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第244話 謝罪



 お兄さまが私達のいる部屋から出て、外へと繋がる扉のある方へと向かってくれると。


「……?」


 ほんの少しだけ、扉の外から口論のような遣り取り、というか……。


 一方的な、お兄さまの怒ったような声が聞こえてきて、私は首を傾げる。


 ――


 とか、ここからじゃ、聞こえにくいけれど。


 多分、そういったたぐいの言葉が聞こえてきて、不思議に思いつつも。


 お兄さまのその声に、何があったのかと。


 どうしてか、アルやセオドア、そしてヒューゴまでが、外に出ていってしまったため、ぽつん、とその場に一人、取り残されてしまった私は。


 ほんの少しその場で待ってみたものの、一向に帰ってくる気配のないみんなに、一体、何があったんだろう、と思いながら。


 自分の身体に力を入れて、ゆっくりとみんながいる方へと向かうためにベッドから降りた。


 ――ギィ、っと。


 扉を開けて、ひょっこり、顔を出して、玄関の方を見れば。


 入り口に、冒険者ギルドの職員さんと、サム、私達とはあまり関わりがなかった冒険者の2人組。


 それからいつの間に起きて部屋から出てきていたのか、私の部屋を使って休んでいた怪我をしていた冒険者の人……。


 そして、アンドリューが立っていて、思わずびっくりしてしまう。


 1日で、少し、というか……。


 かなり、やつれたような顔をしていたアンドリューは……。


 けれど、私達と関わっていた時のように、殺伐としたような、剣呑けんのんとしていたような雰囲気からは考えられないくらい、まるで憑き物が落ちたかのようなそんな表情をしていて。


【みんな揃って、こんな朝早くにどうしたんだろう……?】


 と、思いながらも。


「セオドア……、お兄さま……?」


 と、声をかければ。


 私の口から出たその言葉が、存外、この場で大きく響いた所為なのか……。


 この場所にいる全員が、揃いも揃って一斉に私の方を見てくる。


 その中でも、弾けるように顔を上げて、此方のことを見て来たアンドリューが。


「……っ、こ、皇女……さま。……身体は、っ、何ともねぇのかよ……?」


 と、取って付けたように、と敬称をつけて、私の方へと言葉を投げかけてきた。


 思わず、思っても見ない言葉が返ってきたことで、その場で“きょとん”と、してしまった私とは正反対に……。


 セオドアやお兄さまの表情が険しくなって行くのを感じて、何となくこの場の雰囲気があまり良くないものであることに気付いたあとで。


 このまま、放っておいたらみんなが私のことを心配して、アンドリューに何か責めるような言葉を言ってしまいそうだなと、察した私は。


 アンドリューの言葉に、こくりと頷き返した。


「はい。……あの、もしかして、心配してわざわざ訪ねて来て下さったんでしょうか? この通り、もう元気です」


 ふわっと、笑みを溢しながら。


 顔だけ出している今の状況から、身体全体をみんなからも見えるように出して。


「アンドリューは、あれから怪我とかもしないで、大丈夫でしたか……?」


 と、問いかければ。


「……っ、」


 もの凄く驚いたような表情をした後で、アンドリューが一気に気まずそうな表情を浮かべるのが見えて、私は首を傾げた。


「元気じゃねぇよ。……まだ、本当なら、ベッドで休んでなければいけないくらいなんだ」


 そうして、私の言葉に補足する形で、私を心配してくれて、不機嫌な表情をしたセオドアからそう返ってきたのを聞いて。


「……っ! あのっ、皇女様、お見舞いに来ましたっ。

 こんな場所なので、何もお持ちすることが出来なかったんですけど……そのっ、本当に、俺たちがしたこと、申し訳ありません……っ!」


 と、サムから慌てたようにガバッと頭を下げられて、謝罪が降ってくる。


 私がサムの言葉に驚いて、目をパチパチと瞬かせていると。


 その言葉を皮切りに、怪我をした冒険者の人からも、私達とはあまり関わりがなかった冒険者の2人組からも『皇女様、申し訳ありませんでした』と、口々に丁寧な謝罪が降ってきた。


 それから、少し経った後で、アンドリューから……。


「わ……わるっ……っ! ほっ、……本当に、も、申し訳ありませんでした……」


 と、謝罪するような言葉が返ってきたことで。


 そこで、初めて……。


 アンドリューも含めた、この場にいる人達が私のことを心配して、わざわざお見舞いに来てくれたのだという事を知った私は。


「……わざわざ、私にそんなことを言いに来て下さったんですか?」


 と、声を出していた。


 みんな、その言葉に戸惑ったような顔をして。


 『“わざわざ”というのは、一体どういう意味なんだ?』と、困惑しているような感じになっているのが、逆に此方としては申し訳なくなってくるんだけど……。


 今は、私の傍にいてくれる人が、セオドアやアルやローラだから、毎日、凄くが送れているけれど。


 今まで自分の置かれていた環境が環境だっただけに、別に、に関しては特に気にもしていないし。


 何なら、自分がしてきた行いに反省して、こうして、しっかりと謝りに来てくれただけでも。


 今まで、私の傍にいた人達のことを考えたら、彼らは随分、まともな人達だと思う。


【私自身、誰かに謝罪されるということに、あまり慣れていないというのもあるんだけど……】


 私が、頭の中でそんなことを考えている間にも。


 もの凄くびっくりされた後で、続けて『どう言えばいいものなのか。……何が正解なのか分からない』と言うように……。


 みんなが醸し出す、この場の雰囲気が微妙な感じの物へと変わっていくのを感じて。


「あ、あの……。

 私なら、本当に気にしていませんし。……謝罪して下さって、ありがとうございます」


 と、にこっと笑みを溢しながら、声をかける。


 これから、彼らは洞窟を出たと同時に憲兵に引き渡されてしまうのだろうけど。


【その場合、彼らの罪に対する罰って、どういう感じになるのだろう……?】


 今回、彼らが仕出かしたことは、危険物の取り扱いのことに関するものが大半だから。


 故意によって、人を危険に晒すような真似をしたということで、免許の剥奪と、禁固刑になってしまうのは免れないだろう。


 後は、一応、私も皇族にあたるから皇族をナイフで怪我させたことと。


 誘拐未遂については、アンドリューもそれに対してきちんと答えていなかったし、有耶無耶になってしまって、そっちは免れる感じになるのかな……?


 ――私に対する、罪の重さって、一体、どれくらいなんだろう?


 お兄さまとか、ギゼルお兄さまなら、それこそ死罪になっても可笑しくないと思うけれど。


 私なんて、皇族としては、どう考えても役にも立たないお荷物だし。


 今まで、特に誰かに貢献したりするようなことが出来ている訳でもないし、大した人間でもないから、そこまで酷いことにはならないんじゃないかな?


 あ、でも、お兄さまが皇族だと分かっていて、危険物を投げてきたから、それに対する罰は重罪になってしまうかも……。


 頭の中で、彼らの今後について、色々と考えていたら。


 あっさり、と……。


 みんなが謝罪してくれたことに対して、私が許したということが、意外すぎたのか。


 この場の殆どの人間が、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような驚いた表情をしながら、食い入るように私のことを見てきた上に。


 何故か、セオドアとお兄さまとアルの表情が更に険しくなっていて、私は、きょとん、として、戸惑いつつも、みんなの方へと視線を向けた。


「……?」


 みんながどうしてそんな表情をしているのか、今一、理解することが出来なくて、首を傾げる私に。


「こ、皇女様……。

 流石に、ソイツは、あまりにも、あっさりしすぎてませんかね……?」


 と、ヒューゴから


「いや、今まで、邪魔しちゃ悪いと思って、俺は口を噤んでたんですけど。

 流石に、それは。……そのっ、あれだけコイツから迷惑をかけられたのに、全く何とも思わねぇんですかい?」


 と、言葉が返ってきて、私はパチパチと目を瞬かせた後で。


「……? えっと、はい……。その、特に何とも思いませんよ……?」


 と、声を出す。


「……いやいや、嘘、でしょ……っ! ソイツは、どう考えても寛容どころの騒ぎじゃねぇですってばっ!」


 私の言葉を聞いて、思わず、と言ったように……。


 まるで信じられない物を見るような目つきで、此方に向かって声を出してくるヒューゴに、どう言っていいのか分からずに私自身が困惑していると。


「……っ! ほ、本当に何も思わねぇのかよっ!

 俺は、お前にナイフを向けて明確に攻撃したしっ! 何なら誘拐まで企んでたんだぞっ!!」


 と、アンドリューから吠えるように、言葉が降ってきて。


 私が、“えっ……?”と、思う間もなく、今、この場の温度がひやり、と、体感で3度くらい下がったような感覚がする。


 ――まるで、聞き捨てならない言葉を聞いてしまったというように。


 今まで黙って話を聞いていた、セオドアとお兄さまの、アンドリューに向けるその視線に殺気が入り交じり。


 この場の空気をどこまでも冷やしていて、私は内心で慌ててしまう。


「……えぇっ?

 ど、どうして、わざわざ、言ったんですか……? 言わなかったら、その罪については免れることが出来たのに……っ」


 思わず、アンドリューのことが心配になって、大丈夫なのかとハラハラしながら、声をかければ。


 まるで、信じられない珍獣でも見たかのような視線を。


 私と親しい人達以外から、浴びせられて、私は思わず、その場で困り果てた後で、縮こまってしまう。


「……皇女様、最早、人が善すぎるってレベルを超えてますって!」


 そうして、ヒューゴからそう言われて、頭の中で『……そうなのかな?』と疑問に思いながらも。


 でも、私にも誰かと誰かを比べた時に、自分の大切な人を取ってしまうだろうって思ってしまったり。


 本当に重要な時は……。


 アンドリューの身体の事よりも、アルの事を気にかけてしまったような卑怯な一面も、自分の中で出てきてしまって、内心で、反省したばかりだから。


 ――別に善人っていう訳じゃないと思う……。


 だけど、みんなが、こうして驚いたり、唖然としたような表情を浮かべているから。


 私の感覚はやっぱり、『どこか可笑しいのだろう……』という事は、その反応を見れば何となく分かるんだけど……。


 誰かに傷つけられるのも、誰かに殺されかけられるのも。


 向けられる悪意にも、敵意にも、既に慣れきってしまっているから……。


 その辺りの感覚が、私自身、鈍くなってしまっているのかもしれないという自覚は少なからずある。


 私が頭の中であれこれと、考えていると……。


 突然、その場に立っていたアンドリューが、ガバッと、地面に膝と手をついて、頭を思いっきり下げてきたあとで。


「……っ、そ、そのっ……! ほ、本当にすまなかった……っ! お、俺はっ、……っ、本当に、すまな……」


 と、まるで、取り返しのつかない事でもしてしまったかのように、後悔を滲ませたような瞳で。


 それ以上の言葉が出てこないのか、言葉に詰まったように、すまなかったという言葉を繰り返して、真っ直ぐ此方へと謝罪をしてきて、私は慌てて声を出した。


「いえ。……あの、顔を上げて下さい。

 さっき、ちゃんとした謝罪は受け取りましたし、そこまで思い詰めなくても……っ」


 別に、全く気にしていないのに、そこまで大袈裟に謝られると、小心者の私は違う意味でドキドキしてしまうし。


 アンドリューが謝ってきたことで、再度私に向かって周囲の人達が、一斉に再び頭を下げてくるような状況になってしまって、私の方があたふたと取り乱してしまった。


 結局、お互いに『本当に申し訳なかったっ!』と、『いえいえ、大丈夫ですし、気にしないで下さい』という会話を押し問答のように何度か繰り返す羽目になってしまった後で……。


「……皇女様、コイツらは洞窟を出た後で、その罪をきっちりと償わせるようにしますので」


 と、見かねた冒険者ギルドの職員さんに声をかけられて、不毛な遣り取りは一先ず終わりを迎えてホッと一安心する。


 そうして、ギルド職員さんの言葉に……。


「……あの、お兄さま、私に対する罪への罰……って、どうなるんでしょうか。

 結構、大きい刑になってしまうんですか……?」


 と、私はみんなとの会話の間中、内心で気になっていたことを、お兄さまに問いかける。


「死罪だ」


「……っ、」


 ――そこまで重い罰にはならないだろうと、何の気なしに聞いたことだったけれど。


 先ほどからずっと、普段通りの無表情の上に、更に眉を寄せて険しい表情を浮かべているお兄さまの口から。


 簡潔に、あっさりと。


 罪に対する罰への、シュタインベルクでも一番重い刑になるだろうという言葉が返ってきて、私は息を呑んだ。


「皇族に対してナイフで怪我をさせたこと、誘拐未遂だけでも充分死罪に値する。

 ……弁解の余地もないし、特に審問の場が用意されるようなこともないだろう」


 そうして、お兄さまからはっきりと、そう言われて、私は、思わずアンドリューの方へと視線を向けた。


 地面に膝をついたまま、私に真剣に謝るような姿勢を取っていたアンドリューの手が、ぶるぶると震えるのが見える。


 それが死に対する恐怖からなのか、それとも今まで自分がしてきたことへの反省からだったのかは、私には判別がつかないけれど。


 自分が死罪だということを聞いて、そういった反応をしたのは一瞬のことで。


 次に顔を上げたアンドリューの顔は、まるで、その刑を受け入れているかのように、キリッとしたような物だった。


「……あの、お兄さま。

 ……その、ここまで、謝ってくれているのなら、アンドリューにもやり直しの機会を与えてあげるようなことは出来ないでしょうか?

 幸い、私自身は、ほっぺたをちょっとだけ怪我しただけですし。

 彼らが本当に後悔しているのだとしたら、私への罪はということにはなりませんか……?」


 私がお兄さまにそう言うと、みんなからはやっぱり驚いたような表情で見られてしまった。


 特に、地面に膝と手をついたままの、アンドリューは唇を震わせながらも、私の言葉が正気しょうきなのかと、此方のことを疑うような信じられないような物で見てくる。


 お兄さまは、私の言葉を聞いた途端、さらに厳しいような怒っているような表情を浮かべてしまうようになって……。


 もしかしたら、皇族としての判断として適切な物では無いと、呆れさせてしまったかもしれない……。


 と、心の中で考えながらも。


【……でも、誰もが、その大きさに限らず、一度は過ちなども犯してしまうものなんじゃないかな】


 ――と、私は思う。


 私自身が、今までの自分のしてきたことへの後悔と共に生きているからこそ、より強くそう思うのかもしれないけれど。


 それが、例えば取り返しのつかないような、人を殺めてしまったとか。


 そういう事だったのだとしたら、また話は変わってくるだろうけど。


 私自身、アンドリューに傷つけられたのは結局ほっぺたに、ちょっとだけ、ナイフで傷をつけられてしまっただけだし。


 自分が今まで犯してきたことへの、後悔をして、必死に前に進もうとしている人のことはどうしても放っておけない。


 今のアンドリューが、演技で私に対して誠心誠意謝っているフリをしているとは到底思えないし。


 きっと、ここに来るまでにも、色んな事を反省してきたのだろう。


 これから、真っ当に生きることが出来るのなら、まだ、のなら、アンドリューも、今度は間違ったりはしないと思う。


 それに……。


 ――シュタインベルクでも、一応規則に則って、法律というものは制定されているけれど。


 全ての罪が、法律上裁かれてしまうという訳ではなく。


 まだまだ、貴族や、皇族という“人の上に立つような立場”の人間が。


 自分に仕えている臣下や、民衆などに対して刑罰を決めるということはよくある話だ。


 そういった案件は大体、正当な物以外は……。


 例え、そこまで大したような出来事じゃないようなことでも、貴族の人が自尊心を傷つけられ侮辱されたなどと感じて。


 死罪にしたり、普通の罰に比べて理不尽に重くなってしまうような物の方が多くて、“”、というのはあまり聞いたことが無いけれど。


 その采配は、未だ個々の判断に任されているようなことも多い。


 私自身は、別にお父様のように皇帝陛下というきちんとした立場を持っている訳じゃないけれど。


 それでも、皇族という立場上。


 アンドリューが私に対して犯してきた罪には“その罰を決める権利”というものが、私にも一応存在する。


【憲兵に引き渡されて、法で裁かれてしまう前に、私が全ての罪を許すと言ってしまえば、その効力はきちんと働くと、思う……】


 ただし、これはあくまで、のことで。


 アンドリューや他の冒険者達が危険物を洞窟内で使用してきて、周囲の人を危険に晒してしまったということに対しては適用されることはないので。


 そのことに関しては、アンドリューも含めて、彼ら自身が真っ当に、罪を償わなければいけなくなる。


 自分でも、甘いのだという自覚はあったけど……。


 それでも、これから先、やり直して頑張って生きていけると思えるような人の機会を出来るだけ奪ってしまうようなことはしたくない。


「お前が、皇族という立場を使い、自分に対しての罪にのみ、この男に慈悲を与えるのだというのなら。……誰にも、その権利を奪うようなことは出来ないだろう」


【……アリス、お前は、甘すぎる】


 と……。


 お兄さまからは、咎めるような視線が降ってきたのは感じたけれど。


 それでも、お兄さまがそう言ってくれたことで。


 私は未だ、地面に膝と手をついて謝るような態勢を取っていたアンドリューの傍へと近づいた。


「本来なら、罪に対する罰はきちんと償わなければいけません。

 ……私が今、あなたのことを許したのは、これから先、罪を後悔して、しっかりと前を向いて歩いていける人だと思ったからです。

 だから、どうか、自分が犯してしまったことも含めて、今日、ここで、反省したことを決して忘れないで下さい」


 そうして、そっと、声をかければ……。


 ガバッと顔を上げた私の方を真っ直ぐに見てくるアンドリューの瞳に薄らと涙が浮かび、私の手をぎゅっと、強く握ってくる。


 そのことに、内心で、1人、戸惑っていると……。


「……っ、皇女、さま……っ! 必ず……っ! 必ず、自分の犯した罪も、今日の反省も……も、1日も忘れることなく、これからは真っ当に生きるとお約束しますっ……!」


 と、アンドリューに言われて。


 私は唇を緩めたあとで、ふわっとアンドリューに向かって笑いかけた。



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