ……だけど、その事を叶えるために一生懸命に努力する事は出来る。


【そういう意味では、私が魔女であるということを世間に公表したりするのはどうだろう……?】


 多分、きっと、今よりももっと、私に対する世間の目は風当たりも強く、厳しい物になってしまうと思うけれど。


 それでも私が矢面に立つことで。


 この国の皇女が魔女なのだと、皆に知ってもらった方が、彼女達、或いは赤を持つ者たちに対して救うための活動もしやすくなるだろう。


 そう言う意味では、私を支持してくれるような貴族も何もかもが圧倒的に足りていない状況だから……。


 まずは、後ろ盾になってくれたり、賛同者になってくれるような人を増やすことから始めなければいけないし、やらなければいけないことは沢山ある。


 1人じゃ考えつかないことも、沢山の人が集まれば、私達では思いつかなかったような良いアイディアを出してくれるかもしれない。


【そうなったら、もしかしたら、ベラさんのことを助ける方法も……】


 ――広い世界の中では、どこかに希望の芽は残されているかもしれない


 私が内心で、ベラさんのことや、これからのことも含めて考えていると……。


 今まで、私達に気を遣って、元気なことを装って話してくれていたからか。


 無理が祟って、限界が来てしまったのかもしれない。


 ごほっ、ごほっ、と更に血を吐いて……。


 目の前で、苦しそうに咳き込むベラさんの背中をゆっくりとさすりながら。


「ヒューゴ、もう少しこの家に汚れていないタオルがあったら持ってきてくれますか?」


 と、ヒューゴに声をかける。


 私の言葉に、ハッとしたような表情をしながらもヒューゴはこくりと頷いた後で寝室から出て行ってくれた。


【私もいつか、ベラさんのように、能力を使い続けたらこんな風になることもあるんだろうな……】


 今のベラさんは、いつか来るかも知れない自分の未来、そのものだ。


 触れた物を凍らせることの出来る能力というのは、かなり大きい部類に入る能力なんだろう……。


 寿命がもう少しで無くなってしまうということもあるから、その身体が大変な状態だというのは勿論そうなんだけど。


 私自身、時を操る能力だから、アル曰く世界に干渉する能力で反動は大きいと聞いていたけれど……。


 ベラさんが能力を使った時に訪れる反動も、かなり大きいものに違いはなさそうだった。


【もしも、もう少し早くベラさんに出会えていたら……】


 私自身は、より詳細に自分の能力をコントロールするために練習する方法をアルから教えて貰っているから、ベラさんだってそういった練習をすれば……。


 ――もっと、長生き出来たかも知れないのに……。


 と、悔しい気持ちが湧いてきたのと同時に。


 ふと、思いついて……。


 私は、目の前にいる、アルとベラさんの方を真っ直ぐに見つめてしまった……。


 もしも……。


 もしも、私が……。


【この世界ではなく、“”して、その時間を巻き戻したら、本来使っている筈の魔女の能力による命の消耗は、一体、どうなってしまうんだろう……?】




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