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第241話【ウィリアムSide】



 目の前で、俺の理解が及ばない程の超常現象ばかりが起きている。


 アルフレッドが手をかざしただけで明るくなったフロア。


 周囲の時間が2度も止まった挙げ句、何故かアリスだけが動いているような状況。


 目の前でボタボタと血を吐いて、胸を押さえながら、荒い呼吸を繰り返し、苦しそうにうずくまったアリスのことを見て……。


 冷静では居られずに、ずっと、頭の中を目まぐるしく回転させて、少ない情報で何とかこの状況を理解しようとしたが。


【アリスは本当に無事なのか……】


【この状況が、何なのか……】


 どれほど、頭の中で思考を巡らせても……。


 ――嫌な予感ばかりが、募ってくる


 アリスの髪色、止まった時間、直後に血を吐いて苦しみ出したその身体のことを思えば。


 もしかしたら、アリスは……。


 “”という考えが。


 さっきからずっと、俺の頭の中を纏わり付いて離れない。


【違う。……まだ、そうだと決まった訳じゃない】


 もしかしたら、今この瞬間にも『アリスのその命が削られていっているかもしれない』など、考えたくもない。


 だが、どれほど、頭の中からその可能性を排除しようとしても、一度、そうなんじゃないかと思いついた疑念は、しこりとなって消えてはくれなかった。


【今、ここにある俺の大切な存在が、ただ奪われていってしまうんじゃないか】


 悪い予感ばかりが、頭の中を支配して、焦燥感にも似た様な感情が湧き上がってくる。


 その不安は、6つ目の洞窟小屋に戻って、目の前の男がアリスのことをベッドに横たわらせてからも解消されるようなことはなく、ただ肥大するばかりで、まるで影のように俺の身にべっとりとまとわり付いてくる。


 現状、この場に居る人間の中で……。


 ――俺だけが何も知らない


 ということも、その思いに拍車をかける要因になった。


 普段なら、俺と同様か、もしくは俺以上に、アリスのことを心配するはずの黒髪の男が……。


 アリスの事を心配しながらも、何もかも、今起こっているを知っているかのように、俺よりも落ち着き払っている。


 アルフレッドもまた、同様だった。


 何ならこの場で一番落ち着いているのは、俺でも、アリスを心配する黒髪の男でもなく、アルフレッドだろう。


【普段から浮世離れしていて、子供のようには思えない事も多々あるが、アリスがこんな風になってしまっているこの状況下に置いて、ここまで冷静に落ち着き払えるものだろうか……?】


 という、疑念はどうしても湧いてくる。


 アルフレッドが、毒などの知識に詳しい人間だということは俺も知っているし。


 時々、誰も知らないような知識を披露しては周囲を驚かすようなこともしてくる子供だ。


 アルフレッドがアリスのことを診ながら『今の自分に出来ることを、冷静に、的確にしているのだろう』ということは、傍目から見た俺にも感じる事は出来るものの。


 アルフレッドがアリスに対して、一体、何をしてくれているのかまでは理解することが出来なくて。


 更に、アルフレッドがアリスに手をかざした瞬間に、ごぽっと、意識のない筈のアリスから溢れ落ちてきた血を見れば、もう落ち着いてはいられなかった。


「……っ、オイ! アリスは本当に無事なのかっ……! お前達は一体、俺に何を隠しているっ!」


 思いっきり眉を寄せて、顔をしかめ、目の前の男に詰め寄るように問いかける。


 自分でも分かっていた。


 ――こんなものは、ただの八つ当たりでしかない


 それでも、自分だけが何も知らない状況と、アリスのことを思えば、決して冷静ではいられずに、苛々とした口調になるのを抑えきれない俺に向かって。


 目の前の男は、どこまでも落ち着いた様子で『アンタの知りたいことから教えてやる』と、声に出してくる。


 思わずその言葉に小さく息を呑んだのは。


 アルフレッドが魔法を使ったとか、そういう事に対しての驚きは勿論あったが、決してそれだけじゃなく……。


 自分が今、アリスの状況を気にかけて、のだと思っているのと同じくらいに。


【もしもが、目の前の男から返ってきてしまったら……?】


 という、不安からだった。


 言葉に出すのを躊躇ためらったのは、一瞬のことで。


 ……それでも、知りたいと思う気持ちは抑えきれず。


「……アリスはっ、……魔女、なのか……?」


 と、震える声で、問いかける。


 ――


 一瞬の空白が、紛れもなくであると、どうしようもない程に、俺に伝えてきていた。


「……姫さんは、時間を操る能力者だ」


 そうして、ゆっくりと俺の方を見て、抑揚のない声で落ち着いたように声を出す目の前の男のその言葉に、瞬間的に怒りが爆発しそうになって。


 俺は、今にも、出かかってしまったを押さえつける為にグッと自分の手のひらを握りしめて拳を作った後で声を出す。


「……何故なぜ、……? どうして、今までっ、俺に何も言わなかったんだっ!

 それが、分かっていてっ! なぜ、お前達は……っ! 洞窟という、目に見えて危険だと分かるこの場所にアリスを連れてきたっ!?」


 ……違う。


 こんな言葉が、言いたかった訳じゃない。


 


 自分に対して、込み上げてくる無力さを……。


 ただ、他人に対して当たり散らしてしまっているだけだ。


【どうして、今まで気付いてやることが出来なかったっ……?】


 ――いつから、アリスは、


 頭の中が、後悔に埋め尽くされしまいそうになる。


 そうでなくとも、誰もアイツの事を気にかけなかったせいで、アリスの送ってきた日々は、今までずっと辛いものだったんだ。


 それなのに、魔女として命まで削られていってしまっていることに、どうしようも出来ない程のやるせなさを感じながら……。


 俺がアリスのことを見てこなかった間にも“”という、悔しさばかりが募っていく。


 ぐっと、唇を噛みしめた後で、『……当たり散らして、悪かった』と謝罪するように声に出せば。


 目の前で、黒髪の男が珍しいものを見たというような表情をしつつ、俺に視線を向けてから、眉をひそめたあとで、真剣な表情になるのが見えた。


「……もしも、立場が逆だったなら、俺も今のアンタと同じような行動に出たかもしれねぇ」


 そうして、はっきりと俺にそう言ってくるこの男に、一気に上った血がほんの少し下がり、冷静さと落ち着きを取り戻した俺は……。


 今は後悔なんかしている場合じゃないと、頭の中を切り替え、提示された情報を整理しながらも、今、自分が聞くべきことに優先順位をつけていく。


「……っ、アリスは今、どれくらい能力を使用しているんだ? その身体は、あとどれくらい持つ?」


 魔女は、その能力も千差万別であり、自分で能力をコントロール出来る人間もいれば。


 自分では能力をコントロール出来ずに、本人の意思とは裏腹に勝手に能力が出てしまって自分の命を削っていってしまう場合もある。


 アリスがどちらのタイプなのかは、直ぐには俺には判別出来ないが、普段の状況を見るに、気付いたら能力が頻繁ひんぱんに発動してしまうようなタイプでは無いと思う。


 だとしたら、今日みたいに、能力が出るタイプだと考えても。


 今の段階で、アリスがどれくらい能力を使用していて、その命を削っているのかは確認しておかなければならない。


 その身体が、どれくらい持つかなど、基本的には誰にも分からないが。


 色々なことに精通しているアルフレッドなら、もしかしたらアリスの状態が詳しく分かるかもしれないし。


 アリスが、今までに能力を使用した頻度と『国が把握している過去の魔女の事例』などを照らし合わせて考えれば……。


 アリスの身体の状態に、きちんとした答えが導き出される可能性だって無いわけじゃない。


「……姫さんが今までに能力を使ったのは、今日、2回使ったことも含めると全部で6回だ」


「6回……っ。アリスは、もう既に、そんなにも能力を使っているのか……?」


 そうして、目の前の男から返ってきた答えに、俺は思わず眉を寄せる。


 既に、アリスはそんなにも能力を使用しているのかと、驚いてしまう。


 その度に、んだから、大丈夫なのかと、不安に苛まれて心配が色濃く出てしまうのも仕方がないことだろう。


「その内の、2回は、能力をコントロールする為の練習だ」


 それから、目の前の男からそう言われたことに、俺は納得もしていた。


 もしも、家族と国の、どっちを取るのかと聞かれれば、迷いなくと判断するであろう父上のことだ……。


 アリスが魔女であることを知ったのだとしたら。


 国の為に、その能力をいつでも使えるように、アリスに対して能力をコントロール出来るようにと、命じていても、なんら可笑しくはない。


 最近の父上が、アリスのことを心配して気にかけていたのは俺も知っているが。


 そう言った事に関しては人一倍、どこまでも合理的に判断出来る人だ。


 それに、前までの状況だったならともかく、今のアリスが、父上に自分が魔女であることを報告していないとは到底思えない。


 その練習は、父上から命令されたものだと見るのが妥当だろう。


【……まぁ、もっとも。

 最近の父上を見るに、今までアリスのことを気にかけてやれなかった分、辛い思いをしてきたアリスのことを、兄弟の中でも一番と言って良いほどに寵愛しているように思えるし。

 もしかしたら、父上はアリスの身体のことを心配して、自動で能力が出てしまわないようにと、アリスに能力をコントロールするよう、伝えた可能性は高いとは思うが……】


 だが、それでも、父上は……。


 その心情がどうであれ、いざ、国のこととなると、一国の主として、適切な決断を下すはずだ。


 そこの判断は決して見誤るようなことが無い人だ。


 俺もギゼルも、アリスも。


 この世に生を受けた以上、それぞれに、シュタインベルクというこの国を繁栄させる為に、民衆や守るべきもののために、果たさなければいけない義務がある。


 自分たちが皇族として生まれた以上は、決して、全てのことを放り出して逃げ出すことなど出来やしない。


「う、うむっ……。

 アリスの能力は、この世界にまで干渉して時を操るもの故、その能力自体が大きく、身体に負荷がかかってしまいやすいのだ。

 そのっ、僕がだということもあって、魔法でアリスの事を癒やしてはいるが、魂の修復は完全には無理であろうな」


 そうして、俺たちの会話を聞いていたアルフレッドから、どこか平静さを失ったように“ぎくしゃく”しながらも、降ってきたその言葉に。


「……ちょっと待てっ!

 アリスの能力が世界に干渉して能力自体が大きいから、その身体に負荷がかかっているっていうのは、俺にも分かる。

 だが、アルフレッドが、精霊? 魂の修復……?

 頼むから俺の分からない言葉で喋ってこないでくれっ! 一体、どういう事なんだっ……?」


 と……。


 俺は、意味が分からなさすぎて、思わずアルフレッドのその言葉を遮るように声を出してしまった。


 まるで、理解が追いつかないことを、何でもないことのように、さらりと言われて。


 思わず普段、無表情な自分の顔が崩れるのを感じつつも……。


 目の前で、同じ言葉を聞いても平然としている黒髪の男を見て、アルフレッドが今、出してきた“その言葉”が嘘なんかじゃないということを悟る。


 ……そもそも、本人は一生懸命なんだろうが。


 アルフレッドという人物は、正直者すぎるのか、取り繕ったりするのが、かなり苦手な部類に入るだろう人間だ。


 今までは、父上との約束で話せないことがあるから、子供ながらに必死で誤魔化しているのだろうと思っていたが……。


 アルフレッドが、というのは想定外だった。


 ――そんなことが、あり得るのか?


 と、どこまでも懐疑的な視線を向ける俺に。


 何て言えばいいのかと、少しだけ躊躇い、困ったような表情を浮かべながらも、アルフレッドが俺に詳しい事情を1から丁寧に説明してくれた。


 精霊のことから始まって、魔女のこと、精霊と魔女の関係。


 この世に赤を持っている存在がが多いということ……。


 それから、アリスとの出会いから、ここに至るまでのことも含めて。


 ――直ぐには信じられないような事のオンパレードすぎて。


 俺は、その場で目眩がしそうになった自分の身体を何とか、抑えつつも。


 それならば、今までの色々な事に合点が行くということに、アルフレッドの正体も含めて納得してしまった。


 父上が今回の俺の仕事にアリスを同行させたがった意味も。


 そもそも父上に精霊であるアルフレッドに対する命令権など無いのだから、アリスを派遣することで、アルフレッドの魔法を使って貰うことを期待してのことだったのだろう。


 色々と衝撃的な内容が多すぎて、どれから聞けばいいのかと、迷ったものの。


 一つだけ、自分のことに対して言われた言葉が、今も信じられないようなもので……。


「……それで?

 お前は、俺が人よりも回復能力が高いのは、金と赤のオッドアイを持つ“太陽の子”と呼ばれる存在だからだって、言うのか……?」


 と、俺はアルフレッドに問いかける。


 今も、自分の腕が熱を持ち、目まぐるしいまでに驚異的な回復能力を見せていることに。


 このまま行けば、恐らくは、明日中にはもう跡形も無くということは、俺も理解している。


 こんな状況を、誰にも見せることが出来ないから、一応腕に包帯を巻いて誤魔化してはいるが。


 痛みの度合いから考えても、怪我自体は、もう既に、そこまで大したものじゃなくなっている。


「うむ。……だが、ウィリアム、お前は目を取っているだろう?

 それ故、普通の太陽の子に比べると、お前の能力は半減しているのだ。

 本来であれば、それくらいの傷、その日のうちに治らなければ可笑しいからな」


 そうして、アルフレッドから返ってきた答えに……。


 俺は自分の今までの不可思議な能力に名前が付いたことよりも、何よりも、この驚異的な回復能力のがあった事に驚いてしまう。


 そんな人間がいてたまるか……。


 もしも、それが本当なのだとしたら……っ。


 ――殆ど、不死身に等しいということになる……っ!


 悪用しようと思えば、この身体で出来ることなど、今、思いつくだけでもかなりある。


 例えば、戦争が起きた際にことも。


 自分の能力を分かっていて、回復が追いつく怪我であるのなら、痛みさえ我慢することが出来れば、どんな立ち回りも出来てしまう。


 まさに、一騎当千。


 それこそ、獅子奮迅の活躍が出来てしまっても可笑しくはない。


「俺は……っ、人間じゃないってことなのか……?」


「いや、お前達はだ。

 ただ、魔力量が普通の人間に比べて高いのでな。

 それ故に、身体能力が高かったり、魔法を使えたり、普通の人間には出来ぬことが、お前達には出来るのだ。

 昔は、お前達のような存在は神から“ギフト”を贈られた特別な者として神の子と崇められていたのだがな」


 そうして、少しだけ声のトーンを落としたアルフレッドに。


 赤を持つというだけで、今のこの世の中を思えば、コイツがこんな風に落ち込んだような素振りを見せることにも納得が行く。


 ――精霊と魔女の関係を聞いた後では特に。


 それでも、幾ら俺でも……。


 自分のことも含めて、アリスのことも、一度にこれだけの情報を与えられると混乱してしまいそうになる。


 だから


「悪いが、一度に与えられた情報量が多すぎる。……少しだけ、時間が欲しい」


 と……。


 俺は、アルフレッドから今聞いたことを、頭の中で整理するために、少しだけ時間を貰うことにした。



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