目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第62話 皇女としての役割



 あれから……。


 無事に何事もなく皇宮へと戻って、暫く自室で過ごしたあと、その日のうちに、ローラが呼んでくれたのか、慌てたように自室にロイが診察に駆けつけてくれた。


「皇女様、出先で倒れたというのは本当ですか……っ?」


 その頃には、今日、馬車の中で倒れてしまったのが『一体、何だったのだろう?』と思ってしまうくらいに、私の身体はもう、殆ど問題がなくなっていて、元気になっていたのだけど。


 皇宮へと帰ってきてから、私が体調を崩したことをローラに聞いて、一番に駆けつけてくれたアルと……。


 普段から、私の部屋で一緒に過ごしてくれることが多いセオドアも心配してくれた様子で、私以上に、診察の結果が気になっているのか、私とロイの方を見ながら、そわそわしてくれているのを横目で見つつ。


 ベッドの近くに置かれていた丸椅子にロイが座ってくれて……。


 私自身は『ベッドで休んでいた方がいい』と、過剰にみんなが心配してくれたことで、部屋の中に置かれているベッドの上に、上半身だけ起こして座らせてもらっていた。


 しかも、ローラが、いつでも休められる格好で、シーツもかけておいた方がいいと、過剰なまでに過保護に手配をしてくれたことで、本当に楽な格好で、至れり尽くせりの状態で診察を受けることが出来て、それが終わったら、あとはもう寝るだけといった感じになっていて……。


 身体に異常などはないかと、私に向き合ってくれて、しっかりと診察をしてくれながら、ロイから質問されて、私は素直に、こくりと頷いたあと。


「……うん。

 でもね、そんなにみんなから心配してもらわなくても、もう、普通に過ごせるくらい元気になってるし。

今日、立ち寄った診療所でも、お医者さんに過労だって言われたから、今はきっと、大丈夫だと思う」


 と、ロイだけではなく、みんなにも大丈夫であることが伝わるように、声を出せば……。


 心配そうな表情を浮かべたまま、私の状態を、あれこれと細かく確認してくれたあとで、ロイがクッション性の高い丸椅子に座ったまま、ベッドの近くに立ってくれていたアルに対して『皇女様は大丈夫なんでしょうか?』と声に出し、問いかけるような、視線を向けてくれたのが見えた。


「今、症状が落ち着いているのだとしたら……、確かに、私の見立てでも、その可能性が一番高いと思うのですが。アルフレッド様、皇女様は本当に過労で倒れたのでしょうか?」


「……うむ、そうだな。アリスの魂に傷は広がっておらぬから、少なくとも、此方関係の話ではないな。恐らく、疲れが溜まっていたのであろう」


 ロイが、私の自室に診察に来てくれるようになる前に、ローラが、もしかしたら『魔女の能力』での反動の可能性や、使う度に寿命が削られていってしまうことも、今回、倒れてしまった要因の一つかもしれないと、心配してくれたあと。


 機転を利かせて、私達の事情を知らないテレーゼ様からの推薦で私の下にやって来たエリスに、この場に一緒にいないように別の用事を言いつけてくれていたから、私が魔女であることを知らない人が、この話を聞いてしまうという懸念はどこにもないんだけど。


 魔法関連のことなどについては専門家のようになってくれているアルにも、私の状態を診てくれた上で、ハッキリと「その件については、恐らく関係ないだろう」と、言ってもらえたことで、やっと安堵したような表情を浮かべたロイは……。


「……そうですか……」


 と、一度、ホッと、安心するような吐息を溢したあとで。


「皇女様、夜はきちんと眠れていますか?」


 と、私に向かって聞いてくる。


 多分、お医者さんとして色々と聞かなければいけないからだと思うんだけど。


 あまりにも、突然のことで……、その言葉に、思わず、直ぐに返事を返すことが出来なかった私を見て、みんなの表情が一気に強ばったのが見えた。


「……あっ、だけど、心配ないよっ!」


 ここにいる全員に、要らぬ心配をかけてしまったんだということに直ぐに気づいて、慌てて、みんなの気遣うようなその表情に、大丈夫だと言葉を返してから。


「眠れない時っていっても、そう頻繁にあることじゃないし。夢見が悪かったりして、目が覚めちゃうことが……、そのっ……、たまにあるだけで……」


 と、おずおずと、普段の自分の状況について白状すれば、未だ、心配してくれているような表情を向けたままではあったものの、その言葉には、納得したように頷いてくれたあとで。


「よく眠れる効能のあるハーブティーを、これから寝る前にローラに持ってきてもらってください。ホッと安心出来るようなリラックス効果があるものがいいですね。出来るだけ、自然由来のもので、皇女様の負担にならないようにしましょう」


 と、ロイが、私に向かって「これからはそうしましょう」と優しい口調で、提案するように声をかけてくれた。


 その配慮に少しだけ申し訳なく思いながらも、これ以上、みんなを心配させる訳にはいかないので、大人しく言われた言葉に素直に頷けば……。


 ――そこで初めて、やっとみんなも、安心したような表情を浮かべてくれた。


 それから、少し落ち着いたタイミングで……。


 ローラに対して、事細かにロイが……。


「アリス様が体調が悪くてしんどい時や、頭痛があったりする場合などは、此方の薬を飲ませてあげてください」


 と、鎮痛剤なども含めて、飲み薬の入った瓶を処方してくれて、的確に指示を出してくれていたのが一段落したあと。


「あ、そうだっ……。

 あのねっ? ロイが来てくれたら、聞きたいことがあったんだけど。

 もしかしたら、私にマナー講師や家庭教師がつかないように、診断書とかに書いてくれていたり、する?」


 と、今まで、ずっと、私自身が気になって聞けずにいたことを、ロイに向かって質問すると、私からそんな質問が来るとは、夢にも思っていなかったのか、目を見開いて、どこまでも驚いたような表情をしながら、ロイが私のことを見つめてくるのが見えた。


 巻き戻し前の軸の時もそうだったけど、お母様の誘拐事件のあと、今と同じように、暫くの間、そういった『先生』と名のつくような人は、誰一人として、私の下へ来ていなかったから、隠しきれないロイのその表情から、やっぱり今までは私のことを心配して配慮してくれていたのだと『現状の把握』が出来た私は……。


「ずっと、私のことを思って、色々と動いてくれていたの、本当に知らなくてごめんね。

 ロイだけじゃなくて、みんなも。いつも、私が知らないところで、さりげなく守ってくれていて、私のことを考えてくれて本当にありがとう」


 と、みんなに向かって、改めて頭を下げながら、お礼の言葉を口に出す。


 今日、ルーカスさんと教会で会った時に言われたように、セオドアとローラが私のことを考えて、外の情報を必要以上には伝えないでいてくれたことなども含めて、みんなにはお世話になっていたのだと知ることが出来たし。


 多分だけど、ロイだけじゃなくて、巻き戻し前もお母様の誘拐事件があったあとは、暫くの間、侍女さえも、殆ど、私のお世話をしに来なくなって、ローラしか来ていないというような状況があったから、今回の軸では、お父様が、今まで『私に仕えてくれていた侍女達』の処分を決めてくれたということで、ローラと、エリス以外が、私の下に来なくなったというのも分かるんだけど。


 あの事件以降も、日常的に、彼等から『暴言』を向けられてしまうことで、必要以上にストレスを感じなくて済むようにと、ローラが私の下に沢山来てくれる状況を敢えて作ってくれた上で、なるべく、他の人達が私の下へやってこないようにして、ずっと守ってくれていたんだと悟る。


 巻き戻し前の軸は、それでも、いつまでもそうしておける訳じゃなかっただろうから、また、暫く経ってから、侍女や騎士、それからマナー講師なども含めて、私に対して悪感情を持っている人達が、私の下にやって来るような状況が作られてしまっていたけれど。


 それについては、ローラやロイではどうすることも出来なかっただろうから、仕方のないことだと思う。


「……でもね? 知らないで、守ってもらうばかりなのは嫌だから。

 これからは、皇女として、自分にしか出来ないことを、ちゃんと考えていきたいの」


 その上で……。


 今まで、私のためを想って動いてくれていたであろうローラやロイの気持ちも、今回の軸で出会うことが出来たセオドアやアルの気持ちも、ここに来るまで、一切、知らないで過ごしていたことや、みんなに、密かに助けてもらっていたことの『有り難み』にさえ気づかないでいたことが、ただただ悔しい。


 ――だから、どうかこれからは、隠さないで教えてほしいと……。


 お願いするように声を出せば、みんなの表情が、一気に驚愕したようなものに変わるのが見えた。


『それに対応するのは、お姫様自身であって、君達、従者の役割じゃないでしょ?』


 今日、教会でルーカスさんと会った時に、話した内容が頭の中に浮かんでくる。


 ルーカスさん自身はあの時、セオドアやローラに向けて、その言葉を言っていたけれど。


 ……あの言葉は、今、私自身の心の中に、ずっしりと重く、のしかかってくるように響いていた。


 セオドアやローラが私のことを思って色々と動いてくれていたのは、二人のそのあとの言葉からも、痛いほどに思い知らされたし。


 きっと、多分……。


 ゆっくりと、私のペースで動くことを尊重してくれていたみんなに、知らない間に、これ以上ないってほど、守ってもらっていたことを知ったから。


 ――だからこそ、改めてちゃんとしなきゃ、と思う。


(みんなに守ってもらうばかりで、自分が何も出来ないのは嫌だから)


 今までは、私自身、何も動きを見せないことが……。


 お兄様と敵対するつもりはないという『一番の意思表示』になると思っていた。


 勿論これからも、お兄様が君主になることに反対なんてするつもりも、敵対するつもりもない。


 でも、ように、これから、私のことを取り巻いてくる周囲は、そうは思ってくれないだろう。


(私だけ家族の中で、唯一、お兄様達とは、半分、流れている血が違うから……)


 一番目の兄と、二番目の兄を敵対させるよりも、半分だけしか血の繋がらない私と、一番上の兄を対立させるという構図の方が、敵対関係を作りやすいと策を巡らして、そこを突いてくる人は絶対にいる。


 私と他の皇族達の『家族仲』が、そこまで良くないものだというのは、傍から見れば分かりきっていることだし。


 派閥を作って、将来の『皇帝』を後押しするつもりで、私達に近づいてきて懇意になった上で、有力な貴族としての実権を握ろうと……。


 ――必然、お兄様と敵対するのに、私自身が担ぎ上げられてしまうというのは、あり得る話だ。


 寧ろ、有能なお兄様とは違って、私の方がぎょしやすいと思われたっておかしくない。


 私が今のまま、何も知らないで守られているだけの無害な人間を装っていたって……。


 そういう人は、これから先、どこかのタイミングで、きっとやってくるだろう。


(その時、私の傍にいる人を、守れない主人ではいたくない……)


 ……巻き戻し前の軸でも、私のことを利用しようとして近づいてくる人はいたくらいだから、そのことに、もっと早く気づくべきだったんだ。


 そのためには、教養も何もかもが、今の私には足りてない。


 巻き戻し前の軸でも、家庭教師はつけてもらっていたけれど……。


 その全てを、ちゃんと理解出来ていたとはとてもじゃないけど言えないし。


 しっかりと、皇族として幅広い知識や素養を身につけて、これから先、皇族の一員として、私にも出来る役割を探していかなきゃいけないと思う。


(お兄様にも、お父様にも……。ちゃんと自分が、君主になるつもりはないことを、早いうちに伝えておくべき)


 その上で、皇女として、これから先、私自身が有益であることを証明出来れば、今、こんなふうに不安に思う必要もなく、将来、私の傍にいる人達の命も、きちんと保障される未来がくるかもしれない。


 それに……。


『……レディーがここに来てくれるだけで、この教会の子供達にとっても、意味があるってこと。頭の片隅にでもいい、入れておいて欲しい』


 ルーカスさんが、もそうだ。


 ……もしも、皇女としての役割をきちんと果たせたその先で、私の名声が高まれば、ルーカスさんが言うように私があの教会に行くことで……。


 あの教会だけではなく、ような、そんな基盤が整えられる未来がくるかもしれない。


 ――きっと、地道な歩みにはなってしまうだろうけど、もしかしたら、それに賛同してくれる人を少しずつでも増やせるかも……。


 赤を持つだけで、どれほど生きにくく『辛い思いを強いられるのか』ということは、誰よりも、私自身が一番よく分かっている。


 だから、私自身が、今、私の傍にいてくれる、みんなに救われたように……。


 私も皇女として、このままここで何もしないまま、手をこまねいて、やがて訪れてしまう未来に向けて対処するだけじゃなく、皇族としての自覚を持って、自分に出来ることからしていきたいと思うし。


 彼らに対して、これから先、何か出来ることがあるのなら……。


(それが、自分にしか出来ないことならば、尚更……)


「……ちゃんと、皇女として。自分の役割を果たせるように、努力していきたいから」


 今まで、そんなところまで、きちんと考えることは出来ていなかったけど。


 こんな私にも出来ることがあるなら、と、おずおずと、みんなに『お願いする』ように、そう伝えれば、私の周りにいる優しい人達は、私の身体のことを一番に考えて欲しいと言わんばかりに、揃って困ったような表情を浮かべたあと、それでも私の意志を尊重してくれるように、此方に向かって頷いてくれた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?