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第251話 彼女が能力を使う理由



 シーンと静まり返ってしまった室内の中で。


 ヒューゴが『そんな……っ!』と悲痛な面持ちで声を出したのとは対称的に、ベッドで横になって話を聞いていた、ベラさんだけは……。


 まるで自分の状態をきちんと把握しているかのように酷く落ち着き払っていた。


「……アル、ベラさんと契約出来る子が傍についても、その……、どうにもならないっ、のかな……?」


 精霊は、生涯の契約主に生きるかてを貰う代わりに、常に自分の契約した魔女の傍について、能力で傷ついた魔女を癒してくれる。


 私も、能力を使用した時、直ぐにアルが癒やしの魔法を使ってくれているのと。


 日頃から、常に、例えば私が眠っている時などにも。


 契約の証でもある、この赤色のブレスレットを通して。


 アルがゆっくりと私のことを癒やしてくれているということは理解している。


 前者は、精霊ならどの子でも、誰に対しも出来ることだけど。


 後者は、その精霊と契約した魔女だけが受け取れる恩恵のようなものだ。


 私がアルに、そう聞けば……。


 アルが難しい表情を浮かべたまま。


「うむ、僕たちは自分と波長が合う人間を癒やす時が一番、その真価を発揮するが。

 例えベラと波長がぴったりと合う子供の力を借りても、どうにもならぬだろう。

 ただ悪戯に、ベラの寿命に合わせて子供たちの命も直ぐに奪われるようなことになってしまうだけだ。

 それほどまでに、傷ついてしまった魂は悲鳴を上げている」


 と、説明してくれた。


 、という現実だけを突きつけられて、ベラさんのことを考えて落ち込む私に。


 私達の会話の遣り取りが理解出来なかったヒューゴが、私とアルに『一体、どういうことなんですかい?』と問いかけるような視線を向けてきた。


 そこで、私はお兄さまやみんなに視線を向けて、ヒューゴやベラさんに事情をきちんと説明しても良いかの確認を取る。


 私が魔女だということも、ヒューゴやベラさんはもう知ってしまっているし……。


 アルが精霊であるということも、きちんと説明しておいた方がスムーズだろう。


 彼らがそのことを知っても、きっと誰かに故意に話したりするようなことはないはずだし。


 元々、ここに来る目的は、ベラさんに古の森に来て貰って。


【精霊と契約して貰えたら……】


 ということも含まれていたから。


 どっちみち説明をすることが出来るのなら、2人に説明しておいた方がいいとは思っていた。


「……お兄さま……」


 念の為、同意を得るために視線を向けた私に、お兄さまを含め、セオドアやアルがこくりと頷いてくれたのを確認して。


 私は、アルが精霊であることと。


 精霊が魔女に生きる糧を貰う代わりに、魔女の事を癒やしてくれる存在であること。


 契約を交わしてお互いに助け合えるパートナーになってくれることなど。


 精霊と魔女の関係について、簡単にだけど、ヒューゴとベラさんに説明する。


 私の話に2人は驚いた様子だったけれど、今一、精霊という存在にピンと来ていないヒューゴとは正反対に。


 アルに癒やしの魔法を使って貰ったベラさんは、私の説明に納得したみたいだった。


 アルに魔法を使って貰って、身体が軽くなる感覚は、私達にしか分からないことだけど……。


 一度、癒やしの力を受けると、本当に随分楽になるし。


 鉛のように重たかった身体が普段とは違う状態になるということを、今、ベラさん自身が体感しているからこそ、だろう。


「確かにそれは、有り難い申し出ではあるけど。

 少年の言うとおり。……自分の残りの命が少ないって分かってて、寿命を共にする精霊に来て貰うようなことは、アタシには出来ない」


 そうして、私達に向かって微笑みながらも、きっぱりとそう言ってくるベラさんに。


 ヒューゴが……。


「……っ、! そ、それでも、お前が少しでも楽になるんなら、ちょっとの間でも精霊に来て貰うことは……っ?

 そ、そのっ、アルフレッド様……っ! 契約しないで済むんなら、精霊を派遣して貰うことは不可能なんでしょうかっ!?」


 と、声を出して、アルに問いかけてくる。


「うむ、昔のように自然が豊かな状況だったのなら、それも可能だったかもしれぬが。

 今は、基本的に魔女との契約をしていない子供たちは、自由に外を歩き回るようなことは出来ぬのだ。

 精霊と魔女同士、契約しないのであれば、難しい問題であろうな」


 そうして……。


 その言葉を聞きながら、少しだけ困ったような表情をしつつ。


 けれど、アルは包み隠すようなこともなく、ヒューゴに精霊達の状況もしっかりと伝えてくれる。


 どこか突き放すようにも聞こえる無機質なアルの言葉は、けれどどこまでも真摯的に、出来ることと、出来ないことの線引きをしているのが分かって、私は俯いてしまう。


【特にアルは、昔、魔女と契約した精霊さん達と、突然連絡が途絶えてしまって辛い状況を経験している】


 どうにかして、ベラさんのことを助けてあげたいと思う気持ちと同等に、精霊さん達や、アルのことを思うと迂闊に契約して欲しいとは到底、言えなくて……。


 他に何か出来ることや、方法などが無いかと頭の中を必死に巡らせてみたけれど。


 アルや精霊さん達にも解決することが出来ないものを、直ぐに、私の頭の中で思いつく訳もなくて……。


 何も出来ないという無力感と、もどかしさだけが私の胸の中にじわりと広がっていく。


「ねぇ、少年。……一つだけ、聞いてもいい、かな?

 アタシが“そんな状況”だとしたら、もう既に“寝たきり”の状態になってしまっている子を、精霊の力で救うことは不可能……?」


 そして、私があれこれと、悩んでいる間に……。


 ベラさんが、アルに向かって冷静に問いかけてくるのが聞こえて来て、私は顔を上げた。


「うむ、お前の状態ですら、既に手の施しようがないと言えるのだ。

 寝たきりになっている魔女を救うことは、現実的に考えても更に不可能だと思ってくれていい」


「そっか。……教えてくれて、ありがと」


 アルの、ハッキリとした物言いに。


 ほんの少しだけ悲しみの色を濃くしたような表情を浮かべたあとで。


 その全てを切り替えたように、ベラさんが此方に向かって、にこっと笑みを溢してくる。


「ちょっとちょっと、みんなっ、何て顔をしてるのよ……っ!

 ねっ、? 皇女様も、そんな悲しそうな表情、しないでくださいっ!

 見ても分かる通り、アタシはまだまだ、元気なんだから」


 そうして、明るくそう言われたことで『気を遣わせてしまったな……』と、思いながら自分の態度に反省していると……。


 瞬間、ドン、っという大きな音がして。


 私は思わず、びっくりしてそちらに視線を向ける。


 見れば、ヒューゴが怒ったような表情を浮かべながら、室内の壁を怒りに任せたかのように思いっきり叩いていた。


「……信じられないっ!

 ちょっと、アンタ、何考えてんのよっ! うちの壁がへこむでしょうがっ!」


 それに対して、頬を膨らませ、どこまでもおどけたような口調ながら、ぷんすかと怒るような視線をヒューゴに向けたベラさんに。


「ベラ……! お前、そんな状態で、どうしてそうもっ! おどけて、巫山戯ふざけていられるんだよっ!

 って言われているのと、一緒なんだぞっ!

 それで、また自分の命を削って、契約を交わしてるからって貴族の役に立つ為に今日も能力を使ってっ!

 一体、それがって言うんだっ!!」


 ぎりっと唇を噛みしめた後で声に出す、ヒューゴの瞳はどこまでも真剣で……。


 真っ直ぐにベラさんのことを見つめる鋭い視線は、ベラさんに使と、ただ伝えるようなもので……。


 一方で、ベラさんはヒューゴの言葉に動揺したように一度だけ『……っ』と、小さく息を呑んでから。


「能力を好きに使うのはアタシの勝手でしょうが……っ!

 そのことで、アンタにとやかく言われる筋合いなんて無いわよ」


 と……。


 それでも、自分の意思を曲げることはないというように。


 ヒューゴに対して真っ直ぐな視線を向け直しているのが見えて、私は2人の様子をはらはらと見守るしか出来ない。


【ベラさんが、命を削って、能力を使用しているのには何か“ちゃんとした理由”があるんじゃないかな……?】


 私も、大切な人達や、誰かを助ける為になら、自分の能力は使うと決めているし。


 自分の命を削ることに関しては、どちらかというのならベラさん側だから、2人のその様子に、何とも言えなくて、もどかしいけれど……。


 ベラさんの言葉を聞いて、更に怒ったような表情を浮かべるヒューゴを見て。


「あの……っ、ベラさん。

 もしかして、能力を使うのに、ただ、貴族と契約している以上に、何か理由があるんじゃないですか……?

 私達にはその理由を話して頂くことは出来ませんか……?」


 と、私は、そっとベラさんに向かって問いかけるように声を出した。


 私が2人の会話に割って入ったことで、それまで一方的に怒っていたヒューゴも。


 少しだけ虚を衝かれたような顔をして、怒っていた表情をほんの少しだけ気まずそうなものへと変化させるのが見えて、内心でホッとする。


「……ううん、これはアタシの問題だから。

 契約のこともありますし、例え、皇女様であろうとも詳しく話すことは出来ないです。……ごめんなさい」


 そうして、ベラさんからそう言われて、ちゃんとした理由について話して貰えなかったことにほんの少し落ち込みながらも……。


 人には話したくないことも当然あるから、仕方ないと思いつつ『そうですか……』と声を出して、ベラさんのその言葉を受け入れる。


「……でもっ、アタシには、自分の命よりも大切なものがあるって事だけは確かです」


 だけど、その後で……。


 補足するようにベラさんからそう言って貰えて、私は真っ直ぐにベラさんの事を見つめた。


 ベラさんのその口調も、表情も何もかもが、力強いもので……。


 その言葉には嘘偽りなど、全くないのだろうということが私からも窺えて。


「……っ、皇女様は、皇族っていう、特殊な立ち場にいる方だから……。

 アタシみたいな……、そういう思いは、あまりしたことが無いかもしれませんが。

 アタシはこの髪色の所為で、昔から周囲から認めて貰えず、結構酷い目にも遭わされてきたんです。

 勿論、ヒューゴや、アーサーみたいなアタシを心配してくれる人間に会えたことは、アタシにとっては恵まれた環境だったと思います。

 でも、アタシが魔女だって判明した時、殆ど助けてくれるような人間はいなかった。

 それどころか、それまで仲良くしてた村人にまで手のひらを返されて……っ!

 アーサーと、少数の人間だけが手助けしてくれたって、生きていくには、あまりにもどうにもならない現実があるだけだったんです」


 そうして、今まで朗らかな雰囲気だったベラさんの表情が一変して。


 ――どこか悲痛にも感じられるような、その言葉には。


 私も共感出来て、頷けるようなことも沢山あった。


 自分の髪色の所為で差別され、周囲からどんな風に思われて生きてこなければいけなかったのか。


 セオドアや、アル、ローラ、ロイ、それからお兄さまなど、私の事を心配してくれる人達に出逢えたことがどれほど私の心の救いになったのか……。


 彼女の口から語られる言葉、一つ、一つが自分の境遇とも重なることがあって……。


 ベラさんの言葉に、真剣な表情を浮かべながらこくりと頷いて、話の続きを促せば……。


「アタシに目をつけて契約を交わした貴族は、そもそも魔女については嫌悪感を抱いているような人だったそうです。

 赤を持つ者とは“必要以上に関わりたくない”からと、その正体は、今もアタシには分かりません。

 いつも、その人の使者だっていう、抑揚のない喋り方をする無機質な男と事務的に遣り取りをすることしか無かったので……。

 アタシが、契約を交わしたのは少しでも生きのびる為で。

 アタシの境遇を見て、家を建てたり、生活に必要な物資を毎月届けられる、その代わりに必要な時に呼び出されて、その能力を使うことを強制されてました」


 と、言葉が返ってくる。


「矛盾しているかもしれないけど、生きる為に能力を使うしか、アタシには方法がなかったっ。

 だけど、ある日、その偉い人の紹介で、アタシと今関わってくれている貴族に引き合わされてからは、アタシの人生は、本当に良い方向へと変化したんです。

 アタシが生活するのに不便は無いか、困っていることは無いかと、何かと気遣って貰えるようになって……。

 魔女だからって、余所余所しくなって、村人達からも人扱いして貰えないようになってたアタシの無機質だった生活が、誰かから頼られることで、温かで、本当に鮮やかなものに変わっていって。

 だから、アタシは本気で彼らの役に立ちたいって思ってる。……例え、それで、この命を削ることになろうとも」


 そうして、ベラさんから……。


 どうして能力を使っているのかなどの、細かい所の事情まではぼかして教えて貰えないながらも。


 しっかりと話を聞かせて貰ったことで、ベラさんが今関わっている貴族に、凄く恩を感じていることは、私にも理解出来た。


 この世に赤を持って生まれた人間は、ただ一般の人とは違うというそれだけのことで、人々から敬遠されて、どうしても孤独になってしまいがちだ。


 アーサーやヒューゴがブランシュ村からいなくなってしまい、気兼ねなく話せる同年代の友人のような存在も失ってしまって。


 それこそ、独りぼっちになってしまった所。


 自分の能力を頼りにされて、優しく接してくれるような貴族と関わることで、ベラさんの抱えていたその寂しさのようなものも埋まっていったのかもしれない。


 ヒューゴから話を聞いただけで。


 ここに来るまでの間は、ベラさんが殆ど契約を交わして。


 その能力を使うことを色々と大変な状況にあると思い込んでいたから、何か自分にも役に立つようなことがあるかもしれないと思っていたけれど。


 彼女が、そもそも今関わっている貴族と離れる気がないのだとしたら、無理に引き剥がすようなことも出来ない。


 ほんの少しでもその命を大事にしてもらうために。


 例えば、私の従者とかそういう形で、ベラさんに皇宮に来て貰ってアルの治療を受けたりするのはどうかとか、考えつかなかった訳じゃないけど。


 この感じだと、そういった提案もベラさんからは拒否されてしまうだけだろう。


【ベラさんが能力を使用することで、救われている人がいるのなら……】


 ――そして、それを本人が覚悟をした上で能力を使って、自分の命よりも大切なものがある、と言い切れるのなら。


 私自身、ベラさんのその思いや、決意、それから心情などに関して。


 が、あまりにも共感出来て、理解出来すぎてしまうがために……。


 ヒューゴのように、これ以上、自分の為に能力を使わないで欲しいと、ベラさんの事を止めるようなことは出来ないと思ってしまう。


「……っ、ベラさん……」


【これ以上、私に出来るようなことは、本当に何も残されていないのだろうか……?】


 どうしたら、ベラさん本人にとっても、ヒューゴや周りの人達にとっても一番良い方法になるのだろうと頭を悩ませながら、考えていると。


「それでも、俺は、お前がこの先、寝たきりになってしまうって分かってて。

 まだ、能力を使うつもりでいるのを、認めることは出来ない……っ!」


 という、ヒューゴの言葉が、この部屋の中に大きく響いた。



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