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第35話 侍女


 …年齢は一体どれくらいなのだろう? 


 まだ、十六歳くらいの成人したてと言った感じで、凄く若そうな雰囲気の突然の侍女の来訪に、一斉にその場にいるみんなの視線が私の方を向いた。


 けれどよく分かっていないのは、私もみんなと同じで……。


 状況が呑み込めず、困惑する私を見て、誰もが目の前の侍女に警戒の色を強めたままだったけど、このまま、ずっと。……こうしてお互いに見つめ合っている訳にもいかないだろう。


「……えっと、侍女は既に事足りていると思うんだけど、配属先を間違ってないかな?」


 できるだけ、優しい口調になるように心がけて、声をかけたつもりだったんだけど、私のその言葉に、目の前の侍女は『いいえ』と一度否定してから、首を数回横に振ったあと、顔を上げてどこか危機迫るような、決心したような、芯の強いそんな表情を私に見せてくる。


 その姿は『我が儘放題の皇女』というレッテルを貼られてしまっている私に意を決して仕えることを決めたようなそんな素振りで、この侍女が嘘を言っているようにはどうにも、見えなかった。


「……皇帝陛下から直々のご命令で、こちらに来させて頂きました」


 そうして、目の前の侍女から吐き出された言葉の意味を考えて、私は思考を巡らした。


「お父様が……?」


 けれど、どれだけ考えても『今更なぜ……?』いう考えにしか行き着かなくて。


「はい。

 今朝、朝食の席で皇族の皆様がお話をされているときに……。

 そのっ……。アリス様に仕えている侍女があまりにも少ないことを陛下が懸念されていらっしゃって。

 ……そこで、まだ新米という立場でありますが、テレーゼ様に付いていた私にこうして、アリス様に付くという、大変、光栄なお話が来たのです」


 そうして、侍女から説明された一言に、わざわざ皇帝が、『家族』がいる場でそんな発言をしたと知って、私は思わず頭が痛くなってきてしまった……。


(……私の事はいつだって、どうでもいいと放置していたはずなのに)


 知らない間に一体全体、どうしてそんなことになっているのだろうか?


 ただでさえ二番目の兄であるギゼルお兄様には、将来、殺したいほどの憎しみをもたれてしまうというのに、皇帝がわざわざ、朝食の席で私の話を出したということで、要らない火種がまた作られたようなそんな、気さえしてくる。


「……そのっ、申し訳ありません。

 突然決まった人事の異動でしたので。今朝、皇族の皆様方と一緒に朝食を摂られていなかったアリス様にはまだ伝わっていらっしゃらなかったのですね」


 それから、目の前の侍女に申し訳なさそうに困り顔をされて、私は小さくため息にも似た吐息を溢した。


 それに対してビクッと怯えたような表情を見せて、一気に身体を強ばらせる目の前の侍女に、自分の今の言動で彼女を不安がらせてしまったことに気付いた私は……。


『あなたには全然、文句なんて欠片もないんだよ』


 という意味も込めて……。


「突然そう言われて困ったのはあなたの方でしょう? わざわざ、伝えにきてくれて本当にありがとう」


 と、労うように言葉をかける。


「え……?」


 それに対して、彼女が私の言葉に戸惑うような声をあげたのが聞こえてきたけれど、私がため息をつきたい相手は他でもない、……皇帝の方だ。


国民からの人気も高いテレーゼ様の元に配属されていたという事実があるだけで、侍女としてはこの上ない誉れであり、名誉なことだろう。


 しかも、皇后のお付きの侍女という地位は、皇女である私に付くよりもずっと高いものだ。


 それを、わざわざ……、どうして、私なんかの為に、一人の侍女の未来を犠牲にするようなことをしたのだろうか。


(そういうことなら、せめて事前に言っておいてほしかったな)


 と、内心で思いながらも、私がいない間に決まってしまったものならば、基本的にもう、どうすることも出来ない。


 魔女として能力を持つことになって、精霊王であるアルと契約してから、お父様の私に対する対応が明らかに変わったような気がしていたのは、私の勘違いなんかじゃなかったのだろう。


(だからこそ、私のことを、監視したいという意味合いも強く含まれているのかも)


 そう思うと、ますます目の前の侍女のことが可哀想に思えてくる。


新米だと自分で言ってしまうからには、本当に皇宮で働くことになってそんなに日にちも経っていない新人のメイドなのだろう。


 それを、能力者である私の元につけて、監視の役目も背負わせるだなんて……、私の考えがもしも全て正しいのなら、それはあまりにも彼女では荷が重いんじゃないか、と思ってしまう。


 流石に目の前にいる侍女を可哀想に思いながら……。


「わざわざ、テレーゼ様の侍女を外されるだなんて。

 ……私以外の、他の皇族に付いた方が絶対に名誉なことなのに。

 あまり役には立たないかもしれないけど、それでもその待遇を私でも、お父様に掛け合うことくらいは出来るから。

 ……だからもしも、待遇に不満があるならいつでも言って。……ねっ?」


 と、声をかければ……。


 エリスと名乗ったその侍女は、私がそんな言葉を彼女にかけるとは夢にも思っていなかったのか、その一言に、びくりと肩を震わせて固まってしまった。


「……っ、私なんかには身に余るお言葉です。

 アリス様にお仕え出来るだけで、侍女としてはこの上なく幸せなことですから」


 きっと、嘘がつけない性格なんだろう……。


 あまりにも、ぎこちない表情のままそう言われて『嫌われ者の皇女』に仕えるだなんて嫌な気持ちになるのは当然だと。


 ……目の前の侍女の境遇に、同情した気持ちを抱きながらも。


 今まで私のために、ローラが一人でやっていた仕事の分量を考えると、新しい侍女が来たことは仕事が分散出来て良かったかもしれないと……。


 目の前の侍女には本当に申し訳なく思いながらも、私はちょっとだけ有り難いなぁという気持ちを持ってしまった。


 ……私自身、部屋からあまり出ないから、今まではそれでも何とかなっていたけれど。

 今後は、砦に行く機会も増えてくるだろうし、ローラの仕事量が軽減されるに越したことはないだろう。


 そうでなくとも、他の皇族と一緒にとらないようになってから、毎食の私の食事の準備など……。

 侍女の仕事の範疇を明らかに超えていることを、今の今まで、ローラの優しさに甘えて負担を強いていた事は自分でも自覚していた。


「私の身の回りのことは、此処にいるローラが全部こなしてくれているから。あなたは、ローラのことを助けるつもりでその仕事の補助をしてくれると嬉しい」


 私がエリスと名乗った彼女に対してそう伝えると、まだぎこちない表情を浮かべたままだった新しい侍女は私に『承知しました』といって、頷いてくれた。




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