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第218話 【???Side】


 少し早めの時間帯に、いつものメンバーで採掘に挑む。


 そんなありふれた、いつもと同じ、何でもないような日常を送る筈だったのに。


 朝起きてからの、今日の俺の気分は底辺と言ってもいいほどになものになっていた。


 『何が問題だったのか』


 という事に関しては、きちんとした明確な理由が分かっている。


 昨日の酒場で、ことだ。


 皇太子がブランシュ村に来ることになったっていうのは、ちょっと前に、ブランシュ村の人間が騒がしくしていたから俺たちでも事前に知っていた。


 だが、こういうものは、有名人が来ると事前に知っていたら、それらしい人間を装って酒場や宿に泊まり……。


 “過剰なサービス”を期待するような、詐欺が行われるようなこともよくあるもので……。


 第一、皇太子のようなこの国の上に立つような人間が。


 一般の、それも冒険者達がよく利用するような、ごろつきだらけの場末の酒場になんざ、来る訳がねぇ。


 ――その先入観が、俺の目を曇らせた。


 皇太子の傍にいたあの護衛、見た目からしても“ノクスの民”だと一目で判別出来るようなあの男の存在も、更に、俺のその思いに拍車をかけるには充分だった。


【皇太子がわざわざ、人から忌避されるようなノクスの民を一人だけ選んで、護衛として連れてくるか?】


 おまけに、傍にいたのは二人の、で。


 それなりに全員、裕福そうな感じで、身なりに関してはきちんとしたものを着込んではいたが。


 どう考えても皇太子様を護衛する人間が一人しかいないことも、それもその男がノクスの民であるということも、不自然だろうと考えて偽物だって断定した。


 その判断が“間違い”だったってのは、昨日の一件で、認めてはいる。


 認めてはいるが、それで納得したかと言われれば、それはまた別の話だ。


 ――こちとら、腕っ節の強さだけで、ここらで一目置かれてんだよっ!


 昨日の酒場で、ノクスの民であるあの護衛に、周囲から見ても手加減をしていると分かるくらいの立ち回りをされて、この鼻をへし折られ、赤っ恥をかかされた俺は。


 今朝、起きてからも……。


 昨日の不味くなった酒が抜けきらず、胸糞が悪くて、酷く苛立っていた。


【俺がここらで、デカい顔が出来るのも……。

 剣を扱う、自分の冒険者としての腕が他人に比べて勝っているという自負があるからなのに、あれじゃぁ、俺が噛ませ犬みたいじゃねぇかっ!】


 こんな小さな集落しかないような場所じゃ、この噂は瞬く間に鉱山で採掘しているような冒険者どうぎょうしゃにも広まってしまうだろう。


 そうなりゃ、この辺で威張ってデカい顔をしていた俺は、この先どんなに周囲に向かって自分の冒険者としてのキャリアや功績を話しても『でも、お前、皇太子の護衛に負けたんだろうっ?』という笑いの対象にされちまう。


 まるで、誰かの靴を舐めろとでも命令されたような、屈辱的な気持ちが抑えきれず。


 ふつふつと煮えたぎるような怒りがわき上がってくる。


 そうして、俺よりも遅れて待ち合わせ場所にやってきた自分のパーティーメンバーを、口汚くなじって、当たり散らしたあとで。


 目の前にあった石を思いっきり前に向かって蹴飛ばした俺は、目の前で昨日の皇太子様ご一行が、洞窟に入っていく姿を目撃した。


 ――嗚呼


 別に熱心に、祈りを捧げて、信仰しているような訳じゃぁ、ねぇが。


 神様ってのは、いつだって最後にゃ、俺たちに微笑んでくれるようなものだ。


 そうして俺は、与えられたチャンスに


「オイ、テメェ等っ! 運が回ってきたかもしれねぇっ! アイツらの後を追いかけるぞっ!」


 と、自分の結成したパーティーメンバーに向かって声をかけた。



 ************************



 それからどれくらい経っただろうか。


「リ、リーダー、もう辞めましょうよっ! ここまで必死に後を追いかけてきましたけど、もう既に5つ目の洞窟小屋付近ですよっ!」


「そうですって、リーダーは冒険者としてソロで入ったことがあるかもしれませんがっ!

 流石にこんな奥深くまで、俺等は入ってきたことないしっ……。

 それにさっきの、見ましたかっ!? 変な道は通るわ、あの子供が持っている団子でコウモリは、手懐けるわっ。

 仕舞いには、あのノクスの民の護衛、殺気だけで蛇をやっつけてしまってるんですよ!?

 どう足掻いても、俺らじゃ、勝ち目がありませんって!」


「……うるせぇなっ! お前等は俺に従ってればいいんだよっ!

 お前等みたいなお荷物でも、俺が上手く使ってやってるから、採掘で鉱石を売った金額のおこぼれが貰えているんだろうがっ!」


「それは……。確かに感謝していますけどっ!」


「昨日、皇太子様がなんで、俺等のことを見逃してくれたのか知りませんが。

 こんなことやってるのがバレたら、俺等、それだけで打ち首になるような可能性だってあるじゃないですか……!」


 俺の傍にいたパーティーメンバーの一人が弱気な声を出すと。


 次々に、情けない声がその場に広まっていく。


【……たく、どいつもこいつも全く使い物になりやがらねぇっ!】


 あの、お綺麗な顔した連中に、鉱山や洞窟の恐さを味わわせてやる……!


 と、息巻いて洞窟内に入って、その姿を追いかけてきたはいいものの。

 此処に来て、俺以外のパーティーメンバーの4人は全員揃いも揃って弱音とも取れるような不安を口にする。


「鉱山ってのは、危険がつきものだ。

 それをアイツらも分かった上で入ってきてるんだから、洞窟内で何らかの事故があったとしても、バレなきゃ自己責任だろう?」


 にやりと、俺が口元を歪めて笑みを溢せば、目の前で顔を見合わせたあとで。


「大体、お前らここから、全員で帰れるのかよっ?

 俺がいなきゃ、碌に戦闘面でも活躍出来ねぇ、お荷物のくせにっ!」


 と、続けて声を出す俺に、従う他はないと判断したのだろう。


 全員、黙って大人しく、俺についてくるようになった。


【……そうだ、お前達はそれでいいんだよ】


 ――あの護衛も含めて、俺に赤っ恥をかかせてきたこと、絶対に許さねぇっ!


 酒場ではしおらしく謝ることしか出来なかったが。


 いよいよ、俺にもチャンスが巡ってきた。


 外じゃ確かに何も出来なかったが、洞窟内でなら……。

 事故を装って、アイツらに色々と仕掛けるようなことは出来る。


 皇太子だか、上の偉い人間だか、知らないが。


 そもそも、俺は“ソマリア人”、だ。


 シュタインベルクの上の人間を慕うような気持ちなんて、コレぽっちもねぇっ!


 それに“”。


 1人は男っぽかったが、天使みたいなツラをした男の子供も。

 もう一人、フードを被っていたが、女の子供も、綺麗なツラをしていやがった。


 シュタインベルクでの人身売買は禁止だが、どっちも多分、他国じゃ高値で売れるだろう。


 1人は男だっていうので、値段は女の子供に比べりゃ落ちるだろうが、それでも充分すぎるほどの金額は貰える筈だ。


 そう考えれば、こんな洞窟なんかで鉱石をちまちま採っているよりも、よほど纏まった金がいっぺんに入ってくる。


 そうなりゃ、今みたいに、パーティーメンバーにおこぼれをやりながら。


 ソマリアで高く売れる鉱石を持って、ソマリアとシュタインベルクで国同士を行き来する必要も無くなり……。


 役にも立たねぇメンバーと、日の光が全く入ってこないこんな薄汚ぇ場所にも、おさらば出来る。


 俺が、ここらで“皇太子の護衛に負けた冒険者”だと、笑いものにされちまう前にさっさと、とんずらこきゃぁ、いい。


 ――そのために、何としてでも、あの子供を手に入れたい


 皇太子様達にはここで、“事故”に遭ってもらうとして。


 その隙をついて、を奪う。


 俺は、5つ目の洞窟小屋に入っていた、皇太子様ご一行を見ながら、この後の計画を考えて、小さく舌なめずりをした。



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