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第52話 お土産


 あれから……、思いのほか、デザイナーさんとの話が白熱し、ルーカスさんに、セオドアとアルの洋服で二着分をお願いするのと……。


 自分でお金を出して、更に数着、仕立てることが決まって、全てが終わったのは、大分、時間が経ってからだった。


 聞けば、私考案のデザインがかなり売れているらしく、前にも言われた通り、デザイナーさんが契約してくれた時の売上げの三十%を、今ここで支払ってくれようとしたんだけど。


 今、もらっても、結構な大金だし、自分では持ち帰れないので、それで二人の服をもう少し仕立てても

らうことにした。


 アルの、貴族社会に馴染めるような社交界用の服だけではなく、セオドアの隊服も同じものだけど、毎日着るものだから、予備としても何枚か数を作ったり、あとは、セオドアがお休みの日に着ることが出来るようなものも、ちょっとだけ。


(とはいっても、いつも私の護衛として傍にいてくれて、セオドアは全然、休んでくれないんだけど)


 全部が終わったあと、デザイナーさんは、ほくほく顔でツヤツヤとしていて、満面の笑顔を見せていたんだけど。


 長々とした話し合いに、別にそういうのが苦ではない私でさえ、ちょっと疲れてしまっていて。


 ……きっと、打ち合わせに付き合わせてしまった『セオドアとアルの疲労』は、私以上のものだっただろう。


「ごめんね、二人とも……。

 思いのほか、こうしたいと思うようなデザインの案がいっぱいあって、つい」


 そのことに関しては自覚しているので、二人に向かって謝罪すれば。


「……うむ、僕はもう、ダメだ。眠たくて死にそうだ。こんなにも疲労困憊することが世の中にあるとはっ!」


「姫さん、俺も限界かもしれない。体力には自信があるが、これは違う意味でキツい」


 と、まるで、目の前でツヤツヤしているデザイナーさんに生気を吸われてしまったかのような姿の二人から、そう言われてしまった。


 私が衣装を二人に作るということに関しては、さっきのデザイナーさんとの打ち合わせの中でも凄く感謝してくれていたし、二人がこれでも、最大限『私に配慮してくれている』のは分かっているので、私は平謝りをすることしか出来ない。


 一方で、私達の話し合いが終わるのを待っていたルーカスさんとウィリアムお兄様は、涼しい店内にある一角で、カウンターとして置かれている『カフェスペース』で、少し背の高い丸椅子に座ってゆっくりとお茶をしていた。


 カウンターのものだけではなく、周辺には、テーブルやソファーなども幾つか置かれていて、ブラウンを基調としたゆっくりと寛げるような空間に、ジェルメールの店内にはカフェスペースもあったのかと驚きながらも、二人のことを、ただ、待たせていただけにはなっておらず、一先ずそのことにホッと安堵する。


「お兄様、ルーカスさん、お待たせしてしまって申し訳ありませんっ」


「いや、全然待ってないよ。女の子が洋服を仕立てる時は、これくらい時間がかかるものだからね」


 二人にも平謝りで、時間がかかってしまったことを謝罪すれば……。


 ゆっくりと紅茶のティーカップを持ちあげてお茶を楽しみながら、ルーカスさんが、平然とした様子でにこにこと、此方に向かって笑顔を向けてくる。


 その態度に、なんとなくさっきから薄々感じていたことだけど。


 女性への扱いというか、普段からこういうことには凄く慣れているのか、ルーカスさんは本当に身のこなしが、スマートだなぁと思う。


 ――ここに来ても、にこりとも笑顔を見せない無表情なお兄様の隣にいるから、余計そう思うのかもしれない。


 こういう時、何となく空気を読んでくれて、場の雰囲気を変えることが得意なルーカスさんのおかげで、さっきまでの、気まずい雰囲気はどこにもなく。


 一方で、お兄様は相変わらず何を考えているのかは全く読めないけれど。


 ルーカスさんが紅茶を飲んでいるのと違って、ブラック珈琲を頼んだ様子のお兄様は、どこまでも落ち着き払っていて……。


 少なくとも、私に対して怒っているような様子はなさそうだったので、ホッとした。


「それに、俺も特大の特典をもらった側だから。レディーには感謝しないとね」


「……特典、ですか?」


「そそっ。

 今日、お姫様をここに連れて来ることで、マダムの一日を侯爵家にもらえることに成功しましてっ。

 うちの母が滅茶苦茶、大喜びでねぇ」


 そうして、ルーカスさんから『元々、お詫びの品だった訳だし、何なら俺も今回、恩恵を受けている側だから気にしなくていいよ』と説明されたことで、私は、ぱちくりと驚いて目を見開いてしまった。


 その隣で、ウィリアムお兄様が「はぁ……っ」と深いため息を溢し、呆れたような表情をしながら、ルーカスさんのことについて、私に説明してくれる。


「コイツに謝罪なんて必要ない。転んだところで、タダで起きるなんてこと一切しないからな」


「……おや、お褒めいただき光栄です、殿下っ!」


「……一切、褒めてなどないんだよ! 勝手な解釈をするなっ」


 あまりにもテンポのいい二人の遣り取りに、自信満々な笑顔を見せるルーカスさんと、仕方なく付き合っている様子のお兄様が、パッと見ただけでも分かるくらいに性格も何もかも真反対なのに、どうしてこんなにも親しげなのかという疑問が湧いてきつつ。


「……なるほど。……お役に立てたなら、良かった、です……?」


 と、戸惑いながらも声を出せば……。


「本来、謝罪をしっかりしなくちゃいけなくてお詫びの品を渡すのはこっちだっていうのに、疑問形で良かっただなんて言わなくても、十二分にお役に立ってくれてるよ、お姫様」


 と、苦笑しながら、ルーカスさんが私にそう言ってきた。


 それから……。


「待ってる間、少し時間があったからさぁ。殿下と一緒に、店内もちょっとだけウロウロしてたんだけど、これ今日のお土産だよ」


 と、言って、ルーカスさんが、綺麗に個包装されたお茶菓子の入った箱を私に差し出してきてくれた。

 その対応に、誰かからのお土産なんてもらったこともない私は、目を丸くしてびっくりしつつ。


「……おみやげ、ですか?」


 と、ルーカスさんに向かって声をかけると。


「そう。ここのカフェスペースで売ってたから、折角だし、食べて欲しくて買ってみたんだよ。

 ……あぁっ、言っておくけど、これについては、ちゃんと殿下も、お姫様にって、中のお菓子を選ぶのに付き合ってくれたし。

 何なら、俺達が今、ここで、同じものを食べてたから。味も、その他のことも含めて全部を保証するよ!

 今日、お姫様の大切な一日を、我が儘を言って俺に付き合わせてしまったお礼も兼ねて、良かったらみんなで食べてね」


 と、人好きのするような雰囲気でにこにことしながら、一切の気を遣わせないような言い方で、私とセオドアとアルに向かって声をかけてくれた。


 その姿に、本当に色々と手慣れていて、最後までスマートな人だなぁ……。


 と、思いながらも、「その他のことも含めて全部を保証する」ということは、ミュラトール伯爵に贈られた『クッキーの中に毒が入っていた事件』のことで過敏になって、わざわざ、言葉を選んで、安全は保証するから大丈夫だということを伝えてくれたのだろうか?


 そして、それよりも……、ルーカスさんが、今、口に出してくれている言葉が事実なんだとすると……。


 私からすると、本当にあり得ないことなんだけど。


 ――ウィリアムお兄様も、ルーカスさんと一緒になってこのお土産を選んでくれたんだろうか?


 ……全くその様子は想像も出来なかったんだけど、戸惑うようにお兄様に視線を向ければ。『余計なことを言うな』と言わんばかりに、ムッツリとした様子で、ルーカスさんに向かって視線を向けていて、私は思わず目を瞬かせながらも、それが、本当であるということを悟る。


「ありがとうございます、みんなで大事に食べますね……っ!」


 デザイナーさんとの遣り取りで、疲れた身体は『糖分』をもの凄く欲していて、甘いお菓子の匂いに釣られて、口元を緩ませながら、ふわりと自然に笑顔を浮かべれば。


 お兄様の冷たい金色の瞳が、どこか苛立ったような視線になりながら……。


「……そんな、安い菓子一つで喜ぶな」


 と、私からちょっとだけ目を逸らしたあとで、ぶっきらぼうに吐き捨てるようにそう言われてしまい。

 瞬間、何か、怒らせるようなことをしてしまっただろうか、と、自然に身体が強ばってしまう。


「解釈すると、ありがとうってお礼を言われてだけだから、気にするだけ無駄だよ、レディー」


 そうして、隣で補足するように、そう言ってくれたルーカスさんの言葉に、『そんなこと、あるのかな?』と、ぱちくりと、目を見開いて驚けば。


「……おい、勝手な解釈をするな。そんなことは一言も言っていないし、思ってもいない」


 と、抗議するように、お兄様の眉間の皺がいつもよりも深くなって、氷点下のような冷たい視線がルーカスさんの方を向いた。


「……まァ、俺は別にどっちでもいいけどねぇ、それならそれで」


「……いい加減にしろよ、ルーカスっ!」


「はいはい。……どうやら、思ってもいないし、言ってもいないらしいです、お姫様」


 ――本当、困った人だよなァ?


 と、苦い笑みを溢しながら同意を求めてくるかのように、私にそう言ってくるルーカスさんに、私は慌ててふるりと首を横に振った。


 まかり間違っても、兄のことを『困った人』だなんて言えるのは、この世にルーカスさんだけだと思う。


 あと、幾ら場を和ませようとしてくれたのだとしても、無表情がデフォルトで、苛立った様子のお兄様に向かって、『照れている』と、冗談を言えるのも……、それが許されるのは、きっと、ルーカスさんだけだろう。


「そっちの二人も凄く疲れてるみたいだし、侯爵家の良くない噂を払拭したいっていう俺の願いも、お姫様のお陰で無事に叶えてもらうことが来たから……。

 ありがとう、本当に助かったよっ!

 帰りは馬車を店の前に待たせておく手はずになってるから、安心してね、レディー。流石に、これ以上、注目を浴びる城下の街を必要以上に歩かせる訳にはいかないからさ」


 お兄様の嫌悪感が剥き出しになったような視線をすっぱりと、遮って、私に向かって、そう言ってくれたルーカスさんは、お兄様とは対照的ににこにこと笑顔を向けてくれたまま、そっと優しい仕草で私の手を取ったあと。


「……まァ、もう暫くしたら多分、また君の意思に関係なく、お目にかかることになると思うけどさ。

 そうじゃなくても、何かあったら、いつでも頼ってくるといいよ。

 うちの母親も、お姫様がジェルメールで考案しているデザインに心底惚れ込んでるし、我が家にはいつだって来てくれて構わないから」


 と、仰々しい仕草で芝居染みた雰囲気で、私の手の甲に口づけをして。


 ――そっと、その手を離してくれたんだけど。


 今、言われた一言が、今ひとつよく分からなくて、私は首を傾げながらも、素直に返事を返した。


「……? えっと、はい……ありがとうございます?」


 もしかしてだけど。


(お兄様の側近だから、皇宮にいることが多くて。

 私とも会う機会が必然的に増えるという意味なのかな……?)


 そう考えたら、色々としっくり来た。


 ……まぁ、私自身、今は必然的に、部屋に引きこもっている確率の方が高いから。


 本当に、皇宮で会うことになるかどうかは、さておいても、絶対に会わないとは言い切れないし、一応、此方に向かって、社交辞令でそう言ってくれたんだろう……。


 ルーカスさんにかけられた言葉の意味に内心で納得して、改めてもう一度、顔を上げて、ちゃんと目線を合わせてお礼を伝えれば。


「此方こそ、今日は付き合わせちゃってごめんね」と言いながら、ルーカスさんは、私達が馬車に乗って皇宮に帰るのを、律儀に最後まで、王都の街の中で手を振りながら見送ってくれた。



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