「……ご苦労だった」
一言、ねぎらいの言葉を執事にかけたあとで、その視線は私から外れ、やってきた人達全員に視線を向けてから『……なぜ、此処に呼ばれたか分かる者はいるか?』と、お父様が声をあげる。
突然の皇帝からの呼び出しに、困惑した様な表情をありありとその瞳に宿しながら彼らは次いで、皇帝の目の前に座っている私の存在を見つけたあと、ただただ、その瞳を、驚愕したように見開いた。
「……陛下、私達は、何もっ……」
そうして、逸らすように私から視線を背けたあと、一人、真ん中にいたリーダー格っぽい男の人が『何も知らない』と声をあげたのを皮切りに、それに乗じて周りにいた二人も……。
今自分が何故ここに、こうして呼ばれているのか。
思い当たる節は何も無く『訳が分からない』という事を、口々に皇帝に伝えていく。
「……もしかして、また皇女様が、宝石を盗まれたとか仰ったんですか?
私達は、何も関係ありません、陛下。
……皇女様がそのようなことを仰るのは日常茶飯事だったではありませんかっ」
そうして、その内の一人がそう言ったことで、一斉に、その場に居た人間の視線が私へと向いた。
急に話を振られて、全く関係のない所で自分に対して矛先が向けられたことに動揺しつつも、私が声を上げるよりも先。
その発言に対して皇帝が、私の前で酷く苛立ったように、トン、トン、と机の上を何度か指で叩くのが見えて、私は開きかけた口をそっと閉じた。
「……宝石が盗まれたなど、そんな報告、私には欠片も入ってきていないが?
日常茶飯事だったのか、ハーロック……?」
「……も、申し訳ありませんっ、陛下。
……その、っ、陛下のお心を乱す訳にいきませんでしたので。
このことは、侍女や、私の耳に入ることはあっても、決してっ」
そうして、静かに……、けれど苛立ちを隠す気もないのか、冷ややかな視線を執事に向ける皇帝に、その矛先が突然自分に向いたことに、慌てたように執事がしどろもどろになりながらも、頭を下げて謝罪し始める。
――まさか、クッキーの件で、違う不正が暴かれそうになるだなんて。
私も含め、きっと、誰もそんなこと予想も出来なかっただろう。
「アリスの言葉を、嘘だと断じた根拠は?」
「そ、それは……」
「そこまで言うからには、勿論、ちゃんと全て調べた上で嘘だと断じたのだろうな?」
「……い、えっ、侍女からの報告では、いつものお嬢様の癇癪だと……」
そうして、執事に対して、問い詰めるように質問を繰り返していた皇帝から『はぁ……っ』という深いため息が聞こえてきた。
……それに対してびくりと、身体を揺らす執事に、私の背後からも二人分、冷たい視線が執事と、男の人達に向いているのを背中越しに感じていれば、そんな私達の様子を見て、『いつもと違うことに』旗色が悪いと明確に悟ったのだろうか。
混乱した様子の三人はどこか、顔色を悪くして慌てたような素振りを見せてくる。
(そうだよね……、今までその一言で、ずっと上手くいってたんだから)
『自分達が盗んできた』にも関わらず、私の我が儘や癇癪を免罪符にしてきた彼らにとって、この状況はあまりにも予期せぬものだったに違いない。
さっきまで、意気揚々と『私の癇癪の所為』にしていた彼らのその口が今は閉じ、この状況に、墓穴を掘ったことに気付いたのだろうか?
発言した一人の顔面がみるみるうちに真っ青になっていく。
「……へ、陛下……そのっ、私達はっ」
「……何にせよ、ちょっと調べれば、簡単に足はつくであろうな。
売って、羽振りが良くなっていたなら尚更のこと、城下にある全ての店舗で、それらが売買された経歴を遡って調べることも可能だが?
それで……。盗ったのか? 盗っていないのか? どっちなんだ?」
「……も、申し訳ありませんっ、陛下っ」
強い威圧と共に、皇帝からそう聞かれて、たらり、と一筋、嫌な汗を流しながら、リーダー格の男が、隠し切れもせず、がばり、と頭を下げて謝罪する。
それを見て、もうどうしようもないと周囲にいた二人も悟ったのだろう。
「……お許し下さい、陛下っ! もう二度とそのようなことはいたしませんっ」
と、同様に平身低頭、皇帝へと謝罪と許しを乞うような言葉を繰り返している。
その姿に、不愉快そうな顔を隠しもせずに、執事へと視線を向けた皇帝は。
「ハーロック。
……この者達は罪を認めたが、その間、この状況を知っていながら、お前はみすみす、不正を見逃していたということになるな?」
と、追及することを全く緩めることもなく、その矛先を執事に変えて声を上げた。
「……申し訳ありません、陛下。
全ては私の不徳の致すところでございますっ」
そうして、ハーロックが頭を下げてそう言ったことで……。
傍から見ても、皇帝がどれほど怒っているのか伝わってくる。
(皇帝が、お父様が、ここまで怒るだなんて……)
『皇族の私財』が勝手に余所へ流れていたと知って、その逆鱗に触れてしまったのだろう。
その強い怒りに、別に今回、その件で呼ばれた訳でもないのに……、口を滑らせて、やぶ蛇をつつくようなことをしてしまった三人に哀れみの視線を向けながら私は、完全に発言する機会を失ってしまい、とりあえず、真面目な顔をしながら、口も挟むことなくこの成り行きを見守ることしか出来なかった。
「ということは、聞くまでもないな」
「……は、っ……? へ、陛下、それは一体どういう意味でしょうか?」
「皇族の私物を勝手に盗って、私腹を肥やしていた連中が……。
きちんと、検閲の仕事はしていましたなど、今更その口で言える訳もあるまい?
お前達を今日、ここに呼び出したのは他でもない。
皇女に贈られたプレゼントの中に毒が混入していたのだ。
……そのことに関して、何か、申し開きがあるなら言ってみよ」
そうして、皇帝が発した一言が、あまりにも予想外のことだったのか。
一気に目の前の三人がグッと息を呑みこんだのが見えた。
「……は、っ? え、? ……毒が、皇女様の、ぷれぜんと、に?」
「ち、違いますっ! 陛下っ!」
「……そっ、そうです……っ、それは、さすがに私達ではありませんっ!」
「……はぁ……っ、お前達の仕業かどうかなどそんなもの、今は些細なことに過ぎぬ。ここで問題になるのはお前達が仕事として、郵便物の検閲をきちんとしていたと言えるのか、否かだ。もしも一点の曇りもなく仕事に邁進していたというならば、ここで、私の目を見て正直に誓うといい。……嘘など断じてついていないことを」
「……それ、はっ……」
問いただすようなその質問に答えることが出来ず、そうして、それっきり黙ってしまった3人に皇帝の金の瞳がどこまでも無慈悲に冷酷に、向いた。
「皇族の私財を不正に横流ししていたことも有り得ぬことだが。
まともに、仕事すらしていなかったとはな。
どこまでも、馬鹿にしてくれたものだ。……この者達を引っ捕らえろ!」
皇帝の強い発言で、扉の前で待機していたであろう、騎士達が数人、此方に入ってきた。