「……どういう意味だ?」
その意図が分からなくて眉を寄せながら質問をするセオドアを見ながら、一転、おじさんが穏やかに笑いかけてくる。
「代わりといっちゃぁ、何だが……。どうか、この剣を貰ってやってくんねぇか?」
そうして差し出されたのは、おじさんの奥さんとの思い出、形見とも呼べる魔法剣だった。
「……コイツは本来二人で一つの剣なんだ。
能力者で剣の扱いに長けた女剣士も、そりゃぁ、中にはいるだろうが……。
本来は護りたい者を持つ男のために、その対象である妻や恋人が使い手の無事を祈る願いをこめて初めて剣として成り立つもんだ。うちにある剣の中で、これほどあんたらに相応しい剣はないだろう」
「……でも、それは……おくさまの、っ」
突然の申し出に驚いて、慌てて出した私の一言に、おじさんがふるり、と力強くその首を横に振るのが目に入ってくる。
「いいんだ、嬢ちゃん。
ここにあっても見たとおり、何の輝きも持たねぇ……ただのなまくらよっ。
コイツだって本当はずっと、自分のことを使ってくれる主人を欲しがってたんだ。俺の妻のためにも。こんなところで、この剣の一生を終わらせないでやってくれねぇか?」
そうして、言われた一言に私とセオドアは顔を見合わせた。
「……その剣は、能力者の身体に負荷がかかるものなのか?」
それから、問うように吐き出されたセオドアの言葉に、おじさんもそれだけでセオドアが何を懸念しているのか分かったのだろう。
セオドアの問いかけに首をふるりと横に振って否定する。
「いや、大丈夫だ。
コイツは、能力を使用するんじゃなくて、祈りがこの剣に力を与えるからな。
……そこには明確な違いがある。ただ、祈る時に、能力者が、自発的に能力を使える状態じゃないと、この石に力が宿らないだけだ」
「……祈りってのは?」
「……能力者である嬢ちゃんが使い手であるお前さんの無事を、平穏を願うだけでいい。どんなことだって構わない。能力者が心から使い手のことを大切に思ってるその気持ちに反応する」
はっきりと出されたおじさんからの説明に、セオドアが『そうか』と、頷く。
そうして、思案するように少し考えたあと、困ったように私の方を見てくるセオドアに、私はこくりと頷き返した。
(……それならば、どこにも断る理由はないと思う)
なによりおじさんと奥さんの思いが詰まったこの大切にされてきた剣を、セオドアに使ってほしいと私自身が思っている。
おじさんからは『貰ってくれ』と言われたけれど、この人にとってこれは、奥さんの形見でもあり、何よりもかけがえのない大切なものに違いない。
そんな大事なものを、無償で譲り受ける訳にはいかなくて……。
「……正規の値段で買わせて下さい」
と、声に出した私の一言におじさんが驚いたような表情を見せた。
「いや、でも、嬢ちゃん、それは……。コイツは、新品じゃねぇしな……」
「この剣にはそれだけの価値があります。……奥様のためにも、お願い出来ませんか?」
そうして、私がそう声をあげれば、おじさんは頭を掻いたあと、やがて、観念したように『分かった』と頷いてくれた。
相場がどれくらいか分からないから、私にはなんとも言えないけど、それでもお金を払うときにセオドアが少し驚いたような表情をしていたから、私の意図は汲んでくれながらも、それでもかなり安く譲ってくれたのだと思う。
『ありがとうございます』とお礼を言ってから、渡された剣に視線を向ける。
私には手に余るほどのずっしりとしたその重たい剣を、落ちてしまわないように両手でぎゅっと抱えながら。
おじさんに促されてこくりと頷いたあと、身体の中にある力を解放するみたいに祈る。
(……この先、私にたとえ何があろうともセオドアが無事でありますように)
――セオドアが、ずっと、幸せでありますように。
その瞬間……。
ぴかっと目も開けられない程に一瞬強く発光した剣は、私が瞬きする間には、その形を変えていた。
思わず、重すぎてよろけた私の身体をセオドアが後ろから支えてくれる。
「……あかいろ」
そうして目の前の形を変えた剣を見て、無意識のうちに溢れた私の呟きを聞いて剣に視線を向けたおじさんが驚いたような表情を見せる。
「……っ、嬢ちゃん、一体どういう能力持ってやがるっ?
いや、祈りの力がそれだけ大きいのか?
これほどまでに、鮮やかな意匠が施された剣、初めて見たぞ……っ」
興奮したような、おじさんの言葉に、まじまじと自分が持つ剣に視線を向ければ。随所に金と赤の装飾がちりばめられたその剣の迫力に、思わず圧倒されそうになった。
(私の祈りが込められた、この剣をセオドアが使ってくれる)
――私の込めた祈りが大きくて、セオドアのために、こんな風に形を変えてくれたというのなら。
(少しでも、誰かのっ……セオドアの役に立てただろうか?)
そう思うと胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「セオドア……」
そうしてセオドアに視線を向ければ、私を後ろから支えてくれていたセオドアが剣を私から受け取ったあと……、そのまま私の前に出て、そっと、跪いて献上するように魔法剣を私に差し出してきた。
「……っ! セオドアっ、?」
その姿は、巻き戻し前の軸でも何回か目にして『形式的には知っている』ものだったからそれ自体に驚いた訳じゃ無い。
……でも私の為にいま、セオドアが『騎士の誓い』の儀式をしようとしていることに驚きを隠せなくて、どうしたらいいか分からずおろおろしてしまう。
慌てて、私なんかの為に「そんなことはしなくてもいい」 と、声を出したけれど。
ふわりと穏やかに私を真っ直ぐに見つめるセオドアの瞳に映るその意思はどこまでも硬く。
「姫さんが俺に剣を与えてくれたんだろう? じゃぁ、当然、主人としての責任は取ってくれるよな?」
と、言われて私は、反論できずに口を閉じた。
こういう時ばっかり口が上手くて太刀打ちできず、結局、言いくるめられてしまって肩を落とす私を見ながら……。
「……あんたら、マジで似たもの同士の主従だな」
と、おじさんが苦笑しながら呆れたように私達に向かってそう言ってくる。
その視線も、その言い草も、私達の関係を生暖かい目で見るようなもので、嫌な雰囲気は全くない。
私はセオドアから剣を受け取り、少しだけよろけながらも……。
両手でしっかりとその柄を持って、地面に両足をつけて真っ直ぐ立つと、セオドアに向かって剣の切っ先を向ける。
対してセオドアは私の瞳を真っ直ぐに見つめながら……。
まるで、壊れ物か、宝物でも扱うように……。
――その刃の先端に、そっと唇を落とす。
「生涯、姫さんだけの剣であることを誓う。だから、姫さんも俺の為に誓ってほしい。……生きることを決して諦めないと」
「……え?」
そうして、セオドアに言われた一言が想像もしていなかったことだったので、驚いて聞き返せば。
セオドアは真面目な表情を崩すこともなく。
「姫さんの生きる理由が必要なら、俺を理由にすればいい。
従者である俺よりも先に絶対に死なないでくれ。
……そのために、俺がいる。これから先も一生……。ちゃんと俺に姫さんのことを護らせてほしい」
と、私に向かって真剣に声を出してきた。
その言葉に咄嗟に声が出せなかった私は、戸惑いながらもこくりとセオドアに向かって頷き返す。
……そんな風に言われるなんて思ってもなかった。
でも、私がみんなを守りたいと思うようにセオドアも私の事をそんな風に思ってくれているんだということは、その姿から痛いほどに分かったから……。
(……まるで、諦めないでいいんだよって、言われているみたい)
――私の人生を、やり直しのこの人生を……。
セオドアと、一緒に……。
……みんなと一緒に歩いても許されるんだろうか。
普通の人生なんて手に入らないと思ってたのに、当たり前のように誰かが傍にいてくれる人生を私も手放さないで……。
「うん、約束する……。だから、セオドアも私とずっと一緒に生きてくれる?」
問いかけるようにセオドアにそう聞けば。
「姫さんが、望むなら幾らでも」
と、ふわりと笑いながら、セオドアから答えが返ってきた。