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第221話 6つ目の洞窟小屋と未開の地



 6つ目の洞窟小屋までの距離をヒューゴの地図を参照に最短ルートで進み。


 あのあとも、広いフロアに幾つか痺れ玉が罠として設置されているのも確認した上に。


 通路になっている場所も、セオドアが見つけてくれたお蔭で何個か発見することが出来た。


 ここまで来て分かったことは、それらは5つ目の洞窟小屋の近くほど比較的数が多く設置されており、6つ目の洞窟小屋に近づくまでには殆ど発見されなかったのと……。


 毒玉や、眠り玉、閃光玉などの罠は設置されておらず、発見したもの全てが『痺れ玉』だったということくらいだろうか。


 他に、特に決まり事のようなものは見当たらず、不規則な感じで置かれていた罠を見るに、痺れ玉は“無差別”に置かれていたのかな、と感じてしまう。


「……と、いう訳だ。

 ここに来るまでに見つけた痺れ玉は全部で8つ。

 他にも誰かを狙って、痺れ玉を設置している箇所があるかもしれない。

 一応、5つ目の洞窟小屋にいるギルド職員とも連携を取って、必要ならば調査隊を派遣してくれないか?」


 予定より、ほんの僅かばかり遅れてしまったけれど。


 8時40分を過ぎた頃には、6つめの洞窟小屋に辿り着くことが出来た私達は。


 今日の宿泊する部屋を借りるのと同時に、直ぐに洞窟小屋の管理のため、付近に常駐しているギルドの職員へと事情を説明した。


 ここまで、黙ったまま口を挟むこともなく、お兄さまの説明に耳を傾けて聞いてくれていた二人いるうちのギルドの職員の一人が、話を聞き終わった途端に真剣な表情を浮かべながら。


「まさか、そのようなことになっているとは……。

 貴重な情報、感謝致します、殿下。

 これは明らかに、危険物の取り扱いに関する法律にも抵触している話です。

 5つ目の洞窟小屋に向かう途中、私も殿下達が通っていないルートから罠を探しつつ。

 洞窟内にいる他の職員達とも速やかに協力し合い、冒険者達にも危険かもしれないということをなるべく通達出来るようにしたいと思います」


 と、力強く声を出してくれた。


 洞窟内の奥ということもあり、鉱山の入口で受付をしていた新米の職員さんとは違い。


 洞窟小屋の付近に常駐してくれている職員さん達はみんな……。


 “冒険者”と呼んでもいいくらいに揃いも揃って屈強な体つきをしていて、年齢も見た感じ30代後半から上の年齢であるような人達が多く。


 洞窟内のことにも慣れている、ベテランそうな人達ばかりだった。


 ――もしかしたら


【元々冒険者の人達が、引退をしたあとギルド職員になっているような場合もあるのかもしれない】


 勿論、装備に関してもしっかりとした防具をまとっていて、それぞれの得意な武器なんかも腰に下げたり、背中に背負ったりして、常に携帯してくれている。


 彼らは洞窟の中を交代制で、勤務しているらしく。


 宿泊施設となる、洞窟小屋を管理するだけではなく。


 こういった全体に関わるような緊急時の危険に関して、必要ならば外と連絡を取り合い、救助隊を派遣して動いてくれることなども仕事のうちに入っている。


「オイ、話は聞いたな?

 お前は、洞窟小屋から起きてきた冒険者に事情を説明してくれ。

 俺は、5つ目の洞窟小屋にいるギルド職員に、このことを伝えてくる」


「はいっ、承知しました!」


 だから、こういう時の連携は私の目から見ても本当に手際が良くスムーズだった。


 大剣を背負っている顔に傷のある歴戦といった感じのギルド職員の人が、もう一人この場に居たランスを背負っている職員さんにそう伝えてくれると。


 ランスを装備している職員さんが、大剣を装備している職員さんの言葉に頷き、付近にいたテント前で、商品を並べて商いの準備をしていた商人の2人に事情を説明してくれたあとで。


 6つ目の洞窟小屋の中へと慌ただしく入っていくのが見えた。


 多分、この時間だと早い人は、もうそろそろ起き出してきていると思うし。


 洞窟小屋に宿泊している間、お金を払うことで、夜通し付近を警護してくれているようなことを生業なりわいにしている冒険者たちは……。


 一般の冒険者とは違い、夜に睡眠をとらずに。


 朝から昼にかけて一般の冒険者達が出払い、少なくなった洞窟小屋を利用して睡眠を取っていることからも。


――夜はそもそも宿泊する必要が無いので。


 この時間、冒険者小屋にある誰でも無料で使用出来る休憩スペースにいることが多いらしい。


【彼らに事情を伝えにいくついでに、夜の間、洞窟内で怪しい動きをする人間がいなかったかなどを聞きに行ってくれているのだろう……】


 因みに冒険者小屋は殆どの部屋が鍵もついているし、ギルドの職員さんもいるから、彼らの仕事は必要ないんじゃないかと思われがちだけど。


 ギルドの職員さんは『全体が危険に晒されてしまうような時』や、『滞在日数を過ぎても出て来ない冒険者を心配して捜索隊を派遣してくれる時』。


 『毒などを持つ生物に噛まれて洞窟内で重篤になってしまった患者』などに関しては、発見次第、外と連絡を取って対処してくれたりはするけれど。


 あくまで、冒険者個人の命については自己責任の部分が大きく、それらに責任を負ってはくれない。


 だから、洞窟小屋の外でテントを張っている商人達は積極的に彼らを雇っているし。


 その上、彼らの仕事は多岐に渡り。


 冒険者が泊まれる一番安い大部屋はそもそも鍵がついていないので、お金を払って貴重品を彼らに預けるような人もいる。


 貴重品だけを預けている場合は、値段的にも個室のお部屋に宿泊するよりも、大部屋で、貴重品を預けるということの方が安いことからも、安全のためにも利用する人は多いんだとか。


【こういった洞窟の中は、どうしても色々と物が紛失したり、盗まれたりしてしまいやすい】


 特に、鉱山の中で高値で売れるような貴重な鉱石や、植物を採ることが出来た人ほど。


 誰かからの怒りを買いやすく、自分たちの採掘量が思わしくないことから、人の成功を妬む気持ちから魔が差して犯罪に手を染め、人のものを盗んだりするような人も中にはいるみたい。


 また、本当に盗んでいない人が無実の罪で疑われてしまうことにもなりかねないことから。


 彼らは、公正な判断が出来る第三者として冒険者同士の喧嘩の仲裁に入るようなこともしている。


【世の中には、本当に色々な商売が存在しているなぁ……】


 と、思う。


 勿論、需要と供給が合致しているから、成り立つものだということは間違いないだろう。


 私が色々と洞窟内での決まりや暗黙のルール、それからこの洞窟内で仕事をしている人達のことについて、あれこれと思いを巡らせていると。


 もう一人、この場に残ってくれた大剣を背中に背負ったギルドの職員さんが、お兄さまから今日の宿泊料金を受け取ったあとで


「殿下、此方は洞窟小屋の鍵です。

 これから奥に行かれるようでしたら、この先は殆ど松明などが焚かれていませんので、どうぞお気を付けて」


 と、私達に向かって声をかけてくれた後、このフロアから颯爽と出て行った。


 これから、他のフロアにいる職員さん達とも連携を取って、痺れ玉の件に関して色々と調査をしてくれるのだろう。


 その事にホッと安堵しながら、私達は昨日と同じように、自分たちの泊まるお部屋に向かうと。


 昨日購入した水や、帰ってきて食べるパンなどのいくつかの食料、それから自分たちの下着など探索するのに不要そうなものは荷物から出し、必要な荷物だけを厳選して、その場を後にした。


 私達が平屋のログハウスから外に出ると、辺りは少しざわざわとしていて。


 丁度、“一体、何が起きたのか”と、このフロアにいる商人達が同じ場所に集まって、色々と情報の交換をし合っているみたいだった。


「……この中にダニエルはいるか?

 昨日、5つ目の洞窟小屋にいる商人から信用の出来る売り手だと紹介して貰ったんだが」


 そうして、全員で4人いるうちの商人達に向かって、お兄さまが問いかけてくれると。


「えぇ、ダニエルは私ですが……?」


 と、そのうちの一人が手をあげて、名乗り出てくれた。


 浅黒い肌に、何処かの国の文化なのだろうか、あまり肌が露出しないような真白い布生地のようなものを纏い、異国情緒溢れるような格好をしているその人を確認して。


「今日、此処に帰ってくるのはかなり夜遅くになってしまいそうだから、携帯食なども含めて食品を幾つか購入しておきたい。……悪いが直ぐに店を開けて貰うことは可能か?」


 と、お兄さまが質問してくれた。


 それに対して、ダニエルは直ぐに心得たとばかりに頷いて。


 まだ、何も用意されていなかった、テントの外に引かれたシートの上に、大急ぎで商品を持ってきてくれた。


「お客さんっ、ご利用ありがとうございます。……まだ販売の準備が整っておらず、申し訳ありません。

 携帯食でしたら、干し肉や、ドライフルーツなんかがオススメですね。

 その中でも特に人気が高いのは、こちらの瓶に入っている蜂蜜漬けにしたナッツです。

 ナッツは栄養価も高いですし、他国でも売れ筋の商品なんですよっ!」


 お兄さまが携帯食も含めて購入したいと言ってくれたからか、重点的にそれらに関しての説明をしてくれながら。


 にこっと、営業スマイルを浮かべて、此方に向かって色々と商品を出してくれるダニエルに、話を少し聞いただけで、お客さんの求めているようなものから紹介してくれるのは凄いなぁと思う。


 5つ目の洞窟小屋の商人さんが言っていたように、本当にこれだけでも、ダニエルが信頼出来る商人さんだということが私にも理解出来た。


「ウィリアム、旅のお供に蜂蜜漬けのナッツを買おうっ!

 アリス、お前も、蜂蜜漬けのナッツとやらが食べたいとは思わぬかっ!?」


 ダニエルに紹介された商品に一番に食いついたのはアルで。


「うん、凄く美味しそうだねっ……!」


 私はアルの言葉に、こくりと頷いて、同調する。


 透明な瓶の中いっぱいに入れられたとろっとしたような黄色い蜂蜜と、それに埋もれるようにして入っているカシューナッツやアーモンドは……。


 カロリーは高そうだけど、食べなくても分かるくらい、見た目からも美味しそうなのが伝わってきた。


「おや、こんな所に珍しいですね。……小さくて可愛いお客さん達だ。

 持ち運ぶようでしたら、此方は少し大きめの瓶ですからね。

 良かったらサイズ違いで、瓶のサイズがもう少し小さめのものもご用意がありますよ。

 お客さん達は初回で利用してくれているので、その特典として2つ買ってくれたら、100ゴルド分、オマケしましょう」


 にこっと笑みを溢しながら、此方に向かって提案してくれるダニエルに。


 お兄さまが


「あぁ、じゃぁ、取りあえず、それを二つ貰おうか」


 と、お金を出して払おうとしてくれたのを、セオドアが制するように手を出して止めてくれたあとで。


「なぁ、商人のアンタ、から“270ゴルド”負けてくれ。

 洞窟の奥で販売しているからこそ、その値段なんだろうが、本来ならその相場はもうちょっと安い筈だ」


 と、声を出してくれた。


「あー、いやはや参りましたね、お客さん達、貴族の方だと思っていましたが……。

 シュタインベルクではあまり販売していない、このナッツの値段をご存知でしたかっ。

 うぅむ、そうですねっ、と言ったのは此方ですし。

 でしたら、250ゴルドで、如何でしょう?」


「……それで? これは一般の“相場的”に考えると、どうなんだ?」


「あぁ、問題ない。……特に値段について偽るようなこともしないし、かなり良心的だ」


「……はぁ、分かった、その瓶に入ったナッツを4つ頼む。

 それから、干し肉と、ドライフルーツ、あとは、そうだな、その瓶の中に入った植物から採れるあまり、甘くないジュースも購入しておこうか。

 確かこれは、適度な糖で疲れた身体への水分補給にも効果的だった筈だ」


「はい、承知しました! 沢山、お買い上げ、ありがとうございますっ!」


 そうして、セオドアとの遣り取りでダニエルが提案し直してくれると。


 お兄さまがセオドアに問いかけてくれたあとで、色々と購入する商品を選んでくれた。


 ナッツが入った瓶は一つ300ゴルドで売られていたんだけど。


 セオドアに聞くと、他国では、一つ大体260ゴルドくらいで売られているらしい。


 ここで購入できる一個の値段が300ゴルドで、二つ購入した時の値段は600ゴルド。


 だけど、普通の場所で購入すると260ゴルド×かける2個になって、その値段は520ゴルド。


 その差額は80ゴルドで、ダニエルから最初に割引すると提示して貰った内容が100ゴルドだったことを思えば、差し引きで20ゴルド分のみ、安くしてもらっていたということになる。


 ――そう考えると。


 一見すると100ゴルドも引いて貰えてかなりお得に感じていたけれど、計算すればそこまでお得な内容ではなかったみたい。


 勿論、危険な洞窟内で販売しているようなことを思えば、物価は通常の価格より上がっていても可笑しくないし……。


【それでも通常価格より20ゴルド分安くしてくれていたことを思えば、ぼったくりでも何でもなく、かなり良心的なのだけど。

 セオドアが色々と交渉してくれたお蔭で最終的には90ゴルドほど安くお買い物が出来ただろか……】


 ――本来ダニエルが提示してくれた100ゴルド分くらいはお得に買い物が出来たと思う。


 セオドア曰く、値段交渉に入る際は商人の人達が受け入れてくれそうなものから、少し高めの金額を設定してその分だけ安くしてくれないかと伝えたあとで。


 ちょっとずつ、その顔色を見ながら、値段交渉をお互いの納得出来るラインまで下げていくのが一番いいのだとか。


 270ゴルドという微妙な金額を最初セオドアがダニエルに伝えた時はびっくりしたけれど……。


 今なら、セオドアが最初にダニエルが私達に提示してくれた“100ゴルド分、安くする”と言っていたラインを、ギリギリ攻めて金額を伝えてくれたのだということが私にも理解出来た。


 私達が子供だということを見てか、他の商品は『購入した商品は全て俺のリュックに入れてくれ』と言ってくれたヒューゴに全て手渡してくれていたダニエルが。


 ナッツの瓶だけは、アルと私に一個ずつ手渡しで持たしてくれると。


「うむっ、こんなにも一つ一つが黄金こがね色にきらきらと輝いていると、食べるのが勿体ないくらいだなっ!」


 と、アルが瓶に向かって嬉しそうに頬ずりをするのが見えて……。


【アルがこんなにも喜んでくれたのなら、お兄さまに購入して貰えて良かったな】


 と、思いながら。


 私達はその場に集まっていた商人の人達に。


 さっきキルドの職員さんが伝えてくれていたのは見ていたけど、改めて『洞窟内で痺れ玉が罠として設置されていた現状』をお兄さまの口からも伝えて貰って。


 『洞窟内を移動する際は、充分に気をつけて貰うよう』、促したあとで、6つ目の洞窟小屋のあるフロアから奥に繋がる道へと出た。


 奥の、一個目のフロアにまで続くその道は、まだ辛うじて松明が焚かれている場所だったけど。


 次のフロアを経由してその先に進むとなると、そこから先は、未開の地になっているそうで。


 松明も無くなり、懐中電灯を照らしながら進むしかなくなってくるだろう。


 昨日、洞窟の横の壁から出てきた蛇のような生き物が突然出て来ないとは限らないし。


 今以上に気をつけなければいけないなぁ、と私が内心で思いながら洞窟内を進んでいると……。


「……なんつぅか、びっくりするんですけど、皇太子様達って本当に堅実ですよね?

 いや、使うところにはちゃんと使うけど、払わなくて良い所には無駄にお金をかけたりしないっつぅかっ!

 皇女様も昨日、どの水を購入するのが一番安くてお得なのかも加味した上で品質の良い物を選んでたしっ!

 さっきの見てりゃ、護衛の兄さんは値段交渉に関して滅茶苦茶プロっぽかったし、皇太子様だって自分のカードをフル活用してますしっ!」


 と、さっきの遣り取りを見てくれたヒューゴから感心したような言葉が降ってきた。


「あぁ、えっと、そのっ……。

 皇族に使われるものとして予算が組まれているとはいえ、その大半が民から徴収したものであることは間違いの無いことですし……。

 あまり無駄遣いも、勝手なことも出来ないなぁと思って」


 リュックサックからそろそろ必要になるだろうと思って。


 さっきダニエルから渡された瓶をアルからも預かり二つ分、自分の背負っていたリュックに入れる代わりに、懐中電灯を取り出したあとで再びそれを背負いなおし。


 洞窟内を歩きながら、私はヒューゴに向かって声を出す。


 昔はそれらに関して無駄遣いをしていた私が、こんなことを言っても説得力はないかもしれないけれど……。


 今はそのお金がどれほど大事なものなのかはきちんと認識しているし、反省もしている。


 私がヒューゴにそう伝えれば。


 驚いたような表情を此方に見せてきたヒューゴに向かって、お兄さまが……。


「皇族が所有して運営している鉱山や、富裕層に向けたホテルなどからも、国の運営費や俺たちが私的に使えるような金銭は至るところから入ってくるが。

 それらは決して無限なものではない。

 領民から貴族に、そして更にその金銭が皇室にと、民の税が大部分を占めていると考えれば、使い道に関してはしっかりと考えなければいけないし、その全てを無駄にすることは出来ないからな。

 今回の俺たちは、馬車などを動かすには事件を調査するという名目上、国の運営費から出しているが……。

 食べ物や私的なことに使うものに関しては皇族として予算が組まれたものから捻出ねんしゅつしている」


 と、補足するように声を出してくれた。


「へー、俺等なんかよりもよっぽど、皇女様や皇太子様達の方が色々と考えてるんですねっ!

 上に立つような人なんて、税金とか普通にだまくらかして、幾らでも使えそうなもんなのに……」


 その言葉を聞いて、ヒューゴが更に感激したような声色で私達の方を見てくれたのは、多分、ヒューゴが鉱山の洞窟というこの場所で。


 色々な危険と隣り合わせで生活をしてきているからこそなのだろう。


 私達が会話をしながらも。


 洞窟内を歩いて、暫くすると……。


 いよいよ、真っ暗な道が見えてきた。


「ここから先は、懐中電灯を使って進んだ方が良さそうですね」


「あぁ、そうだな。

 松明を焚いて進む方法もあるが、火を使うものは迂闊に道ばたに置くことも出来ないし、手が塞がれるのは何かあった時に現実的じゃないからな」


 私がみんなに向かってそう声をかけると、お兄さまから説明口調で言葉が返ってきた。


「懐中電灯みたいな高価なものを持ってるのは、流石、皇太子様ですよね。

 しかも、二つもあるだなんてっ! 俺等なんかじゃ、そういったものはあまりにも高級品すぎて、迂闊には手が出せませんから……」


 そうして、ヒューゴが苦笑しながらそう声をかけてくれる。


 というものは、開発されてからそこまで年数が経っておらず。


 それを使って灯りがつくような懐中電灯も、まだまだ一般人が手を出せるような値段の代物では無い。


 こういう職業に就いている冒険者達の人達の方こそ、こんなにも便利なものは、喉から手が出るほど欲しいものではあるだろうけど……。


 まだまだ、こういったものを持てているのは富裕層や、それらを扱うためのごく一部の商人などに限られていて。


 こういった洞窟内では、一般的に松明などを持って進むのが主流になっている。


 だからこそ、洞窟内の奥、未開の地とも呼べる場所は、中々調査が進まないでいるというのが現状だ。


 私には、どういう構造になっているのか今一よく分からないけれど。


 有名な発明家が開発して作ってくれた、そのスイッチを押すと、チカチカと、光を放って辺りを明るく照らしてくれる大きな懐中電灯に、一度洞窟内では使用したけれど……。


 今回も問題なく、ちゃんと灯りが付いていることを確認して安心しながら。


 私は目の前の真っ暗な奥の道を、懐中電灯で明るく照らした。


 危険が迫った時に直ぐに動けるようにと、武器を持つセオドアやお兄さまの手が塞がってしまうのは良く無いと、こういったものはなるべく、アルと私で持つようにしていた。


「皇女様、その身体には、ずっとそれを手で持って歩くには重くて辛いでしょう?

 荷物持ちも含めて、俺が代わりに周囲を照らすのにソイツを持ちますよ」


 そうして、私がそれを持っていると、ヒューゴが、私の代わりにそれを持ってくれた。


 ここにくるまでにも私も荷物を入れたリュックサックを持ってはいたし。


 セオドアやお兄さまも何も荷物を背負っていない訳ではなかったのだけど。


 その殆どは、洞窟に入る前にヒューゴが声をかけてくれて、重たいものなどはヒューゴが背負ったリュックの中に入れて貰い、持ってもらっていた。


 今日は、なるべく身軽に必要な荷物だけを厳選して入れて来たので、ヒューゴのリュックと私、アルが背負ってくれているリュックに全て収納されていて、お兄さまとセオドアは危険があった時のために殆ど何も持っていない。


【これも一つ、理由があって、もしも万が一何か危険が迫った時に、アルと私をそれぞれに抱いて逃げてくれるようなことも考慮してくれた結果でもある】


 この案を提案してくれたのはお兄さまなので……。


 本当に危険な場合、アルはそこまで問題ではないだろうけど、私に関してはその配慮は凄く有り難いものだった。


 ヒューゴも、背中に背負えばその重さも分散されるけれど、片手でずっと懐中電灯を私が持っているには重たいだろうと、こうして声をかけてくれたのだろう。


 かけて貰った言葉に、『ありがとうございます』とお礼を伝えて、持っていた懐中電灯を手渡せば。


 爽やかな笑顔を私に向けてくれたヒューゴが、セオドアが先頭に立って歩いてくれていた洞窟内の先を明るくチカチカと照らしてくれる。


 暫く、細い道になっている所を歩いて。


 丸い円のようになっている広いフロアに到着すると、見た感じそこから更に三つほど分かれ道があるみたいだった。


「……うわっ、早速、分かれ道があるのかよっ!

 覚悟はしてたけど、どうしましょう? 虱潰しらみつぶしに一個ずつ行きますか?」


「うむ、奥に進みたいのだろう? 僕が、空気の流れを読むから暫し待て」


 それを見て、ヒューゴが慌てたように声を出すと。


 アルがその場で目を瞑り、意識を集中させたのが分かった。


「そうだな、右の分かれ道はその先が行き止まりになっていて、可能性があるのは左か真ん中の道だ。

 それぞれ、別の道に繋がっているが、僕としては左の道をオススメするぞ」


「えぇっ……?

 あぁ、いやっ、昨日のことを考えれば、俺だってその話を信じてない訳じゃぁ、ないんですよっ!?

 でも、その精度に関しては正直不安っていうかっ!

 アルフレッド様、なんで、そんなにも断定するようなことが言えるんですかいっ?」


「うむ、植物というものは、本来、水が無ければそもそも育たぬであろう……?

 無論、中には水が無くても生きていけるようなものもあるにはあるが、そういったものは極稀ごくまれだ。

 それに、に限定して言えば、あれらは陽の光は必要ないが、水があるような所じゃないと咲かぬからな。

 空気と共に、すれば、それらが生えている可能性も上がるであろう。

 真ん中の道の奥は僕が感じた限りでは、水の気配がしない」


 そうして、私達に向かってそう説明してくれるアルに。


「……ひえーっ! マジかよっ……!

 なぁ、っ!? アルフレッド様っ、貴族の御子息を辞めて、今すぐ冒険者にジョブチェンジしませんかねぇっ!?

 絶対それで一代財産が築けますってっ! その活躍が約束されているくらい、有能すぎるっ!」


 と、ヒューゴが信じられないものを見るような瞳でアルのことを見てきたあとで『多分、本心なんだろうなぁ……』と分かるくらい、大真面目にそう言ってアルを勧誘してくるのが聞こえてきた。


「……うん? 何を言っているのだ? これは、そんなにも難しいことではないぞ。

 僕ほど広く探知することは出来ぬだろうが、お前達人間も訓練すれば、そのうち空気や水の流れなどを読むことなど造作もなくなるだろう」


「いやいやっ……どっかの修行僧か、仙人じゃぁ、あるまいしっ!

 無理ですってば! だって、最早、人間とは思えないじゃぁ、ねぇですかっ!

 ずっと自然と共に生きてきたとか、仮にアルフレッド様と一緒の生い立ちで過ごしていようとも、俺には到底そんなこと出来そうもありませんって」


 そうして、ヒューゴの突っ込みを聞きながら、アルがきょとんと不思議そうに首を傾げるのを見て。


 突然、“当たらずとも遠からずのこと”を言い出したヒューゴに私は思わずドキッとしてしまった。


「……本当、皇太子様の周りに集まっている人達は、揃いも揃って優秀すぎる」


 それから、疲れたようにヒューゴが私達に向かってそう言ってくるのを聞きながら。


 私もそれに関しては内心で同意してしまう。


 お兄さまの周りも、ルーカスさんとかを思えばそうかもしれないけれど。


 【そもそも、私の周りにいてくれる人達が、私の傍で仕えてくれるにしてはあまりにも優秀すぎるんだよね】


 本当にセオドアにもアルにも、ローラにも、いつも感謝しっぱなしだ。


 ヒューゴの感覚は一般的なものだし、その感性は間違っていないなぁ、と思いながらも。


 私達が、アルが提案してくれた分かれ道へと向かって、進もうとした……。


 ――その瞬間


 ドン、っという何かが、思いっきり地面に叩きつけられたような音と共に、パァンっという破裂音のようなものが聞こえて来て……。


「……ッッ! 姫さん、こっちだ!」


 私は、一瞬のことで何が起きたのかも分からず。


 あっと感じる間も無く、何かを察知して鋭い声で私を呼んでくれたセオドアに引っ張られて、引き寄せられていた。


 瞬間、チカッと、一瞬だけ目の前が光ったと思ったら。


 辺り一面が目も開けられないくらい、いきなり何も見えないほど真っ白な閃光に包まれて。


 私はセオドアの腕の中でぎゅっと、目を瞑ってその衝撃に堪えた。



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