奥へ、奥へ……。
懐中電灯で前を照らしながら出来るだけ私達は、前へと進んでいく。
その大部分が暗闇で、人の手が入っておらず、整備もされていない道は歩きにくく。
時に
それでもアルのナビゲーションのお蔭でするすると進んでいる方だと思う。
追っ手が後ろから来ているような雰囲気は、足音や喋り声なども含めて今の所しないのが救いだろうか。
「うわ、本当だっ! アルフレッド様の言う通り、この辺りにも、植物が頻繁に生えてきましたね。
洞窟内に水がある場所が近い証拠でしょうか?」
何度目かの分かれ道を進み、ヒューゴがきょろきょろと辺りを見渡してくれながら声を出してくれたことで。
私にも、辺りに何種類か植物が生えているのが確認出来た。
人の手で整備され、人工的な松明の明かりが点けられていた今までの場所とは違い。
これらの植物は完全に光が無くても生息できるものなのだろう。
それだけじゃなくて、名前は分からないけれど何かの
本当に水のある場所が近いのだと思う。
確か、こういう茸が生息するためには、ある程度、湿度も必要になってくるはず。
「うむ、この辺りは、貴重な植物の宝庫だな。
外ではあまり見ないような物が数多く自生している。……その幾つかは採取しておくとしよう」
アルが、そういった植物を幾つか選んでその場で採取していると。
ヒューゴが
「アルフレッド様、俺も、手伝いましょうか? コイツを採ればいいんですよね?」
と、善意で声をかけてくれた。
そうして、アルが採取した植物と同じ見た目をしている物に手を伸ばした瞬間。
「待てっ、ヒューゴ、それを触ってはダメだ。
お前が今、触りかけた物は、僕の採取したいものとよく似ているが……。
葉の部分が、人が触ると炎症を起こすような細かい粉が付着しているのだ。
気をつけねば、手がかぶれて大変なことになってしまうぞ?」
と、アルから声がかかって。
ヒューゴが
「ひえっ、お、おっかねぇっ! ソイツは本当ですかいっ?」
と言いながら、慌てて自分の手を引っ込めた。
「うむ、見た目もそっくりだし、生息地も殆ど同じで紛らわしいのだが。
一方は毒を持ち、もう一方は薬草でもあるという全く違う植物なのだ」
そうして、解説するようにそう言ってくれたあとで。
事前に持ってきていた小さめの袋にそれらを入れると。
「もうすぐ、水がある場所へと辿り着くであろう。
その付近に、黄金の薔薇があるといいのだが……」
と、私達に向かって、アルがそう声をかけてくれた。
「……ええ、本当にっ! 頼むから絶対にあってくれよっ!」
そうして、快活に笑いながらヒューゴがアルに答えてくれたあと。
私達は更にその奥へと進んで行く。
ここに来るまでの間に、虫やサソリなどの生き物には何度か遭遇したものの。
彼らに関しては、そこまで動きも速くなく避けようと思えば避けられるもので。
特に大きな問題が起きることもなく……。
一本道になっている場所を通り抜ければ。
湖というには小さいけれど。
そこには確かに、長い年月をかけてなのか。
……それとも地下水が湧いて出てきたのか。
――青色の綺麗な水が広がっている場所へと出た。
完全な長方形という訳ではないけれど、歪に四角くなっているようなそのフロアは。
半分ほどが、地形的に一段下がったような水で埋められていた。
見た感じ、水深はそんなに深くなさそうだけど……。
暗い洞窟の中で、天井に小さく丸い穴が空いている箇所があり。
そこから陽の光が入ってきて、まるで吸い込まれそうな程の“コバルトブルーの水”が、一部分だけキラキラと太陽を反射していて幻想的にも思えてしまう。
「いやぁっ……! 絶景だなっ!
まさか、この鉱山の洞窟内にこんなにも癒やされるようなところがあったとは」
そうして、ヒューゴが感動したように声を出してきたのを聞きながら。
『本当に綺麗……っ』と、それにこくりと同意したあとで。
私達は、付近に黄金の薔薇が咲いていないかを、手分けしてくまなく探すことにした。
「うむ、お前達。
黄金の薔薇は水のある場所に隣接している洞窟の壁などに咲いている場合も多い。
探すなら、そういった所を見てみるといいぞ」
そうして、アルが教えてくれたことに従い。
水辺にしゃがみ込み、洞窟の壁などを見たり、付近をくまなく捜索して……。
――どれくらい経っただろうか
「全然見当たらない、ですね……」
洞窟という光のあまり無い場所では、植物も色落ちするのか緑色のものが黄緑っぽく変色していたり。
他の珍しそうな植物は何度も発見するものの。
黄金の薔薇の発見には至らずに、私は落胆しながら声を出す。
これに関しては、私達よりも当然、ヒューゴが一番落ち込んでしまっているだろうから。
私がこうやって“落ちこんだような声を出したらいけないな”と思いつつも、どうしても“
という気持ちが湧いて出てきてしまう。
5人もいて、みんなが探したところも、もう一度、別の人が確認するという入念な作業もして。
それでも咲いていないということは“黄金の薔薇”というものは、本当に貴重な物なのだな、と改めて実感する。
「……ああ。まぁ、でも、本当にダメ元で探してたんでっ。
ここまで来れただけでも俺にとっちゃ、かなり凄いことっていうか」
そうして、ヒューゴが苦笑しながらも笑顔を見せてくれたあとで。
「うむ、諦めるのはまだ早いぞお前達。……もう一箇所、奥のフロアに進んで見よう。
その先は水が無い場所だが、これだけ近ければ地下では水が繋がっていて黄金の薔薇はそこから水を吸い上げて咲いているかもしれぬ」
と、アルが声を出してくれた。
確かに可能性があるのなら、それに賭けた方がいいだろう。
例え、それが一本の細い糸みたいに、限りなく薄い光明かも知れないけれど。
けれど、希望が無い訳じゃない。
ここまで来たのだから、どっちみちそこまで手間ではないし。
折角だから、諦めてしまうにはまだ惜しいような気持ちが湧いてくる。
そうと決まれば、近くのフロアに関しても
アルの言葉に従って私達は、このフロアから幾つか分かれている道を右から順番に進むことにした。
そうして、何度かフロアを移動するものの。
一つは、採掘出来る鉱石が天井に見え隠れしているような場所で黄金の薔薇は見当たらず行き止まりになっていて。
もう一つも、植物は生えているものの、特に黄金の薔薇に関しては発見出来なかった。
どうしても……。
【やっぱり、そう簡単に発見できるものではないし、そもそもこの鉱山には無いのかもしれない】
という、諦めムードが広がってしまうなか。
更に1フロア分、ダメ元で奥に進んだ私達の目に入ってきたのは。
――さっきとはまた違った絶景だった。
限られた植物しか自生できないような洞窟内の中で、よくこれだけの草花が育ったな、と思ってしまうくらい。
その場所の地面は、緑に包まれていた。
「うわっ、な、なんだ此処っ! すげぇっ!」
洞窟の壁の隙間から、淡い光がちょっとだけ入ってきているようなことも関係しているのだろうか。
こういった場所で、何処から種が入ってきて、植物が育っていったのかは不明だけど。
洞窟の天井や、壁の部分にも沢山の植物が生えて緑色になっている。
その中で、普通では絶対にお目にかかることが出来ない、珍しい色。
どこか神秘的で、
希少性故に、一度もそれを見たことが無い私にも、目の前で咲いているものが何なのか見ただけで理解出来る。
――これが黄金の薔薇
それも、よくよく見れば。
一本だけじゃなくて、近くにもう2本ほど生えていて、この場所に咲いているそれは3本もあった。
よほど、この場所が生息に適している場所だったのだろうか。
「……う、うわぁっ。ほ、本当にあったっ! ま、マジかよっ!」
ちょっとだけ涙ぐみながら、嬉しそうにそう言って黄金の薔薇の方へと駆け寄っていくヒューゴに。
『見つかって、本当に良かった』と内心でほっこりしながら……。
私はリュックサックの中から、袋を取りだして、ヒューゴに渡す。
「ヒューゴ、良かったらこの中に入れてください」
「あぁ、皇女様、ありがとよっ。……ッッ、これで、アイツの身体もほんの少しは……!」
ヒューゴがどれくらいの期間、黄金の薔薇を探し求めていたのかということは、私には分からないけれど。
これでヒューゴの言っていた喀血の症状があるという人が少しでも楽になれればそれに越したことはない。
【きっと、早く帰って、薬にして飲ませてあげたいはず】
嬉しそうなヒューゴの声に、私自身も嬉しい気持ちを抱きながら、ホッと安堵していると。
「うむ、ヒューゴ、2本採るのは構わないが1本は必ず残しておいてくれ。
黄金の薔薇は、種から咲くものになるのでな。……全て採取してしまえば、もうこの場所に黄金の薔薇は咲くことは無くなってしまうだろう」
と、ヒューゴに向かってアルが声をかけてくれた。
「あぁ、分かった。……2本も採れるだけで充分だ」
そうして、慎重にヒューゴが黄金の薔薇を傷つけないよう、根元の周りにある土を掘り。
そこから根っこに土が付いたまま、黄金の薔薇を採取したあとで、丁寧に持参していた袋の中に入れる。
その瞬間……。
パキっという、何か枝みたいなものを踏んだような音がして。
「……っ、誰かいるっ……!」
と、セオドアが私達に向かって、声をかけてきた。
そのことに驚いて、私が目をぱちくりさせていると。
鋭い視線で、セオドアが私達が今向かって来た洞窟の入り口付近へと視線を向けるのが見えた。
そうして、お兄さまも、アルも、ヒューゴもその言葉を聞いて一気に警戒するような視線になったのが把握出来る。
一瞬で、シーンと静まり返った洞窟の中で。
セオドアが私達の前に庇うように出てくれて、何かあれば直ぐに走って逃げることが出来るようにと目配せしてくれたあとも……。
けれど、衝撃に備えて、ある程度覚悟していた痺れ玉などの危険な物が使われることもなく。
私達のフロアの外にいる“誰か”はその場に留まっていて、此方に向かってやってくるような気配もない。
その事に『一体、どうしたのか……』と私が思っていると。
「……オ、オイ、一体どこのどいつだっ!?
俺たちに痺れ玉を投げてきたような連中かっ!? ……遠目から俺たちのことを見るなんて卑怯なことをしてないで、正々堂々と、その顔を晒せって!」
絶対にフロアの外に人はいるのに、何もアクションを起こされないことの方を不気味に感じて焦れたのか。
ヒューゴが怒ったようにフロアの外にいるであろう人へ向かって吠えるように声を出すと。
少しだけ戸惑ったように、じゃりっと、洞窟内の土を踏んだあとで。
「……あぁっ、い、いや……っ!
も、申し訳ありませんっ、皇太子様っ! お、俺は決して不審なものじゃっ……!」
と、一人の男の人が慌てたように姿を見せてきて。
お兄さまに向かって、動揺し、落ち着きがないまま頭を下げて謝罪してきた。
一度しか見ていないけど、その姿には、見覚えがあって。
「あっ、もしかして一昨日、酒場にいて私達に絡んできた人ですか……?」
と、私が問いかけると、緊張した面持ちで。
反射的に目の前の人が、びくりと身体を揺らすのが見えた。
確かこの人は。
一昨日、私達に向かって絡んできた5人組の中の一人だったはずだ。
その中でも比較的、一番大人しい部類に入る人だっただろうか。
リーダー格っぽい人が私達に絡んできた間。
お酒を飲んで下品に笑ったり野次を飛ばしてきた人達の中でも、そこまで目立った印象は無かったけれど。
その顔は一度、確認していたから私も覚えていた。
私がそう声をかけると、お兄さまもセオドアもアルも殆ど私と同じ時に、目の前の存在がどういった人だったのか思い出してくれたのだろう。
酒場での一件のこともあって、更に、警戒心を強めてくれるのが……。
ピリピリとした緊張感がこの場に広がることで、私も肌で感じとることが出来た。
私達みたいに、6つ目の洞窟小屋の先にある、未開の地の奥へと進んでいるような人は滅多にいないだろうし。
どう考えても、この人が、私達のことを追いかけてきた犯人グループの一味だと考えるのが妥当だろう。
だけど周囲には見た感じ、この人、一人しかいないような状態なのが気に掛かる。
それとも、もしかしたらこの人だけが先に来て、他の人達は後ろで待機しているだけなんだろうか?
「オイ、お前がまさか俺たちに、はた迷惑にも痺れ玉なんかを使った張本人かっ!?
いつも、お前がつるんでいる連中はどこにいるんだっ!?」
そうして、ヒューゴがそう目の前の人に問いかけると。
きょろきょろと、不自然に左右に視線を向けたあとで……。
「いや、っ……そっ、それが、そのっ……! こ、こんなことを言うのは変だと思いますがっ!
無礼を承知で、お、お願いします! 俺のことをっ、どうかっ、助けてくれませんかっ!」
と、意を決したように懇願するみたいにそう言われて。
あまりにも予想していない言葉が、目の前の人から降ってきたために……。
一体、どういうことなのかと、私達は全員で顔を見合わせた。