皇帝から、執務室に案内されて入ったあと。
『かけなさい』と言われて、部屋の真ん中にあるローテーブルを挟むように置かれているソファに座るように促される。
「もしよければ、精霊王様もどうぞ」
私が座った後、アルに視線を向けた皇帝は、私と同じようにアルに椅子に座るよう促したんだけど。
「いや、僕はここでいい」
と、アルが断って、私の後ろにセオドアと一緒に立ってくれていた。
「……さて、本題に入ろうか」
私の対面に座った皇帝にそう言われて、私は緊張しながらもこくりと頷く。
……ただその前に、どうしても聞いておきたいことがあった。
「お父様、毒の話をする前に一点お聞きしてもいいですか?
どうして新しい侍女を私に?」
監視の意味合いも込められているのなら、新人ではなくある程度、そつなく色々とこなすことが出来る侍女を送ってきた方が効率が良いのでは?
という思いも込めて出した言葉だったんだけど……。
「ああ、それか。……お前に仕えていた侍女と騎士を遡って調べていくうちに分かったのだがな。現在、お前について仕事をしている侍女は一名のみで、他は待機しているだけで
と、真っ直ぐに私を見ながら、皇帝から返ってきた答えは予想の斜め上のものだった。
一体どうして、皇帝が私に仕えていた侍女も騎士もわざわざ、遡ってまで調べる必要があったのかは分からないけれど。
……今、皇帝は私の傍に居る人間のことを、正確に認識しているということになる。
(お前の大切な人間がどれほどいるのか。こっちは正確な情報で握っているんだぞ)
という、脅しなのだろうか。
そんなことをされなくても、使えと言われれば何かあったとき、能力を使用することは躊躇ったりしないのに……。
「それが、どうして私に侍女を送ることに繋がる、のですか?」
私の問いかけに皇帝は、難しい顔をしながら。
「碌に仕事もしない人間など必要ない。自分から率先として動くこともせず、待機だけしている人間は皆、揃って辞めさせることにした」
と、口にする。
そんなことになっていたなんて、夢にも思っていなかった私は、驚愕に目を見開いた。
「……そう、なのですか? えっと、ごめんなさい、知りませんでした」
「……これでも、他の仕事先を斡旋して便宜を図ってやるつもりだったのだがな。どうして自分の仕事も碌にしていなかったのか問いただしたところ、お前に呼ばれなかったからだと責任転嫁してきたから、全員、もれなく追い出す形で解雇にしたのだ」
……しかも、追い出すという形で解雇されていたなんてことも、今ここで初めて知った。
どうりで最近、その姿が全く見えない訳だ……。
ローラがいないときに、ベルを鳴らしたら仕方なしに来てくれる人達だったから……。
(私が呼ばなかったから、仕事をしなかった)
という、彼女達の発言は、あながち間違ってはいない。
確かにここ最近は、その影を見ることも無くなっていたけど、アルやセオドアなど、私の傍にいてくれる人はローラ以外にも増えていたから、彼女達を呼ぶ頻度も必然、減っていたし、職務放棄は日常茶飯事の事だったから、特にそれを可笑しいと思うことすらなかった。
例え役立たずの私であろうとも、皇族の威信が穢されたと思うと、皇帝としてその状況を見過ごす訳にもいかなかったのだろうか?
「……えっと、はい……。そうなんですね」
お父様が下したその決断に、躊躇いながらも返事を返せば……。
「そこでだ。
……人が減ったのを補填する目的もかねてお前に対して、何人か新しい侍女の候補を探していたところ。どこからその情報を聞きつけたのか、今朝、テレーゼの方からお前が一人で寂しい思いをしているのではないか? と言ってきてな」
と、続けて皇帝から降ってきた言葉は、更に、私の知らない間に、よく分からない状況になっていることを示すようなもので。
「テレーゼさまが?」
「ああ。
……アイツに付いていた侍女ならば、まだ新米で一番若いからお前との年齢差もそこまで大きくなく、お前が話しやすいのではないかと言われてな。
どうせ、侍女をお前に送ろうとは思っていたから、良い機会だと思ってその侍女をつけることにしたんだ。
……その、お前は複雑かもしれないが、あれはあれで、お前の事を気にかけているのだろう」
そうして降ってきた皇帝からのその発言に、私はテレーゼ様が関わっていたことを知りびっくりしたのと同時に。
(……テレーゼ様が、私の事を気にかけている?)
と、混乱する。
巻き戻し前の軸、テレーゼ様と私は、殆ど関わることすらなかった。
二番目の兄みたいに、直接私に対して憎悪を、悪感情を向けてくる訳でもなく。
一番目の兄みたいに、私の事を道ばたに落ちてる石ころみたいに興味を持たれない訳でもなく。
会えば、それなりに、当たり障りのない話をこちらに振ってきてくれてはいたと思う。
……だけど、私の記憶の中に悪い思い出しか無いのは、巻き戻し前の軸の時に、テレーゼ様に会えば、会うほどに自分の惨めさを実感するようで、その度に、私は誰からも必要とされていないのだと、まざまざと思い知らされるようで。
(拒絶反応が酷くて、どうしても、会う度に子どものような八つ当たりに近い思いが隠せなくて)
だからこそ、なるべく話をしたくなくて避けていたのだ。
顔を見合わせれば、あの方に、どうしようもない苛立ちをぶつけてしまいそうになるから。
――今思うと、その全てが本当に幼稚だったと思う。
「そうですか。……テレーゼ様が」
けれど、皇帝の話から、私に侍女が送られてきた理由に関してはこれで、納得することが出来た。
……ルールに厳しいこの人のことだ。
知ってしまったからには、皇族としての威信のために、下の者からの此方に対する態度を律っさざるを得なかったのだろう。
それと、テレーゼ様が、私のことを気にかけてくれた事に関しては、いまいちよく分からないけど……。
『皇后』になられたばかりで、その、立場上、私の事を完全に放置する訳にもいかなかったのかもしれない。
周囲の目はいつでもどこでも、関係なく
その胸中がどうであれ、私のことに関しても皇后として一応の目配りはしておかねばならない、という配慮なのかもしれない。
……それよりも、新しい侍女を付けた皇帝の目的が、特段、私の事を監視するという目的のためではなかったことが分かってほんの少しホッとする。
「本来ならば、複数人つけようと思っていたのだが。
……お前が病み上がりなことを考慮して。付ける侍女は一名からのみで段階を分けて、後々、増やしていけば良いのではないかと、テレーゼから進言されてな。
お前がもしも望むのならば、今すぐに他の人間もつけるが」
そうして、皇帝にそう言われて私は首を横に振った。
「いいえ、充分です、お父様。
気にかけて下さり、ありがとうございました。
テレーゼ様にも感謝していることをお伝え下さい」
「……そうか」
「それと、本題が遅くなってしまい申し訳ありません。クッキーのことなのですが」
「ああ、そうだな、そちらの話をしよう……」
それから、私が差し出したクッキーの缶を開けて……。
「この缶に入っているクッキーか。……中身を食べてはいないのだな?」
と、一つ手に取り、それをまじまじと眺めて暫く確認した後で、問いただすようにそう聞かれて私はこくりと、頷いた。
(見ただけでは、毒が入っているかどうかなんて分からない)
とでも、言いたげなその質問に。
「はい、食べる前に……。アルにも確認して貰ったので」
と、一度、アルに視線を向けてから……、もう一度皇帝に視線を向け直せば、難しい顔をしてから、手に持っていたクッキーを缶に戻したあと、皇帝はそれを机に置いて。
「誰から、贈られてきたんだ?」
と、真っ直ぐに私の瞳を見つめながら聞いてくる。
改めて、私の話は信じるに値するものだと思って貰えたのだろう。
そのことに、内心で安堵しながらも……。
「ミュラトール伯爵からです」
と
「……?」
「陛下、お待たせいたしましたっ。郵便物の検閲を担っていた者を全員お連れしました」
私がそれを疑問に思うよりも先に……。
今の今まで、席を外していたお父様の忠実な執事が、扉をノックしたあと、三人、男の人を引き連れて此方へ戻ってきた。