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第228話 迫り来る脅威



「音の大きさから考えて、離れていても数フロアくらいだと思ったんだが……。

 それらしき人間は何処にもいねぇな」


 あれから、音の鳴る方へと進んだ認識はみんなの中にもあって。


 一先ず、1フロア分。


 帰り道に必ず通らなければいけない場所へと歩みを進めながら、4つ程の分かれ道のある四角いフロアへと到着した私達は。


 特にそこで何かが起きている訳でも無く、さっきまでの音が嘘みたいにシーンと静まり返っているその場所でホッと安堵していた。


 そうして、セオドアの言葉を聞いたあとで。


 私達は、目配せをしてから、緊急用につけていたマスクを外す。


「……何も問題が無ければいいが。

 近くで頻発して手当たり次第に罠を投げていたと思うと、何か、毒のあるような危険な生物と遭遇した可能性は拭いきれないだろう」


「あぁ、……まぁ、そうですよねぇ。

 けど、奴らに出会わなかったのはツイてましたねっ!

 俺等に出来ることは精々、6つ目の洞窟小屋に帰って、事情をギルド職員に説明することくらいだ」


 そうして、お兄さまの言葉に続いて、ヒューゴが私達に向かってそう言った瞬間。


「……ぎ、っ……ぁぁぁっっ!!」


 という、誰かの悲鳴と共に。

 私達が来た方向とは別の方面にある分かれ道の奥、先の方から、此方に向かってバタバタと走ってくるような音と。


 第六感の部分とも言うんだろうか。


 何か、途轍もないものが……。


 『人では無い何か』が……。


 此方へ、向かってやってくるようなそんな気配を感じて。


 私達は、其方へと視線を向ける。


 セオドアもお兄さまも腰に提げていた剣に手を掛けて、アルの視線が鋭くなり、ヒューゴも眉を寄せ、みんなが揃って警戒する中で……。


 ――


 まず初めに、酒場で出会った30代くらいの体格のいい冒険者のリーダー、アンドリューが此方に向かって必死に走ってくるのが見えたあと。


 私達と、目が合った瞬間


「っ、あぁぁっ!? テ、テメェ等っ!」


 と、目を見開き、驚いたような表情をしながら。

 此方に向かって何かを言いかけてきた、その後ろから……。


 続けて


「ひっ、ヒィィィィっ! り、リーダー、待ってくださいっ! 

 お、俺のことっ、置いてかないで下さいよっ! 誰かっ、た、助けっっ! 助けてくれっっ!」


 と、声を出し、肩から決して小さくない怪我をして。


 遠目からでも、そこから流血しているのを必死に手のひらで血が流れ出るのを押さえながら。


 ゼイゼイと息を切らしつつ……。

 松明を持ったまま、もつれる足を引きずって、もう一人、此方に向かってやってきた後で。


 ズシン、ズシンっ、という鈍い音と共に、一歩、一歩大きな音を鳴らしながら地面を踏みしめて……。


 決して早くない足取りながらも、涎をたらしながら、威嚇するように、は、確実に私達の方へと向かって来ていた。


 ――グルルルルルっっ!


 という、けだものの……。


 咆哮ほうこうするような鳴き声が、辺りを震わせる。


「……ッッ、オイ……! オイ、オイっ、有り得ねぇんだがっ! コイツは何かの冗談だろうっ!?」


 に、懐中電灯の灯りをパッと向けて、ヒューゴが息を呑んだあとで、声を溢すのが聞こえてきた。


 ――熊、だった


 体長は2.5メートル以上。


 目測でしか判断出来ないけれど、3メートル近くはある個体だと思う。


 とにかく大きい上に、その目は明らかに怒りの表情を見せて狂暴化し、興奮状態にあるということだけはここからでも理解することが出来た。


「……何で、洞窟内こんなところに熊がいやがるっ!?」


 ヒューゴの慌てたような声を聞きながら。


 サッと、セオドアが剣のの部分に手をかけたまま、私達のことを庇うように前に出てくれると。


 その瞬間……。


「オイッッ! お前っ、強いんだろうがよっ! ……さっさと、俺たちのことを助けやがれっ!」


 と、私達の傍まで駆け寄ってきて、セオドアの方へと視線を向けたあとで。


 何処までも傲慢に、利己的な態度で冒険者のリーダーであるアンドリューの吠えるような言葉が聞こえてくる。


「……はぁっ!? 冗談じゃねぇぞっ!

 なんで、俺たちがお前等のことを助けなきゃならねぇっ!?

 お前さんたち、コレがどういう状況なのか正しく理解してんのかっ!?

 熊に遭遇して、コイツらを引き連れてここまでやってくることがどれほどヤバいことなのかっ!」


「う、うるせぇなっっ! 仕方がねぇだろうがっ!

 コイツらっ“毒玉”を投げても、てんで効きやがらねぇっ!」


 そうして、ヒューゴの注意するような、強く怒りを滲ませた言葉を聞いてから、自分勝手に声を出すアンドリューの“その言葉”に一瞬だけ、違和感を感じたあとで。


 アンドリューが“コイツら”と表現した理由が、目の前を見て私にも理解出来た。


 一番最初に、私達に向かってやってきた熊の、その後ろに。


 ――4、5体、それよりも小柄な個体がいるのが確認出来たから……。


「もしかして、複数体、居るんですか……っ!?」


【一体でも大変なことなのに、複数体いるなんて】


 と、思わず、息を呑んだあとで。


 目の前で喚くような声を出しているアンドリューに向かい、問いかけるように聞けば……。


「あぁっ!? そんくらい、見たら分かるだろうがっ! 普通の熊と違って、アイツ等、群れてやがんだよっ!」


 と、アンドリューが、逆ギレともとれるような言葉を此方に投げかけてくる。


 そうして、アンドリューの後ろから此方に向かってやって来た、肩に怪我をしていた冒険者が私達の元まで辿り着いたその瞬間。


 また『グルルルルルッッ!』という、ビリビリとした地面を震わすような咆哮が。


 目の前の熊たちから聞こえて来た。


 興奮状態にあるとはいっても、直ぐに突進して此方に襲いかかってくるようなことはなく。


 彼らも彼らで、一気に人数が増えた私達の方を様子見して。

 ジッと窺うような、そんな“理性的な面”も持ち合わせているみたいだった。


 ただ、いつでも臨戦態勢で、威嚇するように歯は剥き出しになって、此方を鋭い瞳で睨み付けてきていることには変わりなく。


 一歩でも、どちらかが動けば……。


 直ぐにでも戦闘が始まってしまいそうな、そんな緊張感のある危うい状態はずっと続いていて。


 ぬらりと、此方に向けられるその瞳の威圧感に、恐怖心から、思わず、その場で立ち竦んでしまいそうになる。


「ふむ、洞穴熊ほらあなぐまか……。

 絶滅したと思っていたが、これはまた随分と珍しい生き物に遭遇したな。

 それと、アレは別に群れている訳ではない。……親子で行動しているだけであろうな」


「あぁぁぁっ、アルフレッド様、真面目に解説している場合ですかいっ!?

 いや、有り難いけどもっ! ……っていうか、アレ、熊の親子なのかよっ!?

 どう見ても、小熊っ? が、普通の熊と同じくらいデカいサイズじゃねぇか」


「うむ、洞穴熊ほらあなぐまの成人したサイズは、その体長が大きいもので3メートルに近く、体重は1トンに達するものもあると言われているからな。

 小熊が一般的な熊と同じサイズ感でも、何ら不思議ではないぞ」


 そうして、アルが冷静に“洞穴熊の生態”について解説してくれている間。


「……アルフレッド、お前の作った団子はアイツ等にも効果があるのか?」


 と、直ぐに抜刀してくれて。


 未だ、此方の様子を探るようにして微動だにしない……。


 目の前の熊に対峙してくれているセオドアから、問いかけるような言葉がアルへと降ってきた。


「いや、ここまで興奮していては、食べてすらくれないだろう。

 だが洞穴熊は、本来なら一般の熊と同じく、今は冬眠の時期の筈だ。

 もしも、すやすやと気持ちよく冬眠していた所を邪魔されて起きたのだとしたら、このように気性が荒く興奮状態になっていることも、でどうしようもなくなっているということも理解出来る。

 ……お前達、玉系の罠を使って眠っている子たちを叩き起こしたなっ?」


 そうして、セオドアに向かって首を横に振ってくれた後で。


 アルの問いかけているようで“核心を突くような”どこまでも冷たい視線が、アンドリュー達の方へと向いた。


 その視線に、アンドリューではなくてもう一人、肩を怪我していた男の人がびくりとその身体を震わせたあとで。


「……リ、リーダがっ! こんな所に熊がいやがるなんて、通るのに邪魔だから、毒でなぶり殺しちまおうってっ!」


 と、声を出せば。


「ハ、ハァっ!? 人の所為にすんじゃねぇよっ!

 お前だって“危ない”つって、積極的に毒玉を投げてただろうがよっ! お蔭で折角の毒玉の手持ちがすっからかんだっ!」


『アイツ等に効かないと知ってたら投げなかったのによっ!』


 と、アンドリューから吠えるような声が聞こえてくる。


 突如始まってしまった、醜い罪のなすりつけ合いに……。


「お前達、こんな状況で争っているような場合じゃないだろう」


 と、お兄さまがその場で、自分の腰に提げていたその剣を抜いたのが分かった。


 その切っ先が、自分たちの方に向いているのを見て……。


「……ひっ、こ、皇太子様、こんな状況でやめてくださいっ!

 お、俺は、悪くないんですっ、全部リーダーがしたことなんですっ!」


「テメェ、ふざけんなよっ! こんな状況で、俺のことを売るつもりなのかよっ!?

 ……アァァっ!? っていうか、よくよく見たらっ! サムっ、テメェ、何っ、皇太子達と一緒に行動してんだよっ! 俺等のこと裏切りやがったのかっ!?」


 お兄さまが抜刀したことで、半狂乱になって叫ぶ目の前の人と。


 リーダーであるアンドリューの目つきの悪い鋭い視線が矛先を変えて、私達と一緒にいるサムの方へと向けられると。


!」


 という珍しいお兄さまの怒鳴るような一喝が、その場に響いて木霊した。


 普段大きな声を出すことも、声を荒げるようなことも、あまりないお兄さまのその一言に。


 一瞬で、シィン、と……。


 静まり返ったフロアの中で。


「お前達、目の前にある“この状況”が、まるで見えていないのか?

 喧嘩なんてもの、しようと思えば後で幾らでも出来るだろうがっ!

 その頭はただの飾りかっ? こんなにも危機的な状況下にあって、今、自分たちに出来ることは何かと、考えることすら出来ないのかっ!?」


 と、お兄さまが眉を寄せ、怒ったような口調でそう言ってから。


 鞘から抜いた剣を、目の前の人達では無く、熊の方へと向け直す。


「……ハっ、“ソイツ”は、っていう、注釈が付く話だがな」


 それに対して、セオドアがクッと喉を鳴らしながら口角を吊り上げたあと、お兄さまの言葉を訂正するように声を出してから。


「でも、まぁ、その考えは、この場においては何よりも建設的だ。

 ……で? 皇太子様は、わざわざこの場に残って戦ってくれんのかよ?」


 と、問いかけるようにお兄さまへと言葉を出してくれた。


「……っ、こうなった以上は、やむを得ないだろう。

 ここから俺たちが6つ目の洞窟小屋の方へと逃げれば、他の人間を巻き込んでしまうことにも繋がりかねない。

 一体だけならまだしも“お前一人”で、複数体アレを相手に出来るものなのか……?」


「いや、幾ら俺でも、アイツ等に連携を取られながら動かれたら厄介だな。

 一番、大きい奴は俺が相手するから、その間、アンタは小さいの一匹でも担当してくれりゃ、助かる」


 そうして、二人で遣り取りをしてから。


 未だ、グルグルと喉を鳴らして、何かの切っ掛けがあれば、此方へと飛びついてきそうな熊達を見つつ……。


 間合いを取り、戦うことを決めてくれたあとで。


「お前達っ、熊たちは、眠っていたところに、人間から罠をあてられて怒り狂っているだけなのだ。

 人に害を為すからといって、無闇矢鱈むやみやたらに、殺してはダメだっ!

 そうなったら、他に生き残りがいるかもしれぬし……。

 人が“”だと覚えた熊たちが此方を敵認定して、今後、洞窟入口に近い方まで出てくるかもしれぬ」


 と、アルが声をかけてくれる。


「……そうは言っても、この状況ならば、何よりも人命を優先しなければならないだろう。

 それともアルフレッド、お前には何か策でもあるのかっ?」


「うむ、冒険者とやらっ、お前達、“眠り玉”はまだ持っているのであろう? それで対抗する」


 そうして、お兄さまに質問されて……。


 アルが、アンドリューを含め、冒険者の人達に声をかけてくれると。


「……で、でも、さっき俺等が罠を使った時は無理でしたよっ!

 何度も、必死に“毒玉”を投げたけど、効いている様子がなくてっ!」


 と、アンドリューと一緒に行動していた怪我をしている冒険者から怖ず怖ずと言葉が返ってきた。


 確かにさっき、アンドリューが吠えるように、熊たちには『毒玉が効かなかった』と言っていた覚えがある。


 彼らが“毒玉”という、一番攻撃性の高い物をチョイスして目の前の熊に向かって投げたのは、彼らの話を聞く限り……。


 熊たちを嬲り殺すのが目的だったとか、そういう最低な感情が乗っていて、人間として本当にどうしようもないと思うけれど。


 人間の作った毒玉ですら効かなかった相手に、眠り玉は有効なのかと疑問に思って、アルの方へと視線を向けると。


「うむ、洞穴熊は本来、毒などは持っていない生き物の筈だが。

 この鉱山には、毒のある生物も数多あまた存在するのでな。

 ……もしかすると、この洞窟内で生き残るために、限定的に進化を遂げた可能性はある」


 と、アルから冷静な言葉が返ってきた。


「……あ、アルフレッド様、ソ、ソイツは、あの熊が……。

 ど、毒に対して耐性があるとか、体内に毒を宿しているってことですかいっ!?」


「あぁ、いつだったか、ヒューゴ、お前も確か言っていたであろう?

 お前が小さい頃に“黄金の薔薇”を見つけたと言っていた冒険者達が、“毒のある生き物”に襲われて命からがら逃げ出してきたとな」


「……あっ、! そ、それ、はっ……」


「生き物の進化というものは、環境に適応して常に変化していくものだ。

 例え、同種に見える存在、熊という生物であろうとも、生息地が違えば、一概に全て同じとは限らぬ。

 だが、例え毒が効かぬ生き物も、眠らなくても大丈夫である生き物はこの世にはあまり存在しないからな。……ましてや冬眠している最中であったのなら、眠り玉ならば効く可能性は高い」


 そうして、ヒューゴからの問いかけに。


 あの熊たちに、毒が効かない理由と、眠り玉ならば効く可能性を分かりやすく提示してくれるアルの言葉は説得力があるものだった。


「成る程な。……どちらにせよ、今後のことも考えれば、ここでアイツ等には、本来の熊らしく再び冬眠状態になって貰った方が都合が良いってことだな?」


 そうして、セオドアがアルに向かって声をかけてくれると。


「うむっ! あの者達も、急激な眠気を感じたのならば、このまま僕達と戦うのと、どちらが良いのか迷う筈だ。

 僕達が、自分たちを明確に殺して害を為す物ではないと判断すれば、戦いをやめて、自分たちの巣に帰ってくれる可能性も高い」


 と、アルが言葉を返してくれた。



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