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第22話 力の使用


 それから、ローラが用意してくれた昼食をとってから、私達は外へ出る準備をする。


 ここに来るまでにも、ローラも、ロイも、セオドアも心配そうな顔をして……。


『本当に、試されるのですか?』と、何度も私に聞いてくれたんだけど、それに対する私の答えは、いつだって『イエス』しかない。


 みんなは、皇帝の指示だから、私が能力を使えるようにしなければいけない、と思っているのだろうけど、実際は違う。


(少しでも、みんなのことを守れるようになっておかないと)


 ――今までにも、嫌な人間なら、本当にいっぱい見てきた。


 これから先の未来を考えると、色々と私のことを誑かすようにして近づいてくるような人間もいれば、上手いこといって私の事を傀儡【かいらい】にしたいと画策する人間もいたし……。


 巻き戻す前の軸では誰も信用出来なくて、近づいて来る人に関しては全て、徹底的に突っぱねて拒んできたけれど、今回は、そうもいかない。


 私には、今、守りたいと思えるような大切な人がいる。


 だからこそ……。


(それら、全てに対応するために、少しでも力をつけておかなきゃ)


 ――私のことを本当に大切に思ってくれるような人達ばかりだから。


 そうして、私達が小城こじろから出ると、元々、砦として使われていたこの場所は、要塞としての役割をきっちり果たすように高い城壁に囲まれていた。


『動きやすい格好を』と、ローラが用意してくれた、普段は履き慣れないズボンを履いていることで、なんだか、不思議な感じがする。


 私は、周囲を見渡して、落ちている小石を何個か集めることにした。


「……? アリス、小石を使うつもりなのか?」


 アルにそう言われて、こくりと頷く。


 丁度いい場所に、平時の時に訓練で使っていたのだろう、風化して少しボロボロになってしまっているけど、的当てが幾つか並んで置かれているのが見える。


 これは、戦争の前に、騎士達が弓を使って練習していた名残なんだそうで……、前に、二番目の兄であるギゼルお兄様が、得意げに私にわざわざ話に来た内容を私自身が覚えていたから、今、パッと見ただけでそれが何なのかは直ぐに理解することが出来た。


(初めて、お父様に家族旅行で別荘に連れて行かれたのが嬉しくて、よっぽど浮かれていたんだろうな)


 私が、一度も、皇帝にそんなことをして貰えてこなかったのに対し、自分が愛されているという確固たる、優越感のようなものがあったんだと思う。


「それを、どうするのだ?」


「これを、的に向かって投げた瞬間、時間を巻き戻せるかどうか試してみようと思って」


「……的に?」


「うん。手に石を持っている間、手から石が離れた瞬間、空中に石が浮かんでいる間、的にあたった瞬間、的に当たった石が地面に落ちるまで……。

 これだけの動作でも、五個も、時間の区分けをすることができるから。

 ……自分で力を上手くコントロールするには、丁度いいかなと思って」


 それから、能力の練習をするために、今、自分がしようとしていることについて、私の説明に、アルが納得した様に頷いてくれた。


「なるほど、しっかりと、考えていたのだな。

 だが、力をコントロールする段階にはまだ、到達していないことが自分でも分かっているのではないか?

 まずは、力を自発的に使えるようになるのが先だ」


「うん、そうだよね。

 でも……、前に能力が発動した時は偶発的なものだったから、そこからどうやって発動すればいいのか、分からなくて……。

 こういうのって、念じたら普通に出来るもの、なのかな……?」


 ここまで、能力を使うつもりで、張り切ってみたはいいものの、段々と自分の考えに自信を無くして尻すぼみになっていく私の説明に、アルが、ううむ、と少し考える素振りを見せてから……。


「力の流れを全く感じぬか? お前ほど強い力を持つものなら、本来は普通に身体に流れる力を感覚で掴めるものだ。……こう、シュバっとな!」


 と、言ってくる。


 一生懸命に説明してくれているのだろうけど、アルの説明はかなり大味というか、擬音だらけでもの凄く分かりにくい。


 それだけ、アルが意識もせずに『感覚』で、精霊として魔法を使いこなせている証拠なのだろう。


 ほんの少しだけ、アルのその姿を羨ましく思っていたら……。


「姫さん、とりあえず、能力が出るのかどうか、念じてみたらどうだ?」


 と、私達二人の遣り取りをずっと見ていたセオドアが、私に向かって意見を述べてくれた。


 確かに、今あれこれと頭の中で考えていても、実際にやってみなければ、何も始まらないのはその通りだし。


 ……まずは、行動に移すところから、してみた方がいいというのは本当にその通りだった。


(まきもどれ……)


 それから、何度か心の中で、自分の能力が発動するよう、強く、強く、念じてみる。


 ……だけど。


「……っ、何の反応も、ない……」


『やっぱり、これじゃダメなのかな……』と、内心で落胆していたら。


「うむ、僕がほんの少し力を貸してやろう」


 と、アルが、私の腕についているアルとの『契約の証』であるブレスレットをコツンと重ね合わせてくれた。


 瞬間……。


「……っ、ぅっ」


 ……胸の奥から、熱いものが込み上げてきて。


 こぽ、り、と自分の口からまた、鮮血が零れ落ちて、鼓動が急激にどくどく、と早くなっていく。


 「姫さん!」「アリス様!!」「皇女様!」


 という、心配そうな声が、その場に響いたのが分かったんだけど……。


 それに対して、私は今にもこちらに駆け寄ってこようとする三人を、手のひらで制した。


 これが『私の中の澱み』……悪いものを体内から出して癒やしていると、事前にアルから聞いて頭では分かっていても、目の前で血を吐かれたら、やっぱり動揺してしまうんだろうな……。


「だいじょう、ぶ、」


 未だに心配そうな表情を浮かべて此方を見てくるみんなに対して、一言そう声をかけたあと。


「アリス、お前の中に今、僕がいる。

 ……どうだ? 僕がお前の中に入り込んでいても何も感じぬか?」


 と、アルが私に問いかけてくれた。


 ……その言葉に、意識を集中するように、ゆっくり、と目を瞑る。


 どくどくと早くなる鼓動の中で、ふんわり、と暖かな何かが私の身体を守るように、じわりと広がっていく、感覚がした。


 その、微かな感覚に意識を集中させて、か細い糸を追いかけるように思考を張り巡らせていく。


「……っ、ぁっ」


「アリス様っ!」


「邪魔をするな!」


 ローラの悲鳴染みた声のあと、アルのその場を制するような、威厳のある大きな声が響き渡る。


 ――全身の血液が、動いていくのを感じた……。


 身体の中に波動のようなものが、存在してるのが確かに分かる。


 ……それが、今、何処を巡って、どの位置にあるのかも……。


 これが、アルの言うような、力の流れなのだろうか。


 一度、意識して認識すれば、後はもう手に取るようにその流れが、ほとばしるような『エネルギー』が、自分でも感じられた。


(巻き戻れ)


 そうして、強く、願うように念じれば、私の周囲がぎゅるり、と時間を歪めていく。


 ……刹那。


 風が……、空気の流れが……、舞い散る木の葉が、ときを止めていく。


「……はっ……、ぁっ!……ぅっ」


【「うむ、僕がほんの少し力を貸してやろう」】


 ……気がつけば、私のブレスレットに向かって、アルがコツンと自分のブレスレットを重ね合わせようとしている瞬間だった。


 アルは、私にブレスレットを重ねようとして、けれど『さっき』とは違い、私にそれを重ねる寸前で。


「……いや、その必要は、なかったようだな」


 と、私に向かって声をかけてくれた。


 精霊王であるアルには、私が時間を巻き戻したことが、何もしなくても分かったのだろう。


「よくやったぞ、アリス!

 それが自分の力を知るということだ」


 そうして、アルの褒めるような言葉に対して、身体の力が、ガクッと抜けるように重くなる。


 その場に崩れ落ちそうになった私を受け止めてくれたのは、セオドアだった。


「……ぁっ……、セオドア、ありがと、うっ……」


「……アリス様っ!!」


 それから、慌てたように此方に駆けつけてくれるローラとロイに、私は安心して貰えるように、ふわりと、笑顔を向ける。


 表情は少し、強ばってしまっていたかもしれない。


「……皇女様、もしかして、今っ、能力を使用することが出来たのですか?」


 問いかけるようなその言葉に、こくりと頷いて、ローラとロイ、二人の心配そうな表情に『大丈夫』と声をあげようとしたあと……。


 けれど、その言葉は口から零れ落ちることはなく、そのまま私は、目眩と共に急激に意識が遠くなっていくような感覚を覚えた。




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