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第27話 兄との遭遇


 そうして……。皇帝の執務室から出たあと。


「姫さん、っ、さっきのあれはっ」


 と、宮の廊下を歩きながら、セオドアが私に向かって慌てたようにそう声をかけてくれたのに対し、私は口を尖らせる。


「元々貰う権利があるのに、私に付いているばっかりに貰えないなんて不公平だよ」


 そのあと、きちんとした権利があることだから何も気にすることはないと言う意味合いを含ませて声を上げれば、何度か何か言おうと口を開きかけたあと、セオドアが……。


「……だからって、姫さんが力を使えるようになった褒美を俺にする必要なんてどこにも……っ」


 と、声をかけてくれた。


「ううん。

 私は私のご褒美をお父様からちゃんと貰ったし、

 ……何より私がセオドアに貰ってほしかったの。だから遠慮せずに受け取ってほしい」


「……っ、」


 そう言えば、セオドアはそれ以上反論の言葉を重ねることはなく何度か迷う素振りを見せたあと、それでも最後には「分かった」と、了承したように頷いてくれた。


 その姿に安堵していると……。


 前方から二番目の兄である、ギゼルお兄様が此方に向かって歩いてくるのが見えた。


(何か、皇帝に用でもあるのだろうか?)


 だとしたら、私の方が先に皇帝に用件を聞いて貰えたということになる。


 ――それは、可笑しい。


 もしかして、朝はギゼルお兄様の予定が入っていたのだろうか?


 ……だからこうして、私より後に皇帝の所へ?


 そう思いながらも、目の前にいる兄は当然、私のことを嫌っているはずだし、必要以上に目を合わせないようにして、言葉を交わすことなどなくその横を通り過ぎようとしたんだけど。


 その瞬間……。


「……っ!」


 パッといきなり手首を掴まれて、驚きに目を見開いていると……。


 後ろで、カチャリ、とセオドアが剣の柄の部分に手をかける音がした。


 ……私は、お兄様に視線を向けるより先に、セオドアの方を振り返って視線を交わす。


(だいじょうぶ……)


 安心して貰えるように、そう目線で告げれば、セオドアの手がゆっくりと剣から離れていく。


 そのことを見届けてから、もう一度、ギゼルお兄様に視線を向け直すと、幸いお兄様はセオドアの咄嗟の対応には気付いていなかったらしく一先ずは、その様子にホッと安堵したものの。


「……父上にどうやって取り入ったんだっ?」


 ……代わりにどこまでも低い声と、鋭い目つきでガンを飛ばすかのようにそう言われて、私は内心で疑問符を浮かべながらも努めて冷静に声を溢した。


「……どういう意味でしょうか?」


 思い当たるような節もなく、本気で何を言っているのか分からなくて、混乱する私に。


「とぼけるなよっ!

 ……古の森の砦は、ウィリアム兄さんのものだったのにっ、お前が我が儘を言って横取りしたんだろうっ⁉︎」


 と、吠えるように吐き出された言葉に、今度は私の横にいたアルが眉間の皺を深くして険しい表情になってしまった。


(……古の森は、貴様等、人間のものではないぞ)


 そうして、アルの瞳に在り在りと浮かんだ巫山戯【ふざけ】るなという怒りの表情に、私はどうしようか考えあぐねて小さくため息を溢した。


 その……、私のため息が、お気に召さなかったのだろう……。


「……っ! なんなんだよ、その態度はっ」


 と、更に火に油を注いでしまって、ギゼルお兄様を怒らせてしまったことに、『厄介な事になっちゃったなぁ……』と、私は唇をきゅっと噛みしめる。


(……貴様が、な……っ!)


 ……険しい表情を浮かべながら、視線だけで隣でそう訴えかけるのを出来るだけやめてほしい。

 なんとか、憤慨するアルに視線を向けて少しだけ我慢してほしい旨を伝えれば、アルの怒りは私を見てから、その矛を収めるようにしぼんでくれた。


「お兄様……。

 何を勘違いしているのか知りませんが、お父様の方から私に砦を下さったのです。お父様が、お兄様に仰ったんですか? あの砦はウィリアムお兄様のものだと? それは、公式の発言なのですか?」


 まるで諭すように、なるべく穏便にすることを心がけつつそう声を上げれば、先ほどまで怒りで燃えていたその表情がクッと悔しそうに歪んでいく。


「強制力のある発言ではなかったっ……。

 だが、前に一度、俺達家族で夏の休暇に砦に行った時、この砦は、ウィリアムに与えてやってもいいなと、溢されていたんだ。お前は、それを……っ」


「ごめんなさい、知りませんでした」


「……っ!」


 お兄様の言葉に、謝罪して、頭を下げる。


 いつも此方に突っかかってくる兄の態度には、同じような態度を向けて反抗していたから、思ってもみない反応が私から返ってきたことに驚いたのだろう。


 私のその態度に何かを言いかけて、けれどそれ以上の言葉が見つからなかったのか兄は……。


「……お前っ!」


 と、更に、私に突っかかるように声を出してくる。


 その、どこまでも子供じみた対応に『相手は私よりも精神的に子供』だと、なるべく穏やかに目の前の兄に語りかけるように声を出した。


「知らなかったことに対してはお詫びします。

 けれど、お父様のお気持ちがどこにあったのかは私には分かりませんが。

 ……この件は既に、私とお父様の間で話が付いています」


「なに、をっ……!」


「お父様が砦を私に下さると言った瞬間に、それはウィリアムお兄様のものではなく、正式に私のものになったのです。

 そして、その事実を私にはどうすることも出来ません。

 ……これ以上の反論は私では無く、お父様に直接話された方がいいと思います」


 はっきりと出したその言葉に今度こそ、ぐっと息を詰まらせて、何も言えなくなった様子の兄に、思わず苦笑する。


 そうして、最終的に私に言い負かされて、何も言葉を返せなかったことの腹いせだったのか……。


「……っ! 大体、お前、これ見よがしに赤い眼をした騎士を連れて、その腕に赤いブレスレットをつけてっ、恥ずかしいとも思わないのかっ⁉︎」


 と、苦し紛れにそう言われたことは分かったんだけど、その言葉に、ぷつり、と自分の頭の中にある、糸が切れるのを感じて……。


「……して下さい」


「な、にっ、?」


 瞬間……。


 掴まれていたその手を払いのけて、目の前の兄であった人の、その腕をぎゅっと、私は握り返した。


「……っ⁉︎」


「撤回、して下さい」


「……な、何をっ……っ」


「私のことは、なんと言われようと、どういう風に扱われようと全く構わないのですが。

 私の信頼する者を侮辱するような真似は許せません。……今すぐ、撤回して下さい」


「……っ」


 しっかり、とその瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに怒りの感情を露【あら】わにすれば、目の前で兄が、私のその反応にたじろぐのが見えた。


 ……その様子に、ふぅー、と、小さくため息を溢して、私は掴んでいたその腕を離す。


「二度と、私の従者を馬鹿にするような発言をしないで下さい」


 そうして一言だけ、今までで一番冷たいかもしれない声色で、兄にそう告げれば……。


 それ以上返ってくる言葉もなかったため、私は自室に戻るために再び足を動かして、そのまま固まって動けないままの、兄の横を通りすぎた。





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