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第236話 熊達を落ち着かせる方法



 アルの先導の下、私達は、足早にセオドア達の方へと向かう。


 段々とお兄さまやセオドアがいるフロアに近づいてきているのが分かったのは。


 私の傍から離れず、付いて来てくれた熊さんがピクッと顔を上げたのと殆ど同時刻に。


 呻るような熊たちの声が、此方にまで聞こえてきたからだった。


 早く救援物資を届けたいと、逸る気持ちを抑えながら、私はヒューゴとギルドの職員さんの後ろから付いていく。


「うむ、お前達、現場がどのような状況になっているか分からないのでな。

 戦えるだけの準備は済ませておいてくれ」


 そうして、アルのかけ声で。


 各々、持っていた松明や、荷物などをとりあえず、フロアに入る前の細くなっている洞窟の道に置いてくれながらも、眠り玉や食料なども腰にさげていたポーチなどに詰められるだけ詰めてから。


 背中に背負っていたり、腰にさげていたそれぞれの武器を手に持ち、準備をしてくれているのが分かった。


 私も、ここに来るまでにリュックは背負っていて。


 医療系の道具や、アル特製のお団子なども、リュックから取り出した後、自分のコートのポケットの中に入れられるだけ入れて、直ぐに取り出せるようには準備しておく。


 セオドアやお兄さまがどういう風な戦い方をしてくれているかは分からないけれど。


 熊さん達を落ち着かせることが出来たなら、直ぐにご飯をあげられるだけの態勢は整えておかないといけない。


 みんなが戦ってくれている分、戦闘能力が無い私には、熊さん達にご飯をあげるとか、誰かが傷ついてしまったら手当てをするとか、これくらいのことでしか役に立てないし……。


「しかし、松明が必要ないとは、事前に聞いてはいたが……。

 確かに、あのフロアを中心にして、この付近がいきなり場違いなまでに明るくなったな。

 枝分かれした、この細い道にまで、灯りが来ているとは……」


「え、ええっ!

 そっ、そのぉ……っ、皇太子様が最近、お国で開発しているらしい秘密の道具を使ってくれたんで……っ!

 何つぅか、まだ表には出せない極秘の代物っていうか、案件っていうかっ……!」


 そうして、冒険者ギルドの職員さんにこの辺り一帯が明るくなっていることを問いかけられて……。


 ヒューゴが苦しそうに、だけど、色々と気を利かせて言い訳をしてくれる事に『ありがとうございます』と、お礼の視線を向ければ。


 ヒューゴが私の視線に気付いて、『これくらいはお安い御用ですぜ』と言わんばかりに、パチ、っとウインクをしてくれる。


「あぁ、これだけの物を国で開発しているんだ。

 この発明が世間に公表されれば、それこそ世界全体が、良い方向にがらりと変わる程のものになる。

 当然、その道具に関しては、まだまだ公に出せない程に慎重に、極秘の案件であってしかるべきものだろう。

 寧ろ、冒険者達の不手際で、俺たちが管轄でまとめないといけない所、全く関係が無い上に被害者でもある筈なのに……。

 ここまで、その手を煩わせた挙げ句、熊たちの相手も含めて協力して貰っているんだ。

 お前達も絶対に口外しないようになっ……!」


 そうして、冒険者ギルドの職員さんにそう言って貰えて、周囲にいた冒険者の人達もその言葉に頷いてくれているのを見て、内心でホッとする。


 これは、アルの魔法だから。


 発明なんてもの自体が、ヒューゴが咄嗟にでっち上げてくれた話で……。


 当然、世界にそれらが発表される日なんて来ないんだけど。


 それでも、好意的に捉えてくれて、何とかそう言って貰えて良かったなぁ、と思う。


 私達がフロアの入り口付近にまで歩を進めると、明確に戦闘しているような剣の音などが辺りに響き渡ってきて。


 私は、今も戦ってくれているセオドアとお兄さまがどうなっているのか、大丈夫なのかと心配と不安で、ドキドキしてしまう。


 同じように、自分の家族がどうなっているのか不安だったのだろう……。


 心配そうに此方のことを見上げてくる熊さんに『大丈夫』と声をかけ、安心して貰えるように一度、その頭をそっと撫でてふわっと微笑みかける。


 その言葉も何もかもが、熊さんを落ち着かせるためにかけているようで。


 実際は、私自身が、平然を保てるように、自分に言い聞かせていたい言葉だったのかもしれない。


 アルのかけ声の下、私達がフロアの入り口まで辿り着くと。


 バッと、大ぶりになりながら、振り下ろされる熊の手と、剣を交えて戦っているセオドアの姿が見えて、その身体を見てどこも傷ついていない様子に心の底から安心していると。


 その後で、お兄さまの姿が目に入ってきて、驚いてしまう。


「……っ、お兄さま……っ!」


 思わず、声に出してお兄さまを呼んでしまった私は。


 その左腕から、かなり出血していることに『早く手当てをしないと……』と。


 ――思わず駆け出しそうになってしまう。


「……っ、皇女様、俺が行きますっ!」


 私が咄嗟に、キュッと、足に力を込め、前に出そうになった瞬間……。


 場の雰囲気を察して声をかけてくれたのはギルドの職員さんだった。


 熊たちがフロアの奥側に……。


 お兄さまとセオドアが、私達のいる出入り口の近くに居るところを見るや否や。


 手に持っていた大剣を構えたあとで、パッと、今居る場所から地面を蹴って駆け出すと。


「皇太子様っ! 後方に下がって皇女様から手当てをして貰って下さいっ!

 熊たちの相手は、俺達が交代しますッッ!」


 と、言ってくれる。


 それに続いて、ヒューゴや冒険者の人達も熊たちの相手をしてくれるために、ギルドの職員さんに続いて、この場から駆けだしてくれた。


「……っ、!」


 その言葉を聞いて、一瞬だけ、私達のいる出入り口の方を見てくれたお兄さまが。


 私とアルの姿を確認して、驚いたような表情をした後で。


 心配そうな表情を見せてくる事に……。


 私は、フロアにいるお兄さまの方へと走って駆け寄っていく。


「お兄さまっ、お怪我は大丈夫ですかっ!? 早く、手当てをしないと……っ」


 慌てて、コートのポケットの中に入れた傷薬や、消毒液、怪我人だった冒険者の人に有効だった解毒薬を取り出し、背負っていたリュックをその場に置いて。


 持ってきていたお水などの重たいものを取り出して、おろおろしながらも、早く手当てをしないと、と。


 お兄さまの方へと声をかけ。


 一生懸命になりながら、わたわたする私に。


「……っ、」


 と、小さく息を呑んだ後で。


 お兄さまがギルドの職員さんや、ヒューゴに熊たちの相手を任せて、自分の剣を一先ず鞘に納めてくれてから、後方に下がり、駆け寄った私の方へと更に近づいてくれた。


「……っ、お前達っ、6つ目の洞窟小屋に戻るように言っただろう!? どうして戻って来たんだっ!?」


 そうして、心配するようにそう言われて、私はお兄さまの方を真っ直ぐに見返してから。


「セオドアとお兄さまが一生懸命、今もこうして戦ってくれているのに、私だけ洞窟小屋にいる訳にはいきません。

 戦闘面ではお役に立てなくても、私にも何か出来ることや、お役に立てることがあると思って……」


 と、声をかける。


 私の言葉を聞きながら、お兄さまが何かまだ言いたそうにしていたものの、一先ずは納得してくれたみたいでホッとする。


 それから、お兄さまの左腕の状態を見て、私は思わずびっくりしてしまう。


【血は、確かに、流れてる……】


 それは、お兄さまの服にべっとりと血液が付着していることからも、指先を伝って血が垂れていることからも、決定的な筈なのに。


 お兄さまの腕の怪我は、もう殆どが“修復”されている、んだと思う。


 それとも、見た目の派手さに比べて、怪我自体はそこまで大した事が無かったんだろうか……?


 お兄さまの怪我の状態が、出血量から見ても、かなり血が流れたと思うくらいには傷ついていなければ可笑しいはずなのに、見た感じ、そこまで大きな物ではないように思えて。


 一瞬『……そんなことがあるのかな、?』と、思わず固まってしまったけれど。


 怪我をしているのに、私がここで固まっている場合じゃない、と。


 ハッとした後で……。


「ねぇ、アル……。

 さっき、怪我をした冒険者の人がそうだったように、お兄さまにも、解毒薬と消毒液、それから傷薬の全部を使えば良い、のかな……?」


 と、私よりも少し遅れた後に、此方に向かって駆け寄って来てくれたアルに問いかける。


「……うむ、そうだな。この調子だと、解毒薬は恐らく必要ないであろうな。

 消毒液と傷薬は有効だが、それも、ウィリアムには、微々たる効果しかないだろう」


 そうして、アルからそう言われたことで、私は驚きに目を見開かせて。


「……そんなっ……! 消毒液も、傷薬も、効果がないほどっ、酷い状態なのっ……?」


 と、思わず、問いかけてしまった。


 見た目の派手さに比べて、そこまで大した怪我じゃ無いように見えるのに。


 肩を負傷して怪我をしていた冒険者の人よりも、お兄さまの傷は、傷薬も効かないほどに、そんなにも酷い状態なのかと。


 もしかしたら、お兄さまの左腕は、このまま治らないんじゃないかと、アルの言葉に最悪の状態を想像して、不安がよぎってしまう。


「いや、アリス、大丈夫だ。

 案ずるな。……ただ、というだけだ。

 ウィリアムの怪我は“”としての“”により、目まぐるしいスピードで、“”いる。

 僕たちに今、出来ることは、傷薬を塗ってやり、真新しいガーゼなどで傷を覆ってやることくらいだな」


 けれど、アルから安心して良いというニュアンスで降ってきたその言葉に、私は目を瞬かせた。


……】


 ――自己再生


 普段あまり、聞き慣れない単語に思わず、それが何を意味するのか一瞬、判断に遅れてしまったけれど。


 アルのその言葉が意図するものも、よくよく冷静に考えて見ると分からない訳ではなく。


 最終的に私は、その存在が何を意味するのかということには『多分、これが正解なんだろう』というものに、行き着くことが出来た。


 『太陽の子』という呼称については、ノクスの民や、魔女などと同様のニュアンスが混じっているような気がする。


 だとしたら、元々、オッドアイとは言え、赤色の瞳を持っていたお兄さまも。


 ――……。


 そこまで、考えて、私はホッと安堵した。


 アルが、そう言ってくれているということは、お兄さまの左腕は派手に出血しているように見えても、そこまで問題が無いということなのだろう。


 一先ず、この場にお兄さまにしゃがんでもらって、私は持ってきた救急用の道具を地面に置いてから、自分もその場にしゃがんだ後で……。


 持ってきた真新しい水とタオルで、お兄さまの怪我を、既に乾きかけていた広範囲に垂れている血も含めて拭くと。


 アルが、と表現したのがしっくりくるくらい。


 傷口は確かに、外側の皮膚から徐々に塞がれていっており、修復されているような感じがして安心する。


 お兄さまの無事が分かって、私がちょっとだけ『良かった……』と、口元を緩ませたからか……。


 お兄さまが私の方を見ながら、眉を寄せたのが見えて私は首を傾げたあとで、ハッとした。


「あっ、ご、ごめんなさい……。

 お兄さま、もしかして、怪我をしている所、痛かったですか……?」


 細心の注意を払っていたつもりだったけれど、もしかして、怪我をしていた所の血を拭いている最中に、タオルが傷口に当たってしまったのかもしれないと、謝罪すれば。


「いや。……アリス、お前……、俺のことを、気持ちが悪いとは思わないのか……?」


 と……。


 お兄さまから、そう言われたことが。


 あまりにも自分が予想していた言葉とはかけ離れていて、私は思わず目を見開いてしまう。


「……?? 気持ち悪い、ですか……?」


【一体どうして、そういう思考回路になったんだろう……?】


 不思議に思って、きょとんとしながら、首を傾げる私に。


「いやっ、怪我をした箇所が直ぐに治るなんてこと、通常じゃ、あり得ないことだろう」


 と、お兄さまから言われて、驚きながらも。


 確かに、怪我をした状態が直ぐに治るなんてことは、通常じゃあり得ないことだし。


 元に戻そうとする力が働き、通常とはあまりにも違うスピードで、自然に修復していくその様子に。


 決して、違和感を感じないと言えば、嘘になる。


 私がそうなのだから。


 お兄さまが一番、自分の事を『人とは違う存在』なのだと、気にしてしまうのも仕方が無いことなのかな、とも思いつつも……。


 私は、怪我をしたお兄さまがの方が何より嬉しいし。


 きっと痛みとかはあるんだろうけど、大怪我をしたことで、このままお兄さまの左腕が使えなくなってしまうよりも。


 例え能力の力だとしても、その怪我が治って行ってくれる方が心の底から安心出来る。


 だから、私はお兄さまのその言葉を否定するように、ふるりと首を横に振った。


「いえ、別に、気持ち悪いなんて思いません。……その……っ、お兄さまは私のこと、気持ち悪いと思いますか?」


「どうして、そうなるんだ? 今は俺のことを言って……っ!」


 そうして、お兄さまに向かって怖ず怖ずと問いかける私に。


 お兄さまから困ったような、呆れたような言葉が降ってきて、私はお兄さまの顔を真っ直ぐに見つめた。


「お兄さまも私のことを、ちゃんと家族として見てくれるように。

 私も、お兄さまのことを大事な家族だと思っていますし、例えお兄さまにそんな能力があったとしても、気持ちが悪いだなんて、絶対に思いません。

 ……治癒能力があったお蔭で、お兄さまが、無事で本当に良かったです」


 そうして、お兄さまの手をとって、ふわりと微笑めば。


「……っっ、」


 お兄さまは私を見た後で、グッと、息を呑んでから……。


『……そうか……』と、安堵したような声を出して、私から、そっと顔を背けてしまった。


 私だって、自分が魔女であるということを、身近にいる人と、ルーカスさん以外には伝えられていない。


 でも、今なら、きっと……。


 お兄さまは、もし私が魔女なのだと知ったとしても。


 私のことを嫌わないでいてくれる、と思う。


 私自身も、初めて家族としての愛情を向けてくれる、お兄さまのことは大切な人だと思っているし。


 お兄さまが例え、赤を持つ者として、何か特別な力があったとしても。


 それで、お兄さまのことを嫌うようなことなんて、絶対に無いと言い切れるから。


 お兄さまの腕の様子を見ながら、消毒をして、傷薬を塗った後で、真新しいガーゼでその傷口を覆う。


 普通のお医者さんから比べたら四苦八苦しながらだけど、怪我人の手当ては、さっき冒険者の人に対してもしたお蔭で。


 比較的、スムーズに出来たとは思う。


 私が地面に座ったまま、お兄さまの手当てを終わらせると……。


 私の後ろから、熊さんが一鳴きしたあとで、背中を鼻でつついてきて思わず振り返る。


「……あ、っ……ずっと、放置しててごめんねっ……!」


 不安そうに此方を見てくるその姿に、パッと、今の戦闘の状況を確認するようにフロアへと視線を向けると……。


 興奮し、怒った様子の熊たちは、とてもじゃないけど、人の話を聞いてくれるような状況ではなさそうで、どうしたら良いものなのかと、頭を悩ませる。


【お団子、は……】


 ――まだ、食べてくれそうな雰囲気では無い、よね……?


 今もなお、セオドアも含めて戦ってくれている皆の方を見ながら。


「アル、熊さん達を落ち着かせる為に、何か良い案とか知恵とかがないかな……?」


 と、アルに問いかければ。


「ふむ、そうだな。……さっき、僕がその子に対応したようにすることも出来なくは無いが、そうなると無闇に僕の覇気で怯えさせてしまうだろうしな。

 極力、熊たちにストレスは与えたくないが、見ている限り、このまま行くとやがては“じり貧”だ。

 どうするべきか……」


 と、真剣に考えてくれる。


「オイ、まさかとは思うが、お前達、熊に遭遇したのか……?

 それと、その熊は一体何なんだ? どうしてアリスに、そんなにも懐いている?」


 そうして、お兄さまが私達の会話に割って入ってくれて、私はお兄さまの方へとパッと視線を向けた。


「あ……っ、そ、そうなんですっ……! ご飯をあげたのが良かったみたいで。

 私を餌をくれる人だと認識して、懐いてくれて……っ!

 どっちみち、また眠り玉で寝るにしても、熊さん達も消費したエネルギーの分を回復する為にご飯を食べさせてあげたいなって、思ってて。

 ギルドの職員さんや、冒険者の皆さんにも協力して貰って、アルの特製のお団子だけじゃなくて、なるべく食料はかき集めて持ってきているんですけど……」


 それから、私がここまで来るのに、熊さんのことも考えて、皆にも協力して貰ったことも含めてお兄さまに説明をすると。


 お兄さまはその話を聞いて、驚いたような表情を浮かべた後で、色々と考えるような素振りを見せてくれた。


 何か、良い知恵があるのなら、今も興奮している様子の熊さん達をどうやって落ち着かせるのか、みんなで案を出し合えるに越したことはないだろう。


「ふむ、アリス。……別にこの子はお前が餌をくれたから、懐いている訳ではないぞ」


 そうして、アルからそう言われて、私はきょとんとしてしまう。


【この子が私に懐いてくれたのは、アル特製のお団子をあげたからじゃないんだろうか……?】


 ずっと、そうだと思っていたから、それを否定されると“どうして私にこんなにも懐いてくれている”のか分からなくて不思議に思ってしまう。


「……??」


 私が頭の上に疑問符を浮かべたような状態を見てくれたからか。


「野生動物というものは、基本的に人の気持ちなど、色々な面で本能的に敏感に察することが出来る生き物だ。

 故に、自分にとって敵だと判断すれば、決して懐くことなどはない。

 アリスに懐いたのは、確かに空腹の時に餌をくれたというのも無い訳じゃないが。

 自分にとって“無害”であり、本能的に自分のことを本当に考えて動いてくれる“”だと認識したのであろう」


 と、アルから補足するように言葉が返ってきて、私は目をぱちくりと見開いた。


「……そ、そうだったの……?」


 思わず、熊さんの方を見て、驚いている私に。


「うむ、だから、必要に迫られてだったが、恐怖でその場を支配した僕とは違い、アリスには本当に懐いているのだ」


 と、更に、アルからそう言われて。


 お腹ぺこぺこの所、餌をあげたから私に懐いてくれた訳じゃなかったんだ。


 『ずっと、勘違いして、ごめんね……』と、なんだか、熊さんに申し訳なくなってしまった。


 そこで改めて、フロアの今の状況を視野を広げて確認すれば。


 人数が増えたことで、一人当たりが対応してくれる熊さん達の数も減って。


 これまで頑張ってくれたセオドアの負担も、少しは減っているかもしれないけれど。


 よくよく見れば、普段は殆どセオドアが、今はだらだらと滝のように汗を流しているのが見える。


 そうして、熊たちを痛めつけないようにと最大限配慮しながら、動いてくれているセオドアの。


 『はぁ……っ』という、息を切らしたようなその吐息に、本当にギリギリの戦いを今まで繰り返してくれていたのが、遠くにいる私からでも確認出来た。


 アルが“じり貧”だと言っていた通り、このままだと熊さん達よりもセオドアや戦ってくれているみんなが疲弊してしまう方が早いだろう。


 そうなったら、熊さん達を落ち着かせてあげるどころの話じゃなくなってしまう。


 どうするのが、双方にとっても一番良いことなのか。


 頭の中で、色々と考えてから、ふと思いついて……。


「……ねぇ、アルっ……! 

 言葉は通じなくても、餌になる食料を持って、熊さん達に私達が攻撃する意思は無いってことと、冬眠の為に、ご飯を食べて欲しいことを話しかけたら、熊さん達も、分かってくれないかなっ……?」


 ――この子のように


 と、声に出して、私がアルに向かってそう言うと。


「ダメだ、危険だっ……!」


 と、お兄さまから強い反対の言葉が返ってきて、私は反射的にびくりと肩を震わせた後で、お兄さまの方を見上げる。


「分かって言っているのかっ、アリスッッ!

 それは、お前がということなんだぞっ!

 ただでさえ、興奮して見境なく攻撃してくる熊たちに、“無防備なお前”が何をされてしまうか、きちんと考えているのかっ!?」


 そうして、お兄さまにそう言われて。


 私は、未だに熊と戦ってくれながらも息を切らしてきている、ヒューゴも含めた冒険者の人達や、セオドアをしっかりと確認したあとで。


 ――お兄さまへと、真っ直ぐに、真剣な表情を向けた。


「はい、大丈夫です。……行かせて下さい」


 今日、一度、サムに対して使ってしまったけれど。


 アルに癒やして貰ったお蔭で回復して、体調もそこまで酷い訳じゃないし。


 何かあれば、再度、自分の能力を使えばいい。


 時間を巻き戻すことが出来て、私でも熊さん達がほんの少し先の未来でどう動くのか分かっていれば……。


 みんなほどちゃんと戦闘出来る訳じゃないけれど、どんなに不格好にその場に転がったとしても、攻撃が来ない方向を判断して、瞬間的にそれを避けることは出来る。


 


 ――出来る、という自信はあった


 お互いに、このまま、疲弊して行くよりも。


 セオドアの身体のことも、熊さん達のことも含めて、それが一番良いんじゃないだろうか。


 この方法を試して、万が一にでも上手くいってくれれば、これ以上みんなが大変な思いをしなくても済む。


「……っ! アリス、っ……お前っ」


 私の真剣な表情に、お兄さまが息を呑んだ後で……。


 どう言えばいいのか、ほんの少し悩んでくれた、その刹那。


 誰も何も言葉を発さない、空白が生まれた瞬間。


「分かった、アリス。……僕も行こう」


 と、即断即決で、アルが声をかけてくれた。


「……っ! お前達、本気で言っているのかっ……!? これは、遊びなんかじゃないんだぞっ!」


「はい、お兄さま。

 分かっています。……心配してくれて、ありがとうございます」


「うむ、ウィリアム、案ずるな。

 僕が、絶対にアリスが傷つくような状況にはしないと約束しよう。

 ……アリスと僕のことを、今は信じてくれ……っ!」


 そうして、アルがそう言ってくれたことで。


 ぐっと、喉を鳴らしたお兄さまが、私が怪我の手当てをしやすいように、しゃがんでくれていた状態から立ち上がり。


 鞘に納めていた剣を再び抜いた後で。


「……分かった。お前達のことを信じる。

 だが、一つだけ俺と約束してくれ。

 危険だと感じたら、何に置いても絶対に自分達の身体を優先して逃げることをっ……!」


 と、私達に向かって、声をかけてくれた。



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