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第44話 御茶会



 あれから、一週間ほど日にちが経って……。


 皇女としての立場上、どうしても行かなければいけないお茶会へ参加させて貰うのに、私はエヴァンズ侯爵邸へとやってきていた。


「お待ちしておりました、皇女様」


 ……王城ほどではないけれど、侯爵家の広い客間を通り、侍女から案内された庭園と向かえば、私の姿をその瞳に入れた瞬間、立ち上がって私のことを出迎えてくれた侯爵夫人に。


「本日は、お招き頂きありがとうございます」


 と、即席でカーテシーを作り上げ、挨拶をする。


 きっと、専属の庭師がいるのだろう。


 綺麗に整えられたその庭には、円卓のテーブルが用意されており、私以外の人間は既にそこに揃っていた。

 ……案内されて、一つだけ空いていた空席に座れば。


「……まぁっ。皇女様のところだけ、まるでお花が咲いたように可憐ですこと」


「そのドレスは見たことがないものですね。もしかして、そちらも皇女様がお作りに……?」


「皇女様が、今の社交界での流行を作っているとお聞きしてはいましたが、本当にその通りのようですね。

 ……一体、どうやったらそのような柔軟な発想が思い浮かばれるのですか?

 是非とも私にも詳しく聞かせて貰いたいです」


 と、答える間もなく、矢継ぎ早に夫人達から、声が降ってくる。


「皆様、皇女様にお会い出来て嬉しいのは分かりますが、あまりそう、矢継ぎ早にお話しされるものじゃありませんことよ。

 皇女様の年齢を今一度、お考え下さい。……どう言えばいいのか分からずに、困ってらっしゃるでしょう?」


 そうして、彼女達の言葉に、一人、どういう風に答えればいいのかと戸惑っていた所で、侯爵夫人が周囲の人達を窘めてくれるのが見えて内心でホッとした。


 貴族の笑顔と、を読み取ること自体、苦手な私は、あまり自分に自信がないけれど。


 彼女達が今、私にかけてくれた言葉に関しては、とりあえず、そのままちゃんと言葉通りの意味として褒めてくれているのだろうとは思う。


 ……というのも、ここに来る前、沢山の貴族から手紙と共にプレゼントが贈られてきたこともあって、一度、侯爵夫人に手紙の返事をする前に、事前にお父様に、侯爵家からのお誘いがあったので、行った方が良いのかと確認してみたら。


 『あそこは、子どもは息子しかいなかったはずだが?』と、最初は、難色を示されたのだけど、そうではなくて『夫人からのお誘いで……』と伝えたところ。


(……一体、エヴァンズ家は何を考えているんだ? お前一人で行くには年齢的なものがあるだろう? 

 ……私もお前について行こうか?)


 と、珍しく私のことを気にかけてくれた様子のお父様からそう言って貰えたものの、母親が一緒に来るのならまだしも、お父様が来ることなど向こう側も想定していないはずだし、しかも、お父様はそんなことをする暇もないくらい、普段から政務に追われていることもあって。


 ただでさえ仕事人間のお父様を、そんなことで振り回すことなど出来る訳もなく、やんわりと断れば、少し考えて、私が殆ど自分の身の回りのものを売ってしまっていたせいもあるのか。


(……新しくドレスを新調しなさい)


 と言われて、今日この日のために、またデザイナーを呼ぶことになってしまった。


 ローラにプレゼントを贈る時は、あれほどこだわった洋服作りも、自分の事になると途端に億劫な気持ちが勝って、何でも良いと伝えたんだけど。


(そんなことを仰らずに、是非、皇女様のアイデアをお聞かせくださいっ!)


 と、デザイナーさんから鼻息荒く言われて、私は、あまり派手にならない程度に、今日この日のために、ドレスを作らせて貰うことにした。


 巻き戻し前の軸の時はお母様が好きだったこともあって、お母様のことを真似て、派手な感じの衣装を身にまとっていることが多かったんだけど。


 自分にどんな服が似合うのかは、自分が一番よく分かってる。


 どちらかというのなら、派手派手しいドレスよりもシンプルで落ち着いた色合いのドレスの方が似合うことも……。


 そうして、巻き戻し前に幾つか流行ったデザインを組み合わせながら、オリジナルドレスを提案すれば、それまで、私の話を黙って聞いていたデザイナーさんは、暫くしてからもの凄く笑顔になったあと、前回と同様に……。


『皇女様っ、このデザイン案を是非とも、うちの店でまた取り扱ってもいいでしょうか?』と言ってきた。


 前回は、完全にローラに宛てたものだったから、侍女用のものを作ったのだけど、それが、格式の高いクラシカルなもので、シンプルな中にも気品や高級感を醸し出していることから、ドレスにも転用したところ、直接的な華やかさをあまり好まないような年齢層の高い貴族の夫人達から『主張しすぎずとも、大人な気品を出すことが出来る』と、爆発的な人気が出たみたいで……。


 完全に自分のオリジナルではない上に、給仕服から、ドレスに転用している辺り、どう考えてもこのデザイナーさんが優秀なだけで、私が褒められるようなものではないから、ちょっとだけ複雑な気持ちになりながらも、使うことは好きにしてくれたらいいので、それに了承すれば……。


(皇女様のその発想を無料で頂くのは創作者としては、やはり気が引けますので。

 前回の分とそして今回の分も合わせて、利益が出ましたら、その30%を皇女様にお支払いします!

 早速私と、契約書を交わしましょう。

 ……そうして、何かを思いついたら是非これからも、皇女様のそのデザインを私にお聞かせ下さい!)


 と、ぐいぐいと迫られてしまった。


 思わず、その迫力に耐えきれずにこくりと頷いた私は、ウキウキ気分で帰っていったデザイナーさんに、どっと疲れたんだけど。


「申し訳ありません、皇女様……。

 私達のような年齢の高い者よりも、同年代の方達とお話された方が皇女様も気楽でしょうし、本来ならばそういった席を用意するのがマナーだとは分かっては、いたのですが。

 ……それでも、最近飛ぶ鳥を落とす勢いで人気の新進気鋭と名高い、マダムジェルメールのお店で、皇女様考案のデザインが大人気になっていて、新しく作って貰うには予約すら取れないと、社交界では、今、もっぱらの噂でしたので。ここにいる皆が皇女様のお話を聞きたいと望んでいるのです」


 と、侯爵夫人に言われて、私は内心で安堵していた。


 ――自分の場違いさは、自分でも理解している。


 御茶会に誘われても、そもそも自分からどういう話題を話せばいいのか分からなかったし……。


 流石に、貴族同士の御茶会で、館までは従者を連れてくるのは許されてはいるものの、きちんとした席についたなら、従者とは離されてしまう。


(招待してくれた貴族のことを、信用していないことにも繋がりかねないから……)


 ――逆を言えば、それで何かトラブルがあったなら、主催者側に責があることになる。


 こういった御茶会はお互いに、ある程度の信頼関係があるのが前提のもと、成り立つものだ。


 だから、セオドアも、ローラも何かあった時のために、今は別の部屋で待機してくれていて、そのことに少し心細い気持ちになっていた。


 ここへ来るまでは、自分の髪色のこともあって、周囲から一体、どんな風な目で見られるのか不安で仕方がなかったけど、私の予想に反して、思いのほか好意的な視線が多くて、本当に良かった。


(まさか……。洋服のデザインがきっかけで、自分が御茶会に呼ばれるなんて思わなかったけど)


 デザイナーさんから直接、ローラの給仕服をドレスに転用して、それが社交界でも話題になって沢山の人達から人気になったと事前に聞いていなかったら、多分、今もあの、膨大なプレゼントの中の手紙に書かれていた内容の大半が理解出来ていなかっただろう。


「それなら、良かったです……」


 夫人達に囲まれた中で、一人、ホッと胸を撫で下ろす私に。


「それに、お会い出来て本当に良かったですわ。

 ……世間で言われているような方ではなく、お話してみると、皇女様がとても礼節を持って接することが出来る御方だということが、こうして分かりましたもの」


 と、侯爵夫人が、続けて私に声をかけてくれた。


 私の表に出ている情報は本当に全くと言っていいほどに碌なものがないから、多少、色眼鏡で見られることは覚悟していたけれど。


 それに対して、私はどこまでも苦い笑みを溢すしかない。


 ……十六歳まで生きてれば、流石にマナーも覚えられるようになる。


 巻き戻し前の軸、物覚えの悪い私が……。


(皇女様、違います!

 本当に何度言ったら分かるのですかっ! 

 同じ歳のころ、二人の皇子様はもう、全てを完璧にマスターされていましたよ?

 特に、第一皇子様の素晴らしさをもう少し見習って頂きたいものです!)


(あれだけ言ったのに、まだ、これだけしか出来ないのですか?

 はぁ……本当に、皇女様は、何をやっても不出来なのですね。

 ……ここまで教えて出来ないだなんて、やはり、どう考えても、血の問題が関係しているとしか思えません。

 二人の皇子様が皇族の証である金を持つ優秀な遺伝子であることに対して、あなたのその髪色ではねぇ……っ!)


 と、お兄様と比べられて、どれほどマナー講師から怒られたことか。


 多分、教える方も、そもそもが、嫌々だったのだと思う。


 何をしても当たりが強くて、出来ない度にドレスに隠れるところを鞭で打たれて。


 ――ぽろぽろ、泣いて、もう嫌だって、叫んで……。


 呆れたマナー講師が部屋から出ていったあと、それでも一生懸命、言われたことを繰り返して。


 でも、出来なくて……。その繰り返し。


 誰も見ていないところで、一人きり。


 何度も何度も、頑張った……。


 だけど、言われたことが出来るようになっても、周囲からしてみれば、それは当然のことであり、私はいつだって、二人の皇子と比べれば出来損ない。


(ここまで教えて、これだけしか覚えていない)


 と、周囲からは、いつだって、そんなレッテルを貼られてしまっていた。


 今の軸では、マナー講師は来ていないけど、それは別に特別なことじゃない。


 巻き戻し前の軸も誘拐事件が起こる前は、普通にマナー講師がついていたけど、お母様がああなってしまってから、暫く私には家庭教師と名の付く人はつかないように免除されていたのだと思う。


 多分、ロイが診断書に……。


(まずは身体を治すことが先決なので、皇女様には暫くはつけないように)


 とでも、書いてくれたんじゃないかと、今回の軸で初めてそのことに合点がいった。


 別に身体も、精神的なものも、特になんともないんだけど……。


 ローラも、ロイも、お母様のあの事件以降、私がもの凄く辛い思いをしたんじゃないか、と思っている節がある。


 巻き戻し前の軸の時は、確かにお母様が亡くなってすぐの情緒は安定していなかったけど。


 今は、それら全てが仕方がないと思っているし。


『私が私である以上』色々なことを受け入れることが出来ている。


「お褒め頂き、光栄です」


 何度も繰り返し、繰り返し、練習したことで。


 今ではすっかりと身についてしまった所作で、私は侯爵夫人に礼を言った。



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