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第227話 本当の目的


 それから念のため、サムの荷物の中をあらためさせて貰ったあとで


 サムが所持していた閃光玉を、ヒューゴのリュックに入れて此方で預かってから。


 私達は、洞窟の中をアルのナビゲーションの元、一先ず6つ目の洞窟小屋にまで戻ることにした。


 入り組んだ洞窟内で、偶然私達の所までたどり着けたサムと違い。


 仮にサムの言う冒険者パーティーが、こっちの方向にまで進んで来ていたとしても。

 私達と遭遇する可能性は100%あるとは言い切れない。


 どこか違う道を一本曲がっていれば、それだけで、私達とは別の方向に進むようなことにもなっているだろうし。


 このまま上手くいけば、私達が何ごともなく無事に洞窟小屋までたどり着けることも出来るとは思う。


 一先ず、6つ目の洞窟小屋に向けて歩いていく道すがら。


 サムから冒険者パーティーの情報については、詳しく聞き出すことが出来た。


 例えば、リーダーのアンドリューはいつも『狩猟に使われるような罠を持ち歩いていた』ということとか。


 人に対してそれらを使用したことは今回が初めてだけど。


 毒を持つような生物に対しては躊躇なくそれらを投げたりしてきたようなことも、今までに何度かあったらしい。


 それが冒険者ギルドの職員さんや、冒険者の人達に見つかって……。


 今まで発覚にまで至らなかったのは、アンドリューがなるべく自分たちのパーティーしかいない時を狙ってそれらを使用していたことと。


 何度か目撃されてしまったような時は、誤魔化しが通用しない場合にのみ、相手に珍しい鉱石を渡すようなことで黙らせてきたのだとか。


 初めて会った時に、ヒューゴから


【やたらと態度が悪い上に、デカい顔をしていて周囲に威張り散らしていた】


 と、彼らに対しての証言があったように……。


 周囲からは煙たがれてはいるものの。


 質が悪いのは、アンドリューがこの辺りで冒険者としては腕っ節が強く、武器の扱いにも手慣れていて、かなりの強さを持っていたということもあり。


 極力、関わり合いになりたくないという真理も相まってか、今まで野放しにされ。


 この辺りでは、好き勝手に振る舞っていたみたい。


「……腕っ節が、強い……?」


 サムからの詳しい説明を聞きながら、セオドアがぽつりと溢したその一言に。


「いや、どう考えても、護衛の兄さんの強さが桁違いなんですってば」


 と、ヒューゴが此方に向かって苦笑しながら突っ込みを入れてくる。


「でも、だから……その、俺たちはある程度、粉が入らなくても済むようにマスクを常に持参してたんです。

 流石に、人に向ける量じゃない、閃光玉や、痺れ玉などを大量に皆さんに投げた時は、粉が舞いすぎて俺たちでもどうしようもなくて一度、待避しましたが」


「……うへぇ。それだけ聞くと本当に、マナーもルールもあった物じゃねぇなっ!

 悪いが俺はお前達の所業に関して、冒険者ギルドにきっちりと報告させて貰うぜっ?」


「……えぇ、勿論です。

 それだけのことを俺たちが。……俺が、してしまったことは事実なので」


 サムの表情には、後悔と、自分の罪を吐き出すことで、少しでも楽になりたいと思うような気持ちが乗っかっていて。


 今まで、冒険者パーティーの中に所属して、威張ったりするようなことも。


 人に迷惑をかけるようなことも確かにしてきたということは事実なんだろうけど。

  もしかしたら、度々、良心の呵責にも苛まれていたのかもしれない。


「俺だけじゃなくて、今まで強い力を持っているリーダーの傍にいて。

 リーダーの威光を借りて、自分たちまで、まるで強い力を得たかのように振る舞ってきたことも事実です。

 でも、リーダーが人に向けて痺れ玉とかを投げた時に、これは違うなって、思って。

 そのっ、自分が今までしてきたことの責任については、この洞窟を出たら、きっちりと負うつもりです」


 そうして此方に向かって、はっきりとそう答えてくるサムの表情は、どこかすっきりと、晴れ晴れとしたような雰囲気だった。


 その姿に、自分が間違えてしまったことを認識して罪を認めることが出来るなら。


 サムは、これから先も大丈夫かな、と思う。


 多分、洞窟を出た後は、冒険者ギルドから通報され……。


 その身元は騎士へと引き渡されたあとに、危険物の取り扱いについて法で裁かれることになってしまうだろうけど。


 罪に対する罰に関しては、絶対に受けなければいけないけれど。


 この様子だと、もしかしたら、情状酌量の余地はあると判断されるかもしれない。


 それから……。


 冒険者パーティーのリーダーであるアンドリューが、普段から痺れ玉と閃光玉以外にも、眠り玉や毒玉なんかも持ち歩いていることがサムの証言から判明した。


「リーダーが、一番多く持ってきていたのは、生き物の動きを止められる痺れ玉です。

 万が一、俺等が吸い込んでしまっても、暫く動けなくなってしまうだけで、そこまで害は無いですから。

 ……でも、ここに来るまでにも、結構な数を使ってしまったから、今はその手元には痺れ玉のストックはもう無いはずです」


 そうして、その言葉を聞いて、セオドアとお兄さま、それからヒューゴが眉を顰めて難しい表情を浮かべたのが見えた。


「毒玉と、眠り玉、それから閃光玉の残りのストックは?」


 セオドアがサムに向かってそう問いかけてくれると、真面目な表情になりながら。


「リーダーは、全種類、2個ずつくらいは所持している筈です。

 他のメンバーは毒玉を持っているやつが2人、眠り玉を持っているやつが2人、そして俺が閃光玉を持ってました」


 と、サムが此方に向かって声を出してくれた。


「となると、閃光玉だけではなく、今度は毒玉や眠り玉を使ってくる可能性が最も高いという訳か」


 そうして、お兄さまが少しだけ思案したあとで、言葉を出してくれると。


 セオドアがその言葉を聞いて、眉を寄せたのが見えた。


「……その話、可笑しくねぇか?」


 そうして、訝しむような声でセオドアが私達に向けてそう言ってくれると、それを聞いてお兄さまも肯定するように頷いてから。


「あぁ、そうだな。……確かに、その話の決定的な違和感については俺も感じている」


 と、難しい表情のまま、答えてくれる。


【さっきまでの話で、何か変なところとか、あったかな……?】


 サムの説明でどこかに違和感やおかしいところなんて、あっただろうかと。


 2人が気付いてくれた『それらの内容』が、何なのかまったく分からない私の気持ちをまるで代弁するかのように


「えっ……?

 皇太子様たち、今の会話で何か可笑しいところありましたかい? 俺には全然っ、何がなんだかっ」


 ヒューゴが一体、どういうことなのか、と2人に向かって問いかけてくれると。


「あぁ。……さっき、この男が冒険者パーティーのリーダーである男の“最終目的”に関しては何なのか分からないと言ってたが。

 少なくとも、酒場での一件で俺たちに恨みを持って“攻撃”してやりたいという気持ちはあったんだろ?

 じゃぁ、俺たちに向かって“閃光玉”や“痺れ玉”を率先として使ってきた理由は何だ?

 俺たちのことを傷つけたいとか、殺したいとか、そういうことを考えていたのなら、優先して俺たちに使うべきなのは“毒玉”や“眠り玉”の方だろ?」


 と、セオドアがヒューゴの質問に答えてくれた。


 その言葉に思わず、息を呑んでしまう。


【……言われてみれば、確かにそうだ】


 深く考えれば、分かることだったけど。


 閃光玉や痺れ玉に関しては、あくまで私達のことを一定時間、足止めするような効力しかない。


 でも、毒玉や、眠り玉に関しては別だ。


 毒玉を使われていたら身体が痺れて動きを止めるような痺れ玉どころじゃなく、私達の身体にも少なくないダメージがあっただろうし。


 眠り玉を洞窟の中で使われてしまっていたら、その場で放置され無防備になってしまった私達が洞窟内で毒を持った生き物なんかに刺されてしまったり。


 その間に、私達のことを殺そうと思えば出来ないこともないとは思う。


 勿論、痺れ玉や閃光玉なんかを使って、足止めしてきている間に私達のことを攻撃してきてもおかしくはないけれど。


 私達を身体的に傷つけたいということを目的としていて、確実性を狙うのなら毒玉や眠り玉なんかを使ってきた方が、より効果的だと思う。


【もしかして、私達のことを攻撃したいという目的以外に何か他の理由があったんだろうか?】


 セオドアの言葉に驚いたような表情をしながら、青ざめるサムを見ていると。


 彼はその目的については、やっぱり知らなかったのだということは理解出来るんだけど。


 酒場で絡んできた、アンドリューというあの冒険者の人が私達に『攻撃したい』という理由以外で、何か目的があって近づいて来ていたのだとしたら。


【……本当の目的に関しては一体、何だったんだろう?】


 どれほど頭の中で考えても、明確な答えは出せそうになく。


 一先ず、私達は洞窟内を歩きながら、警戒することしか出来ない。


 サムの説明を聞いていたら、5人いる冒険者パーティーの中でも……。

 アンドリューに一番気に入られている側近のような人が一人いて。


 現在、その人と二人で、アンドリューは動いているらしい。


 ただ、アンドリュー以外の人達はみんな、3つ目の洞窟小屋くらいにまでしか行ったことがなく。


 ここまで進んでくることには全員、どちらかというのなら反対派だったのだとか。


「あの、でもっ、本当に道に迷った様子もなく、マッピングした地図も見ずに、こうしてするすると進んで行っているのは凄いですね。

 奥へと、逃げられるだけ無我夢中で走った俺とは大違いです」


 そうして、私達に向かって『こっちだ』と、教えてくれながら、アルが率先して私達を誘導してくれている姿を見て、サムが感動したように声をかけてくる。


「うむ、似た様な洞窟の中とはいえ、一度見れば、その形状が全て同じということは有り得ぬからな」


「いや、本当。

 俺も多分、アルフレッド様がこうして誘導してくれなかったら確実に道に迷ってると思いますぜ。

 そもそも、マッピングしながらだと、どうしてもその場で立ち止まってしるすような面倒な作業が一個入っちまうんで。

 仮にたどり着けたとしても、想像以上に、あんなにも早く、あの場所までたどり着けなかったでしょうねぇ」


 そうして、しみじみと声を出すヒューゴの言葉を私が聞いていると。


 『ぐぅっ』っという、かなり大きなお腹の鳴る音が聞こえてきて、私は其方へと視線を向けた。


 見れば、サムがちょっとだけ恥ずかしそうにしながら。


「……あぁ、すみません。朝から何も食べてないんで、腹が減っちゃって。

 鉱石を採るための道具は山のように持たされてるのにっ、食料なんかは、俺、リーダー達から、全く何も持たされてなくて」


 と、此方に向かって声を出してくる。


「あの、もし良かったら、これを食べますか?

 6つ目の洞窟小屋でお兄さまに買って貰ったナッツなんですけど」


 その様子を見て、何だか可哀想に思えてきた私は。

 そっと、リュックからお兄さまに買って貰ったナッツが入った瓶を取り出してサムに渡した。


「……えっ、そんなものをっ、俺が、貰ってもいいんですか?」


 驚いたようにしながらも、蜂蜜漬けになっている瓶の中のナッツを見ながら。

 ゴクリと喉を鳴らすサムに『どうぞ』と声をかけて、手に持っていたナッツを渡す。


「……す、すみませんっ、何から何までありがとうございます。……皇女様」


 私達の会話の遣り取りの所為もあってか、すっかり私の身元がサムにも知られてしまって。


 最初は私の身分について、もの凄く動揺してお兄さまやセオドアの顔色を窺いつつ、ぎこちない態度だったサムも、段々と慣れてきてくれたらしい。


 本当に感謝するような視線で見られて、私はにこっと微笑み返した。


「……うむ、そう言えば僕達も、朝食べたきりだったな」


「あぁ、そうだな。

 この辺りは毒のある生物もいるにはいるが、そこまで危険ではないし、俺たちも軽く携帯食を食べることにしよう」


 そうして、アルが私達に向かって、『僕は大丈夫だが、お前達は腹が減っているのではないか?』と、心配しながらそう声をかけてくれると。


 お兄さまがこくりと頷いて、ヒューゴの方へと視線を向けてくれた。


 そうして、お兄さまの視線の意味を直ぐに察知したあとで……。

 ヒューゴが背負っていたリュックサックを前に抱えてから、その中を漁って干し肉などを出して私達全員に手渡してくれる。


 簡単な携帯食なので、歩きながらでもそれらを口の中に放り込んで食べることが出来るし。

 ドライフルーツなんかは、手も汚れることが無くて凄く便利だ。


 みんなが、少し遅くなってしまったお昼ご飯代わりの軽めの携帯食を食べている間……。


 私はそっとアルと自分のブレスレットを重ね合わせた。


 ほんの少しの短い時間だったけれど“食事休憩”をとるということで英気を養い。


 みんなの中に漂っていた『何があるか分からないと緊張して張り詰めていた空気』も、ほんの少しだけ和やかなムードになった時。


 パァンっっ! という、何かが破裂するような音が響いて……。


 私は、びっくりしながらも、直ぐにみんなの方へと視線を向けた。


 ここまで洞窟の中で色々と経験してきたからこそ、それが何なのか、私自身もう分かっている。


 その音は、狩猟に使われる痺れ玉などの“玉系の罠”が使われた時の音だ。


 ――だとしたら、それらを投げた犯人は冒険者パーティーの誰かということになるだろう。


 でも、私達がいる“このフロア”とは別の場所で、使ということに関しては明らかにおかしくて。


 『一体何が起きたのか』と、この場に居る全員が不審に思ってしまうのも当然のことのように思えた。


「……あっちから聞こえてきたなっ」


「うむ、僕達を狙って投げてきた訳じゃないということは、そっち方面で何かが起きた可能性は高いだろうな」


「アルフレッド、確か音が聞こえてきた付近は、俺たちの帰り道だった筈だろう?

 どのみち、俺たちが帰るためには、絶対に通らなければいけない場所ではないのか?」


 そうして矢継ぎ早にセオドア、アル、お兄さまの順番で声を出してくれてから。

 直ぐにヒューゴの持っていたリュックサックの中に、自分たちが今食べているものを入れて貰うと……。


 また、パァンっと立て続けに、罠が使われた音が聞こえて来た。


 それだけで、サムが元々所属していた冒険者パーティーが今“毒のある生物と遭遇してしまった”とか。


 彼らに何か緊急事態や、異常なことが起きているのだけは、ここからでも把握することが出来る。


「アイツ等が俺たちの通る道にいれば、遭遇することは絶対に避けられないから覚悟しておいてくれ」


 そうして、私達に向かって、厳しい表情になりながらも声をかけてくれたセオドアの言葉に頷き返すと。


 私達は、みんなで目配せをしあってから、念の為に粉が入っても大丈夫なようマスクをつけたあとで。


 そちら方面に少し駆け足で向かうことにした。


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