あれから、私はみんなが提案してくれたように。
お昼まで休ませて貰ったあと、セオドアに抱えて貰って無事に洞窟の入り口まで戻ってきていた。
既に、空は暗く、月明かりに照らされ、星が
洞窟の入り口付近には、商人達がテントを張り、活発に商いを営んでいるのが確認出来た。
完全に洞窟の外に出た後で……。
今まで私を抱きかかえてくれていた、セオドアに降ろしてもらうと。
何人か、物々しい雰囲気を醸しだしながら、憲兵と思われるこの地域の管轄をしている騎士が数人待っているのが見える。
【多分、各洞窟小屋付近にいる、冒険者ギルドの職員さん達に伝達されて。
アンドリュー達が犯した罪については、私達が出てくるよりも、早く外に伝わっていたのだろう】
6つ目の洞窟小屋にいた人達は、商人達も含めて、食料を熊さん達にあげたことで、食料不足になっており、みんな私達と同様に鉱石を採掘するのを中止して、一緒に引き返してきていた。
今回の件で、6つ目の洞窟小屋から更に奥に、どんな野生生物が生息しているのか読めないということからも……。
暫くは、5つ目の洞窟小屋までしか入れないように規制して。
そこから先には、進めないように対応をしてくれるみたいだった。
これからは、熊さん達のことも含めて、野生生物とも……。
なるべく同じ自然を共有する者同士、どうにかして共存出来るような道を探すことが出来ないかと配慮してくれるみたい。
その言葉を聞いて、アルが。
【お団子のレシピを、誰にでも使えるよう無償で渡すのはどうか】
と、提案してくれたのだけど……。
その辺りは、お兄さまが、無償で誰もがそのレシピを使えるようになってしまったら。
悪い人達が、毛皮が高く売れるような動物たちを“違法”で、乱獲してしまうような可能性も出てきてしまい。
著しく生態系を壊してしまう恐れがあり、悪用された時に問題がある、と……。
――
その作り方については口外することなく、国が適切に管理して……。
まずは試験的に、各地のギルドに緊急時に使うためだけに置いていた方がいいだろう、と説明してくれて、アルが提示してくれた案は一先ず却下されてしまった。
アル特製のお団子は、あくまで、人間と野生生物との距離感を保ちながら、彼らと共存する為に使うべきものであり。
お団子を食べて大人しくなった動物たちを、人間が不用意に狩ってしまうような事があったら、それこそ、本末転倒になってしまう。
そういったことへの対応をどうするべきか。
皇宮に帰ってから、早急にお父様と相談し、法改正の検討をしなければならないだろう、と、声をかけてくれたお兄さまを見て。
【そこまで考えて動いてくれているお兄さまは、本当に凄いなぁ……】
と、頭の中で考える。
アルのお団子が何かに悪用されてしまうことまでは思いついたとしても、私だったらきっと、それがどういった範囲で悪用されるのかという懸念を想像することも。
そこからどうすれば良いのかという対策も……。
お兄さまが直ぐに提案してくれたようには思いつかなかっただろう。
私に懐いてくれた熊さんも含めて、あの子達の縄張りが不当に奪われてしまうようなことがなく。
人間と、野生生物が適切な距離感を保ちながら、これから先も穏やかな生活が出来ればいいと、心の底からそう思う。
それから……。
冒険者ギルドの職員さんが、この場に立っていた騎士達に目配せすると。
アンドリューも含めて、サムや、肩を怪我していた冒険者がいたパーティーのメンバーは全員、その場で地方を管轄している憲兵に引き渡された。
事前に、憲兵の人達がギルドの職員さんから、どういう風に伝達されていたのか分からないけれど。
縄で自分たちの身体が縛られる間も、特に抵抗するようなこともなく大人しく捕まったアンドリュー達を見てほんの少し驚いた様子だった。
――これから彼らは、罠を投げて周囲の人を故意に危険に晒した罪を償うことになる。
冒険者ギルドの職員さんが代表して、その罪について詳しく説明してくれている間も。
アンドリューも、サムも、肩を怪我していた冒険者の人も、とても捕まった人とは思えない程に、どこか、さっぱりとしたような、清々しい雰囲気をしていて。
その瞳はどこまでも穏やかなもので。
ちゃんと真っ直ぐに、前だけを見て……。
自分たちの犯した罪をしっかりと反省し、償っていこうとしているのが傍目からも伝わってきて、私はホッと一安心する。
ここ数日の間に、色々なことがあったけど、彼らはきっともう、大丈夫だろう。
「皇女様、その……っ。……何から何まで、本当にありがとうございました……っ!」
「はい。……サムも、アンドリューも、皆さんも、しっかりと罪を償って、これから頑張って生きて下さいね」
サムに声をかけられて、ふわっと笑みを溢した私に。
アンドリューも含めて、捕まった冒険者の人達が……。
次々に私たちに『ありがとうございました』と声をかけてくれて、ペコッとお辞儀をしてくる。
騎士の人に急かされるように、その背中をぽんぽんと叩かれて。
歩き出した彼らの姿を穏やかな気持ちで見送って“本当に良かったな”と思いながら、ホッと安堵していたら。
「いやぁ……それにしても本当に大変な3日間でしたね……っ!」
と、ヒューゴが此方に向かってドッと疲れたように声をかけてきた。
私がその言葉に『本当に……』と、声を出してこくりと頷いて肯定するよりも先に。
「あぁ。……それより、お前、報酬の件、忘れてねぇよな?」
と、セオドアからヒューゴに向かって問いかけるような言葉が返ってきて。
そう言えば……。
ここ数日間、あまりにも濃い出来事が起こった所為で、忘れかけていたけれど。
本来の目的は、ヒューゴの黄金の薔薇探しを手伝うのと引き換えに……。
私達が何をしに来たのか分からず、疑心暗鬼になってしまって心を閉ざしてしまった村人達に私達と会話をするよう取り持って貰って。
アーサーの情報を教えて貰うんだった、と、私は思い出していた。
確かヒューゴは、私達に酒場で声をかけてきてくれた段階で、アーサーの行方について心当たりがありそうな雰囲気だったんだよね。
特に話を弾ませる訳でもなく、あっさりと結論から入るというセオドアらしいやり方に。
「……えぇ、勿論、覚えてますってばっ!
けどっ、護衛の兄さん。……あんなことがあったんだから、そこは、ちょっと感傷に浸るとか、ほらっ。
もっとっ、そういうの、ないんですかい……?」
と、ヒューゴが困ったように問いかければ、
「……生憎、俺は情緒なんざ、欠片も持ち合わせてねぇんでな。
それに出来るだけ、無駄な話に時間を割くよりも、直ぐに姫さんのことを休ませてやりたい」
セオドアが私のことを気にかけて、そう言ってくれたのだという事が分かって。
「あ……っ、セオドア、心配してくれて本当にありがとう。……でも、私なら大丈夫。
今日も結局、一日中、ずっとセオドアに甘やかされて抱っこして貰ってたから、洞窟の中を自力で歩いてもいないし、ベッドで休ませて貰ったお蔭で、むしろ体力も有り余ってるくらいだよ……?」
と、私は慌てて、セオドアを見上げて声を出した。
能力の反動の所為もあって、本当にみんなの気遣いに甘えて……。
お昼まで、洞窟小屋のベッドの上を占領し、お部屋の中でゆっくりと休ませて貰ったし。
結局ずっと、移動の間中、セオドアに抱っこして貰っていたことで、洞窟の中を歩いてすらいない私は……。
ここまで来るのにも、みんなの疲れに比べたら、1人だけ、本当に楽な思いをさせて貰っていたと思う。
「……あー、いや、まぁ、そうですよねぇ」
――だけど、何故か。
一斉に私の方へと向いたみんなの視線も、その反応も。
あまり、私の意見に同意してくれるようなものじゃなく。
セオドアの言葉を聞きながら、どこか険しいような、難しい表情を浮かべたアルとお兄さまに。
ヒューゴが全てを理解して納得したような素振りで、1人だけうんうん、と頷いたあとで。
「明日の朝一番に、村人達には、俺から上手いこと話をつけておきます。
それと、アーサーが頼れそうな場所については、アーサーの母方の親戚が住んでいる村には俺も心当たりがあるんでね。
ここからそこまで遠い村じゃねぇが、結構、入り組んでて、分かりにくい所にあるんで……。
地図も含めて明日、お渡しすることを約束しましょう。
お昼頃にブランシュ村で落ち合うということで、構いませんか?」
と、声をかけてくれた。
「あぁ、それでいい。
似た様な地形の村も多いし、森への入り口を一本でも間違えると、全然別の場所に着く可能性もあるからな。……地図も貰えるのなら、助かる」
そうして、ヒューゴの言葉にお兄さまがそう言ってくれると。
自信満々な表情を浮かべたヒューゴが、お任せ下さいと、ドンと胸を張るのが見えた。
何となく、この場は、これでお開きな雰囲気が漂い始めたため。
ヒューゴに『また明日も宜しくお願いします』と声をかけようと、私が口を開きかけた瞬間……。
「……ふむ、ヒューゴよ。
それより、お前、黄金の薔薇を手に入れたのは良いが、黄金の薔薇から
と……。
アルが、ふと疑問に思ったのか、ヒューゴに向かって問いかけるように聞いてくれた。
「……え、っ!? い、いやぁ、ソイツは、そのっ……!
材料を、ただ単に鍋に入れてグツグツと水で煮詰めたりするだけ、とかじゃ無いんですかいっ!?」
そうして、まるで思ってもみないことを聞かれたのか、虚を衝かれたかのように動揺し、慌てたように声を出してくるヒューゴに。
「ううむ……。何となくお前は、僕に似て、大雑把な所があるような気がしたのでな。
念の為に、聞いておいて正解だった。
そんなもので、薬が出来るのだとしたら、医者や、専門的な知識を持つ人間など、この世に必要ないであろう?」
と、至極真っ当な事を、どこか呆れたような口調でそう言いながら。
「黄金の薔薇一本分に対して、水は、一体どれくらい入れる予定なのだ?
薬草の持っている成分が飛ばぬよう火にかける温度はどれくらい気をつけねばならぬ? ……時間はおおよそ、どれくらい煮詰めれば良いと思う?
黄金の薔薇は人が飲むには苦すぎるが故に、飲みやすいように少しだけ蜂蜜を入れねばならぬが、その分量はきちんと把握しているのか……?」
ヒューゴに向かって、畳みかけるように声に出して。
あれこれと問いかけてくるアルの言葉を聞いて、ヒューゴが絶望したような表情を浮かべた後で。
『う、嘘でしょう……っ!』と、声を出しながら、その場に
「く、薬を作るのって、そっ、そんなにも、大変なものだったんですかいっ……?
そ、それじゃぁっ、とてもじゃないが、俺一人でどうにか出来るようなものじゃ……っ!」
その表情は、『黄金の薔薇を入手するだけじゃ、あまりにも色々な知識が足りていなかった……』と。
後悔して、どうすれば良いのかとがっくりと項垂れて、思いっきり悲しみに暮れるようなもので。
ヒューゴのその姿が、あまりにも不憫で、可哀想すぎて……。
思わず、私達はみんなで顔を見合わせた。
「アル……。
ヒューゴが黄金の薔薇で薬を作るのに、協力してあげることは出来ないのかな……?」
「うむ、出来ぬことはないし、僕もそうしてやりたいのは山々だがな。
ウィリアム……、僕達に今、残されている時間はどれくらいあるのだ?」
アルと一緒に会話をしたあとで、お兄さまの方へと二人して視線を向ければ。
「……まぁ、確かに。
ここまで手伝っておいて、肝心の薬が作れないって言われたんじゃ。
折角、黄金の薔薇を手に入れた意味がねぇもんな」
と、私達の会話を援護するように、セオドアが苦笑しながら声に出してくれた後で。
『どうするんだ?』という視線をお兄さまに向けてくれた。
そうして、私とアルの期待するような視線を一身に浴びて、少しだけ悩んだ素振りを見せていたお兄さまが。
『……はぁ』と、小さく溜息を溢したあとで。
「仕方がない、ここまで乗りかかった船だ。……その責任は、最後まで俺が持ってやる。
どうせ、明日一日は、ブランシュ村で村人達から話を聞くだけで終わってしまうだろうし。
薬自体が明日一日で出来上がるものならば、お前たちがヒューゴに付き合うのは別に構わない」
と、譲歩するように声を出してくれた。
その言葉が嬉しくて、思わず私が口元を緩めながら、アルに視線を向けると。
アルも嬉しそうに、満足気な笑みを浮かべてくれて。
暫くお互いに、にこにことした遣り取りを視線だけで交わし合う。
口では、仕方が無いと言っているけれど。
お兄さまは本当は優しい人だし、内心ではきっと、ヒューゴの事を助けたいと思ってくれたに違いない。
満場一致で、私達がヒューゴに対してどうにかしてあげたくて。
黄金の薔薇から薬を作るのにアルが協力してくれるという方向に向けて、遣り取りをしていると。
さっきまで、
「こ、皇女様っ……、アルフレッド様っ! 皇太子さま~っ! 護衛の兄さんっ!
あ、有り
と、雄叫びのような声をあげながら、一番近くにいたお兄さまの方に向かって。
ガバッと、友情の証のように抱きつこうとしたのが私からも見えた。
「オイ、やめろ、暑苦しい! 近づくなっ! ……どさくさに紛れて、鼻水を付けようとするんじゃないっ!」
そうして、咄嗟のことで逃げ切れずにヒューゴに捕まってしまって、わちゃわちゃと、ヒューゴに、揉みくちゃにされながら。
珍しく、思いっきり眉を顰めて困ったような表情を浮かべ……。
「オイ、お前もそこで見てないで、ちょっとは俺のことを助けろよ……っ!」
と、セオドアに助けを求めたお兄さまに。
「……いや。
俺は姫さんの騎士だから、アンタのことを助けるのはどう考えても無理だ。……諦めてくれ」
と、至って真剣な表情を浮かべたセオドアから。
――どうしてか、無情な一言が返ってきて。
ヒューゴに揉みくちゃにされながらも、お兄様がセオドアに向かって更に怒ったような表情を浮かべれば。
「いやいや、皆さん、恥ずかしいからって、遠慮なんかしなくてもいいんですよっ……!
護衛の兄さんにも、ほらっ! 俺からの熱い感謝の友情ハグをっ……!」
と、標的を変えたヒューゴが、今度はセオドアの方へと向かって来て。
それにセオドアが眉を寄せ、思いっきり嫌そうな表情を浮かべて逃げるという……。
この場が、
因みに、私とアルは
ヒューゴみたいに、そこそこ体格のいい人が抱きつくのは『力加減的にも良くない』と判断してくれたのか……。
ひとしきり、お兄さまとセオドアのことを熱い感情をぶつけるために、追い回したあとで。
感激しっぱなしの、ヒューゴに……。
「あぁ、本当にありがとうございます、お二方っ!
黄金の薔薇を採取しに行くのに手伝って貰えただけじゃなくて、薬を作るのにまで協力して貰えるなんて……っ!」
と、感謝されて、ぎゅっと手を握られるだけですんだ。
私は、ただ単にアルに手伝って貰えないかと協力を仰いだだけで。
ヒューゴに、こんな風に感謝される程のことは出来ていないと思うんだけど……。
それでも、ヒューゴがこんなにも嬉しそうな表情を見せていることには良かったなぁ、と思う。
アルが協力してくれるのなら、きっと薬作りに関しても失敗するようなことはないだろう。
ヒューゴの大切な人がどんな人なのかは分からないけれど。
【黄金の薔薇から作った薬で、少しでも身体の具合が楽になってくれればいいな……】
と、思いながら。
「アルが薬を作ってくれるならきっと、大丈夫です。
早く、ヒューゴの大切な人に薬を飲ませてあげて、少しでもその身体が楽になってくれればいいですね」
と、私はふわり、と笑みを溢して。
此方に向かって、お礼を伝えてくるヒューゴに向かって言葉を出した。
――ただ、それだけの事だったのだけど。
ヒューゴは私の方を見て、『はいっ!』と、本当に嬉しそうに、少し照れくさいような笑顔を浮かべてから……。
何故か、ハッとしたような表情を見せながら、深刻に眉を寄せ、私の方を心配するような瞳になった後で……。
「えぇ、皇女様……。そのっ、皇女様は……っ、……」
と、何かを言いかけて。
少しだけ悩んだような素振りを見せた後で、そのまま口を噤んでしまった。
「ヒューゴ……?」
「いえ、何でもありません。……どうか、気にしないで下さい」
その雰囲気から『私に何か、伝えたいことがあったのかな……?』と思って、気にはなったものの。
私が顔を上げて、まじまじとヒューゴの方を見た時には。
その表情も何もかもが、綺麗さっぱり無くなっていて。
穏やかな物へと変化して、いつもの人懐っこいような表情を浮かべるヒューゴに戻っていた。
そうして、にかっ、と口を大きく開けて、快活な笑みを溢したヒューゴが私達の方を見て。
「本当なら、酒場で、宴みたいなものを開いて、俺から皆さんに感謝の気持ちを込めて一杯奢りたかったが……っ!
皇女様の体調のこともありますし、皆さんももう、帰るんでしょう? ……明日またお会いしましょう!」
と、声をかけてくれれば。
結局、ヒューゴが私に何を言いたかったのかは分からず仕舞いで……。
私は、私の体調を心配してくれたみんなに促され。
ブランシュ村の片隅に停車して、私達のことを迎えに来てくれていた皇族の馬車へと乗り込んで帰路につくことになった。