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第51話 お詫びの品



「……いらっしゃいませ、皇女様!

 この日が来るのを、数日前から首を長くしてお待ちしておりましたわ~っ!」


 入る前の建物の外観から見ても、ここがファッション関係のお店であることは一目瞭然で、私にも分かっていたんだけど。


   お店に入ると、中はルーカスさんが言っていたように、完全に貸し切りの状態になっていた。


 高級衣装店 オートクチュールらしく、店内は、洗練された雰囲気で、ディスプレーにもかなり拘っているみたいだった。


 パッと見た感じ、清楚系のドレスなどが特に多いお店のように思う。


 販売しているのは『洋服』だけじゃなくて、バッグや髪の装飾に使うヘアアクセサリーのリボンなどもそうだけど。


 トータルコーディネートとして、ドレスと一緒に置かれているものもあれば、壁をくり抜いたお洒落な棚の上に、色味や用途などに合わせて美しく飾られているものもあり、普通に店内を見て回るだけでも楽しい雰囲気が味わえるような作りになっていた。


 私が、店内の装飾に、あれこれと視線を巡らせていると……。


 働いているスタッフから、私達が来たということを知らされたのか。


 パタパタと急ぎめで、だけど王都の一等地にあるお店の主人だからか、優雅な感じで此方に駆け寄ってきて「皇女様なら、いつでも大歓迎ですわ~っ!」と、思いっきり嬉しそうな表情を浮かべながら、満面の笑みで私達のことを出迎えるように、挨拶してきたその人には、滅茶苦茶、見覚えがあって……。


「……え、っと……あのっ」


 と、思わず戸惑いながら……、『どういうことなのか』と、問いかけるように、ルーカスさんの方を見つめると。


「いやぁ、お姫様が来るって話したら喜んで貸し切りにしてくれてさぁっ。

 流石、今、この国の流行を作っていらっしゃる、レディーなだけあるなぁ!」


 と、私の戸惑いには気づいているだろうに、敢えて、その全てに目を瞑って見ないフリをして、にこにこしながら、調子よくおだててくるルーカスさんに、私はほんの少しだけ恨みがましい視線を向けた。


 ――年齢は、三十代くらい。


 女性にしては大柄で、すらっとした体型に、身体のラインが分かるようなタイトなマーメードのドレスを着こなしているその人は、エヴァンズ家の御茶会に行く際に私のドレスを作ってもらったり、ローラのお仕事着を作る時にもお世話になったデザイナーさんである。


 初めて会った時から、私のデザインした衣装をいたく気に入ってくれて『仕事上のパートナーになってほしいですわ~! 』と、ぐいぐいと契約を迫られて、その迫力に圧されて契約を交わしたら、私のデザインした衣装を世に広めてくれるようになった人でもあり、私にも凄く好意的に接してくれる人なんだけど。


 最近、私のデザインした洋服を販売してくれるようになってから、更に、お店としての認知度と人気が上がったみたいで、この間の御茶会に招待してくれた『エヴァンズ夫人』も好きだと口にしていたとはいえ。


 まさか、ルーカスさんに、このデザイナーさんのお店……、『ジェルメール』に、連れて来られることになるだなんて予想もしていなかったから、ビックリしてしまった。


「エヴァンズ家の不手際でもあるんだしっ。

 ただ、謝罪する訳にはいかないって言ったでしょ?

 ダメにしてしまったドレスのことも含めて、俺からのプレゼントだから、好きなドレスを存分に仕立てるといいよ。気に入ったら、何着でも買うといい」


「……あぁ……っ、それ、でっ」


 ――私のことを見ながら、今日はどんなドレスを仕立てましょうかっ……⁉


 とウキウキ気分で此方に向かって話しかけてくる、最早、顔馴染みと言ってもいいかもしれないくらいに見慣れてしまったデザイナーさんに、私はへらりと、笑みを溢し、困ったまま、ルーカスさんに視線を向けたあと。


(ルーカスさんはこう言ってくれているけど、誰かからのお詫びの品なんて、巻き戻し前の軸も含めて全く受け取ったこともないし、こういう場合は、一体どうすればいいんだろう?)


 と、この場で唯一、私の質問に答えることが出来るであろうお兄様に向かって、苦手意識が未だに払拭出来ないまま、ビクビクしながら、その反応を窺うように戸惑いの表情を向けると。


「……コイツは、このために、お前のことを誘ったようなものなんだし。

 エヴァンズ家からの正式なものだ、受け取れ」


 と、お兄様の口からも、エヴァンズ家からのお詫びの品を受け取るようにと言われてしまって、その言葉に、受け取る以外の選択肢がなくなってしまい……。


 それに関しては『凄く有り難いことだなぁ』とは思うんだけど、私は内心で困り果ててしまう。


 この感じだと、ルーカスさんもお兄様もお詫びの品が『一着』だけでは、完全に不足だと感じている様子だし。


 エヴァンズ家からのお詫びの品が『ドレス』だということを不満に思っている訳ではなくて、その逆というか、私のために何着もドレスを仕立ててもらうということ自体が、何だか申し訳ないなと感じてしまって、正直に言うと、お父様にお願いをして『皇族の予算』を使わせてもらっていた時のことが頭の中を過ってしまうというか。


 自分のドレスに関しては殆ど売ってしまって、今はそこまで、巻き戻し前の軸ほど、そういったものに執着すること自体がなくなってしまっているから……。


 エヴァンズ家のお金で「好きなだけドレスを作ってもいい」と言われても、自分のものになると贅沢をしているようで、どうしても二の足を踏んでしまう。


 他に良い方法はないかと思い悩みながら、ほんの少しの間、頭の中を巡らせて、色々と考えた結果、やっぱりどうやっても自分のものとなると、積極的になれず、あまり『どうしたい』とか、『こういうふうにしたい』と思うような要望も出てこずに。


 ……そこで、不意に、パッと閃いたことがあって、私はおずおずとルーカスさんに向かって、問いかけるように声をあげた。


「あ、あのっ、ルーカスさん……。その、絶対に、ドレスじゃないと、ダメですか?」


「……? 別にダメってことはないけど、ドレス以外に何かあるの?」


「はい。実は、アルの洋服と、セオドアの騎士用の正装が丁度欲しいなぁって思ってたところだったんです……っ!」


 もしも、エヴァンズ家からのお詫びの品が、私のものじゃなくてもいいならと……。


 以前からずっと、皇族の護衛騎士なのに、一般の騎士達と同じ隊服を着ていたセオドアの『騎士としての正装』を、きちんとしたものに整えることが出来たらいいなと思っていたし。


 アルも、精霊としての服装はずっと変わらないもので、着の身着のままになっていることがずっと気がかりだった。


 アル自身の精霊としての服装は、アルによく似合っているもので、特に違和感などもなく、何もせずとも『服』自体に浄化魔法がかけられていて、常に綺麗で清潔な状態が保たれるみたいだから、別に洗濯する必要すらないらしいのだけど。


 ずっと同じ服を着て、一着しか持っていないのも、周囲から見たら今後、変に思われるかもしれないし、基本的にお父様からは『自由にしてくれたらいい』と言われていて、アル自身が何にも縛られない身であるといえども、これから人間の社会に合わせて、私と一緒に社交界に出るようなことだって、可能性としては絶対にないとは言い切れない。


 だからこそ、折角だから、二人の服をこの機会に作れたら、それに超したことはないと思って、ルーカスさんにお願いするように声をかけたんだけど。


 妙案を思いついたとほくほくしている私を見て、ルーカスさんが、まるで理解が追いつかないとでも言うように、驚きに目を見開き、動揺したように私の目の前で目に見えて固まってしまった。


「……はぁっ? えっ? 冗談でしょっ!

 従者に服、買うのっ⁉ 今、最も予約が取れないって言われているジェルメールで、わざわざっ……⁉」


「……? だめでしょうか?」


「いや、ダメじゃないけどっ! ダメ、じゃないけどっ!」


「まぁっ! 本当ですかっ⁉ 嬉しいですわ~!

 メンズ用品にも、近々、手を出すつもりだったんですっ!

 皇女様、何か良い案がおありなんですのっ?」


 私の言葉に唖然としたルーカスさんが、私に向かって、私の提案が「本当に間違っていないか」と、確認するようにそう問いかけてくる傍らで……。


 キラキラと目の色を変え、「いつものように、素敵な案を期待していますっ!」と、俄然やる気になったのはデザイナーさんだった。


「さぁさぁ、そしたら、皇女様の気が変わらないうちに善は急げですわっ!

 以前から皇女様と遣り取りをさせてもらう度に、大注目して密かには気になっていたんですけれど。

 ……皇女様っ、このお二人は、どちらもモデルとしてはこれ以上にないほどに、完璧だと思いますのっ!

 騎士様は、服の上からでも分かる完璧な肉体美をお持ちだし、アルフレッド様は、まるで天使と見紛うほどに綺麗な造形でっ。

 ふむふむっ、これは、今からお洋服を作るのがたぎりますわねっ!」


 にこにこと満面の笑みを浮かべて、目に見えて張り切って、どこまでもウキウキした様子で。


「それじゃあ、早速、お二人のサイズを測らせてもらいますわねっ⁉」


 と、私の発言に、どこから持ってきたのか、スチャッと長さを測るための真白い紐を取りだしながら……。


 「さぁさ、お二人とも、試着室へ急げですわよ~!」


 と、二人に声をかけて、その背を押すようにして、セオドアとアルのことをぐいぐいと、この場から連れ去ろうとしているデザイナーさんに、私が二人の洋服を作りたいと言ったことで、急に自分達に話の矛先が向いてしまって、びっくりした表情を浮かべ。


 突然のことに対応出来ずに後ろ髪を引かれるような顔をして、『俺達の服を作るので本当にいいのか?』と視線を向けてくるセオドアとアルにこくりと頷き返して、その姿を見送れば。


「……お姫様が、心の底からそれでいいと思ってるなら止めはしないし。

 俺は別にどっちでもいいんだけど。

 ……本当に、従者に洋服を作るので良かったの?

 今後、社交界に出た時に、お姫様がジェルメールの新作のドレスを着ていたら、絶対に話題になるし。

 ドレスを作ってもらう方がいいんじゃないかと思うんだけど……」


 と、此方に向かって、そう言ってくるルーカスさんに、私は『それが、何よりも一番、有り難いと思っている』という自分の気持ちに嘘は吐かず、正直にこくりと頷き返した。


「はい、私自身、特に欲しいと思うものもありませんし。

 みんなに、何かをプレゼント出来ること自体が私にとっては何よりの贈り物なので。

 ……それに、自分用には、必要最低限、今あるもので何とかまかなえていますし。皇宮で働く人達の中でも、私がみんなのことを気にかけないと、誰も私の従者にまでは気を回してはくれないので」


 ……自分のためじゃなくて、誰かのために動いた時、喜んでくれる姿を見ると、心から嬉しくなってくる。


 そんな身近にある幸せさえも、巻き戻し前の軸の私は気づけなくて……。


 ――ずっと、取りこぼして生きてきた。


 ……あの日、第二皇子であるギゼルお兄様に刺し殺されてしまった時、独りぼっちだった私のことを、ローラが本当の意味で救ってくれたんだと思う。


 今回の軸で、ローラだけではなく、セオドアや、アル、それからロイといった『私のことを心から大事に想ってくれる』大切な人達に恵まれて、初めてそのことに気づくことが出来た。


 私の言葉に、ルーカスさんが、まるで奇妙な生き物でも見るような雰囲気で、驚いたようにその表情を変えたのが見えた。


「……宝石とか、洋服とか、噂じゃぁ、色々と執着してたって聞いてたんだけど?」


 そうして、訝しげに問いかけられたことに、私自身は『十六歳まで生きた時の経験』があるから、今、こう思えるけど……。


 どう考えても、世間で流れている『この頃の私』に全く良い噂などもなければ、癇癪が酷くて我が儘放題というイメージをつけられて、強いレッテルを貼られてしまっているから。


 周囲の人からは突然、性格が変わったようにも見えて『多分、凄く不思議に思われてしまっているんだろうなぁ……』と思いながら、私は心穏やかなまま、素直に、その言葉について肯定するように一度、こくりと頷き返した。


「……それは、事実ですね」


「急に何もかもが要らなくなったってのは、この間、御茶会の時に俺に全てが必要なくなったって言ってたのと、関係してる?」


「……はい」


 それから、はっきりとそう伝えれば、ルーカスさんはどこまでも興味深そうな視線を此方に向けたまま……。


「……この間も聞いたけど、それってどういう心境の変化なの?」


 と、更に詮索するように、私に質問を重ねてくる。


 その言葉を『嫌だ』と思うようなこともなく。


「……なら、その全てが必要なくなるでしょう?

 あっても、無駄なものにはお金をかけないことに決めたんです。いずれ、必要がなくなるのだとしたら、今だって絶対に必要のないものだから」


 と、わたしは口元を緩めながら、今の自分の考えについて、特に深い意味を持たせるようなこともせず、気軽に思ったことを、ぽんと、口に出してしまった。


「……っ!」


 瞬間……、私の一言に、目の前で驚きに目を見開いて、ルーカスさんが息を呑むのが見えた。


 それと同時に、隣で、ウィリアムお兄様も何も言わないけれど息を呑んだ音がした。


「……?」


 特別な意味合いなどは何もなく、質問にただ答えるつもりで出した言葉だったから、二人からそんな反応をされるだなんて思ってもなくて、私はこの場で首を傾げてしまう。


 ――気づかないうちに、また、何か変なことを言ってしまっただろうか?


 そっと、窺うように視線を向けてみたけれど、どうして二人が息を呑んだのかはよく分からなくて、私は困惑してしまう。


「……それは、確かにそうなんだろうけど。

 お姫様は、自殺願望でもあるのかっ? 突然、死を意識したような、ことっ」


「……ルーカスっ!」


 咎めるようなお兄様の一言に、ルーカスさんが何かを思い出したようにハッとして、まるで自分の言葉が失言だったとでもいうような感じで口を噤むのが見えた。


 そこで、初めて、二人が勘違いをしていることに気づいた私は、慌ててルーカスさんとお兄様に向かって、訂正するように声を出した。


「あ、違いますっ!

 今はちゃんと生きたいと思ってるし、自分の人生を諦めるつもりはありませんっ。

 ただ、いつ、何が起きるかなんて分かりませんし。出来るだけ身の回りは綺麗にしておきたいと思っただけで……。

 それに必要なものは、今、私の手元に、本当に充分すぎるくらいにあるから、特にこれ以上を望もうとも、思わないだけで……」


「……いや、そっか、そうだった。

 ごめんね、馬車でのこと……、あんな事件があったあとだってことを失念していたよ。

 今の一言は、完全に失言だった」


「……?」


 ――馬車での、あんな、事件……っ?


 それから続けて、突然、向けられたルーカスさんの謝罪に、一体、何のことを言われているのか分からず、私は、きょとんとしてしまった。


 直ぐには、それが何を指しているのか、思い当たらなかったんだけど。


 ……暫く考えて、ルーカスさんが『お母様と出かけた時に起きた誘拐事件』のことを言っているのだということに、私はようやく行き当たった。


「……あぁ、えっと……っ」


 自分の能力のことを話す訳にもいかない私は、その勘違いを違うとも言えずに、戸惑いながら、声をあげるしか出来なくて、そんな私に、ルーカスさんは、どこまでも、申し訳なさそうな表情をしてくる。


「……そりゃぁ、人生が変わるくらいのものだったろうしっ!

 無神経なことを言って、本当に申し訳なかった」


 ――確かに、人生が変わるくらいの経験だったとは自分でも思う。


 お母様が亡くなってしまったあの誘拐事件のことも、私にとっては一つのターニングポイントみたいなものだったから。


 巻き戻し前の軸も含めて、今でも、あの日のことは思い出す度に胸が苦しくなってくる。


 それでも、巻き戻し前の軸、あの事件で私は変わることが出来なかった。


 寧ろ、お母様が亡くなってしまったことで絶望にも近い感情を抱いて、精神が不安定になってしまい、お父様に愛情を求める気持ちが強くなって、悪い方向に進んでしまったのは自分でも自覚している。


 そうして、あの日のことが今も、私に大きな影響をもたらして、暗い影を落としているというのは、偽りようもない事実だった。


 ルーカスさんの、何とも言えないような心配そうな表情に……。


「大丈夫です。……その、本当に気にしてませんから」


 と、ふわりと微笑んで声をかければ、それっきり、ルーカスさんは何かを考え込むように黙りこんでしまった。


「……皇女様~っ!

 騎士様とアルフレッド様の二人のサイズを計り終えましたので、これからどういう洋服にするか、是非とも、アイディアを聞かせてもらえばと思うのですがっ!」


 そのあとで、お兄様も含め、私達の間でほんの少し気まずい雰囲気が流れ始めたのを、払拭するかのように、此方へと戻ってきて、明るい口調で声をかけてくれたデザイナーさんに、内心でホッとしながら、私は一も二もなく彼女に頷いて。


「直ぐに、行きます」


 と、声を上げて、ルーカスさんとウィリアムお兄様に背を向けた。




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