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第219話 二日目の朝



 翌日、朝早く目が覚めた私は、昨日の夜、割り当てられた自分のお部屋で……。


 太ももなどをなるべく重点的に、自分でマッサージをしたお蔭もあってか、一日中、歩いて、疲れてしまった足の痛みなどはさほど問題が無いことにホッと一安心する。


 一番問題なのは、私が疲れの表情などを表に出してしまうと、それだけでみんなに迷惑をかけてしまうことだ。


 なるべく、そうならないように、自分が足手まといになってしまう可能性は減らせるのなら減らしておきたい。


 内心でそう思いながらも、起きがけで、まだぽやぽやとした頭を一生懸命活性化させつつ。

 私は自分に振り当てられた部屋の扉を開けてリビングルームへと出た。


「あ、セオドアおはようっ。……お兄さま、おはようございます」


 既に、リビングルームにはお兄さまと、セオドアがいてくれて。


 2人に向かって、にこっと、笑みを溢せば


「あぁ、おはよう姫さん。昨日の疲れが出てないか?」


 と、セオドアから心配そうな声がかかって、私はふるりと首を横に振った。


「ううん、問題なく元気だよ、大丈夫。……心配してくれてありがとう」


 不慣れな鉱山の中を一日中歩いたことで、全く疲れが出ていない訳じゃないけど、今の自分の状況なら黄金の薔薇をみんなと一緒に探しに行くことは出来る。


 今日はなるべく早い時間から此処を出立して、6つ目の洞窟小屋に辿り着き。


 そこで、昨日と同じく宿泊の手続きをしたあと。


 ログハウスの中に、探索するには必要のない下着などや、重たい荷物などは置いておき。


 必要な荷物だけを持って、いよいよ黄金の薔薇を探しに洞窟の奥へと行くことになっていた。


 そして、夜には6つ目の洞窟小屋に帰ってきて、そこに泊まる予定になっている。


 頭の中で今日の日程について色々と考えながら、朝の準備をしてくれていたお兄さまを手伝い、人数分のパンを準備したあとでセオドアと一緒にログハウスの外に出た私は。


 あまり人のいなさそうな場所を選んで、洞窟の中で、商人から購入した薪の上で、セオドアが火打ち石と火打ち金を打ち合わせて発火して火がついたのを確認してから……。


 専用の三脚がついている網を、下にある薪を避けて、地面に置き。


 網の上に、事前に持ってきていた火に強い鉱石を使用して作られた、底が深めのお皿に水を入れて温めると。


 メラメラと燃えていく薪に、やがてお水がお皿の中で沸々と泡を吹くようになって、沸騰してくるのが私の目で見ても分かるくらいになってきた。


【昨日もセオドアが、お風呂代わりにお水を温めてタオルに染みこませるためにこうして実演して見せてくれたけど、本当に何度見てもお水を沸かすことに手慣れているのが分かるくらい、手際が良い】


 きっと、シュタインベルクで騎士になる前に、転々と色々な国を移動している間に、身についたことなんだろう。


 私も、昨日も今日もこうして手伝うことしか出来ないけど。


 それでも、昨日に比べたら大分お水を沸かすことの手順も覚えて、セオドアには敵わないけれど、今日の方が随分と手際よく出来たと思う。


 そうして、セオドアが使っていないお水で火の元をきちんと消火してくれたあとで。


 お皿ごと、中に入っているお湯を溢さないように持って、ログハウスの中に戻り……。


 少しかさばってしまうけれど、荷物の中に入れて持ってきていた、昨日も使用して洗って乾かしていた人数分のコップに入れて。


 リュックサックの中を開け『洞窟の中に行くなら』と、別荘で働いてくれているシェフが準備をしてくれた紅茶のティーパックをその中に入れる。


 これで、即席だけど朝食に“紅茶”を飲むことが出来るようになった。


「うわっ、芳醇な香りがすげぇっ! 滅茶苦茶いい匂いですね……っ!

 こんな洞窟の中で、朝から優雅に紅茶なんて中々飲めませんぜっ! しかも、皇族の方が普段飲んでいるようなお高い奴っ!」


「うむ、やはり、朝はパンに紅茶が一番良い組み合わせだな」


 そうこうしている間に、アルとヒューゴが自分たちの部屋から出てきてくれた。


 元々アル自体、マイペースな性格なので。


 良い意味で、誰かに気遣いをしても気疲れをするようなこともなく、どんな生活にも割とすんなりと馴染むタイプだと思うんだけど。


 それでも、人との共同生活に慣れてきて。


 まるで、人間みたいなことを言うようになったアルに、私は『おはよう』と声をかけたあとで、にこっと笑みを溢しながら。


 アルに近づいて、そっと、自分のブレスレットとアルのブレスレットを重ね合わせた。


 アルにとっては、人間の食事は“ただの嗜好品”であり。


 自然や、魔女の存在がご馳走になるものだから。


 基本的には一緒に人間の食事をする時は、その前後でこうやってアルにご飯をとってもらっていて……。


 例えば、私がお父様と一緒に夕ご飯を食べる日や、用事などがあって。


 今回の旅の時も、ホテルに泊まったりした時に。


 自室にご飯が運ばれてきて、用意されたりするような日などで、どうしても一緒にご飯が食べられないことがある場合は、2人で一緒にいる時などに、そっとアルとこうしてブレスレットを重ね合わせて、食事をして貰っている。


 殆ど毎日食事をとらなければいけない人間とは違い。


 アル自体は、何日か食べられなくても問題は無いそうだけど。


 それでも、人間としての感覚で、毎日ご飯を食べられないのは辛いものがあると思ってしまう私は。


 アルにもきちんと食事をして貰えるように、なるべくブレスレットを重ね合わせることを忘れないようにと、気をつけるようにしていた。


「……ていうか、よくよく考えたら、朝の準備の殆どを、皇太子様や皇女様にもやらせちまってましたよねっ!?

 あー、起きるのが遅くて申し訳ねぇっ! 俺も、手伝えることがあるなら、仕事を割り振ってもらって全然構わねぇんでっ!」


 それから、紅茶の良い匂いに嬉しそうに表情を綻ばせて此方に向かって笑顔を向けて来たヒューゴが、私達が動き回っていることに、ハッとした様子になったあと。


 慌てたようにそう言ってくるのが聞こえてきて、私はふわっと笑みを溢してからヒューゴに向かって声を出した。


「いえ、大丈夫ですよ、ヒューゴ。

 セオドアとお兄さまが動いてくれて、もう準備なら殆ど終わってますし、良かったらソファーに座って待ってて下さい」


「……いや、皇女様。

 昨日も一緒に過ごして思ってたことなんですけど、ほんと、1人で何でもかんでもやるってことにあまりにも手慣れすぎてませんかねぇ?

 皇太子様が、慣れてんのは、まぁ、成人もしているし人生経験がそれなりに豊富だってことで分かるんだが、皇女様はその年齢でしょう?

 しかも、怒ったりしないどころか、一般人の俺にまで気遣いしてくるとかっ……」


 そうして、戸惑いながらもそう言われて、私は首を傾げたあとで


「……? えっと、私がヒューゴに怒ったりするようなこと、今の遣り取りでありましたか……?

 それに、あまり意識したことが無かったんですけど、自分一人で色々と動いたりするのも、私にとっては別に苦なものではなくて、凄く楽なので。

 誰かに何かをして貰うと、その分、人の時間を取ってしまっていることに、気を遣っちゃいますし」


 と、説明すれば。


 ヒューゴが、調子が狂ったような表情をしたあとで。


『……っ、! 何が、我が儘放題の皇女様だよ、本当に、噂とは全く違うじゃねぇかっ』


 何か、もごもごと小さく声を出してから、それが聞き取れなかった私がヒューゴに向かって耳を傾ければ。


「あー、皇太子様? 俺の御貴族様のイメージって、何でもかんでも従者にして貰うことが当たり前だと思ってたんですけど。

 上に立つような人間は幼い頃から、こんな風に一人で色々と出来るように教育されているようなものなんですかい?」


 と、お兄さまに声をかけるのが聞こえて来た。


「いや、アリスが特殊なんだ。

 貴族だとか、皇族だとかそういう人間が全員こんな風に自分のことを自分でするようになってしまったら、そもそも従者の存在自体、必要がなくなってしまうだろう?」


 そうして、お兄さまがヒューゴに向かってそう言ってくれると。


 その言葉に、『確かに』と言いながらも、納得したような納得していないような困惑したような表情を浮かべたヒューゴの姿が見えて、更に私は首を傾げる。


「あ、でも……。

 お兄さまも基本的には自分に出来ることは一人でされてますよね?

 お洋服をご自分で着替えられたりだとか、お風呂に入るのとかも、そうですけど」


 そうして、巻き戻し前の軸の時も含めて……。


 お兄さまがそういったことに関して、誰かの手を煩わせたりするようなことが無かったことを思い出した私は、そのことを引き合いに出して声を出したんだけど。


「俺は男だから、そういった事に関しては自分でするが、お前は違うだろう?

 俺等とは違って、女性の場合、ドレスなどを着るのにも準備に何かと時間がかかるものだし、髪のセットなども含めて、本来なら侍女がついて、お前の身の回りに関しての世話をするのが常識だ」


 と、お兄さまからは苦言のような形で言葉が返ってきてしまった。


 けれど、言葉遣いについて厳しいようにもとれるお兄さまのその瞳には……。


 私の事を心配するような色が強いということが窺えて、私は安心して貰おうとにこっと笑顔を向ける。


「そうなんですね。……あの、でもっ、今の状況が特殊なだけで。

 皇宮にいる時はローラやエリスがいつも私の傍に付いて色々と気にかけてくれているので。

 私もいつも一人で何もかも、自分でしている訳ではないですよ」


 そうして、ローラもエリスも、しっかりと私についてお世話をしてくれていることを説明すれば。


「……お前がそう言うのなら、あまり厳しく言うつもりはないが。

 だが、お前に付けた俺の侍女から報告されて入ってきた情報では、普段からお前が一人で風呂に入っているとか、そういうことなんだがな?

 アリス、お前はもう少し、誰かの手を借りるということも覚えた方がいい」


 と、お兄さまに続けてそう言われて、私は目を瞬かせた。


 ミラとハンナがお兄さまに私の事を報告するのは、別に可笑しなものではないと思うけど。


 まさか、そんなことを報告されているとは予想もしていなかった。


 この旅の間中、別荘に着いてからも二人とも私に対して凄く優しく接してくれるし、なんだか心配して貰っているなぁとは何となく感じてはいたのだけど……。


 色々と気にかけてお兄さまに報告して貰っていることについては、申し訳なく思う。


 一人でお風呂に入るのは誰かの手を煩わせなくて済む分、凄く楽で、正直私としては全然困っていなかった。


 髪の毛を洗うのだって慣れれば自分で洗った方が早いし、髪の毛を必要以上に引っ張られたり、雑な扱いをされてしまうことを思えば、自分で色々と調節できる分、気兼ねがない。


 勿論、ローラはそんな杜撰ずさんなことをしないとは分かっているけど。 


【慣れてしまえば、誰かの手を借りるよりも一人で入った方が時間を気にすることもなく、自由に色々とお風呂を使えていい】


 と、思うんだけど、私がこれを言っても……。


 多分誰にも理解はされないだろうな、ということはちゃんと認識している。


 そもそも貴族だとか、皇族だとか、私達みたいに上に立つ人が。


 仕事として仕えてくれている人達の時間を気にしたり、必要以上に気にかける必要などどこにもないだろう、と言われてしまうことは目に見えていた。


 ――頭では分かっているのだけど。


 それでも、今まで嫌な顔をされながら、過ごしてきた日々のことを思うと。


 どうしても、私は周囲の人の顔色とかそういうものが気になってしまう。


「えっと、なるべく善処するようにします」


 少しだけ困ったような表情を浮かべて、お兄さまにそう伝えれば。


「うむ、お前達、折角淹れてくれた紅茶が冷めてしまうぞっ。……美味しいうちに早く頂くとしよう」


 と、アルが声をかけてくれて、その有り難いアルの気遣いに、内心でホッとしつつ。


 私は、『頂きます』と声を出したあとで、目の前のパンを手に取った。


 それからは、特にヒューゴからもお兄さまからも、私の普段の言動に言及されるようなこともなく。


 昨日の夜と同じくみんなで机を取り囲み、パンと紅茶を食べたあとで。


 とくに汚してもいないログハウスの中を、忘れ物がないかどうかだけ部屋の中をチェックして荷物を纏め、ログハウスの中から出て、その鍵をお兄さまがギルド職員の人へと引き渡してくれた。


 お兄さまの腕時計の針が指し示すのは、朝の7時30分くらいを丁度回ったところで。


 4つ目の洞窟小屋から5つ目の洞窟小屋までの時間が丁度1時間くらいかかったことを思えば、このまま何ごともなく順調にいけば次の6つ目の洞窟小屋まで、8時30分くらいには到着することが出来るだろう。


 そうなれば、今日の残りの時間の殆どを“黄金の薔薇”を探すのに時間を費やすことが出来る。


「よし。……じゃぁ、そろそろ出発するか」


 そうして、セオドアにそう声をかけて貰ったあと、私達は5つ目の洞窟小屋を後にした。



 ――背後で、私達の動向を注視しながら、後をつけてきているような存在がいることに気付くこともなく……。





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