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第47話 帰宅


 ……あれから、御茶会の会場に戻ったあと直ぐに、何が起こったのか全て分かっているように、侯爵夫人から、誠意が伝わるような態度で、丁寧に謝罪された。


 その隣には、私達を案内してくれていた侍女が硬い表情を浮かべながら、侯爵夫人と共にその頭を私に下げてくる。


 ……あの時、ルーカスさんが侍女に向かって何かを伝えていたのは、事の顛末てんまつで、そうして、彼女を通して、既に侯爵夫人にはそのことが伝わっていたのだろう。


 ……ということは、どこまでも、淡々とした兄に脅されて、洗面台の前で生気が抜けたような表情を浮かべていたあの夫人の方にも恐らく誰かが行っているのだと思う。


「本当に申し訳ありませんでした、皇女様。

 ……全ては、主催者である私の責任です」


 何度も頭を下げられて、夫人からはそう言われたけど、私はその言葉に首を横に振って、大丈夫であることを伝えた。


 ……でも、流石にもう、私自身は御茶会どころでは無くなってしまったので、お茶会が開かれている庭園に戻ることなく、ここで失礼させて頂く旨を伝えれば。


 「それは勿論、当然のことです」と言いながらも、そのあとも、御茶会の場で心配した表情をしながら、私のことを待ってくれていたであろう、ローラとセオドアと一緒に馬車に乗るまで、それは続き。


 最後には……。


「直接、謝罪の品をお持ちいたします。この度は本当に申し訳ありませんでした」


 と、夫人に言われて、それに対して、苦笑いをしながらも私は頷いたあと、道中、何があったのか、セオドアとローラに事の顛末を話さなければならず。


 私から話を聞いて、怒りに震える二人をなだめながら、やっとのことで、城へと戻った……。



***********************



「つ、つかれ、た……」


 帰ってから、直ぐにローラにお風呂に入れられた私は……。


 紅茶をかけられたことを聞いたローラに、念入りに身体に火傷の跡がないかと確認されたあとで、ぶくぶくと一日の疲れを癒やす間もなく。


 お風呂から上がり、ダメになってしまったドレスを尻目に、緩やかな部屋着に着替えたあと、自室に戻って、ベッドに、ぽすん、とはしたなく身を委ねた。


 帰ってきてから、ようやくつけた一息に……。


「あ、マント……。セオドアに返さない、と」


 お風呂に入る前に、ベッドに置いたセオドアのマントに丁度寝転んでしまったらしい。


 ふわり、とほのかに香ってくるいつものセオドアの匂いに、なんとなく安心感を覚えて。


 それを、ぎゅっと握れば……、急激に、眠気が襲ってくる……。


 ……慣れないことなんてするものじゃない。


 ただでさえ、御茶会の場で緊張しっぱなしだったのに、お兄様には遭遇するし、あんな事件があって自分でも気付かないうちに、神経が張り詰めていたのだろう。


(早く、まんと、返さない、と……)


(でも、あとちょっと、こうしててもいいかな……)


(でも、はやく、かえさないと)


 ――セオドアが、こま、る……っ。


 眠さがピークに達していて、ぽわぽわと、回らない頭の中でぼんやりと考えていれば……。


「アリス、聞いたぞ、大丈夫なのかっ」


 バンっ! と珍しくノックもなく、アルが私の部屋へと入ってきた。


 突然のことで、直ぐに対応出来ず、ビクっと自分の身体が思いっきり跳ねてしまう。


「……あ、あのねっ? ち、違うの、アルっ。……此れはっ、セオドアが傍に居てくれるみたいで、安心するなぁって、思った訳じゃ、っ」


「……? 何を言っているのだ?」


「……ううん、なんでもないっ!」


 しどろもどろに声をあげる私に、アルが不思議そうな表情をして此方を見てきて。


一気に何処かへと飛んでいってしまった眠気に、わたわたと、ベッドの上で上半身だけ起こして何でもないように取り繕えば、アルは不思議そうな表情のまま、その首を傾げた。


「……おい、アルフレッド、せめて扉はノックしてから入ってくれ。姫さんが困るだろう」


 そうして、少ししてからアルの後を追うように、入ってきたセオドアに私は心の底から安堵する。


(……よかった、普通だ)


 なんとなくだけど、無意識に恥ずかしい行動をやらかした自覚があったので、誰にも気付かれてなくてホッとした。


 それから、私は、握っていたマントをそっと持って、セオドアに返すためにベッドから降りた。


「セオドア、今日は、マントを貸してくれて本当にありがとう」


 私がマントをセオドアに手渡すと、それを受け取ったセオドアは、若干、眉を寄せて険しそうな表情を浮かべながらそれを見つめる。


 そのことに、『さっきのこと、実は見て見ぬふりをしてくれているだけだったらどうしよう?』 と、内心、びくびくしていたら……。


 セオドアは私を見ながら……。


「こんなことくらいで、俺に、礼なんざ言う必要ねぇよ」


 と、穏やかに私に向かって笑顔を向けたあと、ぽんと、頭を撫でてくれる。


(よかった。

 私の取り越し苦労だった……)


「それより、アリス……今日のこと、聞いたぞ」


 そのあと間髪入れずにアルにそう言われて、セオドアやローラの口から、もう既にアルにまで話が伝わっていたのかと、私は思わず苦笑してしまった。


 そうして……。


「……何を言われたのか大体想像がつくけど、そこまでのことじゃなかっ」


『……たよ』と、私が言い切るその前に……。


「そこまでのことじゃない、だと? 

 何を言っているのだっ?

 その髪のことや、血がどうのなど、巫山戯たことを引き合いに出してお前のことを貶した奴がいるのだろう?」


 と、アルが怒りに染まった表情で、私にそう声をかけてくる。


「……それは、……そうなん、だけど……」


 アルの言葉に何も言い返せなくて、私がそう言えば。


「……むぅ、セオドアもセオドアだぞ。お前、アリスについていながら何をやっていたのだ」


 と、アルがセオドアに向かって責めるように声をあげた。


 咎めるようなその一言に、セオドアが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていく。


「……ああ。その通りすぎて、返す言葉もねぇよ……っ。

 やっぱり、片時も姫さんから離れるべきじゃなかった……っ!」


 そうして、ぎりっと、唇を噛みしめながら、後悔したようにセオドアがそう言ってくれるのを聞いて、私は慌ててそれに首を振った。


「ううん、御茶会の場であんなことになるなんて、誰も予想できなかったことだから仕方がないよ。

 結果的には、なんともなってないから。……ね? そこまで心配しないで。……大丈夫だから」


「ありがとうと改めて二人に対してお礼を口にすれば、どこか呆れたような視線でアルが私に向かってため息をついてくる。

「……身体は、なんともないのだな?」


「うん、大丈夫」


「……僕は、全然、欠片もそれが大丈夫だとは思っていない。

 だが、お前がそう言うから仕方なく、僕が妥協していることをお前はもっと知るべきだぞ」


 そうして、アルらしい全く納得いってなさそうなその発言に、思わず私は吹き出してしまった。


 『これでも、かなり、譲歩しているのだぞっ!』と言わんばかりのアルのその発言には、優しさしか込められていないことが分かるから。


 笑顔で、ありがとう、と感謝を伝えれば、むぅ、と……。不機嫌そうな顔を隠しもしないアルは、けれどそれで引き下がってくれた。


「皇女様。レモンティーをお持ちしました。

 ……今日は大変だったとお聞きしましたので、ホッと一息つかれるのも良いかと」


 ……そこへ。


 タイミング良く、侍女のエリスが、扉をノックしてこちらへと入ってきてくれる。


 セオドアとアルと話していた私に一度、視線を向けてくれたあと「ここに置いておきますね」とエリスが、コトン、とテーブルの上にカップを置いてくれる、その瞬間。


「……ちょっと、まった」


「……っっ!」


 と、セオドアがエリスのその手首をガシッと掴んでいた。


(……? セオドア、?)


 ――普段、絶対そんなことをしないのに、一体、どうしたんだろう?


 私が、セオドアのその対応に一人、困惑している中、エリスも似た様に感じたのだろうか。


「えっと、何か……?」


 と、もの凄く驚いた様子で、反射的に、びくりと肩を震わせ……。


どこか、張り詰めたような緊張感を滲み出したあと、戸惑うようにセオドアに向けて、恐る恐るといった感じで声を溢すのが聞こえてきた。


「姫さんは、レモンより、ミルク派だ。……それに今日は、色々あって疲れてるから、侍女さん特製のミルクティーに替えて持ってきて貰うよう、伝えてきてくれねぇか?」


(何も言ったことがないのに、どうして私がローラ特製のミルクティーが好きなことをセオドアが知っているのだろう?)


 しかも、レモンよりも、ミルク派だということも知られてしまっている!


 自分が、子ども舌であることを恥ずかしく思っていたら、セオドアのその対応に、エリスの瞳が動揺した様子で怯えを滲ませ、びくりと揺らぐのが見えた。


 嗚呼……、ただでさえ、セオドアはセオドアのことをよく知らない人から、恐がられやすいからっ。


 私のことを思って言ってくれているのであろう、セオドアのその視線に怖がるようなエリスの表情を見ながら、勝手にはらはら、内心で心配しながら成り行きを見守りつつ……。


「セオドア、ありがとう。

 でも、今日はエリスが折角持ってきてくれたから、それを飲もうかな」


 と、私が声をあげれば、エリスは、困ったように、私を見て、そうしてセオドアに視線を向けたあと。


「いえっ、皇女様。

 ……私の配慮不足でした、直ぐにローラさんに聞いてミルクティーをお持ちします、ね」


 と、声をかけてくれる。


「……いや、俺が、話したいことがあるから、侍女さんに伝えてくれるだけでいい。紅茶を持ってきたついでに、俺も侍女さんと話せるし。あんたも、それなら、二度手間にならなくてすむだろう?」


 と、きっと、エリスの仕事のことも思って、言ってくれているのだろうけど……。


 如何せん、セオドアは、一見すると私以外の他の人に対しては、表情の変化があまりないせいもあって、勘違いされてしまいやすい。


 本当は、凄く優しい人なのだと、伝えられれば! と。


 どこまでも、もどかしい思いを抱えながらその様子を見守っていれば……。


「……承知しました、そのように」


 と、エリスは、強ばった表情を崩すことなく、少しだけ肩をふるふると震わせながら、そう言って頷いた。




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