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第70話 八つ当たり



「オイ、ルーカスッ。一体、どういうつもりだ……?」


 話も終わり、お父様に挨拶をして、執務室から廊下に出たあと。


 私とセオドアのあとを追うような形で出てきたお兄様が、怒ったような口調で、同じく廊下に出てきたルーカスさんに向かって声を上げたのが聞こえてくる。


 そこまで、大きな声ではなかったものの、皇宮の廊下に響くには充分な声量で、お父様の執務室前ということもあって、私達以外に、全く人の姿が見えなかったことが幸いだったけど。


 もしも、この場に誰か他の人がいたら、絶対に、何事かと注目を浴びてしまっていたことは間違いなくて……。


「……婚約のこと? それとも、マナー講師のこと? 何で怒られているのか、全く理解出来ないんだけど、殿下。俺は、あくまでも皇女様のためにも、殿下のためにもなる道を選んだつもりだよ?」


 それに対して、どこまでも飄々とした態度を崩すこともなく、ルーカスさんがお兄様に向かって反論するように声を出したのが聞こえてきて、何もしていなくても勝手に耳に入ってくるそのやり取りに……。


 私は、内心で一人、はらはらしながら、二人の遣り取りを聞いていた。


(……そういうのは、私がいない時に、お願いしたいですっ)


 ――なまじ、自分もそれに関与している状態である分、余計……。


 ここまで、口を挟まないようにと気をつけてくれながら、私の傍に控えてくれていたセオドアがいなかったら、きっと、もっと居心地が悪かっただろう。


「俺のためにも、アリスのためにもなる道だと……っ?

 ていのいい言葉で、俺が誤魔化されると思うなよ?」


「ソイツは、俺も同感だ。……アンタ、一体、何を考えていやがるっ?」


 そうして、声を低くしながら、怒るようにルーカスさんに向かって言葉を出してきたお兄様の追及に、同意するかの如く。


 私の直ぐ後ろに立ってくれていたセオドアも、多分、私のことを心配してくれた上で、一緒になってルーカスさんの方へと怒った表情で『私達の婚約について』どういう意図があったのかと、問いかけてくれると。


「……あーあ、こういう時だけ、二人で結託して手を組んじゃってさァ」


 と、二人から一斉に非難されるように言葉を向けられたルーカスさんが、どこか仲間はずれにされてしまい『拗ねた子供のような雰囲気』で、口を尖らせたあと。


「殿下も、騎士のお兄さんも……。

 こんなにも寄ってたかって、俺に言い寄ってきてさぁ。

 本当、この人達、嫌になっちゃうよなァ。……ねえ? お姫様もそう思わない?」


 と、困ったような表情を浮かべて、私に、助けを求めるかのように話を振ってきた。


 まさかそこで、私に向かってルーカスさんが話しかけてくるとは予想もしていなかったため、動揺で、びくりと反射的に身体が跳ねたあと。


「……え、っと……あの」


 と、突然の問いかけに、何て答えればいいのか分からなくて戸惑う私を見て、尖らせた唇を元に戻したルーカスさんが、一転、にこりと人懐っこい笑みを浮かべてくる。


 何ていうか……。


 ――どことなく、この状況を楽しんでいるようにも見えるのは、私の気のせいなんだろうか?


「別に俺は、この犬と手を組んだつもりはないし、今後もそうなるつもりもない」


「俺も、それには同意見だ。

 たまたま、偶然、意見が一致したってだけで、結託するなんざ、万に一つもあり得ねぇよ。

 それより、会ったばかりなのに、図々しくも姫さんと婚約を結ぼうとするのも意味が分からねぇんだけど、何なんだ、コイツは。

 ……つぅか、あんた第一皇子だろ?

 だったら、コイツの手綱くらい、ちゃんと握っておけよっ!」


「……この馬鹿は、俺がどれだけ注意しても勝手に動き回るんだよ。

 いっそ、エヴァンズ家に熨斗のしをつけて返品してやりたいくらいだ」


「……ねぇ、殿下。馬鹿って俺のこと? 

 ちょっと酷すぎない? 多少どころか、俺ってば、かなり有能な人間だと思うんだけど」


 そうして、そのまま会話が途切れることもなく、自分達の自室がある棟まで、何故かみんなで帰ることになってしまって、そのことに緊張しつつも、一人だけ身体の小さい私に合わせてくれるように、セオドアだけじゃなく、みんなが私の歩くペースで、ゆっくりと歩いてくれていることに気づいて有り難いなと感じつつも、私を挟んで、まるで言い合いをするかのように、水と油みたいに相容れないお兄様とセオドアのやり取りを聞いて。


 ここまで、二人から……。


 特にお兄様から、一方的に酷い言われようだったルーカスさんが、目の前で『傷ついた』と言わんばかりに、ショックを受けた様子でオーバー気味に肩を落としたのが目に入ってきた。


 その芝居がかった雰囲気で、実際には全く『本人には、ダメージはないのだろう』ということくらいは、私にも直ぐに分かったんだけど。


 もしかしたら、このくらいたくましくないと、お兄様の傍ではやっていけないのかもしれない。


「それに、俺の提案は実際問題、理に適っている話だから。

 それに対して、指摘するところもなかったから、陛下も、最終的にはこの案を受け入れてくれた訳だしね?」


 お兄様とセオドアに厳しい表情を向けられても『何のそのっ!』といった感じで、おどけた素振りを見せながらも、今、此方に向かって力説してくるルーカスさんは、私から見ても正しいことを言っているように思えた。


 この場で『セオドアが怒ってくれている』のは、今までの私の境遇が悲惨だったせいもあって、私に近寄ってくる人を、必要以上にきっと、裏があるのかもしれないと警戒してくれてのことだと分かるんだけど……。


 お兄様はどうして『この件』について、ルーカスさんに、そんなにも当たりが強いんだろう?


 まだ、ちょっとしか関わっていないけど、お互いのやり取りを見る限りでは、二人の間に『信頼関係』みたいなものが一切ない訳ではないと思うし。


 寧ろ、お兄様は嫌いな人間がいたら、その傍に置くことすら許さない気がするから……。


 ――別段、ルーカスさんがお兄様に嫌われている訳じゃないとは、思う。


 それに、ルーカスさんの言うとおり、お兄様にとっても、この話は決して悪い話じゃないはずで。


 ……ただ、なんとなく、二人の会話からも、ルーカスさんは誰にも相談することなく『この件』をお父様に持ってきたみたいだと、私でも察することが出来たし。


 お兄様はさっき、お父様もいる前で私に配慮してくれるような感じで『ルーカスさんのやり方が気に入らない』と言ってくれていたから……。


(……やっぱり、だまし討ちみたいな感じじゃなくて、事前に相談して欲しかったとか、そういうことなのかな?)


 私達、三兄妹の中でも、ウィリアムお兄様が一番、お父様に似ている部分があるし、お兄様が巻き戻し前の軸も評判が良く、公正に、物事を判断することに長けている人だというのは有名だったから、ルーカスさんが自分に何も言わずに、勝手に動いたということが嫌だったのかも。


 それに……。


 将来、自分の利益にもなる話だとはいえ、今日、その話を聞かされて、特別、仲も良くない妹の私とルーカスさんの婚約の話が、突然、持ち上がってしまったことには、少なからず驚いただろうし。


 私が『お兄様と敵対する意志はない』というのも、私自身は、巻き戻し前の軸の時から思っていたことだったとはいえ、今まで、お兄様にもお父様にもそういった話をする機会自体がなかったから、私がそんなことを思っているというのも、今日初めて知ったであろうお兄様からしたら、何か裏があるのかと勘ぐられて、慎重になってもおかしくはないことなのかもしれない。


「あの、お兄様……。

 私は本心で、お兄様が将来お父様の跡を継ぐのに相応しいと思っています」


 ――だから、絶対に、自分が跡を継ごうだなんて思ってもないので、どうか、安心してください。


 という、意味も込めて、おずおずとお兄様の顔を見上げて、そう伝えれば。


「……馬鹿正直にいちいち、お前にそんなことを言われなくても、それが本心かどうかくらいは分かっている」


 と、言われてしまった……。


 気づけば、普段、一緒にいることのない私達が揃って皇宮の中を歩いているということで、思いっきり目立ってしまって、皇宮で働いている道行く人達が、二度見をするように『珍しいものを見た』と言わんばかりに、私とお兄様の方を見てくる状況に、居心地が悪いなぁと思いながらも。


 そのあとで、深いため息を吐いてから、どこか『そういうことじゃない』とでも言いたげな視線を送ってくるお兄様に、ルーカスさんが、にぱっと明るい笑みを溢しながら、私達の会話に入ってくる。


「はいはい。殿下のその苛立ちに関しては、もっと、個人的な感情から来るものでしょ?

 八つ当たりに近い感情だなんて、いつも、殆ど無表情で、その感情を見せない殿下らしくないよ?」


「……っ、!」


「……?」


 それから、ルーカスさんのその言葉の意味が分からなくて首を傾げた私は、目の前で、お兄様が痛いところを突かれたと言わんばかりに、一瞬だけ苦い表情をその顔に浮かべるのが見えて、そのあまりにも珍しい姿に目を瞬かせた。


「おにいさま……?」



 だけど、お兄様のその表情は、私が問いかける前にはもういつも通りに戻っていて。


「……何故、? 馬鹿なことを言うな」


 無機質で、どこまでも冷たい視線をルーカスさんに投げかけて、お兄様がはっきりと私達の前でそう口にする。


「あれ……?

 俺は別に、殿下が誰に八つ当たりをしているのかまでは言及していなかったはずだけど?」


 その言葉を聞いてもなお、どことなく、楽しんでいる様子のルーカスさんが明るい表情のまま、そう伝えてくれば、深いため息とともに、何の感情も乗っていない様子のお兄様の口から、突き放すように……。


「それで俺のことを揺さぶっているつもりか? 巫山戯るのも大概にしろ」


 という言葉が降ってくる。


「……あーあ。折角、珍しい姿が見えたと思ったのに、もう戻っちゃったかぁ……」


 ……心底、残念そうな口ぶりではあるものの。


 本当に、そうだとは思っていない様子で、お兄様から、どこまでも冷たい態度を向けられても、ルーカスさんの顔色は、良い意味でも悪い意味でも一切変わることがない。


 ただ……。


「……本当に、困ったひとだよねぇ、殿下は」


 と、続けて、苦笑しながらそう言ってくる姿からは、嫌な感じは一切しなくて、どちらかというと、気心の知れた人に対する呆れたような物言いに近いだろうかと、私はただでさえ読みにくいルーカスさんの『細やかな感情の機微』を、今ここで悟る。


 いつだって、私には全然、何を考えているのか全く分からない『お兄様の些細な感情の変化』も分かるくらいに、それだけきっと、ルーカスさんが、お兄様のことを本当に良く知っているということの証なのだろう。


 皇宮の廊下を歩きながらも、目の前で繰り広げられている友人同士としての二人の遣り取りをジッと見つめていたら、私の視線を感じとったのか、ぱちりとルーカスさんと目が合った。


「……お姫様、俺の顔に何かついてる?」


「……あ、いえ。私では分からないお兄様の些細な感情の変化も、ルーカスさんには分かるんだなぁって、思って……」


「……あー、まぁ、殿下とは腐れ縁みたいなものだからね」


「オイ。……さっきの話を俺は認めてないし。

 違うってことを明確に、態度に出していただろうがっ?」


「そりゃァ、幼い頃から一緒に過ごしていたらねぇ」


 お兄様の言葉を無視して、私にだけしか視線を向けてこないルーカスさんが、続けてそう言ってきたあとで、「人の話を聞けっ……!」と、お兄様が怒ったような口調で、声をかけるのを、聞こえているだろうに、全く動じるような様子もなく、ルーカスさんは私に、にこりと人好きのするような顔で笑いかけてくる。


 その状況に、私自身『お兄様のことを無視するような感じになってしまって本当にいいのかな?』 と、不安な気持ちが出てきてしまったものの。


 初めて聞くお兄様の話に、好奇心がそそられてしまって、ついつい、ルーカスさんと話すのを優先してしまった。


「ルーカスさんは、お兄様と一緒に過ごして長いんですか?」


「うん、そうだねっ。……殿下とは五歳の時に初めて出会ってから、以降、ずっと幼なじみやってるから」


 ――お兄様が五歳の時ということは、まだ私が生まれてもいない頃の話だ……。


 それが本当なら、もうかれこれ十一年くらいは一緒に過ごしていることになる。


「じゃぁ、ルーカスさんは私よりもお兄様と出会ってからの期間が長いんですね」


 ぽつり、と呟くように問いかけたその一言に、ルーカスさんが驚いたような表情をして、私の方を見つめてくる。


「あー。考えたこともなかったけど、そうだね。

 幼い頃の殿下ったら、生まれてくる兄弟にプレゼントをしたいからって、四つ葉のクローバーを俺と一緒に探すのを手伝って欲しいって言って懇願してきたんだよ?」


「……えっ?」


「……オイっ、有りもしない出来事を勝手にねつ造するな。

 四つ葉のクローバーを生まれてくる兄弟にあげたいって、最初に言い出したのはお前の方だろうが。

 あれから泥だらけになって怒られたのは、一体、誰の所為だと思っている? 本当にお前は昔から、碌なことをしない子供だった」


 そうして、幼い頃のお兄様の話を暴露するかのように、ルーカスさんに教えてもらったことで、びっくりしていたら、お兄様の方から訂正するように突っ込みが飛んできた。


 ――泥だらけになって怒られているお兄様の姿を想像することなんて出来ないんだけど……。


 その表情から、どっちが本当のことを言っているのかは明白で、これは、ルーカスさんの冗談なんだなということは、私にも理解することが出来た。


 ただ、それでも四つ葉のクローバーを取りに、皇宮の敷地内だろうけど、ルーカスさんと一緒にお兄様が外に出たというのは本当のことなのかと、驚きに目を見開いてしまう。


 お兄様が、子供らしく外を駆け回り『無邪気に遊んでいる』ような姿だなんて、一切、想像することが出来ない。


 ……それよりも、今の言葉で気になる単語が出てきてしまったことに、興味が湧いて『ルーカスさんって、ご兄弟がいたんですか?』と、声をかければ……。


「あー、いや。……残念ながら、俺の兄弟としては、生まれてこれなかったんだけどね」


「あ、えっと……ごめんなさい、私、知らなくて」


 ほんの少し歯切れが悪く、苦笑しながらそう伝えてくるルーカスさんに、いけないことを聞いてしまったのだと感じて、私は慌てて頭を下げて、その場で謝罪した。


「大丈夫だよ。別に気にしてないから」


 どこまでもあっけらかんと笑うルーカスさんに、本当に気にしていないんだろうなとは、感じることが出来たものの。


 言いにくいようなことを、私が聞いてしまったという事実には変わりがない。


「それより殿下の話だよ。さっきのは俺の冗談にしても、昔から殿下は、今みたいに感情表現の乏しい仏頂面の子供でさぁ。

 ……そんで、なまじ勉強とかも出来て成熟してるもんだから、まァ、可愛くねぇのっ!

 子供の頃って普通、どんな子供にも、ちょっとは可愛いげってものがあるものじゃん?」


 そのあと、一瞬だけ暗くなりかけてしまったこの場の雰囲気を明るく変えてくれたルーカスさんは、お兄様の真似なのか、キリっと表情を整えて真面目な顔をして。


「もう、ずっと、こんな顔をしてるんだよ?」


 と、私に教えてきてくれる。


 お兄様の子供の頃がどんなものだったのか、私自身、よく知らないけれど。


 ルーカスさんが話してくれることは、今度は『本当のことなんだろうな』と思えるくらいには、その姿が、あまりにも想像出来てしまった。


 ……お兄様が笑っている姿だなんて、それこそ、私も、本当に見たことがないくらいに想像がつかないから、子供の頃から『この感じ』というのは、それはそれで、どこか不思議な感覚もしてくるけれど、それでもお兄様が、小さい頃から表情に乏しいと言われても、何となく納得が出来てしまう。


「おい、勝手に人の昔話をするな」


「……本当、昔から堅物なんだよなァ。

 有力な貴族は誰だとか、近隣諸国の情勢がどういう状況なのかとかは、すんなりと答えられるくせに。

 俺が言わないと、四つ葉のクローバーが何なのかすら知らなくてさぁっ、……あ、痛っ!」


 そうして、構わず『お兄様の昔話』を披露してくるルーカスさんの頭に、とうとう我慢出来なかったのか、お兄様から、拳骨げんこつがひとつ落ちてきた。


 ……それを、傍から見ていて、痛そうだなぁと思いながら、内心で大丈夫なのかと、心配になりつつ、おろおろとしていると。


「いい加減にしろ」


 と、お兄様が怒ったような、呆れたような口調でルーカスさんに言葉を投げかけたのが聞こえてきた。


「えー、何でだよっ!

 折角、俺が殿下の幼い頃の話をお姫様にしてあげて、ちょっとでもお姫様の殿下に対するイメージが良くなるようにしてあげてんのに……」


 その対応に、恨めしそうな表情を浮かべながら、『俺ってば、滅茶苦茶良いことをしてあげてるでしょ?』と言わんばかりに、謎の自信に満ちあふれたルーカスさんがお兄様の方を見つめていて、なんていうか、お互いに、本当に旧友にするような遠慮のない態度だということに気づいた私は、どちらかというと、二人のそのやり取りを微笑ましく思ってしまう。


「余計なお世話だ。そんなものを、頼んだ覚えはない」


「……あのっ、でも、お兄様の子供の頃のお話が聞けるとは思っていなかったので、貴重なお話が聞けて良かった、です」


 だから、二人に向かってそう伝えたのは、少なからず私の本心だったのだけど。


「……お前もコイツに合わせて、わざわざフォローしなくていい」


 と、ムスッとして険しい表情を浮かべたお兄様から、視線を逸らされたあと、そう言われてしまった。


 丁度、そのタイミングで、自分の部屋に着いた私は、そこで、ハッとする。


 ここまで話しながら歩いていたこともあってか、ここに来るまであまり意識していなかったけれど、お兄様の部屋がある場所は、もう、とっくに過ぎてしまっていることに気づいてしまった。


 寧ろ、官僚などが多く働いている棟を出て、暫くは一緒の道を歩いても、途中で別の道に別れるのが、正解だったのに、私の部屋って、本当に宮廷の一番端の奥の方にあって、他の皇族の人達とは隔離されたような場所に あるから、ここまで、一緒について来られたら、大分、戻ってもらうようになってしまう。


 会話が途切れることがなかったから、二人とも何も言わずに私に合わせてここまでついてきてくれたのだろう。


 ……それは、お兄様の足取りがここまで一切、迷いなく進んでいたことからも読み取ることが出来た。


「あの、お兄様、ルーカスさん、申し訳ありません。わざわざ、私の自室までついてきていただいて……。ここまで、送っていただいてありがとうございました」


 ――道中、特に何も起きなかったものの。


「ううん、全然。俺も、これから会うのなら、お姫様の部屋の位置は確認しておきたかったしね。丁度、良かったよ」


 一応、礼儀として頭を下げて、二人に向かってお礼を伝えれば、にこにこと笑顔のままルーカスさんがそう言ってくれた。


 そういえば、折角、ルーカスさんと話すことが出来たのに、お兄様の子供の頃の話に夢中になってしまって、その件も含めて『結局、何も相談できなかったなぁ……』と思っていたら。


「週に三回くらいでいいかな? また陛下を通して来る日は伝えるつもりだけど、ダメな日とかある?」


 と、ルーカスさんの方から、私のスケジュールを聞いてくれて……。


「いえ、私は基本的にはいつでも大丈夫です。家庭教師との兼ね合いがありますので、そちらをお父様に確認していただければ嬉しいのですが」


「オッケー、分かった。確認しておくよ」


 と、二つ返事で言葉を返してくれた。


 ……この件に否定的な様子だったお兄様も、今はもう決まってしまったことを、渋々ながらも受け入れてくれているのか、ルーカスさんの方から『その話題』が出た一瞬は、セオドアと一緒に難しい表情を浮かべていたけれど。


 ――それでも、私達の遣り取りを止めるようなことはしないままで……。


 簡単に、ルーカスさんとそれだけを話して、会話が途切れたタイミングでぺこりとお辞儀をしたあと。


 『それでは、失礼します』と、声をあげれば『あぁ……』と、私に向かって一言だけ声を出してくれたお兄様が、私に背を向けて来た道を戻っていく。


 その姿を追いかけるようにして、ルーカスさんも「じゃぁ、またね」と声をかけてくれてから、私に背を向けて歩き出したのを見送って、そのタイミングで、ここまで、殆ど喋らずに私についてきてくれていたセオドアが、私が開ける前に扉を開けてくれると。


 ……私は、遠ざかっていくお兄様とルーカスさんから完全に視線を切って、セオドアにお礼を伝えてから、自分の部屋へと戻った。


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