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第59話 お飾りの皇女


 それから、どれくらい経っただろう。


 暫く子供達と触れ合ったあとで、ルーカスさんが『視察』と言っていた言葉の通り。


 多分、教会や孤児院が、きちんと運営されているかどうかの不備のチェックや、不透明なところがあったりしないかなどについて、細かく、経費とか色々なことが書かれている書類を、一から全て確認をしている間……。


 手持ち無沙汰になってしまった私は、子供達のいるオモチャの置かれたこの部屋の中で、ローラとセオドアと一緒に、さきほど自分が感じたことを聞いてみようと、シスターに話しかけてみることにした。


「……あの、さっきから気になっていたんですけど、ここの教会は、赤色を持つ子供達を率先して、保護を?」


 どう見ても、赤を持つ子供達が大半の状況で、どうして、そういう子達を保護しているのだろうと、疑問を感じた私に向かって、シスターがこくりと頷きながらも、慎重に返事を返してくれる。


「……えぇ。

 寄付をしていただいているエヴァンズ侯爵様の方針もあって出来ることなのですが。

 世間では、教会で保護される時にも、赤色を持つ者は大抵、後回しにされてしまったり、放置されてしまいがちなので。

 ……勿論、一概には言えませんが、その出生故に、彼らの方が心に深い傷を負っている場合が殆どなのに拘わらず、同じ子供なのに、そこでも明確に差別が生まれてしまうことを出来るだけ、私どものところでは避けようとした結果、今のような形に……」


 ――勿論、特殊な能力を持っている人間が現れることの方が極稀なことだから……。


 その大半が、『能力』なんかは持っていないのに、迫害されてしまったりだとか、生まれてきたものの、親に愛されずに捨てられてしまったり、だとか。


 ……そういう状況に陥ってしまっている子達が大半なのだろう。


 シスターの言葉には、そういう子供達をいっぱい見てきたが故の『重み』みたいなものが乗っていた。


「……そうですか。なかなか、出来ることではないのに、本当に凄いと思います」


 ……生まれ持った特徴である赤をなくすようなことは出来ず、私自身も、自分がそういう視線で見られることが多いからこそ、よく分かる。


 こういう場所が一つあるだけでも、子供達にとってはきっと『救い』になるだろうし。


 自分のことを『人』として、ちゃんと見てくれる大人が、周りに一人でもいるだけで、本当に全然違うのだということも。


 私自身、ローラやロイだけではなく、今回の軸で、セオドアやアルに会えたことで、今は身を以て、そのことを体感しているから。


 ……だから、その言葉は、嘘偽りなく私の本心から出た言葉だった。


「……まァ、表面上は中立派みたいな役割を担っていて、どこの派閥にも属していない立ち位置にいるだけで、エヴァンズ家は元々、魔女容認派だからねぇ」


 私がシスターに向かってかけた言葉に、あれだけあった分厚い書類をもう確認し終えたのか。


 普段は、シスターや神父様が使っているであろうこの部屋の片隅に置かれていたデスクを使って、色々な書類に目を通していたルーカスさんが、椅子から立ち上がって。


 シスターに『問題がなかったから、神父様にも確認を取ってきてくれる?』と書類を手渡してから、私達の方に近寄って会話に入ってきたあと、しれっと、爆弾発言をしてくるのを、慌てて、見つめて……。


 私に、エヴァンズ家の内情を話しても大丈夫なのか、と、心配していると。


「あれ、お姫様、知らなかった? うちはその辺、滅茶苦茶寛容だよ」


 と、にこにこしながら、ルーカスさんが、別にそのことについては『特別隠している訳でもない』といった様子で告げてくる。


「……知りませんでした……っ」


 ルーカスさん自身、将来、一番上の兄の側近になっていたくらいだし、ウィリアムお兄様の本心については、未だによく分からないながらも、二番目の兄であるギゼルお兄様が、ウィリアムお兄様が戴冠式を行いで『私』のことを殺してきたのだから。


 てっきり、今までは、ルーカスさんも、魔女に対してあまりいい印象は抱いていないのかな、と勝手に予想していたんだけど……。


 私の驚愕交じりの問いかけに、まるでしてやったりと言わんばかりに、ルーカスさんが無邪気で楽しげな視線を向けてくる。


「そう。……だからね? 俺、レディーが、女帝になってくれたらいいなって思ってンだよ」


 そうして、そのまま、ふわりと笑顔を溢しながら、まるで混乱を招いてくるかのように、此方に向かって、そう言ってくるその人に。


 ――思わず、パニックになって、時が止まりそうになってしまった。


(……だって、ルーカスさんは、未来では、ウィリアムお兄様の一番の側近のはず、で……っ)


 そんな人が、お兄様のことを差し置いてまで、非公式の場とはいえ、『冗談でも言ってはいけないようなこと』を、平然と言ってくるだなんて、欠片も、想像していなかったから……。


 ……その言葉は、ともすれば、お兄様に対する反逆の意を示しているとも受け取られかねないようなもので。


「……え? あ、あのっ……、だっ、て、私はお飾りの皇女でっ……。

 未来では、お兄様がっ、お父様の跡を継ぐことは決まって、いてっ、そ、のっ……!」


 と、全く予想もしてなかった突然のその一言に、しどろもどろになりながら、精一杯、何とか返事を返す私に……。


「歴代に、女帝がいないからって、今後もなれないなんて決まっている訳じゃないでしょ?

 可能性なんて、それこそ無限に転がってるし、どこで、風が吹くかだなんて誰にも分からない。

 ……もしも、お姫様が、女帝になったのなら、そりゃあ、必然的に、歴史も変わらざるを得ないだろうなぁっ?

 だって、君主が、紅を持ってんだから 、誰も、其処には手出し出来なくなる。うちの国は完全に魔女擁護派になって、絶対不可侵の聖域ってやつの出来上がりだ」


 本気なのか……。


 それとも、ただ、からかってきているだけなのか、その声色だけでは判断することが出来ず、その真意がどこにあるのか読めない視線で、真っ直ぐに私を見つめながら、続けてそう言ってくる目の前の人に……。


「……わたし、はっ……、君主の器では、ないと思います」


 と、自分に今、出来る精一杯の台詞を、何とか頭の中で考えて、そう伝えれば……。


 彼は、にこりと笑みを浮かべながら……。


「君主の器だなんて、これから幾らでも作っていけばいいだけだし、そういう未来もあるかもしれないってことを、皇女様も、きちんとと考えておいた方がいいよ」


 と、明らかにお兄様の方ではなく、私を支持しているとしか取れないような言葉を言ってくる。


 今の今まで、そんなことを考えたこともなかったし……。


 ウィリアムお兄様が、お父様の跡を継ぐというのは、私の中で既定路線というか、絶対的なことだったから、それが崩れるようなことがあるだなんてことさえ、思ってもみなかった。


 だからこそ、ルーカスさんに『今、言われたこと』が、あまりにも衝撃的すぎて、直ぐに返事を返せれずにいたら……。


「……ハっ! 第一皇子についてるアンタが、それを言うのかよ?

 どういうつもりで言ってんのか分からねぇけど、胡散臭うさんくせェんだよ……っ」


 と、私とルーカスさんとの会話に、怒ったような雰囲気で、セオドアが割って入ってくれた。


「……あれっ?

 俺はお姫様の味方だよって、続けて言おうとしたんだけど。もしかして、それを言うと、余計怪しく見えちゃったりする?」


「……どの口で言ってんだっ!

 アンタの言葉は、どこまでが嘘で、どこまでが本気なのか全く読めねぇ。

 たとえ、その言葉が本心だとしても、対立を煽るような真似をして、要らねぇ火種を作ってるようにしか見えねぇんだよ」


 そのことに、一先ず、ルーカスさんに返事を返す猶予が出来て、ホッと胸を撫で下ろした私は……、ルーカスさんの言っていることは『これから先、そんな未来が来るだなんてあり得ない』と思えるような、まるで突拍子もないことばかりなのに。


 私の方を、ただ真っ直ぐに見つめてくれているその瞳の奥から、まるで、自分が覗き見でもされてしまっているような、見透かされているような、そんな感覚を覚えて、ここにきて、知らず知らずのうちに、自然と、身体が強ばってしまったのを感じながら、ルーカスさんの視線が、私からセオドアへと外れたその瞬間に、私は自分の身体の力を、ほんの少しだけふっと緩めるように抜いた。


 ――気づかないうちに、もの凄く緊張してしまっていたみたい。


「まァ、確かにね、そこは否定しないよ、俺は」


「……っ!」


「お姫様の言う、君主の器ってやつを当てはめるのだとしたら、今、一番、その王冠に近い場所に位置しているのは、第一皇子殿下に間違いないだろうからね。

 ……今までにも、一番近いところで、ずっと俺はそれを見てきた訳だから、俺からしても、殿下って君主になるために生まれてきたような人だな、って思う瞬間があるよ。

 将来、トップに立つためだけに帝王学も学んできて、英才教育を施された殿下の素質を見れば、この国は多分安泰だろうなぁとは、予想もつく。

 でもさァ、でしょ?

 お姫様が女帝になれば、騎士のお兄さんにとっても悪い話じゃ、ないと思うしね」


 その上で、続けて、ルーカスさんからかけられてしまった言葉に、別に、私がお兄様に対して、敵対しようとしている訳ではないというのに、お兄様のいないところでこんな話をすることになってしまったことに、ちょっとだけ後ろめたいような気持ちが湧き出てきて。


 あまりにも心臓に悪いなぁと感じてしまって、一人、ドキドキとしてしまいながら、そっと、ルーカスさんの真意がどこにあるのか探るように視線を向けると。


「……あぁっ?」


「……その瞳を貶すような奴、これから先、いなくなるだろうしさ」


 目の前で、ポンポン、と……。


「……俺は、そんな未来を求めて、姫さんの傍にいる訳じゃねぇし。姫さんが望まないことは、するつもりも、ねぇよ」


「それは、裏を返せば、お姫様が望んだら、そっちの方面に舵を切って動くってことだ?」


「……ハッ、そんな未来が来りゃぁな?」


 どこまでも、テンポ良く……。


「アァ、厄介だなァ……。

 本当、厄介だって言われないっ?

 俺、絶対にお兄さんを敵に回したくないよ!

 殿下についてたら、いつかお兄さんが敵に回りそうな未来が来るかもしれないじゃん?」


「……そんなんで、ころころ、主人を変えるのかよ?

 直ぐに人を裏切って、乗り換えるような人間ですって、自己紹介でもしてくれてんのか?」


「……あはっ、一途に誰かを愛することなんて、出来ないタチなもので」


 と、セオドアと言葉の応酬を交わしながら、にこにことおどけつつ、私達に向かってはっきりとそう言ってくるルーカスさんの瞳はもう、いつも通りに戻っていて。


「……それに、これは、親切心のつもりでもあるんだよ。

 俺が、どうこうしようとしなくても。たとえ、お姫様自身が、君主になることを望まなくても、女帝に担ぎ上げたいって人間はこれから先も、きっと出てくるだろうしねぇ。

 お姫様は、今、自分の存在が、最早、お飾りではなくなってきていることを自覚した方がいい」


 どこまでも人を食ったような感じのさっきまでの笑顔を引っ込めて、真剣な表情で私を見てきてから、ルーカスさんは次いで、セオドアに視線を向けたあと。


「解っていながら、お姫様の耳をそっと塞いで、いつまでも鳥籠に閉じ込めて大事に守るだけなのは、騎士の務めの範疇を超えてるよ?」


 と、声を出してくる。



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