あれから……。
「……一点ものだから、暫く
セオドアとの騎士の誓いが終わったあと、おもむろに「剣のサイズを測らせてくれ」と言ってきたおじさんが、困惑する私達に「剣って言ったら、鞘が必要だろう?」と言いながら、納得した様に頷く私達に全てを測り終えて、そう言ってくれた。
「ああ、助かる」
それに対して、セオドアが返事を返したあと、おじさんが……。
「鞘の納品はどこにすればいい?」
と聞いてきて……。私とセオドアは、咄嗟に何も答えられずに顔を見合わせてしまった。
「うむ、皇宮の皇女宛てで宜しく頼む」
そうして、私達が何と言えばいいか迷っている間に、私達の代わりに、はっきりとアルが返事を返してしまったのを見て。
一瞬だけ、悩んだあとで……。
(まぁ、でも別にそれでも困らないかな)
と、私は思い直す。
「はははっ、コイツは面白い冗談だ!
坊主、変なことを言うなぁっ? 皇女様宛だなんて、そんな……」
そうして、おじさんはアルの真っ当な一言を、冗談だと笑い飛ばそうとして……。
私達が無言なことに気付いたあと、アルを見て、セオドアを見て、そうして次いで、私と私の髪色に視線を向けたあと……。
『待てよ、姫さん……? ひめ、さんっ……?』と、俯いてブツブツと一人で何かを呟いたと思ったら、次いで真っ青な顔になって……。
「お、おいっ!
姫さんって、マジモンの姫さんかっ⁉︎
嘘だろっ、冗談だよな?
……なぁっ⁉︎ お、俺は……っ、皇女様になんつう口の利き方を……っ!」
と、ハッとしたような表情になってから、あまりにも今更だと思うんだけど、咄嗟に自分の口を慌てたように両手で押さえてしまった。
「あの、大丈夫です、気にしないで下さい」
「いや、嬢ちゃんっ!
っていうか、皇女様……これは、気にしないでいいレベルの話じゃねぇ……っ、ですよ」
そうして、なぜか変な敬語を喋りながら急にあたふたしたあとで、表情を強ばらせて一気にぎくしゃくし出すおじさんが可哀想になって、苦笑しつつ。
「ごめんなさい。急に言われてびっくりしちゃいましたよね?
でも、本当に、さっきまでの気軽な言葉遣いで大丈夫です。気兼ねなく話をして頂いた方が私も嬉しいですし」
と、声をあげれば、おじさんは「お、おう……っ」と声を溢しながら。
一度、前髪を後ろに向かってぐしゃりと掻きむしったあとで『嗚呼っ、もうっ、どうにでもなりやがれ!』と、半ば諦めたようにため息を溢した。
「……こんな一般人の店に、皇女様がくるだなんて予想もしていなかったから、悪いな。しかも、元々、俺が使ってたお古の剣を皇女様の専属の騎士に使って貰えるなんざ思いもしなかったからよ」
と、言いながら……。
ふと、何かに気づいたように、再び、はっ、とした表情をしたおじさんは、私に向かって慌てたように声をあげる。
「……皇女様が能力者だっつぅ話は、聞いたことなかったが、嬢ちゃんっ……」
『まさかっ!』とでも言わんばかりのその対応に、いよいよ申し訳なく思いながらも……。
「あ……、ごめんなさい。出来ればそれは内緒にしておいて貰えると嬉しいです」
と、困り顔をしながらそう伝えれば、今度こそおじさんは一瞬時が停止したように固まったあと。
「だよなぁ。……はぁ。なんつぅか一気にとんでもないもん、
と、がっくりとその肩を落としながら疲れたように声を出してくる。
その姿に、もう一度『ごめんなさい』と、精一杯の謝罪を伝えたあとで……。
「でも、私達はおかげで貴重な買い物が出来ました」
と心の底からそう思って口元を緩めながら、穏やかに声をかければ、『お役に立てたんなら、そりゃ、良かった』といいつつ、おじさんも私達に向かって笑いかけてくれた。
「それと、ごめんなさい。……さっきの鞘の件なのですが、皇女宛ではなく可能なら王城に仕える侍女のローラ宛に、変更して頂けますか?」
「あ? ……あ、ああ、そりゃあ、別に大丈夫だが……。一体どうしてそんなまどろっこしい事を?」
「その……、私宛になっていると、きちんと届かない場合があるんです」
おじさんの疑問に満ちたような問いかけに、苦笑しながらそう声を溢せば、おじさんは私の一言でそれがどういう意味を持っているのかが即座に理解してくれたのだと思う。
「……まさか、その髪色のせいで?」
「はい。……残念ながら、私は広く一般の人から皇女だとは認められていないので。取り寄せた荷物がちゃんと届かなかったり、変な物が入ってる荷物が紛れていたりすることも、よく起こるんです」
そうして溢した私の一言に、おじさんだけじゃなくセオドアやアルまでもがその場で息を呑む音がした。
「でも、仕える者へ宛てたものだったら、その辺りはきちんとされているので大丈夫ですよっ」
そんな様子に慌てて『私以外に宛てて頂ければ、ちゃんと届くので心配しないで下さい』と声に出せば。
おじさんは「そうか……」と小さく呟いたあと……。
「嬢ちゃん、いや、皇女様。これからもしも何か大変なことがあったりしたら、いつでもうちに訪ねて来な。
……話くらいしか、おじさん聞いてやれねぇけどよ。俺はいつだって皇女様の、あんたらの味方だ。
……だから、でも一人でも国民の中に皇女様を皇女様としてちゃんと認めている奴がいるって、頭の片隅にでもいい、覚えていてくれ」
と、おじさんは私に向かって優しい笑顔を向けてくる。
その言葉が、凄く温かくて、頼もしくて……。
「ありがとうございます」
と、ぱぁぁっと明るい笑顔を溢せば、おじさんは、私に向かって安心させるように頷いてくれた。