「わー、見てっ。セオドア、アル……!
きらきらした石が売ってるよっ!」
この間皇帝からの許可をもぎ取ったことで、珍しく王都の街に繰り出して、路上に幾つも立ち並ぶ露店に目移りしながら、あちこちと視線をやれば……。
私の横でアルが……。
「
アリス、このくらいのものならば、泉にある魔石を僕がいくつかプレゼントしてやるのに」
と、呆れたように声を溢した。
アルから放たれた『魔法石』という不穏な単語に。
(詳しく聞いたら、やぶ蛇になりそうな気がするっ……)
と、聞かない、知らないフリを貫き通した私は、誰にも忖度しないアルの発言を聞いて、ほんの少し怒った様子でムッとした表情を見せるお店の主人に慌ててぺこり、と頭を下げてその場から立ち去ることにした。
「おい、アルフレッド……。
お前もっと嘘でもいいから褒めるような言葉とか出せねぇのかよ?
折角姫さんが見てたのに、色々と台無しすぎるだろ……っ!」
「……うん? 一体どうして僕がわざわざ嘘をつかねばならないのだ?」
「あぁ……、あー、分かった!
分かったからもう、
だけど、姫さんが店をゆっくり見てる間だけはせめて、ちょっと黙って突っ立っててくれ、な?」
「ありがとう、セオドア。
でも、大丈夫だよ……。
アルは正直な所がいい所だから……」
「……姫さん、甘やかしは良くないぜ?」
「うむ、よく分からぬが。僕も、セオドアに対して甘やかしは良くないと思うぞ、アリス」
「……お前のことだよっ!」
賑やかなアルの発言に、突っ込みを入れるセオドアを見ながら……、この二人……、全く血は繋がっていないはずなのに、こうしていると『まるで兄弟みたいだなぁ……』と暢気なことを考えつつ私は露店をゆっくりと見てまわる。
こうしてじっくりと色々なお店を何の気兼ねもせずに見てまわれるのは、アルが精霊の魔法を使って、私の髪色をこの世界でよくある茶色に変えてくれているからだった。
……フードで髪を隠すと言っても、前髪とかはどうしても隠せなくて出てしまう部分はある訳で。
自分の髪色がいつもの赤じゃないだけで、こんな風に誰からも注目を浴びることなく過ごせるのはそれだけで有り難いことだった。
「……なぁ、見ろよ。アレ、ノクスの民じゃないか?」
「うわっ、本当だ。何でこんな所にノクスの民がいるんだよ」
「あの、貴族っぽいお嬢さんの奴隷じゃね?」
「おいおい、公にゃ、この国での奴隷制度は禁止だろ?」
……ふと、賑やかな買い物客に紛れて、飛び交うように心ない言葉が聞こえてきた。
そのなんでもないように吐き出された無意識の、刃のような言葉の羅列に、私は一度、唇を噛みしめたあと、聞こえているだろうに反応さえ返すこともなく、何でも無いように立っているセオドアのその腕をひく。
「……姫さんっ?」
「このお店はもういいや……。他の所も見てまわりたいな」
髪色は変えられても、瞳の色までは無理だったらしく、城を出る前にセオドアは『俺は慣れてるから、これでいい』と言っていたけど
(でも……。やっぱりセオドアには、こんな悪意しか無い言葉の中に、いつまでも居てほしくない)
私だってきっと髪の色を隠さなければ、この心ない言葉に当てられていただろう。
セオドアの腕を引っ張って、私はさっきの人達からそっと離れるように舗装された煉瓦の上を歩いて行く。
……必要な物はほとんど買い揃えていたから、もうあまり露店自体に用がないのも本当だった。
ロイに人気だと書いてあった日持ちのするお菓子を、ローラには、お城に行商人をよんで専属の給仕服をプレゼントする予定になっているので、それに先駆けて給仕服につけられそうなリボンを。
ちなみに、アルに『ほしい物はある?』と聞いたら、アルは屋台で売られていた串付きのお肉を望んでいたので、それをプレゼントした。
精霊は基本的に人間が食べる食事は味覚として感じるだけで嗜好品みたいなものらしく、お腹に入ってもきちんとした栄養にも、ご飯にもならないらしいんだけど。
「腹の足しには全くならぬが、これは美味いな!」
と、すっかり気に入った様子で、何本か平らげてご満悦だったので、良かったと思う。
ついでに、手芸用品が販売されていた露店で、色とりどりの毛糸を見て目を輝かせてたから『精霊の子達にも……』と何個も購入したら、『うむ、子供達も物珍しい紐に、遊んだり、身体に巻いたりして大喜びであろう』と、凄く喜んでくれた。
……目的の大半は果たせたから、あとはセオドアだけだ。
ぎゅっと、その手を引いたまま歩き始めて暫く経つと、露店が立ち並ぶお店から、今度はちゃんとした店舗型のお店が建ち並ぶエリアに移動する。
そうして……、そこで、きょろきょろと周囲を見渡せば……。
武器屋っぽい、剣と盾の絵が書かれている看板を見つけて、私はセオドアを引き連れてそこへ入ることにした。
「いらっしゃい。……っ、こりゃまた、随分と可愛らしいお嬢さんが、ここに何のご用で?」
扉を開ければ、来客を知らせるベルが、カランコロン、と鳴って……。
店主がカウンター越しに此方に視線を向けて声を上げたあと、私の姿を見て物珍しい買い物客に、冷やかしだとでも思われてしまったのか少しだけ眉を顰めるのが見えた。