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第30話 武器屋



 「私の騎士につるぎを……」


 あまり歓迎されているとは言い難い店主の対応に、けれど臆することなく声をあげれば、隣でセオドアが驚きながら……。


「……おい、まさかと思うが、姫さん……。

 俺のためにそんな高いもん買うつもりじゃねぇだろうな? 俺は今あるもので全然っ!」


 と、慌てたように声をあげるのが聞こえてきて、私はセオドアに向かって笑顔をむける。


「いつもお世話になっているから。今日は、みんなに喜んで貰うための買い物なの」


「……ああ……っ。

 どうりでさっきから全然、自分の物買ってねぇと思った。

 けど、姫さん、流石にそれはやりすぎだろ? 俺はこの前も馬を……」


「あれは、お父様からセオドアに対してでしょう?

 そうじゃなくて。私が、私のお金を使ってみんなにプレゼントしたいの」


 未だ、納得出来ていなさそうなセオドアをなんとか説得させたくて声をあげれば、それでもセオドアは私の説明に、渋るように「けど……」と言ってくる……。


 けれど、そんな私達二人の遣り取りを見て……


「……おい、兄ちゃん。こんなにも可愛い主人が贈り物をしたいって言ってんだ。受け取ってやらなきゃ、男がすたるぜ。

 あんたら、どこぞのお貴族様か?

 姫さんってことは、その小さな女の子と、主従関係なんだろう?」


 と、突然、思わぬ所から援護射撃が降ってきた。


 急に声をかけられてびっくりしながらも、声のした方へ視線を向ければ、店主のおじさんが先ほどまでの態度とは一転、からかうような表情をしながら、私達たちの会話に横やりを入れてきてくれていた。


「はい、そうなんです」


 おじさんが作ってくれた、せっかくのこの機会に便乗して、私がここぞとばかりにこくりと頷いてその問いかけを肯定すれば。


「そりゃあ、また……。

 ノクスの民を従者にしてる人間なんて珍しいな」


 と、と楽しげな表情を見せながら店主のおじさんは私に向かって声を出した。


 ……その声色はノクスの民である、セオドアのことを嫌って避けるような悪いものではなく、単純に目で見た事実をありのまま伝えるような言葉で。


(何となくだけど、この人は信頼出来そうな気がする)


 そう思った私は、意を決しておじさんに向かって……。


「セオドアに合いそうな武器をいくつか紹介してほ欲しいんです」


 と、声をあげる。


 武器のことに関しては本当にその善し悪しも分からず、さっぱりな私は、出来ればセオドアが気に入ったものを購入したいと思ってる。


 ……だけど、私に遠慮してセオドアが『これでいい』と、安そうな物とかを敢えて私に伝えてくる前に、この人にはこちらの望む物をはっきりと先手を打って話しておくことにした。


「……オーケイ、分かったぜ、嬢ちゃん。ちょっと待ってな」


 そんな私の意図を正確にくみ取ってくれたのか、にこにこしながら……。


「剣だったら、幾つか良いのがあるぜっ!」


 と、おじさんは、裏の倉庫に入っていく。


 『表に出てるものじゃないのかな?』と思ったんだけど、裏から何本かおじさんが持ってきた剣は、どれも洗練されたようなデザインで、それだけで武器に詳しくない私でも格好いいと思えるようなものだった。


「兄ちゃん、見たところ、随分、身体絞って鍛えてやがるだろ?

 筋肉の付き方のバランスがいいのがその証拠だ。

 コイツらは、見た目よりもちいと重くて普通の人間なら扱いにくいが、ノクスの民の身体能力があったら、軽々と振り回せるだろうな」


 ――どういう要素で使うかにもよるが、この三本の剣はどれもお勧めだぜ。


 恐らくデザインだけではなく、機能性も抜群なのだろう。


 おじさんが説明しながら意気揚々と出してきた剣に、私がセオドアに剣を買うことを『買わなくていい』と言い張れずに、とうとう根負けしてくれたセオドアは、おじさんの勧めに従いその剣を確認するように一本ずつ手に取ってくれた。


「どれか、手に馴染むものはあるかい?」


「……ああ。どれも握りやすいし、いい剣だな……」


「……そうだろう? 俺の店にある中でも最高級の三本だからな」


 自信満々にセオドアにそう言ったおじさんが、セオドアとの会話の合間を縫って此方に視線を向けて片目でウインクしてくれる。


 その茶目っ気たっぷりな対応に『ありがとうございます』とぺこり、と頭を下げてお礼を伝えれば……。


「久しぶりに、武器の方から喜んで使われてくれそうな奴が来たんだ、俺も張り切るってものよ」


 と、凄く嬉しそうな表情をしながらおじさんがそう、私達たちに伝えてきてくれた。


 ――この人は、武器屋を営んでいるだけあって本当に武器が好きなんだろうな。


 そう思えるような対応にほっこりしていると……。


 ふ、と……、ここに来てからずっと黙っていたアルが、お店の隅に置いてある何の意匠も施されていないシンプルというにはあまりにも武骨そうな『鉄の塊』と言った感じの剣に視線を向けながら声を溢したのが聞こえてきた。


「店主、そこにある剣は、売り物じゃないのか?」


「……あ? あぁ、あれか。あれはな、……ただのなまくらだ」


 そうして、アルの言葉を聞いて視線を落とし、顔を伏せながら、おじさんが、まるで厄介物だと言わんばかりに吐き捨てるように声を出したのを聞いて。


「……なまくら?」


 と、おじさんの口から放たれたその言葉を復唱して、聞き返せば。


「あ、あぁ……」


 さっきまでのにこにこした態度から一転、急に口ごもったあとで……、少し、よそよそしい雰囲気を醸し出したおじさんが、駆け足気味にセオドアに声をかけてくる。


「いや、あれは、まぁなっ……。

 あぁ、ほら、そんなことよりどうするよ? 兄ちゃん、どれか一つに絞れたか?」


 その姿はまるで、私達たちの視線を、あの剣自体から逸らしたいと思っているみたいに不自然だった。


 その様子を見て『何かあるのかな?』とは、思ったけれど、言いたくないことなのだとしたら不躾に聞くのも失礼になるかもしれない。


 そう思っていたら……。


「……うむ、今は確かに何の輝きも無い鈍だな。だがアレは全盛期、それは相当に輝いていた一品だろう」


 と、アルが率直におじさんに向かって声を上げた。


 止める間もなく吐き出されたアルの真っ直ぐな一言に、もしかしてさっきの石を売っていたお店の人みたいに怒らせてしまうのではないかと、はらはらとしながらお店のおじさんを見たら。


「……っ!」


 私の予想に反しておじさんは、目を見開いて驚いたような表情をアルに見せたあとで……。


「分かるのか……、坊主っ……?」


 と、問うような言葉をアルに向ける。


 それに対して、アルがいつものように「『うむ』」と声を上げ、満足そうな表情をしながら頷き返したのが見えた。


「あれは魔法剣まほうけんであろう?

 ……珍しいが、それ故によく出来た代物だと一目で分かったぞ」


そうして、おじさんの反応を見ながら、楽しげに声をかけるアルに。


『……ああ』と、声を溢し、驚きの表情と、『価値の分かる人間に出逢えた』というような嬉しそうな表情を向けて。


「……アイツはな、俺が使っていた剣なんだ」


と、どこか遠くの方を見て、何かを懐かしむように苦笑しながらおじさんが声を上げるのが聞こえてくる。


『魔法剣』


 というものに、全く耳馴染みが無くて訳が分からないという顔をする私に、おじさんが苦笑しながら……。


「嬢ちゃんが分からなくて当然だ。

こういう類いの剣が出回ること自体、極稀だし。

 コイツは俺等みたいに武器屋を営んでる者でも知らねぇ奴の方が多い代物よ。

 ……この、剣の柄の部分に透明な石が埋まってるだろう? 

 魔法剣ってのはこの石の部分に魔法……祈りが込められて初めて、使用者にあった剣に形を変えるっていう一品だ」


 と、教えてくれる。


『祈り』だとか『魔法』という単語が出てきたことに驚いていると、私達たちを見ながら、おじさんが、困った様な表情を隠しもせずに……。


「すまないが……。

 コイツをうちの店に置いているっていうことは内緒にしておいてくれ」


 と、言ってくる。


 その言葉の意図が分からなくて、不思議に思いながら首を傾げる私に……。


「魔女。……いや、能力者絡みか?」


 ……と、眉を寄せたセオドアがおじさんの反応を見るかのように声を上げた。


「……っ」


 セオドアのその問いかけに、虚を衝かれたような顔をしたおじさんが、口を何度か開きかけて言いよどんだあと……。


 けれど、言わないでおくという選択肢もとれなかったのか、暫くして、観念したようにそっと頷き返してくれる。


「……俺の妻が、能力者でな。コイツは鍛冶職人だった妻の親父さんが作ってくれた剣なんだが、妻が御守り代わりにってんで、祈りを石にこめてくれて俺が使ってた大切な剣なんだ」


 それからまるで懐かしむように、どこか愛おしそうに、何かを思い出すようにしながらおじさんは、私達たちに自分の過去を話してくれる。


「……妻は、髪色が赤くて、能力を持ってる以外は、極普通の人間だった。

 明るくて、気さくで。髪色を染めて暮らすことで、村にも馴染んでて。……たまに俺が狩りに出りゃ、それを周囲にも振る舞って、平凡に暮らしてたつもりだ」


 そこまで、言ってから……。


 少しだけ言いよどみ、ギリっと唇を噛みしめたあと「『だが』」と声を溢したおじさんに嫌な予感が直ぐに頭の中を駆け巡った。


「ある日、妻が周囲に能力者だって事がバレちまってな。

 ……っ、そこから後は、口にするにも悲惨な末路よ。

 昨日までは、笑顔で普通に接してた村人のっ……その顔色が変わった瞬間を、俺は二度と忘れねぇっ!

 ……そうして、そのまま、妻は……っ」


 そうして、苦しげに吐き出された一言に、決して続かないその言葉の裏にある真相を知り、私は思わず息を呑んでしまった。


「俺は、何もしてやれなかった。いつも苦労ばっかりかけて……。

妻は俺と一緒にいた短いあいだ、幸せを感じられていたのかもっ……分からねぇ……っ!」


 後悔するように、吐き出された言葉のあと、それっきり何かを思い出すようにして黙ってしまったおじさんに、何て声をかけたら良いのか少しだけ迷ってから、けれど、私は意を決して話しかけた。


「……そう、だったんですね。ごめんなさい。言いたくないことを言わせてしまって」


「ああ、いや、嬢ちゃんのせいじゃねぇよ。

 ……それより、ありがとよ。

こんな湿っぽい話、聞かせた上に。魔女絡みの話なんざ、そもそも毛嫌いされるっつぅのに。

普通に聞いてくれるだけで俺にとっちゃぁ、有り難い話だ」


 きっと、本当にそう思ってるのだろう、その口から零れ落ちる感謝の言葉に、そんなことくらいしか出来ないことを歯がゆく感じながら私は、『気にしないで下さい』と声をあげ、ふるふると、首を横に振った。


 おじさんから過去の辛い話を聞いても、今の私にしてあげられることなんて、あまり多くはない。


(でも、私だからこそ出来ることもある)


「アル……」


 アルに向かってお願いするように声をあげれば、私の視線を受けて直ぐに心得たと言わんばかりに一つ頷いてから、アルが私の髪色を元に戻してくれた。


「……っ! ……嬢ちゃん、! その髪色っ……、まさかっ……?」


 目の前で、私の髪色が変わったことに驚くおじさんに向かって、『はい』と正直に真っ直ぐその瞳を見ながら頷けば、彼は更にその瞳を大きく見開いて。『どうし、て……』と声を上げる。


 そのまま、私は、混乱した表情を見せるおじさんの、その手をそっとぎゅっと握り……。


「……私も、奥様の気持ちがよく分かります。

 でも、私が奥様側だからこそ、生きづらくて、大変な思いをされてきた中で。

あなたのように自分の事を偏見の目で見ることなく大切にしてくれる存在は、確かな希望だったと思います。

 ……私が、今、そうであるように」


 と、しっかりとおじさんの瞳を見つめながらそう伝えたあと、ずっと傍についてくれているセオドアとアルに視線を向ける私に、驚いたような表情を見せていたおじさんは、それだけで、私が何を言いたいのかを理解してくれたのだろう。


 ――みるみるうちに、その目尻が下がり。


「……そう、かっ……、そう、かっ。

 誰かに、その姿を見せるだけで勇気がいるだろうにっ……。

 俺の為に、ありがとよ、嬢ちゃん。当事者である嬢ちゃんが、そんな風に言ってくれるだけでっ、それだけで、浮かばれたような気持ちになるっ!」


 と、ふわり、と泣きそうな声色で、嬉しそうに唇を緩ませてくれた。



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