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第242話【ウィリアムSide2】



「多少なりとも、頭の中で情報の整理はついたのか……?」


「あぁ、……まだ、自分の身体のことも含めて分からない事も多いのが現状だがな。

 ……それでも、大体は今、もたらされた情報で理解することが出来た」


「……そうかよ」


 ――あれから、どれくらい経っただろうか。


 アルフレッドが、アリスのことを癒やしてくれている間中、椅子に座って、ジッとアリスの事だけを心配そうに見つめていた男から……。


 不意に、視線を此方に向けることもなく、問いかけるような言葉が降ってきて。


 俺は、こくりと頷いた後で、その言葉に同意するように声を出す。


 さっきまでの間、文字通り誰も何も喋らなくなった、静寂が広がるこの空間の中で。


 今の自分に出来る範囲で情報を咀嚼してから、俺はある程度“自分の気持ち”も含めて、その全てに折り合いをつけていた。


 アルフレッドに情報を聞いた瞬間には、そこまで思い至らなかったようなことも。


 一度冷静になって、こんな風にしっかりと考えられる状況になったことで、今まで、分からなかった事が分かるようになってきて、見えてくるようなこともかなりある。


 アリスの能力の事を知っているのは、父上と、それから今ここにいる2人。


 後は、“ローラ”という、アリスが最も信頼しているあの侍女もだろうか……?


 それから、もう1人。


 アリスの身体のことについて、アルフレッドが癒やしてくれていると聞いてはいたが、も、そのことは知っていなければ可笑しいだろう。


【上手いこと、煙に巻かれたものだな……】


 皇宮で開かれた国中の医師達が集まる定例会議の際に、あの医者とほんの少し会話をしたことを思い出して、俺は眉を寄せた。


 アリスが前皇后様と拉致されてしまった事件で、精神的に辛いような思いをしたのだということは事実だろうし。


 今も、夜も眠れないような状態が続いているということに嘘偽りなどはないだろう。


 そのこと自体は、別に問題じゃ無いが。


 俺を相手にしながらも、アリスがによって、なんてことは一言も、全くおくびにも出さなかったのは本当に徹底している。


 まぁ、もっとも……。


 だからこそ、あの医者は信頼にあたいする人物だとも言えるだろう。


「アリスのことを知っているのは、父上、お前達、アリスの信頼する侍女、それから医者だけか?

 他に、そのことを、知っている人間は……? 母上がアリスに送った、あの新米の侍女はどうなんだ?」


 そうして、不意に思い出して。


 俺が目の前の2人に問いかけるように声を出せば。


 アリスの方をずっと見つめていた男が視線だけをこっちに寄越して、真剣な表情になるのが見える。


「いや。

 あの侍女は、姫さんが魔女だってことは知らねぇ。

 アルフレッドのことも同様にだ。……必要以上に、情報が流出するようなことは避けておきたいからな」


「あぁ、そうだな。……お前の、その判断は正しいと俺も思う」


 それから返ってきた答えに、間髪入れずに、そう言えば、ほんの少しだけ驚いたような表情で見られたが……。


「……勘違いはするなよ。

 別にお前が、俺にこの間、母上のことが怪しいと伝えてきたからと言う訳じゃない。

 秘密にするには、あまりにも、一つ、一つの情報が重大すぎる。

 本当に信頼出来る人間以外には伝えない方がいいという、お前達の判断は間違ってはいない、というだけだ」


 と、俺は目の前の男に向かって声を出す。


 それに対して、納得したのだろう。


「あぁ、まぁ、確かに。……下手へたに素直すぎるよりかは、そう言われた方がしっくりくるな」


 と、ほんの少しだけ口元を緩めながらも、そう、言葉が返ってきた。


 以前、アリスの一連の事件について、“”と、この男と遣り取りをした時に、俺が母上に対して、疑いの気持ちを少しでも持ったことについて。


 やけに物わかりが良いと思われて、驚かれているような節は感じていたし。


 今も、俺が母上が関係しているかもしれないということについて、もしかしたら、すんなりと受け入れたんじゃないかと、認識されたのだろう。


 “”ということに、ほんの少し此方を見てくるその視線が『アンタにも人間らしいところがあって、ホッとした』と言わんばかりの失礼すぎる物で、俺は思わず眉を寄せて、顔をしかめる。


【一体、コイツは、人のことを何だと思っているんだ……】


 内心で、そう思いながらも、俺は一度小さく溜息を溢すと。


 丁度、母上の話になったことで、色々と今の状況も含めて考えるために、再度、思考を巡らせる。


 ――母上は、俺から見ても完璧な人だと思う。


 勿論、それはであって、あくまで表に見せているかおが、の話だ。


 母上の本来の気性については、俺もよく知っているが。


 何かに対して怒った時は、時には手がつけられない程に、ヒステリックに物に当たるようなことも度々ある。


 だが、一度ひとたび、貴族や民衆の前に出なければいけないような事があると、本来の気性を上手く隠しながらも、いつも悠然ゆうぜんと微笑んで対応しており。


 周りに対しての立ち回りも、政治的な手腕に関しても殆ど完璧に近いと言ってもいい。


【表に出しているその貌のまま、どうか、清廉潔白であってくれと、願うが……】


 それでも、母上が、前皇后様に対して抱いていた気持ちなども含めて考えると、そうも言い切れないというのが正直な俺の気持ちだった。


 ――俺自身、直接、前皇后様との確執のようなものを母上から聞いた訳じゃない。


 だが、きっとそこには色々あったのだろうと、推察することは出来る。


 第二妃という立場でありながら、父上とは5歳違いだった前皇后様との婚姻がなされるよりも


 当時、周囲からも才媛であると褒め称えられていた、父上とは2歳違いの母上が、父上の側室になったというのは有名な話だが。


 そこに、どういう経緯があったのかまでは……。


 皇宮内においてもタブー視されているのか、それとも、本当に知らないだけなのか、誰も何も語りたがらないし、俺にも分からない。


【前皇后様のお身体が病弱だったということは、父上と結婚する前からのことだったそうだし……】


 表に出す貌が完璧だった母上とは違い、評判が悪く、気性が荒いと噂があったあの方の姿は俺も皇宮内でよく目にしていたが。


 けれど、俺は評判通りに、あの方の気性が荒い姿などは、一度も目にした事がないし。


 どちらかというのなら、いつも伏し目がちになりながら、儚げにたたずんでいるだけのイメージが強く印象に残っている。


 当然、世間一般にも広く知られているように。


 母上に全てを任せるかの如く、あの方が、政務をこなしている姿は殆ど見たことは無いが。


 その辺り、父上と母上、それから、あの方とで、どういう話がなされていたのかは俺も知らないことだ。


 ギゼルなんかは、短絡的にあの方が自分の身体が病弱であるということを持ち出して、母上に政務をなすりつけているのだと、常日頃から怒っていたが。


 幼い頃から、よくよく観察して見ていると、政務に関しては、食事の場なんかで、さらっと父上が母上に頼むようなことが多かったと思う。


 ――では、父上が何に置いても母上の方を優先し、愛していたのか


 と、言われると、俺は首を傾げざるを得ない。


 少なくとも、俺が過ごしてきた、この16年の間。


 母上と、父上の間に流れているものは、決して“愛”などというものではなかったと断言出来る。


 昔から母上がよく言っていた言葉だけは、今も鮮明に覚えているが。


【ウィリアム、陛下というのは決して

 そなたのことも、子供として、跡継ぎとしては大事だと思っているであろうが、その愛には、少しも期待してはならぬ】


 と、何かにつけて、母上は言い聞かせるように俺にその言葉を伝えて来た。


 だからといって、決して父上が、父親として駄目な人だったかと言われたら、そうとは言い切れない。


 父親として、子供に対しての思いやりや情みたいなものはあっただろうし、俺も幼いながらに父上には良くしてもらった記憶がある。


 家族として、母上が発起人ほっきにんとなって、父上に皇族の所有する別荘などに連れて行って貰ったりするようなこともなかった訳じゃない。


 だけど、母上と父上との遣り取りはいつもドライで、どこか事務的にも近いものがあり。


 そこに流れる空気に、母親と父親間で交わされるべき愛情や、甘さを感じるようなことは一度もなかった。


 どちらかと言うのなら、お互い仕事人間であり、対等に言葉を交わし合って議論する“”とでも表現した方がまだ、しっくりくる。


【だが、母上は……。

 本当は、父上からの“愛”というものを望んでいたのだろうか……】


 その辺り、俺にはよく分からない。


 いつも、そういったことに関しては割り切って、サバサバしているように見えた母上の本当の気持ちなども、俺には想像することも出来ないが。


 それでも、今考えると、前皇后様に対して向ける母上の視線に、どこか、のようなものは混ざっていたように思う。


 今も、昔も、母上の方が何かにつけて、父上から政務を任されて、重用ちょうようされていたのにも関わらず、だ。


 父上の愛が、前皇后様に向いていたのかどうかなど、俺には知る由もないが。


 父上は、母上に対して、いつも一定の距離を保ちながら、本当に国を回すための政務をこなすことが出来ると割り切って見ていたような気がしてならない。


【もしも、一連のアリスの事件に母上が関与していたのだとしたら……?】


 ――やっぱり、母上が皇后になりたいとその地位を望んだ結果なのだろうか?


 確かに、母上自体は、上昇志向の強い人ではあるし、目的の為なら手段を選ばないような所なども俺たちにはあまり見せないようにしていたが無い訳じゃない。


 だが、周囲からの評判もよく、既に公の場で、皇后に求められる政務をこなしながら、地位や名誉などはこれ以上望まなくても、寧ろの栄誉を受けていた母上が……。


 今さら、皇后になりたいと、前皇后様を退しりぞけてまで、その地位を望むだろうか……?


 俺が、頭の中であれこれと、母上のことや父上、それから前皇后様あの方について考えていると。


「むぅっ! ……何て言うか、もの凄く重苦しい空気なのだが……っ!

 お前達、静かになるのは構わないが、負のオーラを出してくるのはやめてくれっ!

 お前達がいつまでもそんな状況だったなら、アリスも起きようにも起きられないだろう?

 今、この場には、換気が必要なくらい、どんよりしすぎだぞっ!」


 と……。


 まるで、この空気に耐えられないとでも言うかのように『……もっと、風通しを良くせねばっ!』と、アルフレッドから呆れたような声がかかって、俺は思考を中断させた。


「あぁ……悪かったな。少し、考え事をしていた」


 今の今まで、自分よりも年下で、子供だと思っていた人間が。


 実は人間じゃなくて、俺よりもずっと長い時を生きている存在だったことに、話し方とかを変えた方が良いんじゃ無いかと一瞬だけ、考慮したが。


 どちらにせよ、目の前のこの精霊は、そんな細かい事など気にもしないだろう。


【もしも、俺の態度が気に入らなかったのだとしたら、既に何らかのアクションはしてきているはずだ】


 内心でそう思いながら、俺は、アリスの方へと再び、視線を向けた。


 ――俺たちが、ここに戻って来てからも、もう既にかなり時間が経過しているように思う。


 それなのに、今も、アルフレッドにその身体を癒やして貰いながらも、アリスの目が覚めるような兆しはなく。


 その身体はベッドに力なく横たわっていて、肌の色もずっと血色けっしょくが戻らず青白いままだ。


 アルフレッドから、命には別状が無いと言われていても、到底信じられないくらいには酷い有様だった。


【頼むから、早く元気になってくれ……】


 内心で祈るように、そう思いながらも。


 目が覚めた時のアリスの事を考えると、ほんの少し憂鬱な気分にもなる。


 今回、アリスが能力をコントロールして魔法を使った訳じゃなく。


 アリスの危機に瀕して、咄嗟に魔法が出てしまったことで、その反動はいつもに比べると、かなり大きい物だったらしく。


 アリスが目覚めた時に、もしかしたら、記憶が混濁していたり、何か身体に異常が出てしまったりなど……。


 そういった可能性も含めて、どのような状態になるのかは、アルフレッドにも予想がつかないらしい。


 それに、1日に二度も連続して魔法を使い、時を止めるようなことをしたのは、今回が初めてらしく。


 そういった意味でも、アリスの身体にはかなり負荷がかかってしまったのだという。


【普段、早いと思うような時間の流れが、今は本当にあり得ない程に遅く感じるな】


 どこからどう見ても、ベッドの上で横たわっているアリスには生気が感じられないし。


 『もしかしたら、このまま、目が覚めないんじゃないか』というような、不安はどうしても頭の中を過ってしまう。


 俺の腕時計が、今も正確に秒針を刻み続けているが、こんなにも生きた心地がしないような状況になったのは初めてだった。


 目の前で、黒髪の男がずっと。


 場の雰囲気を変えようとした、アルフレッドに声をかけられても。


 『……あぁ』と、どこかおざなりに気のない返事をしながら、必要最低限の言葉以外は、殆ど喋ることもなく、アリスのことだけを見ながら心配しているのも理解することが出来る。


 この場において、自分に出来ることが無いというのも、この男がこんな表情を見せている要因の一つだろう。


 ――考えなければいけないことは、それこそ、山のようにある


 だが、今はアリスの無事を祈ることが何よりも最優先だな、と内心で思いながら。


 俺は目の前の男同様に、この部屋にある、もう一つの椅子に腰を降ろした後で、アリスを癒やしてくれているアルフレッドの背中に真っ直ぐ視線を向けた。



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