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第216話 4つ目の洞窟小屋と大蛇



 土ボタルという聞き慣れない言葉に首を傾げた私を見て。


「ふむ、ヒカリキノコバエの幼虫のことだな」


 と、アルが補足するように声を出してくれた。


「ヒカリキノコバエ?」


 ほたると名前が付くのに蛍ではないのか、と更に不思議に思いながら困惑する私に。


 ヒューゴが


「まぁ、こればっかりは見て貰った方が早いと思いますぜ」


 と、声をかけてくれる。


 それから順調に、私達は洞窟内を進み。

 途中、途中で、鉱山内で採掘をしているような人達と出くわしながら先を歩き。


 見たこともないような身体が透けている虫や、白蛇みたいな、虫類を発見しながら、その度に、慣れずに驚いて怯えまくる私に。


 アルが『洞窟内は日の光が入らないから、こんな風に身体が白かったり、透けている虫や生き物が多いんだぞ』と説明をしてくれつつ。


 無事に何事も無く、私達は4つ目の洞窟小屋へと辿り着いた。


 広いフロアに、簡易的に木を使って建てられた小さなログハウスのような建物が幾つか並び。


 その中にも仕切りがされている事で。


 プライベートな空間がきちんと取られ……。

 ここに泊まる人の、荷物に関しての安全性などもしっかりと保障されているみたい。


 広いフロアには、暗い洞窟内を明るくするためのランタンが散りばめられて置かれ。


 その横には商人達が物資を持ってきて、商売をしているのが分かる。


 道具だけでなく、食べられるような携帯食など洞窟内で数日過ごす人達にとっては有り難いような物も売られているのが遠目からでも確認することが出来て。


 ヒューゴの言う通り、確かに高山麓こうざんふもとの酒場の前で、商人達が商いをして賑わっていたような、そんな雰囲気と酷似していた。


「おおっ! ヒューゴじゃねぇかっ!

 何だ、お前、鉱石が採れないからって、そんな大人数、わざわざ引き連れてっ、パーティー組んで挑みに来たのかよっ!?」


 その中で、ヒューゴに向かって気安く声をかけてきた男の人がいた。


 健康的なほどに日焼けして、がしゃがしゃという重鎧ヘビーアーマーを身に着け筋肉隆々といった感じのその人は……。


 洞窟小屋の近くで依頼人を守ることを生業にしている冒険者のうちの1人なのだろうか。


 ――彼とは親しい態度で話せる程の、顔見知りなのだろう。


 ヒューゴが、その人に向かって、ハッ、と鼻で笑い。


「いやっ、俺の今日の目標は鉱石なんかじゃあ、ねぇのよっ!

 もっと、凄いもんを採りにきたってもんだ」


 と、自信満々に豪語すれば。


 目の前の男の人は驚いた様子だったけれど……。


「はぁ……っ?

 あっ、まさかっ、お前、まだ“黄金の薔薇”なんてモンを、夢に見てんのかよ!?

 あんなの、都市伝説だってっ! ……そもそも、こんな所で採れる訳がねぇっ!

 ったく、諦めの悪い奴だな、ほんとっ! ……あんたらも、大変だな? ヒューゴの夢物語に付き合わされてよォ?」


 と、直ぐにヒューゴの目的が思い至ったのか……。


 労るような視線で今度は私達の方へと視線を向けてきた。


 この人が“”っていうことは、日頃からヒューゴ自身が黄金の薔薇を採取したいということを周囲の人達には話していたのかもしれない。


 そうして、私達の方へと視線を向けてきたあとで。


 途端、厳しい目つきになったその人は。


「あぁ? ヒューゴ、テメェ、子供2人も連れて、黄金の薔薇に挑むとは一体どういう了見だ!?

 鉱山内部は、毒を持っているような生き物も出てきて危険だってこと、お前だって知らない訳じゃねぇだろうっ!」


 と、ヒューゴに向かって怒ったような声を出してきた。


 その表情と、その言葉に私は目を瞬かせて思わず、驚いてしまう。


 ――きっと、凄く善良な人なのだろう。


 見ず知らずの今日会ったばかりの私とアルのことを、こうして心配してくれるくらいには。


 内心で、そう思いながら、私はその人に向かってふわっと、笑顔を向けた。


「あの、心配してくださってありがとうございます」


 私はあまり役に立たないけど、セオドアもお兄さまも腕が立つし。


 アルなんて、さっきからその知識をフルに生かして色んな所で活躍してくれたばかりだ。


 だから、基本的には心配しなくても大丈夫だと伝えようと。


 私が丁寧にお辞儀をすると


「あぁ、コイツは、ご丁寧にどうも……」


 と、声をかけてくれた後で。


 その人はヒューゴの肩にその腕を回し、くるっと私達に背を向けたあとで。


「オ、オイ、っ……ヒューゴ、一体全体、どうなってやがるっ!?

 どう見ても、洞窟の“ど”の字も知らねぇような、礼儀正しい貴族のお坊ちゃんじゃねぇかっ!?

 なんだ、あの生き物はっ! 一応、フードを身に纏っているとはいえ、あんな小せぇ生き物、こんなところに連れて来ていいと思ってるのかっ!?」


 と……。


 多分、この人にとっては、限界ぎりぎりのひそひそ声で喋っているつもりなのだろうけど。


 如何せん、普段から声が大きい人なのか、その全てが私達には筒抜けだった。


「うむ、それに関しては問題ないから、案ずるな!

 僕達のことを危険だというが、セオドアもウィリアムも腕が立つからなっ! 何も心配いらないぞ」


 そうして、アルがフォローするようにそう言ってくれると。


 此方を振り向いたあとで、私達を見比べたその男の人が。


「あぁっ、いや、さすがに……それでもなぁっ」


 と、ほんの少し渋ったような表情をしたあとで。


 何かに驚いたように目を見開き……。


「オイ、そっちの兄さん、まさかとは思うがノクスの民かっ!? 

 んで、そっちの金髪の兄さんは、もしやっ、こ、っ……皇太こうた……もがっ、もがががっ!!」


「あーっ、ビリー!

 いいからお前はっ、ちょっと黙っててくれっ!」


 私達に向かって大きな声を出そうとして、慌ててヒューゴにその口を押さえつけられていた。


 別に必要以上に、髪の色なども含めてお兄さまは身分を隠してはいないんだけど。


 表立って自分たちの身分が知れ渡ってしまうと、それはそれで、盗難などの被害にあっても困るので。


 気付かれない限りは此方からも積極的にその身分を明かすようなことはしていなかった。


 私達というよりも、ヒューゴの方が気を遣ってくれたのは……。


 ここが、洞窟の中でも道になって続いているような場所ではなく、人が宿泊できるような洞窟小屋のある広いフロアで、商人や冒険者達も含めて人が大勢いるからだろう。


 現に私達の騒ぎを、何があったのかと遠巻きにして見てくるような人達は結構いて。


 知らず知らずのうちに、色んな人達から、注目されてしまっていた。


「……あぁ、わ、悪かったよ、ヒューゴ」


 “ビリー”と、ヒューゴに呼ばれたその人が謝ってくれるのを聞きながら。


 私はふるふると、首を横に振る。


「いえ、ご配慮ありがとうございます」


「あー、貴族の坊ちゃんかと思っていたが……。

 そうなってくると、そのフードから、ちらっと見える赤色の髪……。

 俺は、もしかしたら、にも気づいたかもしれねぇ……。

 な、何もだっ! お、俺は、何も見てねぇっ、ですからねっ!?」


 そうして、疲れたように声を出してくるビリーを、ほんの少し気の毒に思いながらも。


「確か、5つめの洞窟小屋は、ここと6つめの洞窟小屋の中間の位置にあるんだったよな?」


 と、お兄さまが私達に向かって声をかけてくれたことで、意識を其方へと集中させた。


「えぇ。……それで間違いねぇですぜ」


「それならば、早めに行った方がいいだろう。

 今日中にそこまで行っておくことが出来れば、明日から2日の間、大分楽に動けるようになるからな」


「あぁ、姫さん、疲れてねぇか? 足が痛くなったりしたら早めに俺たちに言うんだぞ」


「うん、心配してくれてありがとう、セオドア。私は大丈夫だよ」


 お兄さまがヒューゴに向かってそう言ってくれると、こくりとヒューゴも頷いてくれる。


 そうして、セオドアが私達にだけ聞こえるような声量で私の心配をしてくれたことに、ありがとうとお礼を伝えていたら。


 ビリーが驚いた様子で『あぁっ、もう普通に、とか言っちゃってるし……』と。


 更に疲れたような声色で言葉を出してきたのが聞こえてきた。


「5つめの洞窟小屋か、まぁ、何ごともないといいが……。

 あの辺は毒を持つような生物も沢山出てきて、危険です。……こうっ、いや皆さん、どうぞお気を付けて」


 そうして、私達を心配してくれながらもそう言って送り出してくれたビリーに別れを告げて、私達は4つ目の洞窟小屋のあるフロアから出て、更に奥へと足を進めた。


 その道中で、ヒューゴが教えてくれた土ボタルという“ヒカリキノコバエ”の幼虫たちの住処に出くわした私は、その綺麗さに思わず上を見上げて、息を呑み、見とれてしまった。


 暗がりの洞窟の中で、上を見上げれば所狭しと淡く青色に輝く絶景が広がっていることに思わず感動さえ覚えてしまう。


「……わぁぁ、凄いですねっ。本当に幻想的でとっても綺麗です」


「あぁ、でしょう? コイツを一目見た人間は、大体この綺麗さに魅入られるもんなんですぜ」


 ヒューゴが、幻想的なのだと教えてくれて、ヒカリキノコバエが、“土ボタル”と呼ばれる所以がこの光景を目にしてはじめて、私にも理解することが出来た。


 まるで夜空に輝く黄色の星々が青色に変わっているような。


 ここだけ、洞窟じゃなくてにいるような。


 其処にある幻想的な世界に思わず、ここが洞窟内だということすら、一瞬で忘れてしまいそうになる。


「うむ、だが綺麗だといって油断は出来ないぞ。

 ヒカリキノコバエの幼虫は蜘蛛の巣のような罠を作ってベトベトした粘液を糸に垂らしてその灯りに釣られてやってくる虫をこうして天井で待ち構えているのだ」


 私が上を見上げて、その光景に感動していると。


 隣で、アルから、ヒカリキノコバエについて詳しく説明が返ってきた。


 そのことに、虫も含めてだけど……。

 生き物の“生存戦略”って凄く面白いなぁ、って思う。


 ということをこうして武器にすることで、獲物を捕らえるのかと思うと。


 何となく、知恵を使って色々と戦略を立てる人間とも似通った部分があるように感じてしまう。


 ……彼らのそれは、知恵ではなく本能からくるようなものかもしれないけれど。


 私達が土ボタル達のいるフロアを通り過ぎ。


 洞窟内を更に奥へ奥へと、歩いていくと。


 突然、一番前を歩いていたセオドアが、私とお兄さまを止めるように足を止め、腕を出してさっと、警戒してくれるのが見えた。


 ここまで順調に。


 ただ、歩くだけで良かったから、警戒心も薄れ気味になってきていたかもしれない。


 セオドアの背に守られながら、そっと、前方へと視線を向けると。


 洞窟の横壁にある大きめの空洞から顔を出してきたと思ったら……。


 その長い全長を完全に表へと出して。


 シャァァ、と警戒をしながら、此方に向かって長い舌を出してくる……。


 人間の成人の男の人の腕よりも、もっと大きくて太いような大蛇だいじゃに出くわして、私はびくりと、肩を震わせた。


「コ、コイツはっ、ここら辺でも有名な猛毒を持ってる蛇の一種ですぜっ。

 しかも、運が悪いことに腹が減ってるのか、機嫌が悪いっ!」


『クソっ! ご機嫌な時は俺等が通るのを見逃してくれんのによっ!』


 と、声を出して舌打ちするヒューゴの言葉を聞きながら。


 洞窟に危険な生物が出てくるということ自体は、話に聞いてはいたけれど。


 私からすると、人生初めての蛇で。


 恐る恐るセオドアの背中で守って貰っていた私は、再度その隙間を縫って、そろりと前方にいる蛇の方へと視線を向けた。


 それから暫くの間はどちらも一歩も動くことなく、膠着状態こうちゃくじょうたいで、蛇とにらみ合うような時間が続き。


 ピリピリとしたような独特の緊張感から放たれる……。


 セオドアの纏う空気が、一瞬にして、普段とは違い鋭いものになったのを、私は感じとっていた。


「ひぇっ、なんだよ、いきなりっ!? 護衛の兄さん、おっかねぇってっ!」


「いいか……? コイツらとは、1回でも目ェ、逸らした方が終わりだと思え。

 この場を制したものだけが勝つ。……負けた奴から尻尾を巻いて逃げていくものだ」


「……はぁっ!? ……何言ってんだよっ!?

 幾らなんでも、そんな、原始的な方法が、通じる訳ねぇでしょうっ!?」


 ぎろりと、普段の目つきの悪さから更に目つきが悪くなったセオドアが。


 立っているのもやっとなくらい、ビリビリとした、覇気ともとれるような殺気を周囲に振りまいてくれると。


 セオドアと視線を合わせて、こっちをずっと、威嚇し続けていたのに、何かを感じとったのか。


 セオドアと睨み合っていたその目を逸らし……。


 そうして、セオドアが、一歩、前方へと『じゃり』っと、洞窟内の土を踏みながら音を鳴らして蛇に近づくと。


 途端、びくっとその身体を震わせて……。


 あれだけ警戒して此方に向かって舌を出し、うなるような声を出していた大蛇が、一目散に洞窟の横壁に開いた穴の方へと、駆け込むようにさっと逃げていくのが見えた。


「……オイ、嘘だろ、おれァ、夢でも見てんのか!?

 もう、やだ、この人達っ……! 殺気で毒蛇が逃げ出すって、一体何なんだよっ?

 俺みたいな一般人には到底何が起こったのか、ついていけませんって……っ!

 しかも、護衛の兄さん、殺気振りまくんなら、先に言っといてくれっ!

 マジでおっかなくて腰が砕けそうになったわっ!」


 横で、おろおろしながら驚いて、狼狽したように文句を言ってくるヒューゴに向かって。


「文句言えるくらい、元気なら問題ねぇだろ?」


 という、セオドアのどこまでも冷たいような一言が向いた。


「あ、あの、セオドア……、凄いね」


「あぁ、野生生物ってのは、本能で自分より強い奴に敵わないって思ったら、逃げていく習性があるからな。……それより、姫さんは大丈夫だったか?」


「えっ……? うん、セオドアが守ってくれたから、私は大丈夫だったよ」


「ふむ、あの毒蛇も可哀想にな。……セオドア、お前の殺気にあてられて怯えてしまったようだ」


「はぁ、まったくっ、蛇に殺気を向けるのは良いが、あれではお前の殺気を向けられた野生生物の方が可哀想になってくる。……少しは手加減してやれ」


「……え!? 嘘でしょうっ!?

 皇女様もアルフレッド様も、皇太子様もまるでそれが普通みたいなっ!?

 コイツは、俺がオカシイのかっ!? そんなっ、比較的、皇女様も皇太子様も常識人じょうしきじんだって信じてたのにっ……!」


 私が大丈夫なのは、セオドアの背中に守ってもらっていて直接、それを浴びていない上に。


 セオドアの殺気が私の方に向くことは絶対にないからだけど……。


 初めて、セオドアの殺気を目の当たりにしたヒューゴは、それら全てが信じられないものだったのだろう。


 おっかなびっくりになりながらも、まるであり得ない生物を見るような目つきで此方を見てきて、その姿に思わずちょっとだけ傷ついてしまう。


「というか、お前はそれが目当てで、この男に話を持ちかけてきたのだろう? 今さら、何を言っているんだ?」


 お兄さまがそれを不快だとでも言うかのように眉を寄せ、ヒューゴに声をかけると。


「そんなっ、俺が護衛の兄さんの身体が目当てで近づいたみたいな言い方しないでくださいって!

 皇女様ならまだしも、なんで俺が護衛の兄さんの……」


 と、声を出してから……。


「……ひえ、ッッ! あーっ、嘘です、嘘ですっ! 冗談ですってばっ!

 皇女様についても、ほらっ、言葉の綾って言うか、全然そんなことは、これっぽちも思ってないですからっ、二人してそんな怒ったような表情しねぇでくださいよっ!」


 お兄さまとセオドアの鋭い視線が向くと、顔面蒼白になりながら、慌てて取り繕ったようにヒューゴがそう声を出してきた上で。


「いやっ、“ノクスの民の身体能力”が、バカ高いってのは知ってましたけど、まさかここまでとは、想像もしていなかったっていうか……!

 何なら、もう本当にっ、人間やめてるんじゃねぇかって感じるほどに、ノクスの民ってのはみんなそんな風に、強い奴らが多いんですかねぇ?」


 と、セオドアの方に問いかけるのが聞こえてきた。


 それに対して、セオドアが、小さく溜息を溢したあとで。


「さぁな。……同胞には今までにも何度も会ったことがあるが。

 俺自体が、本来、そもそもどこにも混ざれねぇような“異端”だからな……。

 今まで出会ってきたノクスの民には、単純な力比べでは負けたことがねぇから、俺と同等か、俺より強い奴ってのは見たことがねぇが……。

 もしかしたら、俺より強い奴がいるかもしれないっていう可能性は否定出来ない」


 と、ヒューゴにそう答えるのを聞いて、私は違和感を持ってしまう。


この国シュタインベルクにたどり着けもせずに死んでいく同胞も見てきた】


 と、前に私の騎士になってくれた時、セオドアが話してくれたことがあったけれど。


 ――俺自体が、本来、そもそもどこにも混ざれねぇような、異端


 っていうのは、一体どういう意味なんだろう……?


 私がそのことを、不思議に思っていると


「ノクスの民は各地を放浪している民族だろう?」


 と、お兄さまがセオドアに向かって問いかけてくれた。


「……あぁ、はな。

 それでも、旅をしてりゃぁ、色んな所で人さらいなどの憂き目に遭うこともある。

 だからなるべく、ノクスの民は固まって、民族同士で色々な国を渡り歩いて行動することで、奴隷にされる可能性を極限まで減らすんだ」


「……お前も、そうじゃなかったのか?」


「一時期、そんなかに入れて貰ってたことはあるが、馴染めたことはねぇよ。

 俺は、そもそも父親が誰かも分かっていねぇ、だ。

 あげく、娼館しょうかんじゃ、男の子供は食い扶持ぶちだけがかかって邪魔だからって、子供の頃に放り出されて以来、適当にスラムみたいな汚い場所で食いつないできたからな。

 母親は確かにノクスの民だったが、父親に関しては誰の血が混ざってんだか、俺自身“生粋”のノクスの民かどうかも分からねぇ、半端者はんぱもんなんだよ」


「……っ、」


 セオドアの言葉に、何て言ったらいいのか分からなくて言葉にならず、私は思わず、息を呑んでしまう。


 セオドアが今まで、ノクスの民と一緒に放浪してきたということは。


【放浪なんて格好いいこと言っているが、隠れて逃げ続ける毎日だった】


 と、セオドアが私の騎士になってくれた時に、そんなことを言っていたから、知っていたつもりだったけど。


 セオドアの詳しい出自についてまで、私自身、無理に聞くようなことでもないと思っていたから、今まで聞いたことは一度もなかった。


 子供の頃に、家を追い出されて……。


 行く当てもなく、明日生きることにすら困るような生活をしてきた、ということを。


 私は想像することしか出来ないから、それがどんなに大変だったかなんて、口で、幾ら心配した所で、セオドアのその大変さも、その当時の辛さも……。


 分かってあげるようなことが出来ないのがもどかしい。


「成る程な。……道理で、お前の事について調べても、その経歴も何もかもが一切、出てこない訳だ」


「ハッ、だから言ったろ? ものだって。

 まともな生活もなにも、今さら人に言えるようなご大層な経歴なんざ、そもそも俺には存在しないんだよ」


 お兄さまが、セオドアに向かってそう言っていて。


 セオドアもそれに対して、小さく口元を緩めて笑みを溢しているのが、見えて……。


 いつの間に、お兄さまとセオドアでそんな話になったのだろう、とか。


 そもそも、お兄さまがどうして、セオドアの経歴を調べたのか、とか……。


 初めて聞くようなことばかりで、動揺するしか出来ない状態で。


「ノクスの民はどこに行っても爪弾きにされるから、どの国でも、永住権を得て生活するようなことが基本的に出来ない。

 若い連中なんかは特に、隠れて逃げ続けるようなその生活に終止符を打ちたくて。

 俺みたいにノクスの民の集団生活から出て、シュタインベルクみたいに奴隷制度を完全に撤廃しているような国を目指すような奴も中にはいるがな。

 純粋にノクスの民の血だけで言うのなら、俺とソイツらもまた、ではある」


 と、セオドアから。


 事実を事実だと、ただありのまま伝えるだけの無機質とも思えるようなその言葉に、私は胸を痛めた。


 ただでさえ、私達はから、から、人々から違う生き物だと差別され、忌避されてしまうような存在だ。


 それでも、魔女だとか、ノクスの民だとか。


 明確に自分たちと同じ存在が、この世界に居ないという訳ではなく、“自分と同じ存在”と呼べる人達は私達にとっても心の拠り所になるようなものでもある。


 私が巻き戻し前の軸……。


 ――かつて、“魔女”のことを調べることに、傾倒けいとうしたように。


 あの時は、お父様に認められたい気持ちや家族として愛して欲しいような気持ちがあったことは確かだったけれど。 


 自分と同じ存在、を持っているという、目に見えない彼女たちに仲間意識のようなものを感じていたのは事実だった。


【彼女たちも私と同様に、赤色の髪を持っているのだと……】


 私は、確かにこの世界において一般的な、ではあるけれど、それでもこの世界にただ1人しかいない特殊な存在なのではない、と……。


 “誰かと同じ”だという、それだけで酷く安心する。


 1人じゃないんだって、思えるから……。


 だから、セオドアも同じような感じだと思っていたんだけど。


【ノクスの民とも馴染めなかった、って。

 こんな風に、まるで、何でもないことのように、言うから……】


 セオドアの中では、全てが過去のことなんだろうか……?


 『ノクスの民が何処に行っても爪弾き』だと言っていたその言葉の中に、セオドア自身は更に、同胞である筈の“ノクスの民”のことも含まれていたのかと思うと、ぎゅっと、胸が苦しくなってくる。


 ちょっとでも、セオドアにとって今の暮らしが楽しいものだと良いなって思うし。


 私に出来るようなことは、セオドアにもアルにも、ローラにも。

 私の周りにいる優しい人達には、分け隔て無く、色々なことをしてあげたい、って思うばかりで……。


 私は、みんなに貰っている分、ちゃんと色々な事をお返ししてあげられているのかな、と内心不安に思ってくる。


 セオドアの言葉を聞いて、一瞬だけ、シーンと静まり返ったような洞窟内のなかで……。


「……なんつぅかっ! 俺ってば、滅茶苦茶、邪魔じゃないですかねぇっ?

 護衛の兄さんのそんなヘビーな話、聞くなんて思ってないから、こっちの場違い感がすげぇんですけどっ!

なんならっ、俺自身っ……この場にいちゃ、いけない空気だったのでは?」


 と、ヒューゴが声をかけてくれた。


 それに対してセオドアが


「いや。……別に隠しているようなものでもねぇから、聞かれても問題ねぇけど」


 と、からっと、何でもないように声を出してくれれば。


「いやいやっ、例え護衛の兄さんが気にしなくても俺が気にするんでっ!」


 と、慌てたようにヒューゴが声を出してくれる。


 その雰囲気に一瞬だけ、重たくなっていた空気が……。


 すっと、軽やかなものになるのを感じて、私はホッと胸を撫で下ろした。


 セオドアのことを、知りたいとは思うけれど……。


 あまりにも近しい身近にいるような人間だからこそ、言えないようなこともあるだろうし。


 親しい人にこそ、触れて欲しくないような話題もあると思うから。


 こういう時、近しい分、人の痛みに触ることになるかもしれない話題を、どこまで聞いてもいいものなのか分からなくて、その人の事情を深掘りして聞くようなことは私には出来ない。


 例え、それが、本人がもう忘れてしまったような、何でもない傷だったのだとしても。


 ――だけど


 こうして、話してくれたことで、過去の傷は癒やすことが出来なくても。


 今を楽しいと思えるように、穏やかで楽しい時間を過ごして貰ったり……。


 寄り添うようなことは、私にも出来ると、思うから。


 私はヒューゴが此方に向かって気遣ってくれるような言葉を出してくれるその姿を見て。


 みんなに向かって、複雑な自分の感情を気取られてしまわないように、ふわっと、笑顔を溢しつつ。


「今日の目的地だった5つ目の洞窟小屋まで、あともう少ししたら着くんですよね……?

 洞窟小屋の中に泊まるのは初めてだから、どんな風になっているのか、今から、凄く楽しみです……っ」


 と、なるべく明るくなるように、弾んだ声を出した。



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