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第220話 痺れ玉



 5つ目の洞窟小屋から出て一番近くにあったフロアに辿りつくと、その入り口で突然セオドアが動きを止め。


 周囲を警戒するのが分かって、私はセオドアの後ろで首を傾げた。


「セオドア?」


『……どうかした?』と、私が聞くよりも先にセオドアが此方を振り向いて私達に向かってちょっと待つように手でジェスチャーをしてくれた後で。


 そっと、地面に視線を向けたと思ったら、そこを手で軽く掘ってくれたのが見えた。


「……どうした?」


 お兄さまがセオドアのその行動を不審がって声をかけてくれると……。


「……だ。コイツは、痺れごなが使われているな。

 団子状に丸めて固めて、周囲を泥でコーティングして土に埋めて仕掛けることで。

 踏んだ瞬間、ソイツが剥がれて起動するようになって、土と共に舞い上がった粉塵ふんじんが鼻から入って、野生生物を麻痺まひらせるような効果がある代物だ」


 セオドアが土を掘ってくれたその中から、大きめの泥団子が出てくるのが見えた。


 それを見て、ヒューゴの顔色がサッと変わる。


「……オイオイ、嘘だろっ!

 こんなっ、洞窟の中で“しびだま”を使うような奴がいるなんて信じられねぇっ!

 ソイツは人間が踏んでも起動する仕組みだから、狩猟の時にしか基本的には使用禁止だぜっ! ……鉱山の中だなんて以ての外だっ!」


「因みに、洞窟に詳しいアンタに聞くが、この辺に野生生物は出るのか?」


「いやっ、毒を持った生き物ならサソリや、蛇、それから蜘蛛なんかも出るには出るが。

 大型生物に使うような痺れ玉を設置しても、ソイツらは体重が軽すぎて逆に罠が起動されねぇだろうと思いますぜっ?」


 そうして、憤ったように『冒険者のマナーすら守れねぇ奴がいるってことかよっ!』と眉を吊り上げ唇を尖らせてから。


 ぷんすかと怒り肩になるヒューゴに冷静にセオドアが問いかけてくれたあとで。


 ヒューゴからは、そもそもこの洞窟内で“この罠”を使うには体重の軽すぎる生物しか存在しなくて、何の意味も成さないという返事が戻ってきた。


「ふむ、だが、それならば尚更、妙な話だな?

 人間が編み出したその罠は基本的には大型生物にしか効果が無く、使えぬものなのだろう?

 だが、ここいらで出てくるのは体重の軽い蛇やサソリ、蜘蛛などしかいない。

 新米の冒険者で、ここら辺に出てくる生き物を知らなかったか。あるいは……」


「或いは、“”そのものを狙ったか……」


 アルがヒューゴの話を聞いて、色々と思案してくれていると、続けてお兄さまから言葉が降ってくる。


 その言葉には、素直に頷けた。


 ――その可能性は、残念だけどあり得る話だと思う。


 未だ、セオドアが持ってくれている団子は、どこも崩れておらず、綺麗な丸状のままを保っている。


 でもひとたび、泥でコーティングされているその部分が剥がれ落ちてしまったら、私達も含めて今此処にいる人間は全員、痺れ粉を使ったもので、身体が思うように動けなくなってしまうだろう。


 前に冒険者が出てくる小説を見て、私もそういった類いのものに関しての知識はあるほうなんだけど……。


 確か、は、植物で神経に作用するような毒を持っているものを何種類かブレンドして粉末状にし、それらを水で固め、団子のように丸めて作っている筈で。


 比較的、吸い込んで直ぐ硬直してしまい、暫くは動くことも出来ずに麻痺するような効果があったと思う。


 因みにこの泥でコーティングされた中身は、効能の違う植物を色々と組み合わせることでかなりバラエティに富んだラインナップがあるんだよね……。


 毒性の高いもので身体に害のあるような“毒玉”や、幻覚や眠らせるような作用のある“眠り玉”。


 そして、発光して目くらましになるような“閃光玉”などなど。


 そのどれもが、人に使っても効果のあるものばかりなので……。


 それらは全て一纏ひとまとめに“危険物”と認定されていて、扱う人は


【それは、冒険者であろうが、貴族であろうが、商人であろうが、一般人であろうが……。

 等しく全員、試験を受けて合格しなければいけなかったと思う】


 教会と一緒で、冒険者ギルドは大体どの都市にも存在するので、商人や冒険者などの一般の人はそこで、毎年3ヶ月に1回のペースで行われる試験を受けることになる。


 貴族に関しては、一般人とは別で冒険者ギルドで受ける人もいれば、都市部に近い所に住んでいる人なんかは、定期的に皇宮で開催されている会議室の中で試験を行うこともある。


 でも、だからこそ……。


 初めに、アルが有り得るかもしれないという例で出した“”だから。


 ここら辺に出てくる生き物を知らなかった、という説は通用しない気がする。


 試験の内容は、冒険者ギルドに行けば過去問などを入手するようなことも可能だし、内容については公表されている部分もあるから、私も知っているけれど。


 その製法などや、取り扱い方も含めて、どんな時に使用してはいけないかなどの問題に答えて。


 100点満点中、90点以上の合格点を出して正解することが出来なければ、危険物取り扱いについての資格を貰えることは出来ない。


「……ねぇ、セオドア、どうしてそれが痺れ玉だって、分かったの?」


「……ん? あぁ、ほら、ここ。

 ぱっと見じゃ、どれも泥でコーティングされて分からなくなってるけど、それじゃ、使う時にも販売する時にも見分けがつかなくなって困るだろ……?

 だから、マーカーで目印となる線を引いてんだ。

 規定で、って決まってるから、これを見れば一発でこの泥団子の種類が判別出来るって訳だ」


「……なるほど、そうだったんだっ!

 あっ、もしかして、こんなにも詳しいっていうことは、セオドアも、危険物の取り扱いに関する資格を持っているのっ?」


 セオドアが泥団子を見せてくれながら、丁寧に教えてくれたことで、長年疑問に思っていたことが一つ氷解して、私は思わず感動してしまった。


 私が巻き戻し前に見た冒険者が主人公の小説も、そういったは殆どの人が知っていると思ってのことなのか、さらっと説明が飛ばされていて。


 いつも、どうやって見抜けるのかと凄く不思議だった。


 ちゃんと、消えないくらい線を引いて見分けがつくようにされていたんだなぁ、と思いながら、私はセオドアに問いかける。


「あぁ、まぁ、傭兵ようへいみたいな仕事もやってたからな。

 その時に、必要に迫られて取るしかなかったっていうか……」


「護衛の兄さんって、マジで色々と経験豊富そうだよなっ……!

 そりゃぁっ、道理で初めて会った時に、あんな目、してる訳だ。

 ほんと、どんな人生、歩んできたらそんなことになるのかねぇ?」


「その日暮らしでのらりくらり、生きてきたらそうなる。1回、試してみるといい」


「……んなっ、猫じゃあるまいしっ!

 っていうか、俺も大分その日暮らしで生きてきてる自信がありますけどっ、ノーセンキューですってば!

 ちょっと話、聞いただけの俺でも分かるくらい、人生二周目でも割りにあわなさそうなハードモードでしょっ!?」


「あぁ、ソイツはいいな。……今は普通に住処すみかを与えられて衣食住、何にも困らねぇ穏やかな生活、送ってるけどな」


 ヒューゴの問いかけに、ふわっと、穏やかに笑うセオドアを見て、お兄さまが


「猫なんて可愛いものじゃないだろう? お前はどこぞの狼か、山犬って感じがぴったりじゃないか」


 と、声を出してきて。


 セオドアがそれに対してクッと、喉の奥で笑いながら


「にゃんにゃん、って鳴いてすり寄っても、笑って撫でてくれるような優しい主人が見つかったからな」


 と、楽しげな表情を浮かべるのを見て、どうしてかヒューゴとお兄さまの視線が一斉に私の方を向いてきたことに私はきょとんと首を傾げる。


「うむ、アリスの傍は居心地がいいからなっ! 機会があったら、お前達も一緒に日向ぼっこをするといいぞっ!」


 そうして、アルが満足気にドヤ顔をするのを見て、ヒューゴが


「あぁ、アルフレッド様はなんつぅか、平気で皇女様の膝の上に頭を置いて日向ぼっこしてそうですねぇっ!

 猫っぽいって言われたら、しっくりこないっていうか、何だか違う気もしますけどっ……!」


 と、声を出してきた。


「オイ、まさかとは思うが、アルフレッド? お前、アリスに対して普段から、そんなことをしている訳じゃないよな?」


「……うん?? 何を言っているのだ、ウィリアム。

 アリスの膝は柔らかくて寝心地が良くて気持ちいいし、僕はいつでも自由にそれを満喫しているぞっ!」


 にこっと、笑いながら首を傾げたあとで、堂々と宣言するアルに。


 そう言えば、アルは私の部屋の日当たりが良いからと、遊びに来たときにはよく私のベッドを占領しているなぁ、と内心で思う。


 でも、これにはちゃんとした理由があって。


 基本的には私になるべく“休みをとって欲しい”と、セオドアとアルが二人で結託して……。


 さらにはそこにローラも加わって、一度、教会で倒れてしまった件から更に過保護になって、時間が出来たらみんなで私を休ませたり、ゆっくりさせてくれようとしてくれていて。


 アルが『お前の部屋で僕は寝るから、ついでにアリス、お前も一緒に休むぞ!』と誘ってくれるようなことはよくあるので、そのことを言ってくれているのだろう。


「はい、そうですね。……アルもいつも私のことを気遣ってくれて。

 つられて、一緒にうたた寝しちゃいそうになっちゃうようなことはたまにありますね」


 だから、にこっと、笑いながら私もアルと同様に、お兄さまに事実をありのまま、そう伝えれば。


「うわぁっ……、マっ、マジかっ。冗談で言ったつもりだったのに、洒落にならねぇっ!

 えっ、こっ、皇女様、アルフレッド様って、一応、男の子ですよね?

 えっと、なんだ、これは可愛い子供たちの遣り取りだって思えば……?」


「……? えっと、アルは性別とか、あまり気にしていないというか、私達の間にそういうのって無いから、特に関係ないと思って」


 精霊であるアルに、男女という区別はあるのだろうか?


 あぁ、でも、そう言えば精霊の子達がズボンを穿いていたり、スカートを穿いてたりしていたのはこの間、古の森に行ったときに見たし、男の子と女の子の区別みたいなものはあるのだと思うけど……。


 セオドアもローラも、エリスも、いつものことなので、特に気にしていないし。


 何なら、一緒にベッドに入る訳じゃないけど、みんな私の部屋に集まって、お部屋の中で談笑していたりもするから、全然普通のことだと思っていたんだけど、な……。


 アルとも別に一緒にベッドに入る訳じゃなくて、ベッドの上で私が座っているところを、アルが私の膝枕で寝転がって本を読んでいたり……。


 気付いたらお日様にあたって気持ちよくなったのか、眠っちゃったりするようなことがあるくらいのものだし。


「オイ、お前っ……、一体、何の為の番犬なんだっ?

 まさか、お前に限ってはあり得ないと思うが、そのことに関して許容しているとか言わないよなっ?」


 そうして、お兄さまの信じられないような物を見るような視線は私でも、アルでもなくて……。


 ――何故か、セオドアの方に向いた。


「……あっ? あー、そうだな。

(姫さんが)休むために、(アルフレッドが)膝を独占してるって思えばな。……寧ろ、俺は推奨したいくらいだ」


 そうして、どうしてか、セオドアの含みのある言い方に、私は……。


 『私が休むためにアルが膝を枕代わりにして眠ってくれている』ということを、言ってくれているのだと、セオドアの言葉を正しく理解することが出来たけれど。


 “主語”がなかった所為で、お兄さまは更に混乱したみたいだった。


 隠しもせずに思い切りその場で眉を顰めて、いつもよりも二割増しくらいに急降下して冷たくなった視線に。


 私は思わず驚いてしまったけれど。


 でも、確かにセオドアが説明してくれた言葉の主語を抜いたら“アルが”休むために“私の”膝を独占していて、それをセオドアが推奨しているという、よく分からない構図になってしまう。


 お兄さまが何か、とんでもない勘違いをしているのだろうということには気付いているだろうに。


 どこか、お兄さまのその態度に対しても面白そうな表情を浮かべて口角を吊り上げながら、訂正するようなこともなく見ているだけのセオドアに。


「……はぁっ? お前、あれだけ、俺にいつもアリスに近づくな、みたいに威嚇して鋭い視線を向けてくるくせに、こういう時に何もしていないっていうのは、お前の性格からしてもあり得ないだろう……!?」


「……いや? 俺は滅茶苦茶心が広い方だろ? アンタが姫さんに近づくのもこうやって許可してる」


「何でお前の許可をわざわざ俺が取らなければならないんだ?

 お前のそれの、具体的に一体どの辺りが、心が広いって言うのか1から俺に教えてみろ。

 本当に心が広い人間の、爪の垢でも煎じて飲ましてやろうか?」


「ちょ、ちょ、ちょっ! 待った! タンマっ! 落ち着きましょうよ、皇太子様っ。

 護衛の兄さんも、何て言うか煽らないで下さいってっ!

 ただでさえ、純粋無垢すぎて全く何も分かってないお二人に、大人である俺たちが振り回されてんのに!

 あぁっ、そうだっ! 俺タチ、ソウ言エバ、痺レ玉ノ話、シテタンダッタナァっ!

 何デ、話、脱線シチャッタノカナァ!? ねっ? 話、戻しましょ! そうしましょっ!」


 お兄さまとセオドアの普段とあまり変わらないような遣り取りに。


 この場が急に殺伐としたような雰囲気にがらっと変化したことに、慣れていないヒューゴだけが、わたわたと慌てて、取り繕ったような謎の片言で、私達に向かって声を出してきてくれた。


 因みに、私もこの二人のこういう喧嘩みたいな雰囲気が未だによく分かっていない。


 それでも、お互いに違うベクトルで私のことを心配してくれているのは理解出来るから、何となく申し訳ないような気持ちが湧いてくる……。


「あ、あの、お兄さま。……きっと何か勘違いをしていると思いますっ。

 セオドアが言ってくれているのは、私の膝でアルが寝てくれることで、その、無理にというか、半ば強制的に私もお休みを貰えるから、そのことを言ってくれてて……っ!」


「……いやぁ、皇女様。

 無理やりっていうか強制的に休まなきゃいけない状態って一体、どういう状況なんですかねぇ?

 子供ってのは、よく寝るのが仕事でしょっ!?」


「……あー、えっと、その……っ」


「あぁ、成る程な、話の内容の大筋は大体、把握した。……そういうことか」


 ヒューゴの問いかけにしどろもどろになっている私に向かって、お兄さまが小さく溜息を溢したあとで……。


「それなら仕方がないな。……アルフレッド、これからもアリスのことを宜しく頼む」


 と、アルに向かって声をかけたのが聞こえて来た。


「うむ、勿論だ! 僕に任せておけっ!」


「だがな、大人になったらダメだぞ? 精々あと2年とかそれくらいまでだろう、それが許されるのは」


「うむ……? ウィリアム、意味が分からないんだがっ?

 人間の言う大人とは16歳になったら、だろう? アリスはまだ10歳だから、あと6年は問題がない筈だぞっ!」


「……いや、アルフレッド様……。それ、すぎるっ!」


 首を傾げて、頭の上に疑問符を飛ばしているような幻覚が見えるアルに。


 ヒューゴがどこか疲れたように突っ込みを入れて来た。


 確かに私が16歳になったら、アルも私の成長過程に合わせて一緒に成長してくれているから、そうなったら背も伸びて、顔つきも変わってくるのかな……?


 あんまり、大人になったアルのことを想像することが出来ないけど。


 今のままの、距離感ではいられなくなってしまうものなんだろうか……?


 何となくそのことに、焦燥感に似た様な寂しさみたいなものを覚えながらも……。


「あっ、ごめんなさいっ!

 折角ヒューゴが痺れ玉の話に戻してくれたのに、私が脱線させちゃいましたよね……?」


 と、謝れば。


「いや、よくよく考えたら、一番最初に話の脱線の引き金を引いたのは護衛の兄さんについて聞いた俺だった気がしますし、問題はないですよ。

 それより、どうします? もしも本当に人間を狙ったなら、これより先のフロアにも痺れ玉が仕掛けられてる可能性はありますけど?」


 ヒューゴが私に向かって、にこっと爽やかな笑顔を向けてくれたあとで。


 セオドアとお兄さまに向かって問いかけてくれた。


「とりあえず、痺れ玉、特有の独特な匂いはしねぇし、このフロアには他に埋められては無さそうだから、もう歩いてもいい。

 時間も勿体ねぇし、次のフロアまで、足を進めることにしよう」


 そうして、セオドアがそう言ってくれて、私達はセオドアが先頭に立って歩いてくれている後ろを付いていく。


「ヒュゥっ~! かっけぇっ! マジかよ!? 普通、そんなもん嗅ぎ分けられねぇって!

 ノクスの民ってのは、身体能力や目がいいだけじゃなくて、鼻も利くんですかい?」


「あぁ、まぁな」


 広いフロアを抜ければ、また狭い通路のような道を通っていかなければならないけど。


 セオドアがそうやって、色々と調べてくれながら歩いてくれているお蔭で、私達はこの先も何ごともなく、歩いていけそうだった。


「だが、理由が人間を狙ったというのならば、その目的については気になるな。

 鍵を返す時にギルドの職員から聞いたが、まだまだ、早い時間っていうのもあって、今日、5つ目の洞窟小屋を出たのは俺たちが一番最初だ。

 昨日、商人に6つ目の洞窟小屋にいる同業者を紹介して貰ったことからも、俺たちが今日6つ目の洞窟小屋に向かっているということを知らない人間がいる訳じゃない」


「……うへぇ、勘弁して下さいよ。

 まさか、皇太子様っ……! ピンポイントで俺たちが狙われているって言いたいんですかい?」


 お兄さまの言葉を聞いて、驚いたようなヒューゴの視線に冷静に『いや、それはまだ分からない話だ』と返してくれたあとで。


「現状、誰が何の為に動いているのかが、分からない以上。

 あくまで、仮定や憶測でしか、物事を見ることは出来ない。……だが、用心するに越した事は無いだろう。

 嫌な言い方をするが、ビリーというお前の冒険者仲間にも、俺たちが黄金の薔薇を採取しに行くということは話の流れで伝えているし。

 ……例え、ビリーが誰かにそのことを話してなかったとしても、傍で俺たちの話を聞いていたような人間がいたのかもしれない」


 お兄さまが注意深く慎重に、色々と有りそうな可能性について思案した様子で、私達に向かって説明してくれる。


「えぇ、まぁ、ソイツは確かにあり得る話ですね……。

 俺たちが黄金の薔薇を探しに行くってことについては、特に隠している訳でもなかった話ですし」


「あぁ、それに、俺たちが村に来ていても、あまり長期で滞在するなどとは誰も思わないだろう?

 そう考えれば、早朝に俺たちが出るということに関してはある程度、誰にでも予測が立てることが出来たかもしれない。

 ……あくまでも、俺たちの身分がバレている場合に限るがな。

 それに、でも俺たちは隠すこともなく堂々とその話をしていたし。

 そういった情報を仕入れた人間が、先回りをして俺たちが進むであろうフロアに罠を仕掛けたということは可能性の一つとして考えられる」


 そうして、さらっと、私達に向かって言葉を出してくれたお兄さまに


「あー、そうですね……」


 と、感心したような表情でぽつり、とヒューゴがそう言ったのを聞いた上で。


「けど、目的が何なのか、全く読めねぇな……。

 仮にアンタの言う通り、“”だとして、俺たちを狙う理由は何だ?」


 と、今度はセオドアが声を出してくれる。


「うん、確かに、そうだよね……。誰かが、私達を狙う理由……」


「ふむ、もしかしたらと仮定するのならば可能性の一つとして。

 最近アリスが事件に巻き込まれすぎているが故に、誰かがアリスを狙ってきているということは考えられぬか?

 例えば、最近お前達の話によく出てくる“仮面の男”とかな」


 そうして、私が頭の中で、誰かが私達を狙う理由について『……一体、なんだろう?』と、一生懸命思考を巡らしていると、アルがそう声をかけてきてくれた。


 途端、ピリッとしたような張り詰めた緊張感みたいなものが辺りに広がっていく。


 お兄さまもセオドアもさっきまで、あんな風に冗談とも喧嘩ともとれるような言い合いをしていたのが嘘みたいに……。


 今はその可能性についても、もしも仮にそうだった場合どういう風に対処するべきか、などを頭の中で考えてくれているみたいだった。


 私達の事情をよく知らないヒューゴだけが、『え、皇女様っ、何かに狙われてるんですかいっ?』と、慌てたように声をかけてくれて、私はそれに、ふるふると首を横に振ったあとで、安心して貰えるようにふわっと笑顔を向けた。


「いえ、まだが狙われていると決まった訳では……っ。

 そのっ、最近、確かに、私の周りで、不可解な事件は頻繁に起きてしまってるんですけど」


 そうして、正直に答えた私の言葉に、ヒューゴが絶句したような表情を浮かべて。


 此方のことを心配そうに見てくれる。


「お前の得意な気配を探ることで、誰かを特定することは不可能か?」


 それからお兄さまがセオドアに向かってそう声をかけてくれると、セオドアは少しだけ顔を横に動かしたあとで……。


「いや、洞窟内じゃ、流石に“人の気配が多すぎる”。

 俺の探索範囲はかなり広いから、もしも、誰かが悪意を持って近づいてきてるのなら是が非でも調べておきてぇ所だが、あまりにも人がいるところじゃ、気持ち悪くなって酔う」


 と、説明してくれた。


 そういえば、スラムに一緒に行ったときも確かそのことについて、セオドアがギゼルお兄さまにそういう風に説明してくれていたことを思い出した私は……。


「……セオドア、色々と考えてくれてありがとう。でも、無理はしないで大丈夫だよ」


 と、セオドアに向かって声を出した。


 普段から、充分すぎるくらいに色々と活躍してくれているセオドアだからこそ、無理はして欲しくない。


 私がセオドアに向かって、そう伝えたあとで、お兄さまからも。


「……そうか、なら仕方がないな。……まぁ、だが、可能性としては、俺が狙われている場合もある。

 その場合、俺が皇帝という跡を継ぐことに不満のあるような連中の仕業だろうがな」


 という、言葉が返ってきた。


 確かにそれも、あり得ないような話ではなさそうで。


 考えれば考えるほどに犯人の目的が今一理解出来ない。


 それに、私達が狙われていない場合も含めて考えなければいけないとも思う。


 だけど、誰か人間を狙って、痺れ玉の罠をセットしたような人がいたならば、どちらにせよ、私達が関係なかったとしても、無差別という訳ではないだろうから、誰か特定の人が狙われていたということになってしまう。


 ――そう考えると、それはそれで、問題だった。


 5つ目の洞窟小屋から繋がっている分かれ道は……。


 4つ目の洞窟小屋から来た道も含めて6つほどある。


 ヒューゴの地図を確認させて貰うと、“そのうち2つ”は6つ目の洞窟小屋と繋がっている奥に進むための正規のルートであり、今さっき私達が通ったフロアが、だった。


 二つのうち、一つは私達が通った何も無いフロア。


 もう一つが、鉱石の採掘ポイントになっているような場所で、私達は鉱石を採掘するような必要が無いから何もないフロアを選んで通ったけれど。


【もしも、私達が狙いなら、お兄さまの言うように犯人は既に私達が黄金の薔薇が目当てで、この洞窟を進んでいるようなことにも気付いている、んだろうか……?】


 仮に、まだ、さっき私達がいた場所だけに痺れ玉を仕掛けていたのだとしたら、セオドアが除去してくれたから問題ないけれど、他の所に仕掛けられていると、一般の冒険者の人達の身が危なくなってしまうだろう。


「とりあえず、6つ目の洞窟小屋に行くまでに可能な限り探索しつつ、痺れ玉を除去しながら進んで、洞窟小屋にいるギルド職員に報告するしかねぇだろうな」


 そうして、セオドアがそう言ってくれたことで、私達はその言葉に頷き。


 5つ目の洞窟小屋を出た時以上に、狭い通路と、大きいフロアを経由しつつ、慎重に一歩、一歩、6つ目の洞窟小屋を目指して前へと足を動かした。



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