6つ目の洞窟小屋まで無事に戻れた私達は……。
熊さんを1匹引き連れて戻ってきたことからも。
その熊が何故か私に懐いている様子なのも含めて、ギルドの職員さんや周りの人達にはかなり驚かれてしまった。
そうして。
【5つ目の洞窟小屋から6つ目の洞窟小屋に行くまでのフロアに、痺れ玉が設置されていた……】
という、私達からの情報を聞いて。
朝早くに、5つ目の洞窟小屋の方へと伝達しに行ってくれていたギルドの職員さんも、この場所に戻って来ていたのだけど。
ヒューゴがバタバタとしながらも、ギルドの職員さんに、私達が今置かれている状況や事情を初めから詳しく説明してくれると、驚いた様子ながらも……。
「クソっ……! 今日は厄日かっ!? 本当に朝から、通常ではあり得ないことが起きやがるっ!」
と、口調を荒げつつ、表情を強ばらせ、真剣な表情をしてから。
今、この場にいる冒険者や、商人なども含めて、殆どの人間を招集してくれたあとで。
ヒューゴを中心にして、彼らと一緒に意見を出し合いながら『人員を増やす』など、この後の対策なども含めて考えてくれているみたいだった。
その様子を確認したあとで、私は、自分たちが今日泊まる予定だった、宿泊する部屋に一度戻り……。
ありったけ、毒に効果がありそうな薬と救急道具を自分が持っていたリュックサックに詰めてから、外に持ち出して。
熊の鋭い爪で肩を引っ搔かれた冒険者の怪我の具合を診てくれていたアルと、医療系の知識があるという、もう一人のギルド職員さんが怪我人を診てくれている場所へと向かう。
勿論、セオドアやお兄さまの事は心配で、早く救援物資を持って行きたいという気持ちはあったけれど。
どちらにせよ、ヒューゴが事情を説明してくれて、色々な人の協力や物資が集まるまでは、直ぐには動くことが出来ない。
――それなら、今の自分でも出来ることを私もするべきだろう。
商人であるダニエルが、今日の朝、私達が買い物をしたことを覚えてくれていたみたいで。
私達に声をかけてくれて、一先ず、その場に張っていたテントの中を貸してくれていた。
動けそうだったら、最悪は私達の部屋をこの冒険者に貸して、休んで貰った方がいいんだろうけど……。
そこまで行けるような体力ももう、残っていなさそうだったので、本当に急場しのぎだ。
彼が少しでも回復することが出来れば、ちゃんとしたベッドで、休めるに越したことはないだろう。
私がテントの外でお利口にしながら、大人しく穏やかな様子で此方を見てくる熊さんの方を通り過ぎ、テント内へと入らせて貰って。
「アルっ……。
一応、手持ちにあった毒に効きそうな薬をなるべく満遍なく、全種類、持ってきてみたんだけど。
この中で、効きそうな物はあるかな……?」
と、アルに向かって問いかけると。
今さっきまで、どのような毒が使われていたのかなど……。
その症状を診ながら、医療の専門的な知識もあるギルドの職員さんと一緒に、詳しく調査をしてくれていたアルが、此方に向かって振り向いてくれたあとで。
「うむ、アリス、助かった。これだけ種類があれば、どれかは解毒に使える筈だ」
と、私の持ってきた解毒薬など、複数の薬品の匂いを嗅ぎながら、それがどんなものに対して効果的なのか、目の前で怪我をしている冒険者には、どれを使えば良いのか判別してくれる。
その間に……。
「ごめんなさい、少し痛むと思うんですが……」
と、声をかけながら。
私は宿泊する部屋に置いていた、誰も口をつけていない新品の水を使い。
流れる血と泥なども付着しているような、その怪我の状態を、一先ず綺麗に何も付いていないような状態まで洗い流し。
身体に付着した水滴を、使っていない乾いたタオルを1回、なるべくゴシゴシと
アルが今、目の前で……。
『アリス、これを使うと良い』と、分けてくれた薬品を瓶ごと傾け。
真新しいガーゼに、たっぷりと取ると、冒険者の怪我に向かってポンポンとそれらの薬品を塗っていく。
医療関係には、そこまで詳しくないけれど。
それでも幼い頃から、マナー講師からの体罰とかを受けていたこともあり……。
毒も含めて色々と怪我なども多かった私は、多分一般的な貴族の人達よりも、そういったことに関しての基本的な知識は持っている方だと思う。
こういう時、傷口は出来るだけ綺麗な状態にしてから処置をしなければいけないという事くらいは、私にも分かっていた。
……引っ搔かれた傷口から、薬品が染みこんで、身体が痛むのだろう。
「……うぐっ……っ!」
と、小さく、くぐもったようなような声を出して、目の前で冒険者の人が痛みを堪えるように顔を顰めたのが私からも確認出来る。
「ご、ごめんなさい、なるべく手早くするつもりだったんですが。
……きっと凄く、痛みますよね……?」
私の手際が悪い所為で、不要な痛みを生んでしまったのかもしれないと。
申し訳なくて思わず謝罪をすれば、ちらりと、顔を横に向けたあとで、後ろで手当てをしている私の方へと視線を向けたその人から。
「……っ、いえっ。
本来ならば、放置しても良かったところ……。
皇女様も含めて、そちらにいる少年の方も。
そのっ、リーダーの命令に従ってっ……! 皇女様達に積極的に罠を投げて、あんなことをした俺のことを、助けて下さって本当にありがとうございます……っ!」
と、お礼を言われて、私はふるりと首を横に振った。
「いえ、緊急時でしたし、困ったときはお互い様です。
きっと、貴方はこれから犯した罪については償わなければいけなくなると思いますが……」
そうして、私がそう言うと、ほんの少しだけ、涙ぐんだ様子で。
溢しかけた涙を見せたくなかったのか、私から視線を逸らすその人に。
まだ、怪我が痛むのだろうに……。
無理に喋らせてしまったのだと、慌てて
「……あっ、気付かなくてごめんなさいっ。
怪我が痛むようなら、無理に喋らなくても大丈夫です。
私達はこの後、仲間の所に行くつもりですし。……この場所で、一番医療に適したベッドなども揃っているのは私達の部屋だと思いますから、少しでも動けるようになったら良かったら暫くそこで休んでて下さいね」
と、声をかける。
セオドアもお兄さまも……。
アンドリューが結成していたという冒険者パーティーには、痺れ玉も含めて複数の罠を投げられて攻撃されてしまったとはいえ。
二人とも、本来の優しさから、きっと放っておけなくて。
この、怪我をした冒険者のことを気遣って、凄く心配してくれていたし。
緊急時の今は、極力みんなで手分けをして、それぞれが自分に出来ることで、協力し合わなければいけないのは分かっているから。
怪我人である彼に、勝手に部屋を使われてしまったなどと、思うようなこともないだろう。
一応、念の為、お兄さまや他の人達が使う予定だった部屋じゃなくて、私が今日、使う予定だった部屋で休むことをオススメしておけば。
何故か、体格のいい冒険者の人の目からこぼれ落ちる涙の量が倍増してしまって、私は一人、オロオロしてしまう。
「……だ、大丈夫ですかっ!?」
やっぱり、まだまだ本調子では無いのだろう。
他に何か出来ることは無いかと探してみたけれど。
怪我に薬は塗り込んだし、後は、傷口からばい菌などが入ってしまわないように、綺麗なガーゼで傷口を塞ぐようにするくらいしか出来ない。
困惑しながらも、アルの方へと視線を向ければ。
「うむ……? おかしいな?
傷薬も、解毒薬も、僕の処置は完璧だったはずだが、まだ何処かそれ以外の所で問題のある箇所が……っ?」
と、驚いたように言葉が返ってきた。
「い、いえっ……、その、そうじゃなくて……」
そうして、アルの言葉に、どこか言葉を濁すようにそう言ってくるその人を見ながら。
「皇女様、この男が今日してきたことは、俺もさっきほんの少しですが、冒険者のヒューゴから先輩の職員に説明されていた事情を、ちらりと伺いました。
恐らく、お二人の優しさに触れて、今、自分がどれほど愚かな行いをしたのかと、悔い改めているのでしょう」
と、ギルドの職員さんから、そう言われて、私はようやく目の前の人がどうして泣いているのかという理由に納得することが出来た。
サムもそうだったけど、自分のした事を後悔することが出来るのなら、この人も大丈夫だと思う。
それにアルのお墨付きが出て、問題ないと判断されたことでホッとする。
適切な処置が施されたことで、この人の怪我は、命には別状がないということだから。
最初に遭遇した時のように血をだらだらと流して、差し迫っているような状況から『後は回復していくだけ』という所まで持ってこられたことは、本当に良かったことの一つだろう。
私もアルのお蔭で、大分、能力を使った体調も回復してきたし。
まだ、少し身体のだるさや重たさがあるものの、決して動けない訳じゃない。
テントから外に出ると、テント横にいた熊が私の姿を見つけて駆け寄ってきてくれた。
涎を垂らしながら、息を溢しつつ、何かを催促するみたいに、擦り寄るように私の腰に頭をこすりつけてくる熊さんに……。
【……もしかして、お腹が空いているのかもしれない】
と、私は思いつく。
そういえば、早く6つ目の洞窟小屋に行かなければいけないと、逃げるのに夢中になっていたけれど。
みんなの話の中で、この熊さん達は、本来なら冬眠の時期だった筈だと、アルが言っていた気がする。
冬眠していたのなら、食料は食べられるだけ眠りにつく前に食べておき、冬を越せる分だけ蓄えておきながらも、休息することでなるべく体力を温存していた筈だ。
それを、自分たちの都合とは別に……。
人間達の手により、急に叩き起こされてしまって、動いてしまったことで。
必要な分だけのエネルギーを消費してしまったのかもしれない。
【あっ、もしかして。
……だから、アルの特製団子をあげた私に懐いてくれたのかな?】
もしかしたら、私に付いていけば、もっと食料を分けてくれると認識したのかもしれない。
「もしかして、お腹が空いてしまっていて、お団子、もっと食べたいの……?」
熊さんに向かって、問いかけると、人間の言葉は理解していないかもしれないけど、私が何かくれるかもしれないと、分かったのだろう。
目をキラキラさせながら、私の顔を見て元気よく一鳴きする熊さんに。
私はテントに戻り、リュックの中から、アルのお団子を取り出すと熊さんに差しだした。
私が、食べ物をくれる人だと分かったのだろう。
嬉しそうに頬張っていくその姿に『眠り玉で強制的に熊たちを眠らせる』という案を、思いついてくれたのはアルだけど。
中途半端に起き出してきて、お腹が減っている今の状態で、何もない洞窟の中で彼らが冬を越すのは無理かもしれないと思いつく。
「なんだ、またアリスに団子を貰っているのか? お前、よほど、腹が減っていたのだな……?」
丁度、そのタイミングで、テントから出てきたアルが私達の姿を見つけて声をかけてくれた。
「……ねぇ、アル。
この子だけじゃなくて、冬眠しているのを起こされてしまって、熊さん達はみんなお腹が空いているかもしれないんだよね?
今もセオドア達と戦って、動いていることを思えば、エネルギーは消費してしまう一方だし、その状況で眠ってしまったら、体力が持たなくて冬を越せなくならないかな?」
そうして、問いかける私に、アルが少しだけ考え込むような素振りをした後で。
「……うむ、食料問題か。
僕自身が、基本的にあまり食事を取らなくても平気なために、そこまで考えつかなかったな。……確かにその可能性は高いだろう」
と、声を出してくれる。
「あっ、あのね! セオドア達に眠り玉や救援物資を届ける時に、ここにある食料をなるべくかき集めて、熊さん達に持っていってあげるのはどうかな?
人間は2日ほど食べなくても水さえあれば大丈夫だし、自分たちが食べられる分の、少しだけ手元にあれば洞窟小屋まで帰るのも問題ないと思う」
それから、アルに向かって、今思いついたことを提案すれば。
アルは、私の言葉に、こくりと頷いてくれた。
「うむ、そうだな。……僕はその考えは、良い案だと思うぞ、アリス。
狂暴化している熊たちを落ち着かせることが先決だが、団子も含めて食べてくれれば、熊たちも洞窟の中で冬を越して生きていくことが出来るだろう」
「本当……っ? ありがとうっ!
じゃぁ、早速協力を仰いでみて、みんなから食料をかき集めてくるねっ!」
そうして、私がアルに向かってそう言ったあとで、善は急げという感じで、ヒューゴ達のいる方へと歩きだすと。
「うむ、そうだな。
どっちみち、商人達が、罠系の在庫を持っていないか確認するつもりだったしな。……僕も行こう」
と、アルが声をかけてくれた。
「それより、アリス。身体は大丈夫なのか?
お前、普通に動いているが、また、無理でもしているんじゃないだろうな?」
それから、私の横に並んで歩き始めてくれたアルに、心配されて、私はふわっと笑みを溢す。
「少しまだ身体が重いけど、アルが直ぐに気付いて癒やしてくれたお蔭で問題ないよ。
心配してくれて、ありがとう」
『痛みが全く無くて、全然大丈夫』だと言うと、アルにもセオドアにも直ぐに見抜かれてしまって、我慢しているのだと、余計心配をかけてしまうから。
能力の反動で、少し身体が重いという、ちゃんとした事は伝えて。
その上で、問題ないこともしっかりと説明する。
頭の痛みも、吐き気に関しても、アルが直ぐに癒やしてくれたお蔭で。
ただ普通に能力を使った時とは、本当に雲泥の差くらい違う。
みんなの目を盗んで、事前にこっそりとリュックに入れてきた、ロイが処方してくれている普段自分が飲んでいる頭痛薬や、吐き気止めも、さっき宿泊する予定の部屋で飲んできたし。
多分、問題なく大丈夫なはず……。
少なくとも、自分が能力を使った反動の所為で、みんなのお荷物になってしまうことだけは嫌だった。
私が『普通に喋れるようにもなったし、元気でしょうっ?』ということを、アルに向かって一生懸命アピールすると。
「うむ……。
僕は基本的に、お前の意見を尊重してやりたい。
だが、お前の能力は、お前の事を傷つける諸刃の剣でもある。
……お前の能力の大きさを考えると、使用した時に身体にかかる負荷は大きい筈だ。
あまり無理はしないで、体調が悪い時は、早めに僕に伝えてくれ」
と、アルから言葉が返ってきた。
「うん、分かってる。ありがとう、アル」
にこっと口元を緩めながら、優しく声をかけてくれたアルに笑いかけて。
私達は、ヒューゴや、冒険者の人達、それからギルドの職員さんが話し合っている場所へと辿り着いた。
色々な議論が交わされている中で、話の内容は、今も戦ってくれているセオドアやお兄さまに救援物資を持っていくだけじゃなく、一緒に戦いに行く人を募ってくれていたり。
万が一、熊たちが洞窟小屋の近くまで、此方に向かってやってきた場合、簡易的なバリケードなどを立てる人員なども必要で、其方の作業をしてくれる人を募っていたりしてくれていて。
その中には、サム以外に、アンドリューが結成したという酒場で一度だけ見たことがある冒険者の2人組もいた。
洞窟の奥で、私達とは出会っていない人達だから……。
3つある分かれ道のうち、黄金の薔薇を求めて左側の道に進んだ私達と、右側で行き止まりの道に進んだアンドリュー達とは別に、真ん中の道へと進んでいた人達だろう。
アルの説明だと、真ん中の道も、かなり奥に繋がっていたみたいだけど。
結構進んだ所で、不安になって引き返してきたのか……。
とにかく、彼らも無事そうで良かったな、と思う。
勿論、一連の事件の流れもあり。
サムも含めて、アンドリューの結成した冒険者グループの面々はみんな、周囲の大人達から厳しい表情で見られ、非難を浴びてしまってすっかり意気消沈のようになっていた。
商人達も、この状況下で協力してくれるみたいで、ダニエルを筆頭に、洞窟内では基本的に使うことが無いからあまり手持ちに無さそうだったけど。
眠り玉も2つほど確保することが出来たみたいだった。
ヒューゴを中心として。
色々なことが既に、しっかりと纏まりかけているこの状況の中で、私達みたいな、見た目は子供の人間が、声を出して話を聞いてくれるかどうかは分からないけれど……。
「……あ、あのっ!」
私は、鍛えあげられた筋肉で屈強な大人達の合間を縫って、なるべくこの場に居る全ての人達に届くよう大きな声を出す。
私の言葉に、それまで言葉を交わし合っていた人達が、言葉を出すのを辞めて、『何だ、何だ……』と、私の方を見てくれる。
その事に、一先ず、安堵しながらも。
私は、彼らに向かってゆっくりと……。
「あの……、皆さんに聞いて欲しい話があって。
眠り玉を使うと、熊たちは確かに眠ってくれると思うんですが。
それだと、もしかしたら、彼らは冬が越せないかもしれないんです。
冬眠の為に、最低限のエネルギーを使うだけで良かったものが、今は戦っている所為でかなり消耗している筈です。
……そのっ、だから、もし良ければ、皆さんが洞窟を出るまでの最低限の食料だけ残して、熊たちの為に食料を分けて貰うことは出来ないでしょうか?」
なるべく、分かりやすいように説明する。
「……っ、熊に食料をっ!? 冗談じゃないっ!」
「あぁ、俺も反対だっ!」
けれど、私の言葉を聞いて、直ぐに返ってきた彼らの言葉は難色を示す物だった。
すんなりと、自分たちの持っているものを分け与えてくれると、私も思っていた訳じゃないけれど。
強い否定の言葉にびっくりしてしまい、思わず、アルと一緒に視線を合わせると。
「このまま冬が越せる程の体力が残っていないなら好都合だ」
「眠らせて、餓死するのを待つしかないだろうな」
という声があちこちから、聞こえてくる。
「で、でもっ……!
熊さん達は冬眠している所を人間の勝手な振る舞いで起こされてしまったんですよっ……!?
本当なら、ちゃんと冬眠して無事に春を迎えることが出来るはずで……」
彼らの意見に、私が、なおも食い下がろうと声を出すと。
「皇女様のお気持ちは分かります。
ですが、このまま生かしておけば、熊たちがいつ人間に牙を向いてくるか分かりません。
鉱山の運営のためにも、安全を脅かすような存在は、極力討伐しておいた方がいいでしょう。
恐らく、今、先延ばしにしたとしても、いずれは討伐隊を編成しなければならなかった筈だ」
という言葉が、冒険者ギルドの職員さんから返ってきた。
その言葉に。
「元々、自然とは
この世に
共存出来ぬから、殺すというのか……?
今回、熊たちの方から手を出してきた訳ではないというのにっ?」
と、アルが声を出してくれる。
怒ったようなアルのその言葉に、ヒューゴが此方を見ながら。
「……あぁ、そういや確かっ、皇女様に懐いた熊もいた筈だったなぁっ!
ここに帰ってきた時に、みんなも、見てた筈なんだけどなぁっっ!?」
と、私達の事を援護するように声を出してくれた。
「……オイ、ヒューゴ、お前、本気で言っているのか……?」
その言葉を聞いて、驚いたように声を出したのは冒険者ギルドの職員さんで。
「本気も本気。……今、あの場に残って戦ってくれている“皇太子様たち”も、熊を殺そうとは思わずに動いてくれてるんでね。
それに、皇女様の言うことも、アルフレッド様の言うことも一理あるとは思わねぇかい?
自然の恩恵を受けてんのは、俺等も一緒だ。
この鉱山の鉱石に、飯を食わせて貰ってんだからな! ここで生きている隣人同士仲良くしようや」
はっきりと、そう言って、真っ向から周囲にいる大人の人達に声を出してくれるヒューゴに。
「お、俺も賛成ですっ!」
と、声を上げてくれたのはサムだった。
「そのっ、俺たちが今日罠を使ってやらかしてしまったから、こんなことを言えるような立場じゃありませんが、それでも“
そうして、控えめな言葉ながらそう言ってくれるサムに。
「ふむ、商人という職業柄、元々命あったものを取り扱うこともあるが。
無闇やたらと殺生をするのは好かないのでね。……僕もそこに一票、入れさせて貰いましょう」
と、言いながら、商人のダニエルも名乗りを上げてくれると。
戸惑いながらも、その輪が自然と広がって、ポツポツと『確かに熊を殺すのは可哀想かもしれない』と思ってくれるような人も出始めてくれた。
その様子を見ながら、『……ふむ』と少しだけ考える素振りを見せたアルが。
ヒュゥー、と口笛のような物を鳴らして、遠くへと視線を向けると。
1匹、私達に付いてきてくれて、テントの前で美味しそうにお団子を頬張っていた熊さんが私とアルの方を目がけて、走ってきたあとで。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、私の腰に甘えるように顔をこすりつけてきた。
「……わっ!」
勢いあまって、その場に尻餅をついた私の頬に擦り寄るように近寄ってくる熊さんにびっくりしながら目を白黒させていると。
「うむ、お前、アリスのことが好きなのは分かるが、ちょっとだけ元気がよすぎるぞ」
と、声を出したアルが、救出するように私の手を取って立ち上がらせてくれた。
「ほら、見てくれ。……こんなにも、懐いて可愛いであろう?
お前達は、この可愛い生き物を殺すというのか?」
そうして、アルが『この、薄情者どもめっ!』と声を上げると。
見た目は、子供であるアルからそう言われたことに少なからずショックを受けたような人がいたみたいだった。
それから、冒険者ギルドの職員さんが。
「こ、皇女様、大丈夫なんですか……?」
と、声をかけてくれたことに、アルが作ってくれた折角のチャンスを逃さないようにと、私はこくこくと、頷き。
「大丈夫、問題ありません。……この子達はただ、お腹が減っちゃっているだけなんです」
と、声をあげる。
その言葉を聞いて、決まり悪そうな表情をした大人達に。
「お願いします。……どうか、殺さないで下さい」
と、伝えれば。
『う……っ!』と、言葉に詰まった後で、色々なことも含めて考慮してくれた冒険者ギルドの職員さんが。
「……っ、分かりました。
話を聞く限り、狂暴化して手がつけられないような状況の熊たちですが。
人命を優先しつつも、可能な限り、熊たちの命も守る方向で動きましょう。
これから、食料もかき集めるっ。……みんなも、出来るだけ協力してくれっ!」
と、冒険者の人達や商人の人達に、声をかけてくれた。