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第247話 黄金の薔薇と薬作り



 あれから。


 昨日、夜遅くに帰ったあと、休まずにずっと私のことを待ってくれていたローラや、お兄さまの侍女であるミラやハンナに。


 あれよあれよという間に、何故か手厚くお風呂に入れて貰って。


 ここ数日、温かいお湯とタオルで身体を拭くだけの生活だったことから、身も心も解放された私は。


 洞窟の中という慣れない状況に疲れてしまっていたのか、ふかふかのベッドの中で、泥のように眠ってしまった。


 幸い、事情を知らないミラやハンナには、私が慣れない洞窟で数日間過ごしたことによる疲労が蓄積した結果なのだと思われたみたいだけど。


 ローラは、セオドアか、アルに私が能力を使ったと、事情を聞いてしまったのか……。


 朝、目が覚めた時にはもの凄く心配されてしまって。


 みんなから『今日はゆっくり休んだ方がいいんじゃないか』と、言われてしまったんだけど。


 幸い、昨日一日も、そこまで動かずにみんなに甘やかして貰ったお蔭で、身体はそこまで酷い状態じゃなくて。


 私は、朝早くにお兄さまとアルと一緒に皇族の別荘にある食卓でシェフの作ってくれたご飯を食べてから……。


 出かける準備をしてみんなと一緒に馬車に乗って、ブランシュ村までやってきていた。


「皇太子様、おはようございます……っ!」


「行方不明になっているアーサーのことを、心配して探して下さっているのだとか。

 勘違いしていて、本当に申し訳ありませんでしたっ……」


 私達がブランシュ村に着くと。


 あんなにも余所余所しかった村人達の態度が、今日は一転して、丁寧に挨拶をして貰えて、凄くにこやかな雰囲気になっていて、びっくりする。


 ヒューゴが、その辺り、上手いこと村人達に説明してくれると言ってくれていたけれど。


 私達が、こうして好意的に受け入れられるようになったということは……。


 それだけヒューゴが、ブランシュ村の人達から信頼されるくらい、人徳がある証拠なのだろう。


「私共に分かることがあるのなら、何でも聞いて下さい」


 村人の中でも、色々と情報を知っていそうな年配の人達が、こぞって声をかけてくれることからも……。


 アーサーの情報は、今日一日でしっかりと集まりそうでホッとする。


「あぁ、皇太子様達、おはようございます」


 お兄さまが、ブランシュ村の人達への対応をしてくれている間。


 洞窟に入るための冒険者としての格好から、随分とラフな格好になったヒューゴが、私達を見つけて、声を出しながら、此方に歩いて向かってきてくれるのが見えた。


 ヒューゴが、私達に合流してくれると。


「うむ、では、早速、二手に分かれよう。

 セオドアとウィリアムは村人達からアーサーの手がかりになりそうな情報を聞く。

 アリスは僕と一緒にヒューゴと薬作りをするのを手伝ってくれ」


 と、アルが改めてみんなに向かって声をかけてくれる。


 今日の朝、食事の席で、お兄さまとも少しだけ話し合ったんだけど。


 子供にだと、大人はあまり大した情報を教えてくれないかもしれないという可能性も考慮して。


 私とアルはヒューゴの薬作りの方を手伝うことになっていた。


 ――ただ、本当は、話し合いなんかをしなくても。


 アルは自分しか知らないその知識で、ヒューゴと薬作りをするというのは、昨日の段階で決定していたし。


 朝の話し合いは、多分、私の体調のことも考えてくれて。


 私が“楽そうな方”をあえて配慮して、みんながそう言ってくれたんじゃないかな、っていう事はいなめないんだけど……。


「それじゃぁ、皇女様、アルフレッド様、行きましょうか」


 口を大きく緩ませて、快活な笑みを溢しながらヒューゴにそう言われて、私とアルはお兄さまや、セオドアと分かれてヒューゴの後を付いていく。


 冒険者でこの村に永住している訳ではないヒューゴは、普段はブランシュ村の外れにある宿屋に宿泊しているらしいのだけど。


 知り合いの村人から、おうちを借りてくれたみたいで……。


 私達は、その村人さんの家に一緒に行くことになった。


「あら、あら、待ってたわ! ヒューゴの坊ちゃんいらっしゃいっ。

 ……まぁっ、話には聞いていましたが、本当に小さくて可愛らしいお客様達だこと」


「……オイオイ、俺はもう30代だぞ。おばさん、いい加減、坊ちゃんはよしてくれっ……!」


 村人さんのお家に着くと、恰幅の良い年配の女性が、ヒューゴに対して声をかけながら、私達に向かって朗らかな笑みを向けてくれる。


【この人が、この家の家主なんだろうか……?】


 内心で、そう思いながらもぺこりと、お辞儀をすれば。


「ごめんなさいね……。

 皇太子様と一緒に来られているということは、皇女様と、貴族の方なんですよね?

 こんな村で暮らしているせいで、碌な学もなくて、ちゃんとした敬語もままならず……。

 私ったら、失礼な事をしてしまっていたら、どうしましょうっ……」


 と、不安そうな表情を浮かべながら、先に謝られてしまった。


 どこか大らかで、まるで、嫌味がないその対応に、私は首を横に振り。


「いえ、私もアルも言葉遣いなどは特に気にしないので、どうか、喋りやすい言葉で会話をして頂けると嬉しいです」


 と、声をかける。


 私の言葉に、ふわっと、柔和に笑みを溢しながら、『助かります』と声をかけてきたその人は。


 少し、こうして話をしただけで、ヒューゴとは馴染みの深い間柄だという事が窺えた。


 ヒューゴが小さい頃にブランシュ村に住んでいたことがあると言っていたから、その時から付き合いがある人なのだろう。


 そうして……。


「玄関で、立ち話も何ですからどうぞお入り下さい」


 と、声をかけてもらって。


 私達が家の中に入ると、『至る所が古びてしまって、簡素な台所で恥ずかしいのですが……』と言われながらも。


 居間と繋がっている、きちんと手入れのされたキッチンに案内して貰えた。


 村にあるお家だから、そこまで大きな調理台がある訳ではなく、広さも狭いもので。


 確かに、長年使われてきて、道具などに関しては古びてしまっているけれど。


 それでも、こうして、キッチン用具を見れば、一目で、それらが今まで凄く大事に手入れされて使われてきていたのだろう、ということが私にも理解出来た。


 それから……。


「私にはこれくらいのことしか、お手伝い出来ませんが。どうぞ、ご自由にお使い下さい」


 と、言われて。


 直ぐにさっと、この場所から離れてくれたその女性の対応に、有り難いなぁ、と思いながらも。


 子供が来るということは事前にヒューゴから聞いて知ってくれていたのか。


 調理台の前に、踏み台に出来る椅子を用意してくれていた。


 そこに立たせて貰って、腕まくりをしたあとで、手を綺麗に洗い。


 私は、アルの指導の元、必要な道具を近くに置いてあった棚の中から遠慮無く取りだしていく。


 お鍋にボウル、それから、すり鉢と、すりこぎ。


【これだけ見ると、薬を作るというよりは、今から料理をするのだと言われても可笑しくないくらいだなぁ……】


 と、内心で思いながらも。


 手際よく準備を進めていると。


 ヒューゴが、昨日採取したばかりの、黄金の薔薇と、商人から購入してきてくれたらしい蜂蜜を取り出してくれる。


 材料が全て揃った所で……。


「……それで、アルフレッド様。

 ここから、俺たちはどうしたらいいんでしょうか?」


 と、ヒューゴがアルに聞いてくれると。


「ふむ、ヒューゴはまず、湯を沸かす所からだな。

 洞窟内で、商人から購入して残っていた綺麗な水を今日、持ってきている。

 それを、大体そうだな。……鍋のこの辺りにまで入れて、湯を沸かしてくれるか?」


 と、アルが的確にヒューゴに向かって指示を出してくれた。


「アル、その間、私はどうすれば良いのかな?」


 そうして、アルに言われた通りに、鍋にお水を入れて動き始めてくれたヒューゴのことを見ながら、私が問いかければ。


「うむ、アリスは、黄金の薔薇の花びらを一枚ずつ取って、それをヒューゴが持ってきた蜂蜜に漬けておいてくれ。

 それから、茎の部分と、葉っぱの部分を丁寧に分けて取って……。

 棘は使用しないのでな。それに関しては、取り除いてくれると助かる」


 と、指示を出して貰えた。


 頷いて、アルの言う通りに、黄金の薔薇の花と、茎と、葉っぱに分けて取ってから。


 ボウルの中に、蜂蜜を入れた後で、花びらを一枚一枚、浸していき、茎に付いている棘を一つ一つ、丁寧に取り除いていく。


 一つ一つの作業はかなり簡単で、そこまで苦になるような物でも無い。


 私が黄金の薔薇を、それぞれの部位に分けて行く傍らで、アルが黄金の薔薇の茎をすり鉢に入れてすりこぎで潰していくのが見えた。


 ――それから、一体どれくらい経っただろうか。


 私が2本分の黄金の薔薇を丁寧に、区分けしたのが終わってから数分ほど経って、ヒューゴが


「お二人とも、鍋の湯が沸きましたぜ」


 と、声をかけてくれた。


 それを見て、アルが


「うむ、やはり、こういった場所だと、火の調整をするのが難しいな。

 今のままだと、少し火力が強すぎるから、ゆるめるとしよう」


 と、声を出しながら、手をかざして、んだと思う……。


 ぽわぽわと、水の“玉”のようなものが、空中に浮かんで、そっと鍋を温めていた火の元へと飛んでいけば。


 目の前で燃え盛っていた火の勢いが、ほんの少し緩まったことを私は感じていた。


「……あー、っ……。

 やっぱそのっ、なんつうかアルフレッド様って、男の子だけどっ、なんですかねぇ……?

 しかも、雷に水っていう複数の能力を持っていて、かつ、能力の反動、とか……全く出ないタイプなんでしょう、か……?」


 それを見て、戸惑ったような表情を浮かべたヒューゴが、此方に向かってそう問いかけてきたことに。


 否定することも出来ず、私はこくりと、頷いてそれを肯定する。


「……あ、えっと、その……。はい、……そう、なんです」


 それでも、言葉を濁すことになったのは、アルが能力者ではなく、精霊という、もっと大きい存在であることの、上手い説明が見つからなかったからだった。


「……能力者なのに、反動が出ないなんてこと有り得るんですかい……? ソイツは一体、どうやって……っ!」


 そうして、興味津々というよりも、思わず、知りたいことを続けて聞いたと言うような感じで此方に向かって声を出してくれたヒューゴに。


 アルの事を、どう説明したらいいものなのかと私が悩んでいたら……。


「うむ、僕は正確に言うのなら、魔女とは少し異なる存在だ。……だから、能力の反動も僕にはない」


 と、アルがはっきりと、ヒューゴに説明してくれた。


 ――ここ数日の間しか一緒に過ごしていないけれど。


 ヒューゴのことは信用出来ると私も思っているし、どうせバレてしまったのなら、自分の事に関しても言っておいた方が何かと都合がいいと判断してくれたのだろう。


 ヒューゴはアルの言葉を聞いて『……魔女とは異なる、存在』と、少しだけ落ち込んだように声を出した後で、今度は私の方を向いて。


 聞いていいのか、一瞬だけ悩んだような素振りを見せてから……。


「……そのっ、ずっと気になっていたんですが……。

 でしたら、皇女様も、魔女なんでしょうか……?」


 と、問いかけてきた。


 まさか、ヒューゴにそんな質問をされるとは思ってもみなかった私は……。


 思わず、驚いて、ぱちぱちと、目を瞬かせてしまう。


 洞窟での一件や、今も含めて。


 ヒューゴ自身が、アルの雷の魔法や、水の魔法をこうして目にしているから、アルが能力者や、それに近しいような存在なんじゃないかと、判断するのは理解出来る。


 でも、私の能力は“時を操る”というもので。


 あくまでもアルやセオドア、それからお兄さまみたいに私と親しい関係で。


 なおかつ、特別に魔力量の高い“ノクスの民”とか、そういった存在でないと、基本的に認識されるようなことはない。


【どうして私が、魔女であることがヒューゴに分かってしまったんだろう……?】


 と、凄く不思議に思いながら、ヒューゴの方をまじまじと見てしまった私は。


 何も言わなくても、それが答えなのだと、ヒューゴに教えてしまっているような物だった。


「……あ、あの……っ。

 はい、そうなんですけど……。でも、どうして……?」


 困惑しながらも、ヒューゴに対してそう伝えれば『やっぱり……!』という表情を浮かべながら。


「でしたら、俺達に判断出来なかっただけで、皇女様はアンドリューを助けるために熊の攻撃を何かしらの能力で避けたってことなんですよね……?

 それから、俺らが熊たちから逃げている間に、アンドリューにナイフを頬に押し当てられて捕まっちまう前も」


 と、声を出してくる。


 思わず、自分が能力を使った瞬間について、そこまで詳細にバレてしまっていることに、困惑しながらも。


 同意することしか出来ずに、素直に、こくり、と頷けば。


 険しい表情を浮かべつつ……。


「安心して下さい、俺はこのことを誰かに言うつもりはありません。

 ……ただ、“”って思っちまっただけで」


 という謎めいた言葉が返ってきて……。


 私は更に首を横に傾げた。


……って、一体、どういう意味なんだろう……?】


 ヒューゴの瞳は私を見ているようで、どこか私を通して“”を見ているようなもので。


 そこに混じったほんの少しの憐憫れんびんと、自分は何もしてやれないと悔いるような視線に。


 ――もしかして、ヒューゴは私以外にも、“魔女”を知っているのかな?


 と、思ってしまう。


 もしも、そうなのだとしたら……。


【その人は、一体、どんな能力を持っていて、どんな雰囲気の人なんだろう……?】


 思ってもみない所で、生まれて初めて、私以外の魔女がこの世に存在していて、もしかしたらその人に会えるかもしれないということに。


 はやるような気持ちが抑えきれずに、知りたい気持ちばかりがふくらんでいく。


「……っ、ヒューゴ……もしかして……」


 私が、ヒューゴに対して、更に詳しい情報が聞きたいと、魔女について問いかけるような言葉を出しかけた瞬間だった。


「アリス、そろそろ蜂蜜に浸した黄金の薔薇の花びらを鍋に入れてくれ」


 と、アルから声がかかってハッとする。


 ――大事な薬を作っているのに、別な所に気が逸れてしまっていたら問題だよね。


 アルの説明を聞いていたら、温度や手順なども含めて決して手は抜けなさそうだったし。


 取りあえず、今は、黄金の薔薇から薬を作ることに専念した方がいいのだけは確かで……。


 私は、ヒューゴの知り合いに魔女がいる可能性と、その人を紹介して貰えないかということを頭の中で考えつつも。


 アルの言葉にこくりと頷いた後で、蜂蜜に漬けていた黄金の薔薇の花びらを一枚一枚、指で取りながら、お鍋の中にそっと落とした。



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