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第240話【セオドアSide2】



 それから俺たちは、何ごともなく6つ目の洞窟小屋へと帰ってきていた。


 残っていた連中がバリケードなんかを作っているのを、一先ずはそのまま続行して貰う。


 熊たちは無事に眠りについて、問題はないだろうが。


 ――何かあった時の守りは一応、固めておくに越したことはない。


 1度目に、姫さん達が怪我人の冒険者を連れてここに帰ってきたあと。


 5つ目の洞窟小屋の方へと情報を伝えに言った冒険者の奴らもいるらしく。


 そもそも、今、一般の人間が奥へ進めて到達出来る限界の、ギリギリのラインであるこの場所には、人自体、最初からそこまで多くいた訳じゃなかったし、本当に最小限の人数で回しているのは分かっていた。


 ここから更に5つ目の洞窟小屋の方へと人を派遣すれば、暫くここに残る人間は、商人やサム達など戦えないのに、この最奥までやってきた連中に限られてしまうだろう。


 そうでなくとも、今回の話は、6つ目の洞窟小屋と5つ目の洞窟小屋に情報が伝わればそれでいいという問題では、最早無くなっている。


【そうなると、外への緊急連絡を取るにも人手は多ければ多いに越したことはない】


 あの場で動けなくなって放心状態だったアンドリューも、冒険者に連れられてこの場に帰ってきてはいるが……。


 姫さんに救われたというのが関係しているのか、まるでかのように今は大人しくなってるし。


 一応、1人、冒険者が傍に付いて目を光らせてくれることにはなったが……。


 これからアイツの処分がどうなるにせよ、これ以上、こっちに何かを仕出かしてくるようなことは、多分無いだろう。


「皇太子様、護衛の方……皇女様を診るための職員を派遣します……!」


「……いや、人員なら、必要無い。

 アルフレッドは子供だが、姫さんの症状については一番良く理解してくれてるし、医療の知識にはかなり詳しい人間だ。

 俺たち自体、何かあった時の為に、薬品も大量に持ってきているし。

 姫さんの事を診るには、人を派遣してくれなくても、アルフレッドだけで事足りる。

 ……それよりも、これ以上、姫さんの身体が病弱なことが周囲に知れ渡らないように配慮しておいて欲しい」


 そうして俺は、ギルドの職員が、もう1人の職員に姫さんの症状を診て貰おうと声をかけてくれようとしたのを、なるべく上手いこと取り繕って固辞した後で。


 姫さんを抱えたまま、俺たちが今日泊まる予定だった宿泊施設の方へと足を向けた。


 当然、アルフレッドと皇太子が付いてくるのは勿論のこと。


 此方のことを心配そうな表情を浮かべながら気にかけていた様子のヒューゴが、俺たちの方へと向かって付いてこようとしたのを……。


「ヒューゴ、今は少しでも周囲の人手が多い方がいい。

 お前は、こっちじゃなくて、バリケードを作ったり、周囲の人間の方を手伝ってやってくれ」


 と、声を出して止め、やんわりとこっちに付いて来るのを拒否すれば。


 それだけで、何も言わなくても、俺が『出来るだけ、姫さんの症状は誰にも診せたくない』から、こっちに付いてくるのを断ったと、ヒューゴも察したのだろう。


 公には、なんていう情報は何処にも出回っていない。


 『国自体が、姫さんが病弱なことを秘匿情報にしている』と、ギルドの職員も含めてそう判断してくれているだろうし。


 ヒューゴも、ここから先は、自分が関わってはいけない問題であると認識してくれたはずだ。


「……っ、分かりましたっ!

 ですが、そのっ……、護衛の兄さんっ、何か手が必要でしたらいつでも俺にお声かけくださいっ!」


 そうして、自分の立ち位置をわきまえながらも声をかけてくれたヒューゴに頷いた後で。


 俺は姫さんを抱えて、宿泊施設に入り、今日、姫さんが泊まる予定だった部屋へと向かった。


 そうして、扉を開けた、その瞬間。


「……っ! あ、っ……こ、皇太子様、皇女様……っ!?」


 ――


 誰もいない無人でなければ可笑しいはずの、姫さんが泊まる予定だった部屋のベッドに、肩を負傷していた冒険者が横になっていて。


 俺たちの姿を確認した瞬間、ガバッと、慌てたようにベッドの上で上半身を起こしてきて、俺は眉を寄せる。


 いや、俺だけじゃない。


 目の前で、俺と同様に金髪の男が


『どうして、お前が此処にいるんだ?』


 と言わんばかりに、不愉快そうな表情を隠すこともせずに顔をしかめたのが目に入って。


【あーあ、コイツは相当、姫さんの状態を気にかけて、自分が知らない事が立て続けに起こっていることに苛立ってやがるな】


 と、逆に俺の方が冷静になれたかもしれない。


 まぁ、俺も、自分の腕の中で力を失ってぐったりしている姫さんの事を、一刻も早くベッドで休ませてやりたいっていう気持ちは、当然持っているし。


『……なんで、この野郎が、姫さんの部屋を使ってるんだ?』


 って、同じくらい苛立ちは感じているから、あんま、人のことは言えねぇんだけど。


 皇太子よりかは状況把握が出来ている分、落ち着いていられるのは、そこの差だろう。


「……うむ、そう言えば、すっかり忘れていたが。

 アリスが、この怪我をした冒険者に、体調が回復するまで、良かったら自分の部屋を使って欲しいと譲っていたな」


 そうして、アルフレッドが、ふと、今思い出したかのように、その場でぽつりとそう声を出したことに、俺は小さく溜息を溢した。


 ――


 と、思ったからだ。


 それも、俺やヒューゴが使うような従者の部屋でも。


 怪我人がベッドに横になるには充分な筈だが、誰かが使う部屋じゃなくて、わざわざ使と伝えたのは、俺たちに対しても遠慮した姫さんの優しさだろう。


 きっといつもの調子で、何の見返りなんかも求めることなく。


 本当に目の前の男の怪我の具合を心配して、柔らかな口調で自分の部屋を使うよう勧めたに違いない。


【熊たちに向かって罠を投げて、自業自得で怪我を負った人間に、ここまでしてやらなくても良いのに……】


 と、思わず、アルフレッドから事情を聞いて……。


 皇太子じゃないが、眉を寄せて、思いっきり不機嫌な表情を浮かべた俺に。


「……あっ、あの……皇女様は一体、どうしたんでしょうか……?

 どうして、そんなにも、ぐったりして……っ!?」


 と、俺の腕の中で未だ目を覚ますこと無く気絶している様子の姫さんを見て、目の前の男から声がかかった。


 それに対して、込み上げてくる怒りが抑えきれず。


鹿の所為で、熊に襲われかけたんだ。……元々、身体が弱い姫さんは、それで発作が起きちまった」


 と、フェイクも交えながら短く説明する。


 ほんの少し苛立ったような口調になってしまったのは、そもそもの事の発端が、アンドリューも含めたコイツらの言動にあるのだから、どうしても許せないという気持ちが湧き上がってきたせいだ。


【まぁ、もっとも。

 姫さんはきっと、何でもないことのように、ふわっと笑って、んだろうけど……】


 それが分かっているから、余計に苛立ちがつのってくる。


 俺が『あの馬鹿』と説明しただけで、それが誰を意味するのかは把握したのだろう。


 目を大きく見開いた後で、肩を落とし……。


「……あっ、そ、その……リーダーがっ、本当に、申し訳、ありません……っ。

 リーダーだけじゃない、俺たちも……」


 と、落ち込んだような表情をした後で


「こ、皇女様は大丈夫なんでしょうか……? 俺、場所、変わりますっ! ……ぅぐっ」


 慌てたように声を出してから、勢い余って立ち上がりかけて。


 痛む肩を押さえつける目の前の男に、俺は小さく溜息を溢してから……。


「……姫さんが譲ったんなら、別に構わねぇよ。

 怪我人なんだし、お前は大人しくそこで休んでろ。

 それから、姫さんが体調を崩した事は一部の人間しか知らねぇ事だ。……このことは、他言無用で頼む」


 と、声を出す。


 俺のその言葉に、目の前の男は本当に申し訳無さそうにしながら。


「も、勿論ですっ! 皇女様にかけて頂いた言葉には、本当に、どれほど救われたか……っ!」


 と、声を出してきて。


 姫さんの方を本当に感謝しているかのように、キラキラとしたような瞳でジッと見つめてきた。


 そこには一国の皇女に対する尊敬の念と、恩人に対する純粋な気持ちがあるだけだ。


 だが、それに対して湧き上がってくる、複雑な感情に。


 俺はその目から姫さんを隠すようにして、姫さんを抱きしめたまま、目の前の男がいる部屋の扉を閉めた。


「俺の部屋を使う。……そこが一番、広いしな。

 わざわざアリスの部屋なんかに行かず、最初から、そうしていれば良かった」


 そうして、手早く、こっちが何も言わなくても、怒ったようにむっつりとそう言ってくる“目の前の男”から降ってきた、半ば予想出来ていたその言葉に。


【だろうな……】


 と、内心でそう思いながらも。


 俺は目の前の男が今、“明確に抱いたであろうその感情”を、自分にも痛いくらいに理解出来てしまうことに思わず小さく唇を緩めて苦笑した。


 ――


 皇太子もそうだろうし、俺だって言ってみれば同じ穴のむじなだ。


 ボロボロの布きれを着て、汚い暮らししかしたことがなかった俺が。


 何の見返りを求められることもなく、ただの一般兵から、という立場に格上げして貰って。


 皇宮の片隅に自分用の個室を与えられて、馬を貰い、上等な服を貰って、と呼べる程の想いのこもった剣を貰って、居場所すら作って貰った。


 誰かからの愛情を貰って育っていない優しい主人は、甘え下手で碌に我が儘なんかも言わねぇし、そればかりか、いつも何かあれば俺のことを気にかけてくれるような人で。


 多分、魔女の能力で自分が死んでしまった後の未来も考えて。


 俺の騎士としての立場が不当に降格させられることのないようにと、ただ、その優しさから俺を引き上げてくれたような人で……。


 姫さんは、俺たちに対していつも申し訳なさそうにしながら、と思っているような節があるが。


 俺たちは、俺は……。


 もう既に、充分すぎるくらい姫さんから返しきれないほどの恩を与えて貰っている。


 その上、柔らかで、ぬるま湯のような優しい空間にどっぷり浸かって、抜け出せなくなりそうな程に、姫さんの隣は居心地が良い。


【だからこそ“複雑”だっていう気持ちは、俺も分かる】


 姫さんの命を脅かすほどの攻撃をしてきた人間が、“姫さんの優しさ”を


 ――その事が、どうしようもない程に、許せないんだろう?


 自分もまた、姫さんにどうしようもなく救われた側の人間であることに代わりはないはずなのにな?


 何も言わず、無言で今日泊まる予定だった自室の部屋を開けた皇太子を見ながら。


 俺もまた、無言で姫さんの身体をそっとベッドに降ろした。


 がちゃり、と扉が閉まっていくのが、俺たちにとっての合図だった。


「アルフレッド、頼む」


 一言、そう言ってアルフレッドに、気絶したままの姫さんを託すと。


 アルフレッドが再び、姫さんに向かって、手のひらをかざしてくれ始めた。


 瞬間、ごぼっと、意識のない筈の姫さんの口から血が溢れ落ちるのを見て。


「……っ、姫さんっ!」


「アリス……っ!」


 慌てて駆け寄った俺と皇太子を手で制したアルフレッドが。


「……お前達っ、そう慌てるな」


 と、此方に向かって落ち着いた声色で言葉を出してくる。


 皇太子がタオルで姫さんの口から出た血をぬぐうのを見ながら。


「オイ、本当に、大丈夫なんだよな……?」


 と、俺が、不安になってそう声をかければ、アルフレッドは『……うむ』と、小さく言葉を濁すように、それだけしか言ってくれない。


 アルフレッドコイツは基本的に正直者だし、自分が分かることを人に聞かれた時、故意に教えなかったりするような奴じゃない。


 だから、アルフレッドでも、例え命に別状はなかったとしても、姫さんの身体にもしかしたら副反応として何か問題が出てしまうことは、今の状況では読めない、ということなのだろう。


【姫さんが能力を使って、倒れたことは、これが初めてのことじゃない】


 俺たちが初めて古の森の砦に行って、姫さんが能力を練習しようと力を使った時も、そうだった。


 だけど、あの時は丸1日目を覚まさなかったけど、アルフレッドが癒やしてくれている間に血を吐くようなことは無かった筈だ。


 未だ、姫さんの表情は青白いままだし……。


 普段と違う状況が出てきているという、それだけのことで。


 ――どうしても、心配する気持ちは大きくなる


 だが、どれだけ気を揉んでも、俺たちに今、出来るようなことは何も無い。


「……っ、オイっ! アリスは本当に無事なのかっ……? お前達は一体、俺に何を隠しているっ!」


 だから、俺に向かって、皇太子がそう言ってくることは、予想出来ていた。


 姫さんのことを心配しつつも、傍から見れば、アルフレッドが姫さんの身体に手をかざしているように見えるだけで、治療しているようには、どうやっても見えないし……。


 アルフレッドが手をかざした後に姫さんが血を吐けば、そりゃぁ、不安にもなるだろう。


 『今、アルフレッドは何をやっているのか』と、事情が分からない分、余計、この男の苛立ちが募ったのだろうということは明白で。


 更に、この場で、自分が出来ることが無いというのも、極度の心配とやりきれなさから、その怒りに拍車をかけることになったんだとは思う。


 『いい加減、俺に事情を教えろ』と、非難するように鋭い視線が此方に向かって飛んでくることに、俺は努めて冷静に声を出す。


「……アルフレッドは今、で姫さんの身体を癒やしてくれている。

 アンタに自己再生能力があるのと、まぁ、似た様なもんだ」


 そうして、俺の言葉に、驚いたように、此方を真っ直ぐに見てくる目の前の男に。


「別に逃げも隠れもしねぇよ。……アンタの知りたいことから順に教えてやる」


 と、俺は、小さく口の端を吊り上げて、笑みを溢した。



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