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第217話 洞窟小屋の中



 それから、5つ目の洞窟小屋があるフロアに何ごともなく、辿り着いた私は。


 奥に進めば進むほどに、人の数が減っていくのだと事前に聞いてはいたけれど。


 5つ目の洞窟小屋の付近にいる人の数が、4つ目から比べて、明らかに目で見ても分かるくらい少なくなってしまった事にびっくりしながら。


 洞窟小屋の近くに立っていた“冒険者ギルドの職員”だという人に、今日の宿代の料金について説明を受けていた。


 ――鉱山自体は国のものだから


 それに対して、私達が入るのにお金はかからないんだけど。


 宿泊するのは、ギルドの職員の接客やサービスの部分での人件費もかかっているため、一般の人達より料金が安いながらも、私達でもお金はかかる。


 お兄さまが自分の持っているカードを提示して、人数分のお金を払ってくれると。


 直ぐに『こちらです』と案内されて、私達は幾つかある建物の内の一つへと通された。


 鉱山の中に作られている簡易的な建物なだけあって、中は決してお世辞にも広いとは言えない。


 扉を開けて、一応、洞窟小屋を利用する全ての人達が共有出来る場所なのだと憩いの休憩スペースを案内して貰ったあと。


 通路を挟んで、この建物の中にぎっしりと……。


 沢山の小部屋が作られている扉の一つから、荒々しく冒険者の人が一人、バンっ、と大きな音を立てて扉を開けて出てくるのが見えた。


 その時、ちらっと見えた部屋の中は、成人男性が一人、寝転がれるくらいの狭いスペースで思わず驚いてしまう。


 私が、興味津々になりながら。

 あちこちと、視線を彷徨わせ、きょろきょろとこの建物の中の構造を見ていると。


 ギルドの職員から、洞窟小屋についての説明を聞いて……。


 短い遣り取りを終えたお兄さまが戻ってきてくれて、私達はその建物から一度、外に出た。


【……? ここに泊まるんじゃなかったのかな?】


 内心でそう思いながら、不思議に思っていると。


 お兄さまが私達を案内するようにして次に向かってくれたのは、その建物の隣にあった平屋のログハウスで……。


 聞けば、泊まる部屋のグレードにもよるけれど。


 一番高い部屋は、貴族の為に用意されている、従者とも泊まることが出来るログハウス一棟を全て使っているもので、何部屋かに分かれて個室があるのだそう。


 此方は、木で作られた扉に、錠前がつけられていて、一応の安全が保障されたものになっているらしい。


 因みに、一番安い部屋は。


 大きめの部屋にわらを敷き詰めただけのものらしく。

 色んな人達が一部屋にひしめき合い、雑魚寝をすることが出来るようなものになっていて……。


 一応、中間くらいのお値段のお部屋になると。


 狭いスペースにはなるけれど、大人の男性が一人で寝られるくらいのスペースは確保されている個室になっており……。


 その部屋の扉にも、安全面を考えて錠前がつけられているのだとか。


【さっき私が見た冒険者の人が出てきた部屋は、この中間くらいのお値段の個室部屋だったのだろう】


 そうして、冒険者の人達が雑魚寝をする大部屋以外の部屋は全て専用の鍵を手渡され。


 チェックアウトする時に、一緒にギルドの職員へと返すことになる。


 さっき、ギルドの職員には案内されなかったけれど。


 建物の中には共同で利用出来る簡易的なトイレなども作られており、一番高いお部屋には部屋自体にトイレがあるみたい。


 私達が共同で使われているトイレの方に案内されなかった理由は、今回利用するお兄さまが取ってくれた部屋が一番グレードの高い物であり。


 トイレが付いているから、案内する必要が無いと判断されたのだと思う。


 私達は特に文句を言ったりするようなことはないけれど。


 こうして貴族向けと、一般の冒険者向けにきちんと分けられて、色々と配慮されているのは、貴族の人達が鉱山内を利用する際に、クレームが出てしまうということを極力減らしている結果なのだろう。


 ホテルに泊まった時と、システム的にはあまり大差がないことにホッとしつつ。


 私達は、お兄さまが取ってくれた洞窟小屋の中でも一番良いグレードのお部屋へと足を踏み入れた。


 そこには6畳くらいの部屋に、木で作られたソファとテーブルが置かれただけの、リビングルームがあって、その部屋を起点に、トイレと個室が幾つかに分かれて作られていた。


 中はどの部屋も似た作りになっていて、木で出来たベッドが置かれているだけだ。


 一番大きな部屋が唯一、個人で使えるトイレと、他に簡素な棚と貴重品を入れておける金庫があるくらいで、どの部屋も、そこまで多くのものが置いてある訳ではない。


【よくある、ファンタジー小説に出てくるような宿屋の雰囲気】


 と、言ったら、想像がつきやすいかもしれない。


 洞窟内という限られたスペースの中なので。

 建物を作るというだけでかなり大変なことだと思うし。


 基本的には、採掘をすることがメインで。


 ここを利用する人達は、寝泊まりをするだけという事もあり。


 こういった場所が、そこまでしっかりとした作りになっていないのも頷ける話ではあった。


「うわぁっ……。

 俺、洞窟内で、こんなにも高い部屋に泊まるのなんて、初めてですぜっ! 本当に、皇太子様、様々っつぅかっ!」


 因みに、お兄さまと一緒にいる人は、みんな“皇族”のお付きの人として扱われるため。


 基本的に鉱山に一緒に入ることになれば、その料金も“皇族”と“お付きの人”としての扱いを受けることになる。


 その辺りは、洞窟に入る前に、私達の誰もお金がかからなかったのと一緒だ。


 この洞窟小屋に宿泊するのにも、皇族としての割引された料金が全員、適用されることになっていて。


 当然、ヒューゴの分もお兄さまが全て出してくれていた。


「ふむ、一番高い部屋なだけあって、全員分、個別に部屋が用意されているものなのだな……?」


「あぁ、まぁな。

 貴族っていうものは、大人数で自分の従者を引き連れて鉱山に挑むような人間が大半だからな。

 俺たちはこれでもかなり少ない方だろう」


 アルとお兄さまの会話を聞きながら。


 私はお兄さまが泊まることになった一番大きなお部屋にある金庫の中に、リュックサックを降ろしてその中を確認し、無くしてはいけなさそうな工具など、重要そうな貴重品だけを入れさせて貰う。


 私が一人、女の子だからというのもあってか……。

 お兄さまが私に一番大きな部屋を譲ってくれようとしてくれたのだけど。


 私自身は、子供だから身体もそんなに大きくないし。


 ホテルでもそう言って色々と譲ってもらっていたから……。


 別に小さめの部屋でも全く構わないと、その提案を固辞した結果。


 お兄さまが一番大きな部屋に泊まることになって、私とアルは次に大きい同じくらいのお部屋に、セオドアとヒューゴはそれぞれ従者用のお部屋になったんだけど。


 それでも、ヒューゴの大喜びするような嬉しそうな声を聞いていると。


 通常、冒険者が一人で泊まる個室よりも、こっちのログハウスは例え従者用のお部屋でもゆったり出来るような広いスペースが確保されているのだと思う。


「良し、とりあえず荷物は全員置けたな? じゃぁ、これから、必要なものを買い揃えに行くか」


 各自、自分に割り振られたお部屋に荷物を置いたあとで、セオドアが私達に向かって声をかけてくれた。


 外の行商人達が、お水を売っているらしいので。


 その辺りを買い足しにいくということは、洞窟内を歩いている時にみんなで話し合って決めたことだった。


 ――事前に、水筒を荷物の中に入れて持って来ていない訳ではないのだけど。


 洞窟内で暫く過ごすのなら、用意してきているものだけでは当然足りなくなってくる。


 そうでなくとも、洞窟の奥に進むのなら。


 荷物に関しては必要最低限で


『なるべく軽装にしておき、買えるものは洞窟内で購入した方が良いだろう』


 という、お兄さまの判断によるものでもあった。 


「あぁっ! そこの貴族の方達、ウチで色々と物資を見ていきませんかっ?

 他の店よりも、かなり、お安く販売しておきますよっ!」


「いやいやっ、是非とも、私の所を利用してくださいっ!

 サービスで色々とおつけすることも出来ますのでっ!」


 私達が貴族用のログハウスに泊まるということは、傍目から見ても分かったのだろう。


 お金を持っている太い客であると判断されたのか。


 扉を開けて外に出ると、付近で商いをしていたテントを張った商人の人達が何人も私達に向かって声をかけてきた。


 どの商人から購入するのが、一番良いのかは分からないけれど。


 基本的に生命線となるお水の販売は、どこの商人もしているみたいで。


 パッと見た感じ、価額に関しても似たり寄ったりで購入出来るみたいだった。


【お水の量に対する値段も重要だけど。

 それ以上に、販売されている“お水の質”が何よりも大事になってくる】


 事前にヒューゴから聞いていた情報では、『湧き水』であることをうたって販売しているような所は。


 綺麗な水であることを強調している分、本当だった場合は良質な水に出会えることもあるけれど、それが嘘だった場合は、お腹を下すような品質の酷いものなども中には紛れているらしい。


 洞窟内では、お風呂がないから、お風呂の代わりにタオルに少し温めたお水を染みこませて、身体を拭くのに使うようなお水ならそこまで“味”や品質にこだわったりしなくてもいいけれど。


 飲み水に関しては、出来ることなら信用のおける商人から買いたいというのが本音だった。


 ……こういう時、見た目以外の所から、判断する方法が無い訳ではなく。


 という方法を取れば、判別するようなことも出来る。


 本当に自然の山から取られた透き通った水は無味無臭で。


 ろがきちんとされているお水も同じく無味無臭……。


 だけど、少しでも“ろ過”が出来ておらず、粗悪で泥水が取りきれていないような水は、ほんの僅かだけど独特の匂いがしてくる。


 ――巻き戻し前の軸


 私が牢屋に捕まっていたとき。


 実際に、囚人に出されていたお水は、充分にろ過がされていないものが出されていて。


 私も暫くの間、それを飲まされていたから、これに関しては自分が役に立てる自信があった。


「あのっ、お水を買いたいのですが。

 ……良ければ、一度、その匂いを嗅がせて貰ってもいいですか?」


 にこっと、商人達に向かって微笑んだあとで、私が声をかけると……。


 目の前で、お兄さまに向かって。


 あの手この手で商品を買って貰おうと、売り込むために営業をして、接客を繰り広げていた商人達は一瞬驚いたような表情を浮かべたけれど。


 直ぐに私の言葉には頷いてくれた。


 こういう時に、購入のため、事前に商品の匂いを嗅がせて貰うということは、別に問題な訳ではないし。


 これで、匂いを嗅がせてくれない商人がいたら、そっちの方が怪しまれて購入して貰えない可能性が高まってしまう。


 何より、私が子供だということで、見分けられるような物では無いと判断されたのか。


 それとも、ここにいる商人の人達はみんな、自分の売っているものに自信があってのことなのか。


 私の言葉を聞いた彼らは、競うように我先にと、私に向かって自分たちが販売している飲み水の蓋を開けて、此方に向かって差し出してくれた。


「どうぞ、貴族のお坊ちゃまっ! 私の販売している水は自信がありますよっ!」


「いや、私共が販売しているものは、湧き水からとったものですから、安全に飲んで頂けるものになっておりますっ!」


 口々にそう言ってくる、商人の人達を見つつ、私が一つ一つ、差し出されたものを手に取って、その匂いを嗅いでいると。


 お兄さまが私の耳元で困惑したように……。


「オイ、アリス……。

 お前、一体、どこで、飲み水の判別が出来るようになったんだ……?」


 と、声をかけてくれたのが聞こえてきて、私はお兄さまに向かって振り向いたあとで。


「いえ……。そのっ、ちょっと前に、泥水も含まれたようなお水を飲んだことがあって」


 と、声を出した。


 何て説明すればいいのか分からなくて、取りあえず濁すような言葉になってしまったのだけど。


 お兄さまも、セオドアもアルも、私のその言葉を聞いた瞬間、難しい表情を浮かべたのを見て


【あ、やっちゃった……。

 この言い方だと、前に私についていた侍女とかが嫌がらせで、私にちゃんとした飲み水を用意してなかったみたいになっちゃうよね】


 と、内心で思った私は。


「あ、あの……。に、そのっ……。

 馬車で事故があって、お母様と一緒に拉致された事件があったでしょう?

 あの時に、犬の餌皿にお水とパンを出されたことがあって……っ!」


 流石に巻き戻し前の軸に、無実の罪で捕まってしまって。


 そこで、美味しくないお水と食事を出されていましたとは言えなかったので、直近で今の自分にも言える範囲のこと思い出して。


 わたわたと、取り繕いながら、お兄さま達に向かって声を出す。


 ――因みにこれも、嘘という訳ではない。


 お水がちゃんとしたものではなく、だったかどうかは覚えていないけれど。


 『最期の晩餐』だと放り投げるように、犬の餌皿に用意されて置かれたそれらについて。


 パンがカビっぽい匂いをしていた事は覚えていたから、しっかりとされたものは用意されていなかったんじゃないかなと思う。


 お母様と誘拐された時の記憶で印象に残っていたことではあるので、それに関しては結構覚えていた。


 お母様の立場も考えると、皇族である私達に屈辱を与えるようなものだったのだと今なら分かるけど。


 当時はそこまで頭が回らずに、よく分からないまま


 【どうしてこの人達は私達のことを殺したい筈なのに、ご飯なんか、わざわざ用意するのだろう】


 と不思議に思っていた、な……。


 私がみんなに向かって、そう説明すれば。


 それを聞いたお兄さまの視線もセオドアの視線も、アルの視線も更に険しいものになっていくのが見えて……。


 輪をかけて、心配をかけてしまったのだということに気付いたあとで。


「……あっ、えっと。

 結構前のことだしっ、今は本当に何とも思っていないので気にしないで下さい」


 と、みんなに向かって声をかける。


 誘拐されたあの時の事件については、今もを夢に見て、確かに私にとっては見えない痛みと傷になっていない訳じゃないけれど。


 犬の餌皿を置かれたとか、そういったことに関しての、経験自体は。


 その後、何年も経ってから16歳の時に、牢屋に入れられてしまうことになったのだと思えば……。


 似た様な状況を一度だけじゃなくて二度ほど経験しているこの身にとっては、もうそこまで気にするようなことでもなく『当時の出来事も、今は癒えている』と言っていい。


 だから、こうして、みんなから心配の表情を向けられてしまうことの方が逆に気兼ねしてしまう。


 みんなにも必要以上に心配して貰わないですむように、にこっと明るく笑顔を浮かべたあとで。


「お兄さま。このお水が、飲み水にするには一番良いと思います」


 と、その場で、自分の手元にあるお水が入っている容器を、泥の混ざったような独特の香りがするものと、それ以外のきちんとした飲み水に、区分けしていき。


 それらを持ってきてくれた商人がお水を幾らで売っているのかと、中に入っている水の大体の重さを判別しつつ。


 頭の中で……。


 暗算して、良さそうなものから順に並べてその場に置いたあと、お兄さまに向かって声をかけた。


 私の分け方に驚いたのは、お兄さまだけではなく。


 その場にいた商人の人達も同様だった。


 彼らの中にもネットワークのようなものは形成されており。


 どこの商人達が、どんな品を“何ゴルド”で売っているのかなど、この中にいる殆どの人達が把握しているのだろう。


 私が選んだ飲み水を売っている商人を見た他の商人達は驚いたような表情をしながらも……。


 この人なら仕方ないとでも言うような、諦めたような表情を浮かべていて。


 更に、しつこく、此方に向かってセールスを展開してくるようなことはなく。


 それだけで、みんな、その場から退いてくれた。


「いやぁ、お客さんお目が高いですねっ! ウチの商品を選んで下さってありがとうございますっ!

 ここらじゃ、湧き水から汲んできたウチの商品は、冒険者の皆さまに飲み水が美味しい上に安いって、ちょっとした評判でもあるんですよ!

 ただ、“湧き水”を謳った、粗悪品も出回っているので大っぴらには宣伝しないようにしているんですが」


 にこっと、人懐っこいような笑みを向けて、接客をしてくれるその人に対して……。


 お兄さまが必要な本数のお水を購入してくれる。


 それからパンなどの日持ちのする食料をかなり多めに購入してくれたあとで。


「明日には、6つ目の洞窟小屋に着く予定だ。……お前の信用のおける商人仲間を紹介して欲しい」


 と、目の前の商人に声をかけてくれた。


「沢山、ご購入頂きありがとうございます。

 ……そうですね、6つ目の洞窟小屋ですか。それなら、ダニエルという商人をオススメします。

 奥に進めば進むほど、危険な生物も増えてきて商人や冒険者も減っていくようなものですが、ダニエルは、週に何度かは5つ目と6つ目の洞窟小屋で商いをしています。

 売っている物も、確かな品質ばかりだということは僕が保証しますよ」


「そうか、分かった。

 これは有益な情報に対する対価だ。……取っておいてくれ」


「ありがとうございますっ! 是非とも、今後も鉱山を利用する際にはご贔屓下さい」


 お兄さまがスマートに商人との遣り取りを終えてくれたあとで。


 私達は、今日購入したパンを洞窟小屋の中でみんなで食べることにした。


 事前に持ってきていた干し肉などの携帯食を洞窟内で食べてはいたものの、お昼はどこかで食べるような余裕もなかったから、既にお腹はペコペコだった。


 お兄さまが腕時計を確認してくれると、時刻は丁度、夜の17時を回った頃だった。


 今日の朝9時くらいから洞窟に入って。


 今、それくらい経っているということを考えた上で、帰りの時間を考慮すれば……。


 “黄金の薔薇”を探索するのには、本当に明日、丸一日分くらいしか使うことが出来ず。


 その間に、私達がどこまで奥まで行けるのかが、かなり重要になってくるだろう。


 こうして自分たちが実際に鉱山の洞窟内に入って経験した上で、今、実感しているけれど。


【ヒューゴの提案って、よくよく考えなくても本当に無茶ぶりだったよね……】


 私自身、洞窟のことに詳しくないから、色々と見込みが甘かったのだと痛感する。


 当初……。


 『3日、いや、2日でもいい』と、私達にヒューゴは言っていたけれど……。

 移動時間を考えれば、最低でも今のように3日分は確保してなければ、探索すること自体、到底無理だった筈だ。


 それでも、お兄さまやセオドアに助けを求めてきたことを考えれば。


 それだけ、ヒューゴが切羽詰まっている証拠なのだと思うんだけど。


「ヒューゴは、前からずっと“黄金の薔薇”を探しているんですか?」


 リビングルームの机を囲み。


 お兄さまが購入してくれたばかりのパンを、手で千切ってもぐもぐと頬張り、ごくんと、それを飲み込んだあとで、ヒューゴに問いかけると。


 ヒューゴは私の方を向いてくれたあとで、こくりと頷いてくれた。


「えぇ。とんだ、夢物語だって周りには、馬鹿にされるけど……。

 俺がガキの頃、親父と知り合いだった冒険者が“黄金の薔薇”を、この鉱山内で目撃したって言ってたことがありましてね。

 毒のある生物から命からがら、逃げ出してきたから実物を採ることは、出来なかったって。

 ソイツを追い求めるには、例え外野から、“ロマン”だと言われてもいい。

 俺には目的があって、絶対にそれを叶えなきゃいけないんです」


 そうして力強くそう言ってくるヒューゴに、私は聞いて良い物なのかどうか、一瞬だけ迷ったあとで。


喀血かっけつの症状があるという、病気の方のため、ですか?」


 と、問いかけた。


 ヒューゴはそれにこくりと頷いたあとで。


「えぇ。……まぁっ、本人は別に俺の手助けなんざ、必要としてねぇと思いますがねっ!」


 と、此方に向かっておどけたような言葉を出してくる。


 そうして、どこか遠い目をするヒューゴに向かって


「ヒューゴがその方を救いたいというその気持ちを持って接しているのなら、きっと、その気持ちは相手にも伝わっていると思います」


 と、声を出せば……。


 その言葉を聞いて


「……だと、良いんですがねぇ」


 と、照れくさそうに此方に向かってヒューゴが頬を掻いて笑みを溢してきたのが見えて、私もつられてふわっと笑みを溢した。



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