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第34話 毒



 「しかも、巧妙なことにこの葉による毒は遅効性だ……」


 そうして、クッキーに入っている成分をしっかりと判別してくれたあとで、ぎりっ、と唇を噛みしめるアルに……。



「遅効性、ですか……?」


 と、ローラが、困惑しながら問いただすようにして質問したのが目に入ってくる。


「……っ。つぅことは、姫さんに毒の症状が出たとしても、直ぐにはそれが何の原因でそうなったのか分からなくさせる為、ってことだな?」


「うむ……。仮に別の食べ物を食べたあとに症状が発症したのならば真っ先にそちらが疑われるであろうな」


 それから、アルの説明で、直ぐに状況の判断をしてくれたセオドアの一言に、どこまでも苦い顔をして肯定するアルと、驚愕の表情を浮かべて『そんなっ……』と声をあげるローラに、私は一人、ここまで大事にするつもりじゃなかったのにと思いながら、あわあわと動揺してしまった。


「……オマケにコイツは誰もが知っている人気店のクッキーだ。

 まさか、そんなもんに、毒が入ってるとは思わないだろう。

 ……まず、疑われるのは、コイツ以外の別の食べ物になる……って訳か」


 ――あり得ないくらい、よく出来たシステムだな。


そうして、一体、どこから声を出しているんだろうっていうくらい、地を這うような低い声でセオドアがそう言って。


 普段穏やかな分だけ、みんなのそのやるせないような、憤った表情に、私は発言する機会を完全に逃してしまって、人形の様に固まる機械に成り果ててしまう。


 ――巻き戻し前の軸。


 私がこの毒で体調を崩した時も、このクッキーしか食べていなかったのにも関わらず、症状が出るのが遅かったのと……。


 ……あの時、私を診てくれた医者は苦しむ私を診ながらも『ただの、体調不良でしょう』という一言で片付けてしまった。


(これは絶対、だめな物を口にした)


 と、私本人が主張したにも関わらず……。


 ……あの時は、あまりのしんどさに、もう何も言う気にもなれなくて、ずっとベッドに伏せっていて腹痛と頭痛に苛まれながら、手足の力が抜けて青白くなったあと酷い吐き気を催して、体調が回復するのをじっと待つ事しか出来なかったけど。


 よくよく考えれば……。あの時、私の事を診てくれた医者は『ロイ』ではなかったから。


 ――もしかして、それは偶然じゃなかったんだろうか……?


(いや、流石に……考えすぎかな)


 そもそも送り主は『伯爵』だから、王城から離れている所に暮らしている伯爵が、城に勤務している者の休みの日を偶然知っている訳もないし、単なる嫌がらせにしては手が込みすぎているけれど、それでも、『致死量』を盛られていないだけ、明確な殺意があるよりはいい方なのかもしれない。


(……人の悪意には際限がない)


それは、気づかないうちに膨らみ、肥大化し、気付いた時にはもう遅く……。


 ちょっとの衝撃でも、簡単にパチンと割れてしまう。


 ――まるで、風船みたいに。


 巻き戻し前の軸、あれだけ兄に敵意や憎悪を向けられ、剣を突き立てられたあとでは、私はそれがどんな物なのか嫌ってくらいに身にみて解っている。


 ……そうでなくとも、何もしなくても嫌われていたというのに。


 巻き戻し前の軸では、お母様が死んだあと荒れに荒れていて、皇帝に手当たり次第、物をねだったり、どうにか此方を気にかけて貰えないかと、あの手この手で間違った関心の引き方をしていた。


 当然、それは周知の事実で、あの時は色々な人に疎まれていたことを記憶しているから。


 だから、毒も盛られたのかと思ったけど……。


 ……それにしては、相手の名前までは今も昔もろくに覚えられてなかったけど、『伯爵』から送られて、同じ手口というその共通点の多さから、恐らくだけど……。


 ――巻き戻し前の軸でも、今回の軸でも、同じ人間から、毒を盛られた。


 ということは、間違いないだろう。


 ……そうして、皇帝のこととは別に関係なく、単に、『なんとか伯爵』に、私自身が嫌われてしまっていた結果こうなっているのは間違いない。


(……特に、話したこともないような人なのに)


 ……こういうことがある度に。


 今、傍にいてくれる人が、みんな私のことを思ってくれる人達ばかりだから、ついつい忘れがちになってしまっているけれど、本来私に向けられるその視線のほとんどが『こういうもの』であることを改めて、認識させられる……。


 ――だけど、それも仕方が無いことなのだ。


 私という存在が、生まれた時から『無価値』であり、疎まれ、軽蔑され、その殆どから、必要などされていないということは、変えられない事実なのだから。


「それにしても、食べられる前によく気付かれましたね」


 ホッと安堵したように、ローラが私に向かってそう言ってくる。


 私は、それに対して、曖昧に頷くことしか出来なくて、そんな私の様子を見て、ローラが。


「もしかして、私が把握していないだけで、以前にもそのような事がっ⁉︎」


 と聞いてきたから、私は深く考えもせずにこくりと頷いて……、頷いてしまったあとで、ハッと気付く。


 ……確かに巻き戻し前の軸のことを『以前』とカウントしてくれるならそうだけど、どう考えても、それは以前には、含まれないだろう。


 つまり、『今の軸』私はまだ、毒が混入されている物を食べたことなんて、一度もないことになる。


 ……気付いた瞬間、サァっと血の気が引くような感覚がした。


「……あ、えっと、待ってっ! ちがうっ!

 そんなこと起きてないよっ!」


 そうして、直ぐに、慌てて首を横に振って否定したけど、私に向けられるローラの疑いの目があまりにも強く……。


 その視線に耐えかねて、そっと目線を横に逸らせば、ローラの表情が更に強ばるのが見えた。


(……あ、どうしよう? これ絶対に悪い方に勘違いさせてしまってるっ……)


 そう、思いながらも、なんとかしようと……。


「えっと、が……っ。その、怪しい、な、って思って」


 と、しどろもどろになりながらも、私が声をあげれば


「ミュラトール伯爵の名前すら、覚えられていないじゃないですかっ!」


 と、ド正論で返されて私はもう、何も言い返せなくなってしまった。


(うぅっ……。人の名前をなかなか覚えられない弊害がこんな所で仇になるとはっ……)


 ……だいたい、何なの? ミュラトール伯爵ってっ。


 なんで、そんなにも覚えにくい名前で贈ってくるのっ?


 ――もっと、他に覚えやすい名前が絶対に、あったはずっ!


 と、やっと覚えたミュラトール伯爵に、八つ当たりに近い気持ちを向けながら、ローラの言葉に反論も出来ずに肩を落とした私に、みんなからは気遣うような、労るような、心配の表情を向けられてしまった。


 一応 、みんなには『嫌な予感がして……』と、後付けのように毒に気づいた理由について説明したことで、それに関しては信じて貰えたとは思うんだけど、前にもそんなことがあったんじゃないか、という疑惑については、変な方向に勘違いされてしまったままの気がする。


 三人からの、善意しかないその視線に更にばつの悪さを感じてしまい、一人でなんとなく居心地の悪さを覚えていると……。


 ――不意に、コンコン、と私の部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


 突然のそのノックに条件反射のようにびくっ、と、身体が震えた私は、慌てて顔を上げて、扉の方に視線を向けた。


 ……普段、私の部屋の扉がノックされる状況があるとするならば、この部屋に既にいる三人が私の部屋に来る時だけだ。


 もしくは、お医者さんであるロイが私の様子を見に来てくれる時。


 いずれにせよ、そのノックが通常の物では無いことに、一気に私以外のこの場にいる全員の表情が硬くなるのが見えた。


 通常時だったら多分、そんなこともないと思うんだけど、如何せん、今は本当に……。


 ――毒入りのプレゼントが贈られてきたばかりだから。


 みんなが顔を強ばらせて、一気に張り詰めたような緊張感を走らせるのも、理解出来る。


 ローラが咄嗟に、さっきのクッキーの缶の蓋をしめてくれたあと、『姫さん、開けても大丈夫か?』と、同意を求めてきたセオドアの視線にお願いするよう、こくりと頷き返せば、セオドアが警戒の色を強めながら、いつでも、剣を抜けるように柄の部分に手をかけてその扉を開けてくれるのが見えた。


 がちゃり、という重たい扉が開く音がした後で……。


「あ、あのっ、初めまして、アリス様……。

 今日から、侍女を務めさせて貰う予定になっているエリスと申します」


 と、私達の前に現れたのは……。


 頭を下げて、こちらに挨拶してくる全く知らない侍女の姿だった。 



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