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第26話 報告



「……今、なんと言ったのだ?」


 あれから、一度城に戻り、セオドアとアルを引き連れて、執務室で皇帝に謁見する。


 帰ってきてすぐ、次の日に面会を申し出たけれど、すんなりとそれが通ったことに、自分自身驚いていた。


 ――巻き戻す前の軸ならば、面会をするのにも、いつも、二、三日要したのに。


(きっと、能力が使えるようになったから)


 少しでも皇族のために、役に立つ人間になったという認識なのだろう。


 皇帝にとって、能力が使用出来る人間というのは『手頃な駒』として、扱うには丁度良いのだと思う。


 私は、自分の能力の状態とそれを使用するにあたって、何度か砦と此方を往復しなければいけない旨を伝え、……予想に反して少し渋る皇帝になんとか許可を得たあと、アルのことを紹介した。


 勿論隠し通せる話ではないため、精霊のことも泉のことも含めて全て。


 流石にそんなことになっているとは夢にも思っていなかったのだろう、目の前で深く考え込み、狼狽ろうばいした様子の皇帝に苦笑する。


「お父様、聞こえませんでしたか? 古の森の中には精霊が住んでいるのです」


「……それで? その泉が万能薬で、その少年が精霊達を束ねる精霊王だと? そんな与太話を私に信じろと言うのか?」


 その反応は想定内だったから、別に驚きもしない。


 私だって人づてに聞いただけだったなら、疑っていたかもしれないような話だ。


 ……今直ぐに信じてほしいという方が、無茶だと思う。


「……信じられないならそれで構いません。アルを。……アルフレッドを私の傍に置くのを許可して頂ければ、それで」


 はっきりと自分の希望を口に出せば、目の前で皇帝がむっつりと黙り込んでしまった。


「……分かった。調べるのに、騎士団を派遣し……」


 そうして暫くしてから、苦肉の策といった感じで吐き出された皇帝の一言に……。


(そんなことをされたら、森が、精霊達の住処が、荒らされてしまうかもしれない)


 と、思い『それだけはしないで欲しい』と私が、意見を言うその前に。


「おい、……思い上がるなよ?」


 と、威厳のある怒気の含まれた低い声で、アルが皇帝に向かって声を出したのが聞こえてきた。


「……っ」


「何を勘違いしているかしらないが、お前と僕は対等じゃない。

 僕は、アリスだから傍にいるのだ。

 ……僕の子供達をっ、住処を荒らし回るような真似をしてみろ! その瞬間に貴様をなぶり殺してくれるぞ」


 そうして続けて、アルがそう言ったあと、流石に皇帝は、アルのその姿に黙り込んでしまった。


 『ただの、少年』が出すにはあまりにも迫力のあるその声に、私の話が真実味を帯びていると皇帝も気付いてくれたのだろう。


 愛情など欠片もくれたことなんてない人だけど、このいっそ清々しいほどに合理的な姿は一国の王としては正しい在り方なのかもしれない。


「……っ、何を、望むというのだ?」


 アルの言葉に、その身を固くして何度か思案したあと、そう言ってきた皇帝に、私はここぞとばかりに声を出した。


「あの土地は、お父様が私に下さったはずです。

 ……確か、一度言った言葉は覆らないとお父様自らが仰いましたよね?」


 以前、皇帝が私に言った言葉を引用して、あそこの土地はもう、『私のものになりましたよね?』 ということを再びここで強調しておく。


「……っ」


「精霊達は、静かに暮らすことを望んでいて、あの地が荒らされることは望んでいません。

 もう既に、一般の人間の立ち入りは禁止されていますが、私があの土地を所有している間、今まで以上に強固に誰もあの地には近づけないように手配して頂けると有り難いです。

 それと、泉の万能薬も人間の手には余ります。……あれはこの世に出してはいけないものでしょう」


(あそこは政治的に利用するには、得るものも確かに多いかもしれないけれど、それ以上にあまりにもハイリスクだと思いますよ)


 ということを強調して伝えれば。


 私の言葉に皇帝は、難しい顔をしながらも、けれどそれ以上の策も見つからなかったのだろう、こくりと頷いてくれた。


「……賢明な判断だ。お前の言葉が全て本当であるならばそうするしかないだろうな」


 そうして、皇帝は『話は分かった』と、私に向かって言ったあと。


「……それで精霊王様は、娘のどこを気に入り傍にいると?」


 と、アルに対して訝しげな視線を向けて問いかけてくる。


 突然のその発言は、『私なんか』が精霊王であるアルと契約するには、あまりにも分不相応で勿体ないとでも思っているような口ぶりだった。


「僕はアリスの傍に居て心地良いから、一緒にいるのだ。

 精霊はお前達人間とは違い、見た目ではなく純粋な魂を見るからな」


 アルの率直なその発言に、皇帝が一瞬だけ虚を衝かれたように驚いたような表情を見せたあと、苦い笑みを溢すのが私の目に入ってくる。


(……?)


 ……その表情からは何を考えているのかまでは読み取れず。


「……お父様。それともう一つお願いがあるのですが」


「この際、だ……。全部、言いなさい」


 そうして諦めたようにそう言われて、私は一度頷いたあとセオドアの方へと視線を向けた。


「私の騎士のことなのですが、皇族の護衛という地位に就いたのに、馬、一頭すら所有していないのです。今後、砦と此方を往復する機会も増えますし、自由に能力を使えるとはまだ言い難いですが……私が、能力を使えるようになった褒美に私の騎士に馬を与えてくれませんか?」


 と声に出す。


 ……私の一言に、突然話を振られたセオドアが目を見開いて此方を見つめてくる。


 その姿に、口元を緩めて穏やかに微笑めば、セオドアは慌てて「姫さん、俺には……」と、辞退しようと声を出したから、私はそれを視線だけで止めて首を横に振った。


 そもそも貰える権利があるのに、私の騎士だからって貰えない方が可笑しいのだから、これについては、断固戦う構えを辞さないつもりだったんだけど……。


 予想外にも、皇帝は、私のそんな姿を見てグッと一度息を呑んだあと……。


「……分かった、手配しよう」


 と、すんなりと私の発言を認めるようにそう言ってくれた。


 思いのほか、あっさりと通ったその要求に、私自身驚いてしまう。


 泉のこと、砦のこと、アルのこと、セオドアのこと……、など色々とお願いした中で、そのどれかは『要求をしすぎだ』と突っぱねられるかと思っていた。


 特に砦のことは希少な土地が故に、精霊達の住処は荒らさないと約束はしてくれても、『皇帝への返還』が求められても可笑しくないと覚悟していただけに。


 あまりにも、スムーズに許可されてしまったから、思わず拍子抜けしてしまった。


「……他には、何かあるか?」


 そうして、問いただすようにそう言われて私は首を横に振る。


「いいえ。これで全部です。お時間を取って話を聞いて下さり、ありがとうございました」


 私のその答えに、皇帝が、ジッと私の事を見つめたあと……。


「お前のことはいいのか?」


 と、言われて……。


 『私のこと……?』と、一瞬、何のことを言われているのか全く分からず首をひねったんだけど、直ぐにそれが何を指しているのかは、思い当たった。


 もしかして、『私自身の願い』も叶えてくれるつもりなのだろうか?


 いや……。いつも我が儘を言って、あれが欲しい、これが欲しいと言っていたから、自分のことはいいのか? と、単純に聞いてきているだけかもしれない。


 『特にないです』と言いかけて。


 ……けれど、はた、と、これはチャンスかもしれないと私は思い留まった。


「一度で構いませんので、砦に行く以外で、外へ出歩く許可を頂ければと思います」


 はっきりと口に出せば、予想外の答えだったのだろう。


 驚いたようなその姿に苦笑する。


「……何処へ、行くつもりなのだ?」


「買い物をしに城下へ行きたいのです」


 問われて、私が正直に声をあげれば、目の前で皇帝が難色を示すように眉を顰めるのが見えた。


「何を買うつもりだ?」


『何かを買うのなら、行商人を城へ呼べば良いだろう……?』


 と言わんばかりのその態度に私は首を横に振る。


 はっきり言ってそう思われることは分かっていた。


 だって、巻き戻し前の軸も私が、自由に外に出られることなんてなかったから。


 お母様も、そうだったけど……。


 ――赤色の髪を持つ私が、皇族の汚点そのものだから。


 外に出ること自体、基本的に禁止されていたのも頷ける。


 でも、私だってここで諦める訳にはいかない。


 誘拐されたばかりだから、城下へ行って厄介ごとをまた持ち込むつもりなのか、と思われているのかもしれないし。


 あとは何を買うかによって、自分のお金が私にどれくらい使われるかの懸念もあるのだろう。


「お父様、安心して下さい。

 ……この赤い髪の毛が少しでもばれないようフードを被って外に出るつもりですし、お父様のお金はもう二度と使用するつもりはありません。

 私の身の回りの物を売って作ったお金で、細々とした生活用品を少し揃えたいだけなのです」


 それら、想像し得ることに対して予め予測して、声を上げれば……。


「……っ! 身の回りの物を、売ったのか?」


 と、驚いたように、逆に問いかけられてしまった。


「……? はい。他に欲しいものがありましたので。皇族のお金を無駄に使うようなことはもう、しないつもりです」


 そうして、その疑問にはっきりと答えて、もう二度と湯水のようにお金を使わないことを視線で訴える。


 別に今更、皇帝の私に対する覚えを良くしようとか、そういう意図は全くないんだけど、巻き戻す前の軸みたいに率先としてこれ以上、底辺に落ちた自分の評判を更に落とすような真似をするつもりもない。


 皇帝は『そうか』とだけ、声を上げて。


 ……それから暫くして、分かった、と頷いてくれた。


 問題なく許可が出たことに、少しだけ自分の口元が嬉しくて、微笑むように緩んでしまう。


 ……そうして、ホッと安堵しながら『ありがとうございます』と、声を上げれば、皇帝はコホン、と一つ咳払いをしたあと。


「……何かあればいつでも来なさい。それからもし可能なら、たまには用事だけではなく私に顔を見せに来なさい」


 と言ってくる。その言葉の意味が直ぐには思い浮かばなかったけど。


 ……もしかしたら、能力が使えるようになったことや、精霊王であるアルと契約したことで、『過分な力』を私が持ったと思って、近くで監視しておきたいのかもしれない。


 そう考えたら、その言葉の意味も全てがしっくりと来た。


「分かりました。そうさせて頂きます」


 かけられた言葉に頷いたあと、これ以上ここにいて、無駄を嫌う皇帝の機嫌を万が一にも損ねないようにと、早々に私は、みんなと一緒にその場を後にすることにした。







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