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第43話 手紙と贈り物



 あの事件があったあと……。


(毒の入ったクッキーの件は、もっときちんと精査する必要がある)


 と、お父様が言ったことでこの件は完全に私の手を離れて、お父様に全てが委ねられていたことだったけど……。


 ミュラトール伯爵が断罪されたことは、あれから少し経ってから。


『今、そのことでかなり社交界では話題になっているようですよ』とローラから聞かされて知った。


「まさか、そんなことになってるなんて……」


 事情を聞いて、いつものようにみんなと過ごしている自室で困った様に声をあげた私に、アルが、後ろでフンっ、と小さく鼻を鳴らすのが聞こえてきた。


「お前のことを傷つけたんだ、当然の報いであろう?」


「でも、私……。クッキー、食べてないよ」


「食べたかどうかは問題じゃない。……誰がどう考えても、明確に悪意を持ってやったと推測出来るような悪質なやり方で、皇族である姫さんを狙ってやってんだ。

 当然それだけのことを仕出かしたなら、罰もきっちり受けないといけない。

 ……むしろ、今回のことで、皇帝がちゃんと動いてくれて俺は良かったと思ってる」


 ……アルも、セオドアも、私のことを思ってそう言ってくれるけど。


 (……一回、死んだことがあるからこそ、殺される時の苦しみは分かってしまうし)


 巻き戻し前の軸では、その罪が暴かれることもなかったから、多分、未来では普通に暮らしていたのだと、思うと……。


 どうしても、ミュラトール伯爵が悪いと分かっていても何となく割り切れなくて、落ち込む私に、ローラがミルクティーをカップにいれて持ってきてくれた。


「……あのっ……、皇女様、気分転換にお外でも行かれたらどうでしょう?」


 髪の毛が赤いことで皇族の恥だと思われている節があるから……、基本的に外出に関して禁止されている私は、砦に行く以外は、やっぱりこうして自分の部屋にいることの方が多くて、自然、従者の面々も私の部屋に集まってきてくれることが多いのだけど。


 新しく入ってくれた侍女のエリスは、そのことに全く慣れないのか、度々こうして、私を王宮の中庭にでも行ったらどうかと、積極的に誘ってくれたりする。


「……今日は、いいかな。ありがとう」


 有り難い申し出だけど、これで断るのは何度目になるだろう。


 ……今日はではなく、今日も、なのだ……。


 外といっても王宮の庭程度なら、私だって、いつでも行くことは出来る。


 だけど、その度に否応なく晒されてしまう悪意ある言葉の羅列は、聞いているだけで私の精神にかなり重く、ずっしりとのしかかってくる。


 あれから……。


 お父様や、ハーロックが私に対する態度を変えたことが伝わったのか、以前のように歩いてるだけで、あからさまに悪口を言われたりすることは減ったけど。


 それでも、まだ……。悪意に満ちた視線や言葉は完全には無くなっていない。


 それどころか、最近は何故か違う意味で好奇の視線を向けられることが多く、私を目にした瞬間に、ひそひそ、こそこそと内緒話をされてしまう率が、かなり高い。


(多分、何かしら、噂が独り歩きしているのだろうけど……)


 それが、どんなものなのか私に聞こえないように話されているせいで、気になるけど、面と向かって聞く訳にもいかないし。


 せめて、少しでも悪い噂じゃないといいなぁと、願うばかりだ。


 だから、どちらかというなら、精神的にちょっとしんどい日は部屋に籠もっていたい。


 元気な日なら、多少庭にでることもやぶさかではないのだけど。


「そうですか……」


 代わり映えのしない私の返答に、出不精な主人だな、とでも思われてしまっただろうか。


 決してそんなことは、きっと思っていても私には口にしないのだろうけど、困った様に俯いたエリスは……。


「……それよりっ、凄いプレゼントですよね。全部、皇女様宛てだなんてっ」


 と、それっきり、黙ってしまうのも良くないと思ったのか、話を続けようとしてくれて、急に口調を変えて私に話しかけてくれた。


 そのことに、気を遣わせるような感じになって申し訳ないなぁ、と思いながらも……。


 今、私を悩ませているもう一つの事象に、思わずため息が出そうになるのをなんとか堪えながら、彼女の発言に同意するよう、こくり、と頷き返した。


 なんとかして、私との会話の糸口を見つけようとしてくれている目の前の侍女に、実はこれも、ストレスの元凶なんだ……。


 ということは、流石に空気を読んで伝えるのが憚られてしまった。


「……御茶会のお誘いばかり」


 思わずため息と共に、げんなりとした言葉が溢れ落ちる。


 ――一体、どうして、こうなってしまったのだろう?


 お父様が皇族の検閲に対する見直しをしてくれたことで、それら全てがきちんと機能するようになったから、私の目の前にあるこのプレゼントや、メッセージカードは全て、ちゃんとした物には違いないとは思うんだけど……。


 貴族の人から贈られた、その溢れんばかりのプレゼントの山に、視線を向ければ『親愛なる皇女様へ』と、書き出し文はどれも似たり寄ったりだけど……。


 そのメッセージカードに書かれているものを、どれだけ目を凝らしてよく見ても……。


『是非一度、皇女様を私の開く茶会にお誘いしたいのです。皇女様が今の流行をお作りになられていると聞きましたので、その件を是非とも詳しく……』


『年頃の近い娘がおりまして、皇女様と仲良くなれるのではないかと存じます。皇女様のお側にいらっしゃるという、茶色の髪をした少年も是非紹介して頂ければと……』


『我が息子を是非に、皇女様と一度お目通りさせたく筆を執らせて頂きました。もしも、機会を与えて頂けるならば、この上ない喜びで……』


 ……など、など。


 どう考えてみても、今までの人生で、一度も目にしたことのないような、よく分からないものばかりなのだ。


(……こわい)


 ……これは、何かの暗号で。


 もしも火で炙ったら、透かし文字でも出てきてしまうのだろうか?


 私に贈られてくる、そのどれもが今までは、私の性格自体を直したい人か。


 なんとしてでも、私で良いから皇族とのパイプを作っておきたい人か。


 テレーゼ様を貶して、私を持ち上げてくる都合良く私を使いたい人か。


 ……この、三種類だったはずなのに。


(一番、この中で近いのは、私でいいから皇族とのパイプを作っておきたい人、になるだろうか)


 一つ、アルの素性を気にかけるようなものが入っているような気もしなくもないけど。


 メッセージカードも、贈り物も、これでもかとばかりに、十歳の子どもが喜びそうな物ばかり贈られてきていて、ただただ、困惑するしかない。


 その中には一切、食べ物類は入っていないところを見ると、ミュラトール伯爵のことが、社交界で話題になっているというのは本当なのだろう。


『エヴァンズ侯爵』


 そうしてその中の一つに、私でもその名を覚えている、爵位が上位である貴族の名前があったことも、億劫な思いに拍車をかけた。


 お父様ならこういう時……。


(上に立つ人間である以上、繋がりは持っておけ)


 と、言うだろう。……外に必要以上に出ることは望まれていない私でも、こういう貴族との繋がりを持つことは、一応、皇女としての役目に入っている。


 巻き戻し前の軸では、あまりそんなものに誘われたことすら無かったけど。


 少なくとも一つ、絶対に行かなくてはならなさそうな御茶会があることに、今から酷く憂鬱な気分になってきてしまう。


(それと、此方も……)


 他のプレゼントとは一線を画すような大きめのプレゼントには、一体どこに置けば良いのか全く分からないような、特大サイズのうさぎのぬいぐるみが入っていた。


 とりあえず、それを部屋の隅っこに置いてみたけど圧迫感と、存在感が凄い。


 そんなスケールの大きいプレゼントと一緒に入っていた手紙は、きちんとろうで封をされており、印璽いんじされているそのシンボルマークには見覚えがあった。


 ――公爵家のものだ。


 つまり、お母様の家……。


 手紙には、お祖父じいさまと思われる人から達筆すぎる字で、『一度でいいから、会いたい』というメッセージが届けられていた。


 ……長々と、時候の挨拶とかが書かれていたけれど、多分、要約したらそういうことなのだと思う。


 あまりにも硬すぎて、はっきり言って、私が年齢のまま、本当に十歳だったら、この文章の大半も読めなかったと思う。


 巻き戻し前の軸、一度も関わって来ることすらなかったのに、そんな人が今さら私に『会いたい』と言ってくる意味が分からなくて、こちらはこちらでもの凄く憂鬱になってしまう。


 ……既に、お母様が亡くなってしまってる分、余計に。


「……返事、書かないと」


 一通、一通返していたらキリがないんだけど、とりあえず、私の立場上、絶対に返さなければならない手紙は幾つかある。


 自室にぎゅうぎゅうに押し込められて、送られてきたプレゼントの山を見ていると、まだ開封していないものも沢山あって、一度我慢した、ため息が、自然に溢れ落ちた。


 こんなことをしても何もならないし、どうせ、今日だって外にも出る予定がなくて暇にしているのだから、と……。


 重い腰をそっと上げながら、諦めた私は、とりあえず返信が必要な物とそうでない物から順番に仕分けていくことにした。


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