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第56話 体調不良



 それからは、和やかに会食が進んだと思う。


 先ほどまで、お祖父様と会話をしていた間、一切、手をつけることがなかった前菜に手をつけてからは、次々に料理が運ばれてきた。


 相手は、お父様と同等の影響力を持っている大公爵様な上に、一対一でテーブルについているため、必然的に、お祖父様の視線は私にしか注がれなくて、ずっと見つめられているから、一応出来るとはいえども、テーブルマナーを間違えることのないようにと、食事中は、ドキドキしてきて、不安で仕方がなかったんだけど。


 お祖父様は、そんな私を見て『驚いた』あと、感心したような表情を浮かべて、家令と一緒に、逐一、その行動を褒めてくれたので粗相などは何もしなくて済んで、本当にホッとした。


 多分、世間で言われている私の噂について、ある程度、その噂を信じ込んでいた様子だったから、私がここまで、マナーに関してきちんと出来るとは、思っていなかったんだと思う。


 ただ、その所為もあってか、目の前で、険しい表情をしながらも、皇宮での私の待遇が良くないものだと感じてくれた様子で、憤ってくれたお祖父様と、公爵家の従者達のことを何とかなだめながら。


「心配してくださってありがとうございます。私は大丈夫です」と、伝えつつ。


 全てが終わってから、乗り切らないものはあとで送ってくれるらしいんだけど、私が乗ってきた馬車に運べるだけ、今日、新たにもらったプレゼントが運ばれていく中で……。


「お祖父様、今日はお招きいただいて、本当にありがとうございました」


 と、わざわざ見送るために、公爵家の広大な敷地の前に建てられている黒色のシックな雰囲気の正門まで出てきてくれたお祖父様に、私はぺこりと、頭を下げた。


「あぁ、気をつけて帰りなさい。

 ……その、お前が無理のない範囲で、いつだって、実家のようなものだと思って、この家には、来てくれて構わないのだから」


「……はい、ありがとうございます」


 ここに来る前は、ドキドキしていたけれど……。


 こうして、初めてお祖父様にお会いして、お話しをすることが出来て、本当に良かったと思う。


 このままだと、巻き戻し前の軸の時のように、一度も会うことがなく、きっとお祖父様の気持ちを知ることもなく、すれ違ったままだっただろうから。


 ずっと気がかりだった『お母様のこと』を、お祖父様に伝えられただけでも、ここに来られた意味があった。


 かけられた言葉に微笑んで笑顔を向けると、お祖父様は私に何かを言いかけて、一瞬躊躇ったあと。


「……それから、来年からは、ちゃんとお前の好きなプレゼントを贈ろう」


 と、真っ直ぐに私を見つめてくれたあとで、そんなことを伝えてくれる。


 突然のその言葉に、どういう意味なのか分からなくて首を傾げれば……。


「……私が選ぶものは、どうにも堅苦しくなりすぎるきらいがあるみたいでな。

 今年も初めは万年筆にしようとして、従者達から流石にそれは、と止められて、ぬいぐるみにしたんだ。

 それ以前のものも、子供の気持ちなどは分からないから、ああでもない、こうでもないと家のものに五月蠅く言われながら、毎年、選ぶのに苦労してな……。

 来年からは、お前が欲しいと思っているものを、ちゃんと何がいいか、手紙で伝えてくれ」


 と、お祖父様が、苦笑しながらそう言ってきてくれて、私は、思わず、びっくりしてしまった。


 そんなふうにいつも、悩みながら……。


 ――この十年間。


 私のために、こうして、プレゼントを選んでくれていたのだろうか?


 私のお誕生日は 、春だからもう過ぎてしまっているけれど、一度も会ったことのない孫娘に、いつか会えた時に渡そうと、毎年色々と考えてプレゼントを購入してくれていたんだと思うと、じわじわと嬉しい気持ちがわき上がってくる。


(そんなふうに、今まで、誰かから贈り物をしてもらえたことなんて一度もなかったから)


 お祖父様から、その気持ちが聞けただけで本当に嬉しかった。


「……ありがとうございます。

 でしたら、また来年、今度は、私のお誕生日に合わせて、お祖父様にこうして会いに来てもいいですか?

 一緒にまた、お食事をしていただけると嬉しいです」


 何か物をもらえるよりも、こうして一緒に過ごすことが出来るなら、それが一番、私にとって特別な贈り物だなぁと思いながら、ほんの少しだけ我が儘を言うつもりで、お願いするように提案すれば……。


 目の前で、お祖父様が虚を衝かれたような顔をして。


「……ああ、いつでも大歓迎だ」


 と、私に向かって、目尻を下げて柔らかくて優しい笑みを溢してくれる。


 ――また、来年も一緒にこうして過ごせるのだと……。


 誰かと交わす『未来』の約束に、こんなにも嬉しくなることが出来るだなんて、ここに来るまでは、予想もしていなかった、な。


 それから……。


 お祖父様や、最後まで私に好意的に接してくれる従者達に別れを告げ。


 公爵家に来るまではあれだけ緊張していた気持ちもどこかにいって、いつになく心穏やかな気持ちで馬車に乗り込んで、お祖父様と公爵家の人達に見送られたあと。


 暫く経ってから……。


 ローラとセオドアに、馬車の中で、お祖父様と出会えたことについて、今日、出来た思い出をいっぱい話して、嬉しかったことも含めて、聞いてもらっている途中……。


 不意に目の前に座っていたローラの表情が、驚いた表情から心配そうな表情へと変わっていくのが見えて……。


(あれ……?)


 それを『おかしいな、どうしたんだろう?』と思った瞬間には、目の前がぐにゃり、と、歪んでいた。



 ***********************



「……んっ……、」


 ぼんやりと靄がかかったような、重たい頭が何とか活性化してきて、ぱちり、と、目を開ければ。――心配そうに、強ばった表情をしたセオドアの顔が、真上にあった。


 セオドアの背中越しには、太陽の光が此方に向かって、燦々さんさんと照りつけてきていて、焦点の合わない視線を周囲へと向けると、薄らぼんやりとした意識が少しずつ、少しずつ覚醒して、周囲に朱色に染まったカエデの木が沢山見えてくる。


「……っ、姫さんっ!」


 私が目を開けたことで、慌てたようなセオドアに、そう呼ばれて……。

「……せおど、あ?」


 と、舌足らずな口調で声をかければ、心底、安堵したような表情をしてくるセオドアの姿が目に入ってきた。


 ……セオドアの背後に、太陽があって、この周辺に、カエデの木が生えているということは、ここは外、だよね……?


 私、さっきまで、馬車の中にいたはずなのにな。


 『一体、どういうことなんだろう?』と、ぼんやりと、重く働かない頭の中で、一人、一生懸命に考える。


 そこで再び確認するように、周囲に、視線を向ければ……、ここは、国が運営しているどこかの庭園や、運動場なのだろうか。


 地面は鋪装もされていない砂利で覆われていて、近くには綺麗に整えられた花壇と、休憩出来るような木のベンチが、均等感覚に設置されていた。


 その上、何の用途で使われているのか分からない平屋の建物などもあり、どこかの施設か何かなのかな、とぼんやりと頭の中で考えつつも……。


 未だ自分の置かれている状況が理解出来なくて、混乱しっぱなしの私は、そこで気づいた。


 ベンチの上に、横たわっていて……、その上、私の頭がっ……、セオドアの膝の上にあることに。


(もしかして、……わたし、いまっ、セオドアに膝枕してもらってる?)


 慌てて、がばりと起き上がったら、くらり、と目眩がして、ふらっと身体がよろけてしまったのを見逃さず、セオドアが慌てて抱き留めてくれた。


(うぅ……。何から何まで、本当に、お世話になりっぱなしで申し訳なさすぎるっ!)


 そのまま、有り難く、セオドアに身体を預けながらも、その腕の中で体勢を整え直して、セオドアの顔を見上げれば、思いっきり、心配そうな表情で見られてしまった。


「ごめんね、セオドア……ありがとう。それで、えっと、ここは、一体……」


「馬車の中で倒れたの、覚えてないか?

 皇宮に帰るのも距離があるから、どこか最寄りの教会にでも寄らせてもらってから、きちんと身体のことを診察してもらって、ベッドを借りた方がいいって、侍女さんが」


 私が事情を問いかけると、セオドアから馬車で倒れたのだと教えてもらって、思わずビックリしてしまう。


 その上、私を心配してくれたローラが、教会に寄るという判断に出てくれたことも……。


 セオドアから話を聞いて、よくよく、周囲に視線を配ってみると、確かに立派な教会の建物が、私達がいるベンチのところからも、しっかりと確認出来たから、もしかしたら、ここは教会に併設されている小さめの公園や、庭園のような場所なのかもしれない。


 それなら、さっきの平屋の建物は、孤児院か何かだろうか……?


「……ローラが?」


「あぁ。

 今、司祭に、一応、休ませてもらえそうなベッドがないかどうか、侍女さんが確認しに行ってくれていて……」


「……わぁっーっ、ご、ごめんねっ⁉

 そんなにも、大事おおごとなことになっていただなんてっ、思わなかっ……。

 早くローラに、大丈夫だってこと言いにいかないと……っ!」


「……ちょっと待った」


 セオドアの言葉に慌てて声を上げて、教会の中に入って行ったという『ローラを追おう』とした私の腕を、セオドアが引っ張ってくる。


 それから、ぽすんと、また、強制的に、セオドアの膝の上に頭をのっけるハメになってしまった私は、ただただ、セオドアの膝の上で混乱するしかない。


「……??」


「何が原因で倒れたのか分からねぇし、姫さんの大丈夫は、全く信用ならねぇ。

 とりあえず、もう暫くしたら侍女さんも帰ってくるだろうし。頼むからそれまで、大人しくここで、待っててくれ。……なっ?」


 どこまでも気遣ってくれるような視線を向けてくれながら、まるで幼い子供に言い聞かせるような言い方をするセオドアに、心配の色しか感じられなくて、私は、こくりと大人しく頷くことしか出来なかった。


「……うぅ、ごめんね、こんなつもりじゃ……っ」


(……急に倒れるとか、私の身体、貧弱すぎないっ……?)


 申し訳なくなって、どこまでも、か細い声で、セオドアの顔を見上げながら謝罪すれば。


「……無理もねぇよ。ここ最近、ずっと動きっぱなしだったからな」


 と、セオドアが私の頭をポンポンと優しく撫でてくれながら、そう言ってくれる。


 ……確かに、疲労はたまっていたかもしれない。


 ここ最近、エヴァンズ家の御茶会に行ったり、お祖父様のことでお父様に許可を取りに行ったり、ルーカスさんと、ウィリアムお兄様とお出かけをすることになってしまったり。


 ――色々な人に気を遣わなければいけない行事が立て続けに続いてしまっていたから……。


 それでも、能力を使う以外で『こんなふうに倒れることがある』だなんて、欠片も思っていなくて、どこかで、大丈夫だろうと思っていた節はある。


(もしかしたら、日頃の運動不足も|祟《たた》ってしまったのかもしれない……)


「……それに……」


「……? セオドア?」


 木のベンチに座ったまま、優しく私の頭を撫でてくれていたセオドアが、何かを言いかけてくれたんだけど、その言葉を私が聞き返そうとした瞬間。


「……アリス様っ! 良かった、目覚められたのですねっ!」


 と、少しだけ距離のあるところから、安堵したように此方に向かって駈け寄ってきてくれるローラの姿が見えて、私はセオドアの『言葉の続き』について、聞き返す機会を完全に逃したあと。


 セオドアにお礼を言って、今度こそ、横になっていた身体を起こして、戻ってきたローラに視線を向けた。




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