それから……。
私が馬車の中で倒れてしまって、最初に、セオドアに介抱してもらっていたベンチで『庭園か、運動場かな?』と、思っていたところの近くに建てられていた平屋が、やっぱり、孤児院だったみたいで。
そこまでみんなで歩いたあと、その中に、ルーカスさんと一緒にお邪魔させてもらうと。
「あ、ルーカス様だっ!」
「わぁ、ルーカス様、いらっしゃい!」
と、シスターに案内されたオモチャなどが沢山置いてある一室で、扉を開けた瞬間、ルーカスさんの姿を見つけた子供達が、直ぐにその目を輝かせ、はしゃいだ様子でわらわらと『その周囲』に集まってくるのが見えた。
「ルーカス様、俺、この間、かっこいい飛行機を紙で折って作ったんだぜっ!
孤児院の中でも、一番遠くに、飛ばすことが出来たんだっ!」
「私は、ルーカス様が寄付してくれたオモチャを使って、みんなで、お人形遊びをして楽しんだの!」
先ほど、ルーカスさんが『頻繁に孤児院に来ている』と言っていた通り、子供達とも慣れていて、彼等からも凄く好かれているのか、ルーカスさんがこの場に来ただけで、子供達は、わーっ、と一目散にルーカスさんのことを取り囲んだあと。
口々に、遊んでほしいだとか、自分の大切にしているものを確認してほしいと、お願いするようにその手を引っ張り始めて、その身体をもみくちゃにしながら、気づけば、あっという間に、ルーカスさんは、その輪の中心にいた。
「おーっ! 今日も、本当に賑やかだなぁっ! お前達、元気にしてたかっ!」
そうして、にこにこと笑顔を浮かべたまま、そう言いながら、子供達一人一人の目をしっかりと見て、近づいてきた子達の頭を順番に、ぐしゃりと撫でるルーカスさんと、彼等の勢いに圧倒されそうになりながら、どうしていいのか分からないまま、私は邪魔にならないよう部屋の隅にそっと立つ。
暫く、そうやってルーカスさんが子供達と戯れる様子を、セオドアとローラと一緒に眺めていたところで。
――不意に、気づいた。
「……この子、達は……」
戸惑いながら、ぽつりと声を溢した私を、一通り子供達の相手が済んで此方へと戻ってきたルーカスさんが笑いながら。
「……びっくりした? びっくりするよねぇ?」
と、私の呟きに答えるように、声を上げてくる。
思わず、上を見上げて、ルーカスの顔色を窺うように視線を向ければ。
「……ルーカス様っ!
この子、誰なんだっ⁉
新しい子、連れてきたのかっ?」
と、活発そうな男の子が、此方へと駆け寄ってきたあとで、マジマジと私を見つめながら声をあげるのが聞こえてきた。
「……新しい、お友達、なの?」
そうして、その男の子のあとに続いて、ぬいぐるみをぎゅっとその手に抱きしめている大人しそうな雰囲気の女の子が、おずおずと私に向かって声をかけてきたことで。
……私は、戸惑いながらも、折角こうして子供達が話しかけてくれているのに、何も返さない訳にはいかないと、慌てて、彼等の言葉にこくりと頷き返す。
「うん、今日、限定のことだけど、宜しくね?」
二人に向かって『優しい表情を』と、心がけながらふわりと笑顔を向ければ、ここの孤児院にお世話になる以外に、彼等と同じ年齢の子供が『お客さん』としてやって来ることは珍しいからか、興味津々といった様子で、直ぐに私の周りに、わらわらと子供達が集まってくる。
そのあと、さっきの女の子が私の方を見つめてくれながら。
「……真っ赤な髪 、なの。私と、お揃い」
と、ぽつりと声を上げるのが聞こえてきて、私はその言葉に、深く考え込んでしまった。
――そう、さっき、
この孤児院にいる殆どの子供達が、私や、セオドアほど鮮やかなものではないものの、女の子も男の子もみんな『赤茶系の髪色』だったり、瞳が少し赤みがかっていたりと、赤を持つ子達の集まりだったことに、正直に言って、本当にびっくりしてしまった。
一人だけとかなら、まだ分かるんだけど、殆ど全員が、そんな感じだったから……。
もしかして、この孤児院では『そういう子達を積極的に迎え入れたりしているんだろうか?』と思ってしまう。
『身体のどこかに赤を持つ』ことの意味は、私がきっと誰よりも理解している。
――世間では、それだけで後ろ指を指されてしまうということも……。
だから、そのことについて混乱しながらも、色々と、この状況について頭の中で考えていたんだけど、遊ぶことに忙しくて元気いっぱいの子供達はそんな私の心情など、全くお構いなしで。
「ねぇっ! あっちで、一緒に遊ぼうっ!」
と、声をかけられたかと思ったら、女の子の一人にぐいぐいと腕を引かれて、その状況に驚く間もなく、私は子供達の中に入って、生まれて初めての『おままごと』に挑戦することになってしまった。
子供達にお願いされて、オモチャ箱として使われているのか、古びた木箱の中に入っているぬいぐるみや、おままごとセットとしては定番の『食べ物を模した木のオモチャ』などを取り出したあと、木目調の床に、何人かの子供達と一緒に円を描いて座るようにと指示を出されてから。
一応、彼女達の中でもきちんとした配役があるらしく……。
王都の街中にある教会だからか、十歳前後の女の子達はみんな、皇子やお姫様などといった身分に強い憧れを持っているような様子で、貴族や皇族といった人達に扮して、おままごとをするみたいだった。
そうして『初めてだから、特別な役を譲ってあげるねっ!』と、思いっきり善意でそう言ってもらって、お姫様のお兄さんでもある皇子の役を女の子達から任命された私は、皇子というものに、あまりにも馴染みがありすぎて……。
妹であるお姫様に対して、二番目の兄みたいに憎悪のこもった表情を向けるのは、流石に子供達に悪影響だろうと思って、一番上の兄みたいに、クールで冷たい視線を向けて事務的に淡々と、精一杯、自分なりに『皇子』というものを演じてみたんだけど。
「えーっ……!
お兄ちゃんで、皇子様はっ、お姫様には凄く優しいと思うし、キラキラしているはずだから、そんなんじゃないよっ!」
「きっと、皇子様に慣れていないんだよねっ!
私がもっと、かっこいい皇子様の見本を教えてあげるからねっ!」
と、私よりも小さな女の子達から、続けざまにダメ出しを喰らってしまった。
その上、皇子様について、しっかりと彼女達からレクチャーまで受ける始末で、私は一人戸惑ってしまう。
(うぅ……っ、演技をするのって、本当に難しい)
――忠実に再現してみたつもりだったんだけど、一体、何が不味かったのだろうか?
どこが良くなかったのか、さっぱり分からなくて、混乱して頭の中をはてなマークでいっぱいにしている私を、そっと救出してくれたのはルーカスさんだった。
「ぷはっ!
……くくっ、お姫様、それ、殿下の真似でしょっ、絶対っ!
ヤバいっ、滅茶苦茶似てるんだけど……っ! ふははっ!」
……どうやら、私のモノマネは、ルーカスさんのツボにだけ的確に届いてしまったらしい。
目の前で、困惑したままの私に視線を向けて「ひぃひぃ……っ」と、苦しそうに引きつったような笑みを溢し、目尻に涙を浮かべつつ、どこまでも楽しげな表情を浮かべてから。
「はいはい、みんな、そこまでにしとこうね、おままごと。
……この子は、あんまりそういうことには慣れていないからねぇ」
と、さりげなく救出してくれて、内心でホッとする。
普段、同年代の子達と触れ合う機会が全くないからか、子供達に誘われて遊び始めた私を見て、最初は、微笑ましそうに見守ってくれていたローラやセオドアも、私が困惑してしまっているのを確認して、慌てて私のことを救出しようとしてくれたみたいだったんだけど。
私から一番近いところにいたルーカスさんの方が、みんなよりも一足早くに動いてくれた。
「……あぁぁっ、皇女様っ、子供達と遊んでいただいて本当に申し訳ありませんっ!
失礼なことを言ってしまって、まだ、小さな子達ばかりで、あまり上下関係のことに関してはよく分かっていないものですからっ!」
そして、私が孤児院の床から立ち上がって、子供達の輪から外れたタイミングで、顔面蒼白になったシスターから慌てたように謝罪されて、私はその言葉に『気にしないでほしい』と伝えるように、ふるりと首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。
……それに、私自身、おままごとをするの自体が初めてで、あまり上手くは出来なかったみたいでっ、私がみんなに付き合ってもらっただけのような気も……」
私自身、中身は一応、十六歳だから、どう考えても精神年齢的に、この子達よりもずっと大人だし。
多少、彼等に失礼な態度を取られてしまっても、別に怒るようなこともない。
ただ、寧ろ、彼等に遊んでもらったのは、どう考えても私の方な気がする。
巻き戻し前の軸の時も、近しい年齢の子達と遊んだ経験がなかったこともあって、想像以上に上手く出来なかったことに、しょんぼりと落ち込んだまま、声を出したら……。
「……とんでもありませんっ!
久しぶりに同年代である方が来てくれて、子供達も張り切っていたのが、とても良く分かりますし、こうして、遊んでいただけるだけで有り難いことですから」
と、本気で感謝してくれているような素振りのシスターから言葉が返ってきた。
何も言わずとも優しさが滲み出ているようなその瞳からは、いつも子供達のことを考えているんだろうな、ということが如実に伝わってきて……、それだけで、この孤児院が、きちんと運営されているのがよく分かる。
……そういえばさっき、この教会に併設されている診療所で診察してもらった時も、あのお医者さんは『私を見て』嫌な態度は一度も取らなかったな。
私が『皇女』だからかと思ったけど、この教会自体が、『赤色』という、一般的に見ても侮蔑の対象になってしまうような子供達を率先して保護しているのだとしたら、その対応にも納得がいく。
「……ここで過ごしているみんなが、こうして笑って過ごせるくらい、子供達にとっては、住みやすい居心地のいい場所なんですね?
私から見ても、子供達が大事にされていることが分かりますし、きっと、孤児院の運営がきちんとされていることの証なんでしょうね」
にこっと笑顔を向けて、率直に、今、感じた自分の意見を伝えるつもりで、そう声に出したなら、私の隣でシスターが驚いたように目を見開いた。
「……? あの、私、何か……変なこと?」
その態度に不安を感じながら、もしかして、また変なことを言ってしまっただろうか、と、問いかけるようにおずおずと声を出すと。
「あっ……、いえっ!
申し訳ありません、皇女様っ!
皇族の方は小さな頃から、色々なことを勉強されていて、皆様、早熟していると聞いてはいましたが。 そのお歳で既に、孤児院の運営のことにまで目を配らせているどころか、子供達のことも含めて、真剣に考えてくださっているような言葉に、思わず驚いてしまいました」
と、まるで尊敬の眼差しで柔らかく微笑んでくれたシスターから言葉が返ってくる。
その言葉に……。
「いえ……。私は、そのっ、出来損ないですから。……お兄様達のようにはっ!」
と、ひたすら困ってしまって、巻き戻し前の軸の時も含めて、どう考えても、お兄様二人の足下にも及ばない感じだったのだから褒められるようなものでもないと、慌てて、そう伝えることしか出来ない私に……。
「そんなことは、ありませんよ」
と、シスターが私の言葉を否定するように首を振りながら、本当にそう思っているような感じで真剣な声色で言葉をかけてくれる。
その言葉には、本当に凄く有り難いなぁとは思うんだけど。
――でも、実際は、私が今、思っていることの方が事実なのだ。
お兄様達は二人とも、いつだってどんな時も周囲の人達から賞賛されていたし、私とは、そもそもの出来が違う。
それに、巻き戻し前の軸でも、私には多くを求められていなかったということもあるけれど。
これまで、
巻き戻し前の軸の時も含めて、皇族として皇女として、その立場から本来ならしなければいけなかったはずの義務も役目も何一つ、果たしてこなかったから……。
今だって、せめて、『お飾りの皇女』である私でも、皇女である以上は、少しでもその役割をこなそうとは努力しているけれど。
その理由は、
――その全てが、決して褒められるようなものではないことくらい自分でも分かってる。
「ありがとうございます」
真っ直ぐにそう伝えてくれているシスターに、どこまでも申し訳ないという気持ちを抱きながら、私は彼女の言葉に、結局一度も頷くことは出来ずに、ほんの少しだけ苦い笑みを溢した。