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第54話 祖父との対面


 公爵家に着くと直ぐに、長年、この家に勤めているであろう家令と思える執事が私達のことを出迎えてくれた。


 すぐさま「主君がお待ちです」と声を出し、スマートに公爵邸の中を案内してくれ始めて、皇宮ほどではないものの、かなり広く、長く続く廊下を歩いたあと。


 私は、ダイニングルームに通され、細長いテーブルのまさに上座とも言える場所に、ご丁寧にちょこんと用意されていた、高さが調節出来る可愛らしい子供用の椅子に座っていた。


 私の後ろには、ローラとセオドアがそっと控えてくれているため……。


 家令に案内されて、この場所に入った当初は『独りぼっちじゃない』だけ、いくらか気持ち的にもゆとりがあったのだけど、それも直ぐにどこかへと吹っ飛んでしまった。


 そろり、と顔をあげて、目の前に座っている人を窺うように、そっと見つめる。


(この人が、お母様のお父様で、私のお祖父様……)


 ちゃんとした年齢に関してはどれくらいなのか、全く分からないものの。


 ロマンスグレーの髪色とはいえど、お祖父様と言うにはかなり溌剌はつらつとしていて若々しい雰囲気にも見える。


 だけど、若さとは違って貫禄みたいなものは、どうやっても隠せるようなものじゃなく、パッと見ただけでも、近寄りがたい荘厳な雰囲気が漂っている人だった。


 (お母様には、あまり似てないな……)


 ――そんな感想が、一番最初に浮かんだ。


 お母様は、病気がちだったということもあってか、いつも伏し目がちに儚い雰囲気を纏っているような人だったから、目の前にいるお祖父様のように、生気に満ちあふれているような感じでも、威厳のあるような感じでもなかったと思う。


 この部屋に入る時には、一応……。


「本日は、わざわざお招きいただき、ありがとうございます」と、伝えたし。


 マナーの面でもきちんとしていて、何の粗相もしなかったとは、思う。


 でも、初めて会ったお祖父様からは何も返ってくる反応がなく。


 私のことを真正面から、ただ無言のまま、ジッと見つめてくるその人に、さっきから落ち着かなくて心がそわそわしてしまう。


 それに、私自身、一応、皇族であり、皇女という立場だから、上座が用意されているのも分からなくはないんだけど。


 先代で、既に崩御ほうぎょされている皇帝と兄弟関係にあって、未だに衰えることなく、お父様と同等の影響力を持っているお祖父様に、そういう扱いをされると本当にどうしていいのか分からなくなってしまう。


 ……私が一人、やきもきしている間に、とうとう、料理のコースメニューである前菜オードブルが運ばれてきてしまった。


 誰も何も喋らなくなってしまって、一瞬だけ無言になった部屋の中で、公爵家の執事が、私の横で、生ハムと新鮮な野菜を使った料理について詳しく説明し始めてくれるのを聞いて、ホッとしたのもつかの間。


 それが終わってしまうと、また、一切の音が消えて、静寂がこの場を支配していく。


(……どうしよう、また無音になってしまった……)


 こうなってくると、目の前に用意された平皿の上に、料理人の手によって繊細に盛り付けされている前菜これに手をつけていいのかどうかすら、分からなくなってくる。


(マナー講師は、こういう場合、どうしたらいいのかなんて教えてくれなかった)


 何か、私が知らないだけで、こういう時の正式なマナーがあったりするのだろうか?


 ジリジリと窺うように、目の前にどっしりとした感じで座りながら、私の方をジッと見つめてくるお祖父様の様子を探ってみたけれど。


 ……私と同様に、お祖父様も一向に、お皿の上に載った前菜に手をつける気配がない。


「……あ、あの……公爵様」


 結局、どうしたらいいのか分からなかったものの、私は勇気を出して、恐る恐る声をかけてみることにした。


 ……知らない時は、素直に聞けば教えてくれるだろう、と思ったからだ。


 けれど、私が声をかけても、まるで時が止まってしまったかのように、お祖父様は、どこまでも威厳を保ったまま、私をジッと見つめた状態で……。


 ――一切、何の反応も返してはくれなくて。


 いよいよ困り果ててしまって『この場では、どうするのが正解なのか?』と、お祖父様の後ろにずっと控えるように立っていた執事に助けを求めるように、私が、おろおろと視線を向けた瞬間、だった。


「おじいちゃん、だ」


「……えっ?」


 ――一瞬、何を言われたのか、本当に、訳が分からなくて。


 聞き間違えたのかと思って聞き返せば、殆ど、動くことのないその表情から……。


「おじいちゃん、だ」


 と、また、目の前の人がこの場で発するには、あまりにもそぐわない一言が返ってきた。


 真っ直ぐに私の目を見つめて、大真面目な雰囲気でそう言ってくるその瞳からは、冗談でそう言っている訳ではなのだろうということが、辛うじて今の私にも理解することが出来た。


「……は、はい、えっと……、おっ、おじいさま……?」


 直ぐに、『公爵様』と呼んだことを、指摘されたのだろうとは思ったけど。


 そうして欲しいと頼まれたのだとしても、言われた通りに、フランクに『おじいちゃん』などと、そう簡単に気軽に呼べるはずもなく、勇気を出して、おずおずとそう返せば。


 それで、納得してくれたのか、ここに来て初めて、お祖父様は私に向かって少しだけ表情を緩めてくれた。


(よく分からないけど、この対応で合ってたみたいで、本当に良かった……)


 内心で、そのことに一先ず、ホッと安堵していると……。


「……お前に贈ったプレゼントはどうした?」


 と、恐らく、私と同様に話す切っ掛けが掴めなかっただけで、普通に話してくれるようになったお祖父様から、不意にかけられた言葉に、ドキリ、とする。


 ここへ来る前に、そのことを聞かれるかもしれないとは思っていたものの、本当にそのことについて聞かれることになるとはっ……。


「はい、頂いたぬいぐるみを抱えたまま、公爵家にお邪魔させてもらうと、前が見えなくなりそうだったので、今日はここまで持ち運べなかったのですが、お部屋に大切に飾らせていただいています。……あの、あんなにも大きなぬいぐるみを贈ってくださり、本当にありがとうございました」


 元々、手紙と共にプレゼントをしてくれたことについては、お祖父様に、お礼を伝えるつもりではいたから、感謝の気持ちを込めて、ぺこりと頭を下げてお礼を伝えれば……。


「……ここに」


 と、お祖父様が後ろに控えていた執事に向かって、何かを指示するように視線を向けたのが見えた。


 それに対して、『仰せのままに』と声を出し、格式の高い家柄に仕えている従者らしく、一寸の狂いもないほどに、スマートな仕草で綺麗な一礼をしたあと、執事がお祖父様の傍に立っていた侍女へと目配せをする。


 その指示を受けて、直ぐに『心得た』と言わんばかりに、ダイニングルームから出て行った侍女に、私が一人、混乱していると。


 ……ややあって、沢山の荷物を抱えて戻ってきた複数人の侍女が、この横長のテーブルの上で空いているスペースに、一つ、一つ、丁寧に運んできたのは大小様々な大きさの箱だった。


 見れば、その殆どが可愛らしい包装紙やリボンでラッピングされていて、子供向けのようなものにも見えてくる。


「……えっと、あの……?」


 突然、運ばれてきた『謎の箱』の登場に戸惑いが隠せずに声を出せば、お祖父様が私の顔を真っ直ぐに見つめてくれながら……。


「十年分ある」


 と、私に向かって、はっきりと声をかけてくれたのが聞こえてきた。


「…じゅうねん、ですか……?」


 ――それは、私の歳が十歳なのと関係しているのだろうか?


 お祖父様の言葉に驚いて、その言葉をなぞるように復唱しながら、目をぱちくりさせる私に。


「あぁっ! 毎年、お前達に、面会希望の便りを出していたのだ。

 だが、それが叶うことは一度たりともなかったのでな、こうやって渡せぬ贈り物だけが、年々増えていってしまった」


 と、ほんの少しだけ悔やむような色を滲ませて、お祖父様が私にそう伝えてきてくれる。


 そのことに、私は、あまりにも驚いてしまった。


 ――面会を、希望する便り。


 そんなものを、お祖父様が私に出してくれていたことすら、今の今まで知らなかった。


 巻き戻し前の軸の時だって、そんな話が出たことは一度もなかったと思う。


 だからこそ『本当なのだろうか?』と、疑ってしまう気持ちが一番に出てきて、初めて聞くことばかりで、戸惑うことしか出来ない私に……。


「多分、あの男が、面会を拒絶していたのだろうな」


 と、続けて、どこまでも渋い声色でお祖父様がそう言ってくるのが聞こえてきて。


(……あの、おとこ?)


 そう言われても、直ぐには、それが誰を指しているのか、全く分からなくて首を傾げれば。


「……あの男はどこまでも合理的だ。故に、王としての素質は私も認める。

 だが、合理的すぎるがために、そのほかのことは、からきしダメだ。

 ……そうでなければ、王として、ある程度のことは務まらないだろうから別にそこに不満がある訳ではないが。

 元々折り合いが悪かった私と娘の関係をそのままにしておきたかったのだろう。

 娘だけじゃなく、孫に会った私が、万が一にでもまつりごとに口出しをしてきて、お前達の味方につくことを恐れたのであろうな」


 と、お祖父様が苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべたのが見えた。


 ――お父様が、私達に送ってくれていたお祖父様の手紙をなかったことにして、面会を拒絶していた……?


 お祖父様のその発言に、私は『本当にそうなのだろうか?』と、首を捻【ひね】って思わず長考してしまった。


 考えれば考えるほどに、そうとは思えなくて……。


(だって、私がお祖父様から面会希望の便りをもらった時、お父様も同じようにびっくりしていたから)


 ……あれは、お祖父様からの『面会希望』があったのを初めて聞く人の態度だった。


 それに、お母様や私宛てにくる郵便に関して、お父様は、ちょっと前まで本当にノータッチだったはずだし。


 かといって、皇族宛ての『郵便』を検閲していたあの三人がわざわざ足がつくかもしれない公爵家からの便りを、率先して抜いていたかと言われれば疑問しかない。


 ――もしかして、お母様がお祖父様からの手紙を拒否していた?


 可能性としては、それも考えられることだなぁとは思ったものの……。


 もしもそれが事実なら、今度は巻き戻し前の軸の『お母様が亡くなったあとの未来』に説明がつかなくなってしまう。


 お母様と私に会うために、お祖父様が『手紙』をこうしてずっと書いてくれていたのだとしたら……。


 私は、巻き戻し前の軸、お母様が亡くなったあとに、一度でも、お祖父様に会うことが出来ていたはずだ。


 仮に、今とは違って、そこまで関係性が深まっていなかったお父様に、お祖父様と『会ってはいけない』と言われたとしても、お祖父様から手紙が来ていたことに関しては、どこかのタイミングで絶対に知ることになっていたと思う。


(じゃあ、やっぱりお父様が、公爵家からの手紙を私に見せないように止めていたのだろうか?)


 分からない事だらけで、頭の中がはてなでいっぱいの私に……。


 お祖父様が、後悔を滲ませるような表情を浮かべて私の方を真っ直ぐに見てきた。



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