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第33話 贈り物



「アリス様、贈り物が届きましたよ」


「セオドアの鞘……?」


 あれから王城に帰ってきて、暫く経ってから、いつも通りの日常に、みんなと一緒に自室でまったりと過ごしていると、自室の扉を開けて入ってきてくれたローラから声がかかって私も声をあげた。


「ええ、そちらもなのですが、私の給仕服もです。

 ……早速、今日から着てみたのですがどうでしょうか?」


 そうして、ローラは、まるでお披露目するかのように、私に新しく届いた給仕服姿を見せてくれる。


 デザインは、これから先『流行る』であろうものをいち早く取り入れたものになっていて。


 このことを、デザイナーに伝えた時に、まるで天啓を得たとでも言わんばかりに驚かれて……。


(皇女様、どこでそのような知識を得られたのですかっ? これは絶対に流行りますっ!)


 と、大袈裟に褒められたんだけど……。


 なんていうことはない。……これは、ただの『ずる』なのだ。


 この先、どういう物が流行するのかを、私がいち早く知っているだけなのだから……。


 ……侍女という立場上、あまり派手なものには当然出来ないんだけど。


 ローラにだってお洒落を楽しんで貰いたいし、格式高いクラシカルなデザインの中でスカートの裾に刺繍を施していたり、レースをあしらったエプロンも含めて、私の巻き戻し前の軸の時の記憶をフル活用して、とにかく可愛く出来たと思う。


 やってきてくれたデザイナーさん曰く、『遊び心がふんだんに取り入れられている』らしい。


 その評価はちゃんとした私に対する評価ではなく、巻き戻し前の軸で流行を作ったどこかのデザイナーの良いところ取りをしているに過ぎないので、さておくとしても……。


 私のあげたリボンもその首に巻かれていて、色味も含めて想像通りの物が出来上がっていることに、思わず自分のことのように嬉しくて表情をほころばせる。


「喜んで貰えて良かった」


 と、弾んだ声をあげれば、ローラも……。


「私の為に本当にありがとうございました」


 と、本当に嬉しそうな表情で声をかけてくれる。


 そうして、出来上がったというセオドアの鞘を、セオドアがローラから受け取るのが見えた。

 こちらはこちらで、『赤と金の細工』が施されたその剣に合うような、シンプルだけど凄い格好いい鞘で。


 それだけでも、武器屋のおじさんが頑張ってデザインの案を鍛冶職人さんに伝えてくれたのであろうことが一目で見ても分かるような物に仕上がっていた。


 隊服に付けられた革製のソードベルトに、元々持っていた騎士団で使われていた剣と合わせて、今回おじさんから届けられた鞘に剣を収め、セオドアが、それを携帯するのをぼんやりと眺めていたら……。


「……それと、これは私では無くアリス様宛に」


 と、ローラが重たそうな箱を両手いっぱいに持って、私の部屋にいくつも運び込んでくれた。


 その様子を見て……。


(ああ、とうとう来たか……)


 と、私は苦笑しながら、ローラから運ばれてきた自室を圧迫する程の沢山の箱に視線を向ける。


 前の軸もお母様があんなことになってしまった後は、幾つもプレゼントと称して色々な物が届けられていたから、今回こうして私の元に贈り物が届けられることは前の軸の出来事をただ、なぞっているだけなんだけど。


(私が自分で取り寄せるものに関しては、たまにどこかの過程で、盗まれてしまうこともあったけど……。

 流石に、貴族 から贈られるプレゼントは、ピンはねとかもされることなく全部届いているみたい……)


 ……後々、何かの拍子でそれがバレたら困るからだろう。


 勿論、それら全てに送り主が書かれてあるのは当然のことだけど。


 そもそも、巻き戻し前の軸では覚える必要性がなかったものだったから、それがどこの誰でどういうことをしている人間なのかまでは、今こうしてプレゼントに書かれた送り主の名前を見ても全く覚えていない。


 ――でも、確実に一つ言えることがある


 それら全てが、決して私の為を思って贈られた物では無いということを……。


 その大半は、どれも似たり寄ったりで、母を亡くしたばかりの私を気遣う体【てい】を保ちつつ、何とかして私でもいいから、皇族と繋がりを持ち、関わりたいという人間。


 テレーゼ様のことを悪く言いつつ、私を持ち上げて。『一度でもいいから、皇女様にお会いして是非お話の機会をっ』と、熱烈な文章を書いてきて、私のことを傀儡にしたいような人間。


『これから先、皇女様がテレーゼ様のような淑女になられることを期待しています』というような、一言でも、何か私に言ってやらねば気が済まないと思っている善意に突き動かされた人間。


 そのどれもが、私の意思を尊重しようとする意味合いはなく、自分の欲望の押しつけであることを私は知っている。


 大体、三つくらいに分けられるこの人達の手紙を流し読みしながら、贈られたプレゼントの、その一つ一つ、リボンを解いて中を開けていく。


 それら全て……。


 包装を開けて贈られたものを見ていく中で、不意に箱の中に、この時期に、貴族の間で流行っているであろう王都のカフェのクッキーが入っている缶を見つけた。


「……これは、だれ、から?」


 問いかけるような私の一言に、ローラがそのプレゼントと一緒に入っていたカードに目を落とし、書かれた文字を読み上げてくれる。


「ミュラトール伯爵からですね」


「ローラ。……これは、捨てておいてくれる?」


「なんだ、アリス。……勿体ないな、食べずに捨てるのか?」


 私の一言に、驚いたように問いかけてきてくれたのはアルだった。


 私は、アルに向かってこくりと頷いてから、眉をへの字型にして困り顔になりながら、苦笑する。


「……うん。多分だけど、


 ……これだけは『巻き戻す前の軸』のことを、私でも明確に覚えていた。


 この中には、致死量とはほど遠いけれど、それでもれっきとした毒が混入されているはずだ。


 暫くそれで体調を崩してしまい、一週間ほどベッドから起き上がれなくて苦労した記憶がある。


 ――そういえば、これの所為で、このあとプレゼントと称して、渡された食べ物には手をつけなくなったんだっけ……。


「……?」


 不意に、一気に静かになってしまった室内に気付いて、『どうしたんだろう?』と、私は顔を上げた。


 特になんとも思わず、巻き戻し前の軸の時のことを覚えていたから、事実をただ口に出しただけだったんだけど。


 ……私の一言のせいで、それまで普段通りの表情を浮かべていたアルの顔つきが一気に緊張感を増して強ばるのが見えた。


 しかも、ローラとセオドアの表情もいつの間にか、険しいものに変わってしまっている。


「……アリス、それを僕に貸せ」


 そうしてアルが、私から缶ごとそれを受け取って中を開けたあと、クッキーを一つ手に取り、鼻先に持っていき、その匂いをかぐのが見えた。


「……っ、微量だが……。確かにアリスの言う通り、有毒な葉の香りがする。全部食べても、死ぬまでにはいかぬだろうが……っ。もしも、食べていたら大変なことになっていただろうっ」


 そうして、アルの棘のあるようなその一言に、セオドアが……。


「……分かるのか?」


 と、声をあげれば、アルはこくりと頷いて……l


「森に生えている植物はみな、僕達にとっては赤子のようなものだからな」

 と、説明してくれた。





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