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第50話 デート


 結局、あれから、ルーカスさんに案内されて、馬車に乗り込んだ私は、お兄様と、ルーカスさんと、セオドアと、アルの四人に囲まれるという状況に、なんとも肩身の狭い思いをしながら、煉瓦で鋪装された城下の街を歩いていた。


 もう夏も終わりかけているというのに、地面を鋪装している煉瓦からは、まだまだ、太陽が反射し、じわじわとした熱が足の裏を通して伝わってくる。


 それでも、肌で感じることの出来る風は、段々と涼しくなってきており、茹【う】だるような暑さからは解放されて、心地の良い風が、街一帯を吹き抜けていた。


 綺麗に、区画整理された景観をなるべく崩さないようにと、洗練されたお洒落な雰囲気を漂わせつつ。

 けれど、あちこちで、屋根も含めて『建物を彩る』ような、カラフルなパステルカラーの街並みが、ここが、この国の首都であるということを、強調していた。


 ただ一歩、道を逸れるだけで、人通りが殆どない裏路地の中に、隠れ家のようなバーがあったり。


 反対に、大通りには『市場』などもあり、沢山の屋台が建ち並び、野菜や果物を売っているだけではなく、細々とした生活用品や、行商人がやって来て異国の商品を売っていたりと、どこまでも活気に満ちあふれている。


 そんな中、道行く人達が、あまりにも珍しい組み合わせにギョッとしたり、あるいは、ひそひそと、遠巻きに眺めながら、私達を見てくるのに。


 ――どうしようもなく居たたまれない気持ちになってきてしまった。


「……御覧になって。皇太子殿下ですわ」


「殿下が城下を歩かれているのは珍しいですね。隣にいらっしゃるのは、ルーカス様かしら?」


「……それよりも、あちらの少女ですわ。あの、鮮やかなほどの紅色の髪色は、どう見ても、皇女様ですわよねっ……?」


「公の場には滅多に出られることがないのに、珍しいこともあるんですのねっ! まさか、殿その仲を見せつけるように城下に出てこられるだなんてっ! お二人は不仲ではなかったんですの……っ⁉」


 今、私達がいる場所が、王都の街の中でも、高級衣装店オートクチュールや、レストランなど、貴族ご用達の高級ショップが、複数、建ち並んでいるエリアだからか、一目につくには本当に充分すぎるくらい充分で……。


「……殿下と皇女様が一緒に並んで歩かれているということは、最近急速に広まっている陛下の寵愛が、皇女様にも向かれているという噂は本当だったのかしら?」


「ボートン夫人が、皇女様関係で陛下を怒らして実刑を受けたという件でしょう? ただでさえ、皇女様への贈り物に毒が混入されていた件も広まっているというのに、この件で更に、テレーゼ様が皇后になられたことで、あれだけ、勢いづいていた魔女狩り信仰派の貴族が揃って失速してるとか」


「シッ! 声が大きいですわよ。でも、あの噂には、エヴァンズ家も関わっていると聞いていたけれど……」


「そちらは、どう考えてもデマでしょう。どう見ても、殿下とルーカス様とで、三人、仲睦まじいご様子で歩かれていらっしゃるもの」


 と、どこからともなく、彼方此方あちこちから聞こえてくる会話の内容に。


(……全部、丸聞こえなんだけど……)


 と、言いたい気持ちを、私は何とか堪【こら】えることにした。


 彼女達は自分達のヒソヒソ話が、私達にも届いていることに気づいていないのだろうか?


 話に夢中になっていて、次第に声が大きくなってしまうのは仕方がないのかもしれないけれど、せめて、もう少し、声のボリュームを下げてくれたなら、私の耳にも入らないのに。


 ……というか、世間では、お父様が私を寵愛しているということになっているの?


(それは、一体、どこの世界線の話なんだろう……)


 あと、お兄様とルーカスさんと、私で……。


 一体、どこをどう見たら、仲睦まじく見えるようなことになるのか。


 どう考えても、一緒に行くと言ってここまでついてきたにも関わらず、お兄様はさっきからずっと、むっつりした様子で黙り込んでしまっていて、一切、何も喋らないし。


 セオドアとアルは、お兄様とルーカスさんに警戒心を持ちながらも、なんとか私のことを思って、それを出さないように気をつけてくれているし。


 ルーカスさんは、そんな殺伐としている空間の中で、どうしてか、一人、滅茶苦茶楽しそうだし。


 それから……。


「もう暫くすればお店につきます、皇女様。それまで、もう少しの間、我慢してもらえれば……」


 ルーカスさんにそう言われてから、洗練された王都の街並みを幾つか通り過ぎ、貴族達が多くやって来て『買い物』をしているような、王都の中でも一等地だといってもいいくらいの場所を、みんなで歩いてどれくらい経っただろう。


 ここに来るまでちらほらと見えていた、露店でものを売っているようなところは、一切なくなり、きちんとした店舗型のお店が沢山建ち並んでいる通りまでやって来ると……。


 ルーカスさんに、『お手をどうぞ、お嬢さん』と声をかけられて、エスコートをするように手のひらを上に向けて差し出されたことで、私自身、その手を戸惑いながらも握ろうとすれば……。


「……ルーカス」


 私がその手を握る前に、まるで『それを許さない』と言わんばかりに、ストン、と、手刀が上から降ってきた。


 そのあと、パシン、と弾かれたルーカスさんの手のひらがそっと、重力に抗えずに下に落ちていく。


「……殿下、今日の目的、俺、さっきも伝えたよねぇ?

 皇女様と俺が仲良くすることに意味があるんだって……っ!」


「だからといって、手まで繋ぐ必要はない」


「……あらやだ、もしかして、殿下が俺と手を繋ぎたかったってことっ?

 それなら、遠慮なんかせずに、そうと言ってくれれば良かったのにっ!

 ほら、お手をどうぞっ、皇太子殿下殿?」


「殺すぞ」


 目の前で繰り広げられる二人の殺伐とした遣り取りに、未だ慣れず。


 ルーカスさんがお兄様のことをからかって、それにお兄様が眉を寄せるという状況は、普段通りのことなのかさえもよく分からないまま……。


 それでも、ルーカスさんのこの行動、一つ一つにウィリアムお兄様が不快そうにはしていても、『不敬』だと断じることもなく、ただ怒るだけに留めて許されているところを見るに、多分、日常なんだろうなぁ、とは思うんだけど。


 二人のその遣り取りに全く入っていけず、行き場所をなくした手のひらをどうすることも出来ないまま。


「あ、あのっ……」


 と、意を決して、口げんかのようなことをしている二人に向かって声をかければ、にこっと優しさをはらんだ柔らかな笑みを浮かべたルーカスさんの瞳が此方を向いた。


「ほらほら、殿下の悪意がある発言に、お姫様が戸惑ってしまってるよ?」


「……別に、戸惑う必要性など、どこにもないだろう」


 そのあとで、一応、私のことを気遣ってくれたのか、ルーカスさんのかけてくれた言葉に、お兄様がピシャリと間髪入れずに、にべもなく返事を返すのが聞こえてくる。


 その言葉に、とうとう、困り果ててしまっていた私を見て……。


「うむっ。誰かが、アリスと手を繋げばいいのだな。

 ……案ずることはない、それなら、僕がアリスと手を繋ごう」


 と、二人の間で、よく分からないアイコンタクトが行われている最中……。


 全く状況を読むことなく、アルがぎゅっと私の手を握ってくれた。


 その上、一歩、アルの方が早くに動いてくれるようになっただけで、セオドアも、今ここで自分の手を差し出そうとしてくれていたから、二人のその姿に、私が、心の底からジーンと嬉しい気持ちを感じていると。


「ほらっ! こうすれば、別に、お前達がアリスと手を繋ぐ必要など、どこにもないであろう?」


 と、ちょっとだけぷくっと頬を膨らませながら……。


 私と仲良しであることをアピールして見せつけるように、繋いでくれた手をブンブンと振って、お兄様相手でも、ルーカスさん相手でも、特に物怖じすることなく、はっきりとそう伝えてくれるアルに。


 虚を衝かれたような表情をしたルーカスさんが次いで、どこまでも愉快そうな顔色に変化したあと、口元を緩ませ。


「あーあ、お姫様、取られちゃったかぁ……」

 と、残念そうな口ぶりでありながら、全くそう感じられない抑揚のない声でそう言ってきたあと。


 楽しそうな視線を崩すことなく、私達の方を好奇心に溢れたような瞳で見つめてきた。


「アルフレッド君だったよね?

 俺、君にも滅茶苦茶、興味あるんだよなァ。

 確か、陛下の紹介で皇女様のお側につくようになったんだったっけ?」


 そうして、ルーカスさんから、そう声をかけられたことで、私は思わずドキリとしてしまった。


 精霊王だなんて、とてもじゃないけど秘密にしないといけないから、アルのことは、お父様とも相談した上で、『お父様の紹介』で、私の傍についてくれることになった男の子という設定になっていて。


 当初……。『人間は、本当に面倒な設定をつけたがるな』と、呆れたような雰囲気でそう言っていたけれど、今では、アル自身もその設定を受け入れてくれている。


 もしも、誰かに突っ込まれて詳しく聞かれてしまった場合のことも考えて、そのことを想定し、色々な質問に、ある程度ちゃんと受け答えが出来るようには練習済みだ。


「はい、お父様の紹介で」


「うむ。特殊な環境で育ったが故に、僕は、世俗せぞく……とやらに疎いのだ。

その代わり、知識はかなり豊富だぞ。特にお前達を敬う気もないが、この喋り方しか出来ぬのでな、ご愛敬という奴だ」


 私の発言に、アルが真実しか入っていない『自分の設定』を、補足するようにそう伝えてくれれば。


「……ふぅん?

 その喋り方を許容してるってことは、陛下がどこかから連れてきた秘蔵っ子っていう噂は本当みたいだね。まぁ、わざわざ、陛下が隠している訳だから、素性までは聞かないけどねぇ」


 と、ルーカスさんが、此方を見ながら、穏やかにそう言ってくる。


 万が一にも、私達が話さない限りは、その素性がバレてしまうことはあり得ないだろうけど。


 どこか見透かすような雰囲気にも見えるその瞳に、内心でハラハラしていたのを、悟られてはないと思うものの……。


 ――私は、無駄に、ドキドキしてしまった……。


 そんな私の心配を余所に、直ぐに、ルーカスさんの視線はアルから外れ。


「……そっちの騎士のお兄さんは、ノクスの民だよね?」


 と、今度は、警護をするように私の一歩後ろに立ってくれていたセオドアに視線を向けて、気さくな雰囲気で声をかけてくる。


「……あぁ」


 もしかしたら、ルーカスさん自身は、私達に満遍なく話を振ってくれるつもりで声をかけてくれたのかもしれないんだけど。


 突然話しかけられて、自分に話の矛先が向いたことに、視線だけルーカスさんの方へと向けたセオドアが、面倒くさそうに答えれば。


「……黒髪に、紅色のそのはよく目立つ。放浪の民でもあるノクスの民が、またなんでこんなところで、騎士なんか?」


 と、構うことなく、ルーカスさんが更に深掘りをするように質問してくる。


 その姿に、一度、はぁっとため息を溢したセオドアが……。


「別に。……ソイツは、答えなきゃいけない質問か?」


 と、自分のことについては、あまり触れて欲しくなさそうな雰囲気で、おざなりにそう答えると。


「……いや、単純に興味があってね。

 気を悪くしたんなら謝るけど。

 君ほどの腕前なら、その腕一本で傭兵とかでも充分、喰っていけるでしょ?

 異色の経歴なのは間違いないだろうからさ。

 わば、極端な話、覇者にだってなろうと思えばなれるのに、そんな人間が、| 《・》んのも、俺にとっては……」


 と、今の間に、セオドアに向かって、流暢に止まることなく喋り続けていたルーカスさんが口を開いたまま、そこで言葉を発するのをやめたのが見えた。


……っ?」


 ルーカスさんの言葉を受けて、まるで気分を害したと言わんばかりに、セオドアの紅色の瞳が静かに威圧感を持って、真っ直ぐにルーカスさんのことを射貫いていた。


「……おっと……っ。あー、怒らせたなら、本当にごめんね」


 セオドアの鋭いその瞳に、何か地雷でも踏んでしまったのかと、一瞬だけびくりと肩を震わせて怯んだあと、ルーカスさんが困ったような表情で謝罪してくるのが見える。


 その姿に、多分、悪気なんて欠片もないんだろうな、と思えるんだけど。


「ただ、その眼を持っているってことは、想像を絶するような過去があるってことに直結するでしょ? ソレを持ちながら、どういうふうに今まで生きてきたのか、純粋に君のことが気になっちゃってさ」


 と、弁明するように声をあげるルーカスさんに向かって。


「あ、あのっ……!」


 意を決して、遮るように声を上げた私に、全員の視線が一斉に此方へと向いた。


(……うぅ。不自然だったのは、自分でも自覚してたんだけど、それでも、今の遣り取りを止めるために声をかけずにはいられなかった)


 知り合ったばかりだし、「気になったから聞いた」のだというその言葉に、きっと嘘なんてなくて、ルーカスさん自体に、悪意とかはないんだと思う。


 でも、『過去』のことも、全て。


 消しきれない記憶と共に、こびりついて自分の中から、離れてくれなくて……。


 夜に、一人きり。


 ベッドの中で、思い出しては、冷や汗をかいて目覚めるような……。


 ――そんな、悪夢を私は知っている。


 それが、消せないほどの現実であり、自分の中のトラウマになっていることも。


 誰かにそのことを話すということは、その事実と否応なく向き合わなければいけないということだから……。


「……お店、まだ、着かないんでしょう、かっ?」


(馬車から降りて、結構、城下の街をみんなで歩いているはずなんだけど、まだ目的地には着かないのかな?)


 と、話題を変えるように出した私の一言に、ルーカスさんが先ほどの雰囲気とはまた打って変わって、からっとした笑顔を向けてきた。


 その表情は、どこまでも私の意図を酌んでくれたようなもので。


 ……それから先、ルーカスさんがさっきみたいに、セオドアに対して、好奇心から質問を繰り返してくるようなことはなく。


「そうだなぁ、もうちょっとのはずなんだけど……」


 と、のんびりと声をあげたルーカスさんは……。


「ああ、あった、あったっ。あそこだよ! 話に夢中で遅くなっちゃったけど、早速、入ろうか?」


 と、今の話をすっぱりと切り替えたように、カラフルな色合いの沢山のお店が建ち並んでいる一角に、そこにお店があることを知らせる丸いお洒落な看板がくっついている建物を指差して、私達に向かって声をかけてくれた。



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