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第41話 謝罪


 そうして、抵抗することもなく、あっという間に、どこかに連れて行かれてしまった三人を見送ったあと。


 皇帝の執事であるハーロックの視線が私の方へと向いたのを感じて私も彼に視線を向ける。


「……お嬢様っ、本当に、このたびは申し訳ありませんでした。どのような処罰でも受けるつもりです」


そうして、謝罪された一言に、私は苦笑する。


「……いいえ。必要がないので、大丈夫です」


 はっきりと声を出せば、目の前で目を見開いてその顔が驚きに染まるのが見えた。

『なぜ……?』と、在り在りと書かれているその表情に……。


「今回の件に限らず、私の話が信用されないことなど日常茶飯事です。

 ……それら、ひとつひとつに罰を下していたなら膨大な数になりますし、そもそも私自身、その全てを覚えていません。

 皇帝陛下であるお父様が、不正が行われていたことを認められ、適切な罰を当人にくだされたのならば、他の人など些細なことです。私自身、それ以上を求めるつもりもありません」


  と、言葉を返せば……、それ以上、ハーロックは何も言えないかのように黙り込んでしまった。


 そうして、何度か私を見てやっと口を開き……。


「……申し訳ありません。以前からそのようなことが行われていたことを、私は……」


 と、声を溢す。


 ……そうでしょう?


 ――知っていて、黙認していたのだ。


 そのことは、誰よりも私が一番良く分かっている。


 口を開いて私を見て、何かを言いよどむことを繰り返す目の前の執事に、前までならば、怒りの感情でもぶちまけてしまったかもしれない。


 ……でも、今は不思議とそんな気持ちも湧いてこなかった。


 それは単純に、私が私の事を見てくれる人達に出逢えたことの方が大きいのだと思う。


 ――だから、明確に線引きした。


 不要な物にいくら手を伸ばしても、それは時間をただ無駄に消費させることに他ならないと、気づくことが出来たから。


「ここまで、酷いとは思っていませんでしたか?」


「……っっ!」


『不正が行われていることまでは知らなかった』


『……我が儘や、癇癪で片付けて、まともに話を聞く気すら起きなかった』


 ――だからこそ、こんな風になっているとまで思っていなかった。


 私の質問に言いよどむ執事を見れば、それが図星であることを如実に表していた。


 以前の私に問題があったことは百も承知だ。


 ……伝え方だって、いつもいつも、間違えて……、でも、誰からも見向きもされなかったのは、それ以前の問題でもある。


 その根本の部分にあるものは、私が皇族の誰からも必要とされていなかったから……。


 本来なら、のだ、私は。


 仕える最大の主人が、何よりも私の事を見向きもしなかったから、それを見ていた彼ら主従が、私の事を思ってくれるはずもない。


 ――それでも、最期のその瞬間。


 その身を投げ打ってまで、私を思ってくれていた人が一人居る。


 ……今は、そういう人達がちょっとずつ、私の周囲に増えてくれている。


 それだけで、充分、今回の軸の私は幸せだと言えるだろう。


 だからこそ……。


(これ以上、他に望むものなんてない)


「……おじょう、さまっ」


 気付いたら、私を見てくるハーロックのその瞳が、揺らいでいた。


「……?」


 どうして、そんな表情をされているのかが分からなくて、首を傾げれば……。


「いえ、そうですね。……これだけ長い期間、お嬢様のことを見ようともせずに。

 一方的に決めつけで判断して、今更、罪を償って自分の身を軽くしたいがための許しを乞うなど、どこまでも、身勝手なことでした。

 許してほしいとは言いません。ですが、これからは、必ずや! 誠心誠意お仕えさせて頂きます」


 と、私の両手を取ってそう言ってくる。


「……アリス」


 そうして、その遣り取りを見ていた皇帝が……。


 コホン、と一つ咳払いをしたあとで、私に向かって声をあげてきた。


 ハーロックのその手が私から外れたあと、名前を呼ばれたことで、そちらへと視線を向ければ皇帝の表情が、珍しく強ばっているようにも見えて……。


「……ずっと長いこと、お前の置かれている状況を見てやれずにすまなかった」


 そうして、その口から飛び出した突然の謝罪に私は驚きすぎて、一瞬、本当に時が止まってしまった。


(お父様が私に、謝ってくるだなんて……)


 まさか、そんな風に言われる日が来るなんて、欠片も思っていなかったから。


 これは、都合のいい夢なのではないかと自分自身を疑ってしまう。


 信じられない物を見る気持ちで、お父様に視線を向けるけれど、真っ直ぐに私の事を見てくるその瞳からは、嘘を言っているようには見えなくて。


 もしかしたら、今回の軸では……。


 『愛』は無くとも、お父様とちょっとでも、歩み寄ることは出来るのかもしれない。


 能力のことやアルのことを差し引いても……、少なくとも、今、私の話を信じて聞いてくれるようになるまでは、ほんの少しでも信頼はされたのだろう。


「いいえ、お父様……。私の話を信じて下さりありがとうございます」


 ――上手く笑えていたかどうかは分からない。


 ……けれど、今回の軸……。


 私は初めて皇帝、お父様に、心から笑顔を向けられた気がした。


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