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第57話 突然の出会い



 上半身を起こして、セオドアの膝の上に座らせてもらった状態のまま、此方へ戻ってきてくれたローラに、『失礼します』と、おでこに手を当てられながらも。


「熱はなさそうですが、体調はどうですか?」


 と、心配の表情でそう聞かれて、私はローラに『問題ない』ということを告げようと思って、口元を緩め、微笑みかける。


「うん、ローラ。もう、大丈夫だよ、ありがとう」


 必要以上には心配をかけないようにしようと、元気であることを一生懸命にアピールしたんだけど。


「……アリス様の大丈夫は、信用出来ません……っ」


 と、私の言葉に、ローラがさっきのセオドアと全く同じことを言いながら……。


「一応、ちゃんと診てもらいましょう?」


 と、言い聞かせるように、私に言ってきてくれる。


 その瞳には、不安な気持ちが乗っていて、更にいうなら、どこまでも私のことを想ってくれているような感情しか乗っていないのが見てとれるから、その対応に対して、何も言えずに、大人しくこくりと頷いた私は、ローラが『直ぐに診てくれるそうです』と、わざわざ許可を取りに行ってくれた教会の敷地内に併設されている診療所で、お医者さんに診てもらうことになった。


 基本的に、貴族の家なんかには、その家に雇われたお医者さんが常駐していることが殆どなんだけど。


 一般の人達がかかるには、こうやって診療所に来なければいけないことが多く、教会と、お医者さんというのには密接な関わりがあるため、よほど小さな教会じゃない限りは、大体、教会と診療所はセットになっているというか。


 神様に礼拝をするだけの簡易的な教会ではない限り、必ず教会の敷地内に診療所を設けなければいけないということが、国の規定で義務づけられているから……。


 だからこそ、私の主治医でもあるロイもそうだけど、お医者さんは基本的に神父服を着用するようになっているんだよね。


「……ふむ、簡単に診察しただけですが、恐らくは、疲労が原因なのではないかと思います」


 ローラとセオドアに連れられて、診療所まで行った私は、特に待たせられるようなこともなく、私は本当に直ぐに、町のお医者さんといった感じの中年のお医者さんから診察を受けることが出来た。


 対面で、簡易的に用意されている木で出来た丸椅子に座り合って、今の自分の症状を聞かれた上で、全ての質問に回答したあと、そう言われたことに、内心でホッと安堵しながら。


「……ほらね、大丈夫だったでしょう?」


 と、ローラとセオドアに安心してもらえるように、にこりと笑顔を向けてそう伝える。


 だけど、私の自信に満ちあふれたような言葉を聞いて、お医者さんからは……。


「恐れながら、皇女様。疲労による身体の不調もちゃんとした病気です。

 倒れるほどなのですから、それだけ、心身共にお疲れだったということは容易に想像が出来ます。

皇宮に帰ってからも必ず、お抱えのお医者様に、再度、きちんと診てもらって指示を仰いでくださいね」


 と、念押しするように言われてしまった。


 その上で……。


「……少し此方で、休んで行かれますか?」


 と、診療所の中にある白一色の、『清潔なベッド』に視線を向けながら提案されたことに、わざわざ休むようなことをしなくても、今の自分の体調は本当に何でもなくて元気になっていたから。


 私は、かけられたその言葉に、有り難いなと感じながらも、首を横に振って「大丈夫です」と伝えたあと。


 ローラと、セオドアと一緒に無事に診察所から出て、倒れたばかりではあるものの、折角、教会に来たということもあって、帰る前に、礼拝堂のある教会の中に入って見学をすることにした。


 ……実は、一度でもいいから、教会の中に入ってみたいという強い思いが、前々から密かにあって。


(巻き戻し前の軸の時も、気軽に外には出られなかったし。一度も、教会には来たことがなかったから)


 ずっと、人から話には聞いていただけの、絵本に描かれている教会の中の厳かな雰囲気とか、中から見えるステンドグラスとかを見てみたいという憧れがあった。


 ……勿論、先ほどまで倒れていた身なので。


 無理はしない程度で、教会の見学をしたいという私のお願いに、ローラとセオドアが二人して顔を見合わせたあと。


 二人は、こんなことでもないと、私が教会にさえ来られないということを分かってくれているから、「体調に無理がない範囲でなら……」と、条件付きで頷いてくれた。


 それから、ほんの少しだけ教会の敷地内をみんなで歩いたあと。


 ここが、王都の街中にある教会だということもあってか、パッと見ただけでも、立派なことが分かるくらい神々しい建物の重厚な扉を開ければ、教会の窓として使われているブルーや、グリーンなどの色合いのステンドグラスや、宗教画、それから礼拝堂に至るまで、そこは煌びやかで、厳かな雰囲気が広がっていて。


 一歩足を踏み入れれば、それだけでこの場所が『神聖な場所』であるという感じが凄くしてくる。


「あれっ? お姫様……? 奇遇だねぇ、こんなところで会うなんて」


 けれど、私が、教会のその雰囲気に気を取られていたのは本当に一瞬のことで……。


 ドアを開けた先にいた人に突然声をかけられて、その言葉に釣られるようにそちらへと視線を向ければ、ここで出くわすとも思っていなかった、まさかの人がその場に立っていた。


「……ルーカス、さん……?」


 ――なぜ、ここに、この人が……?


 と、驚く私に、穏やかな笑みを溢しながら、どこまでもフランクに気安い雰囲気で、ルーカスさんが「やっぱり、そうだっ!」と声を出しながら、私の方へと近づいてくる。


「……珍しいね。お姫様が外に出てるだなんてっ。今日は、わざわざお祈りでもしに来たの?」


 開けた教会の扉の前で、私の対面に立ってくれたルーカスさんに、そう質問されて。


「いえ、出先で体調を崩したので、先ほどまで、お医者さんに診察してもらっていて……」


 と、正直に、私の今の状況を伝えると……。


「あぁ。なるほどなァ、そのついでに教会見学でもしに来たって訳だ?」


 と、私がどういう理由でこの場所に来たのか合点がいった様子で、ルーカスさんに質問される形ではあるものの、全てを言い当てられてしまった。


 その姿に『流石、未来ではお兄様の側近をしていただけあって、本当に抜け目がないなぁ……』と、感じながらも……。


 素直にこくりと頷いたあと、私はルーカスさんがこの場に来ていた理由について、問いかける。


「はい。……ルーカスさんは?」


「俺? 俺はねぇっ、? ……」


「……はくじょうな、かみさま……ですか?」


 ――ただ、何となくの気まずさを回避したくて、話を広げたいという意味合いで質問しただけだったんだけど。


 私に会ってから、にこやかな笑顔を向けてくれていた『さっき』までとは打って変わって、どこまでも真剣に、真面目な表情を浮かべながら言われた、その言葉の意味がよく分からなくて……。


 そのまま顔を上げ、ルーカスさんの方をマジマジと見つめながら、その言葉を復唱するように出した私の問いかけに、目の前で、ルーカスさんが今度は、邪気のない『人好きのする』ような、明るい笑顔を溢してくる。


「あはっ、ビックリした? ただの雰囲気作りだよ! そう言われたら、何かあるのかなって、思うでしょっ?」


 そうして、まるで、悪戯が成功したかのように、そう言われて……。


「……もしかして、私、今、からかわれたんでしょうか?」


 と、ほんの少しだけ、ジッと恨みがましい視線を向ければ、私に向かってどこまでも楽しげな表情を崩すことのないまま、ルーカスさんが苦笑しつつ声を上げてくる。


「ごめん、ごめんっ!

 お姫様があまりにも純粋そうな雰囲気を醸し出していたから、ちょっとからかってみたくなってね。

 ……うわぁっ! と、とっ、ちょっと待ったっ!

 騎士のお兄さん、相変わらず無言で、剣を鞘から抜こうとするのは止めようかっ?

 それ、やってる方は何も思わないかもしんないけど、やられてる方は、本当に恐いんだってばっ!」


「……はぁっ? 相変わらず姫さんに対して無礼なことしか言ってこねぇし。アンタが、一切、学習しねぇからだろっ」


 その態度に、そっと、剣の柄の部分を掴みながら、眉を寄せて怒るように険しい表情を浮かべて、私のことを心配してくれつつ。


 ルーカスさんに向かって「皇女である姫さんに気安い態度で接してきているのも許せねぇ」と言ってくれながら呆れたように吐き出されたセオドアの言葉に、ルーカスさんも本気でセオドアが斬りかかってくるとは思ってもいなかったのか。


 焦ったような声色ではあるものの、相変わらずにこにことした笑みを此方に向けていて。


「実は、ここの教会と孤児院に多額の寄付をしてるのって、エヴァンズ家なんだよねぇ。

 だから今日は、その寄付がどういうふうに使われてんのか、視察の意味も込めてこうしてやってきたって訳」


 と、弁解しながらも、今度はちゃんと私達に向かって、自分の事情についてしっかりと説明してくれる。


「そうだったんですね」


「うん。……あ、そうだ、良かったらお姫様も一緒に来る? 孤児院」


 そうして、思いがけずルーカスさんに誘われてしまったことで、私は驚きつつも、教会に併設されている孤児院に、当日にいきなり、人が増えても大丈夫なのかと心配になりながら……。


「私が行っても大丈夫なんでしょうか?」


 と、おずおずと問いかけてみたんだけど。


「うん、大丈夫だよ。……視察って言っても、その大半は子供達の様子を見るだけのものだしさァ。

 俺も、頻繁に通ってる孤児院だから、シスターも含めて、子供達も、滅茶苦茶、全員、顔馴染みだし。

 寧ろ、頻繁に顔を出していて、何の新鮮味もない俺だけが行くよりも、お姫様が来てくれた方が、華があって、子供達も喜ぶと思うよ」


 と、全く根拠のなさそうなことを言いながら、本当に、ちょっと外まで行くようなノリで、気軽に此方に向かって誘ってくるルーカスさんに、そう言われてしまうと、断ることなんて出来る訳もなく。


 「では、お邪魔させてもらいますね」


 と、一度、ローラとセオドアとアイコンタクトで会話をし合ったあと、私はルーカスさんからのその提案を受け入れることにして、教会の敷地に併設されているという孤児院にお邪魔させてもらうことにした。




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