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第21話 精霊達との別れと砦



「……私が寝ている間に、どうしてそんな事に、なってるんですかっ」


『アルフレッド様、絶対、絶対、約束だよ』


『定期的に、僕達にいっぱい景色を見せておくれ』


『うむ、約束しよう』


『ああ、ほんとうに、今日はとっても良い一日だったね』


『オネェさん、たまには、僕達の所にも寄っておくれよ』


 と……、ころころ、矢継ぎ早に自分達の言いたいことを、目一杯伝えてくる小さな精霊達に見送られ、アルとセオドアと一緒に馬車に戻ると、深夜、私がいないことに気付いて飛び起きてくれたらしいローラが、ロイと一緒に私のことを待ってくれていた。


 事情を話すと、一定の所まで理解してくれたローラは……。


「それが危険なものだったら、どうするおつもりだったのですかっ!」


 と、今にも泣きそうな声色で、そう言ってから、ホッと安堵したような表情を見せてくる。


 ……精霊王、アルのことも、泉のことも、まるで現実味のない話なのに、ロイもローラも私の説明を全く疑うことなく、そのまま、まるごと信じてしまった。


 やっぱり、セオドアも証人だったから、二人も証人がいると説得力が違うのかもしれない。


「うむ、人間とはまた不便なものだな。離れているものに連絡も取れぬのか?」


 そうして、新しく私達の旅路に加わった、アルがローラの『もう二度と、私に声もかけずに何処かに行ってしまうことはやめて下さい』という、心配してくれていた一言に、困惑したような表情を見せる。


「精霊王様、もしも、離れていても連絡が取れる手段があるなら、私にも是非、教えてほしいのですが」


 それから、藁にも縋るような、そんな素振りでアルに真面目に問いただすローラに……。


「うん? そんなもの簡単だろう?

 こう、シュビッと、連絡を取りたい相手に、問いかければよいのだ」


 と、アルがよく分からない擬音を用いて、大雑把に説明していた。


「それは流石に、人間には無理ですね」


「そうなのか?

 こう、シュビッとやればいけるだろう⁉︎ シュビッとだぞ」


 人が増えて、一気に、賑やかになったこの場所で。


 アルとローラの遣り取りを見ながら、流石に疲れていた私は、ふわっ、と小さく欠伸をこぼす。


 此処に来て、急激に襲ってきた眠気に、セオドアが気付いて。


 「姫さん、眠いのか?」と、声をかけてくれた。


 こくり、と、それになんとか頷いたけど、その時点でもう限界だった。


 ふら、っ……と身体が傾く気配がする。


「……っ、姫さん!」


 慌てたようなセオドアの……。


 そんな声がしたあと、そこで私の意識は、ぶつり、と途切れてしまった。


 起きたら、既に砦に着いていた。


 ――そして、ふかふかのベッドで眠っていた。


(今、何時だろう……?)


 きっと、誰かがここまで、運んできてくれたのだろう。


 そして、私が寝ているこのベッドが綺麗なことから、ここへ来て早々に、ローラがベッドメイキングをしてくれたことは、容易に想像出来た。


(起こしてくれれば良かったのにな……)


 私が多分、疲れて眠ってしまっていたから、みんな私の事を気にかけてそっとしておいてくれたのだと、思う。


 カーテンの隙間から差し込む陽の光が、今が朝か、昼か、という事を告げていて、ベッドから降りて、服を着替えようとして、はた、と気付く。


 ……自分の部屋な訳じゃないから、どこに何が置いてあるのか、全然分からなかった。


(ローラに聞いた方が早いかな)


 扉の近くにローラはいるだろうか? そう思いながら、部屋のドアノブをがちゃりと降ろして。


「あ、アリス様……おはようございます!」


「おはよう、よく眠れたか? 姫さん」


 扉を開けると、ローラが廊下の窓を綺麗に拭き掃除をしてくれていて、セオドアはいつものように部屋の前で待機してくれていた。


 セオドアの問いかけに、こくり、と頷いてから。


「おはようございます」


 と、二人に対して朝の挨拶をすれば……。


「アリス、起きたのか?

 もうお昼前だぞ。朝早くに出立したが、よほど眠たかったのだろう、昨日は無理をさせてすまなかった」


 と、丁度、廊下を歩いてきたアルが、私に向かって声をかけてくれた。


「おはようございます、アル」


 けれど、普段通りに出した私の挨拶を聞いて、アルが唐突に顔を顰めるのが見えて、何か、変な事を言ってしまっただろうかと、そう思っていたら。


「……昨日から思っていたが、お前、その言葉遣いは何なのだ?」


 と、アルに言われて、その意味が分からなくて私は首を傾げた。


 ……何か、変な言葉遣いをしてしまっていただろうか?


 考えてみるけど、自分ではどこが変だったのかさっぱり分からずに、最終的に困って、セオドアと、ローラの方へと助けを求めるように視線を向ければ、セオドアは、アルの一言に『確かに』というように、頷いてから苦笑する。


 その困ったような表情に、更に困惑していると……。


「僕とお前は契約している以上、対等な関係だ。

 ……それに、聞いたぞ。

 セオドアは、お前の騎士で、お前は姫という偉い立場なのだろう? 誰がどう聞いたって、お前の言葉遣いは可笑しい」


 と、アルに、はっきりとそう言われて、私は二人が私に向かってそんな表情をしていることの意味にやっと気付くことが出来た。


 確かにそう言われてみれば。……誰に対してもお父様やお兄様に接するみたいに敬語を使っておけば、とりあえず『我が儘で、癇癪持ちのある皇女っていうイメージを払拭出来るはず』と思ってしていたことだったけど。


 まさか、ここに来て二人からそんな風に言われるとは思ってもいなかった。


「姫さんが、俺の言葉遣いに怒らねぇのは有り難いけど。俺に、敬語を使われんのは、その、なんつぅか、信頼されてねぇみたいで結構、心にくる。侍女さんは、まだしも……。医者にも、あんまり、敬語で喋んねぇのに……」


 そうして、アルの一言に追随するように、吐き出された思わぬセオドアの本音に……。


(もしかして、ずっと、気にしてくれていたのかな?)


 と、びっくりしてしまった。


 セオドアは、あんまりそういうことを気にするようなタイプじゃないと思ってたし。


 何より、そんな風に思われていたなんて……。


(私がセオドアを信頼していないなんてこと、ある訳がない)


 でも、言われてみれば、たまに、二人の時に敬語じゃない時もあったような気はするものの……。


(基本的に、セオドアには、ずっと敬語で喋ってたかも……)


 内心で、そう思いながら……。


「……今度から気をつけるようにし……するね」


 と、二人に向かって謝罪すれば、アルは「うむ」と満足そうに頷いて、セオドアは苦笑しながら……。


「ああ、そうしてくれると助かる」


 と、柔らかい笑顔を私に向けながら声をかけてくれた。


「では、アリス様、お洋服を着替えて、お食事にしましょうか?」


 そのタイミングで、窓を拭き終えたローラが、私に向かってそう言ってくれて、気が付いた。


(そうだった、まだ、ネグリジェ、着たままだった)


 もしも、この場所に二番目の兄がいたら……。


(そんな格好で、外に出て恥ずかしいとも思えないのか?

 お前が恥ずかしくなくても、お前が何かする度に、それが、こちらの恥になることを分かっていないようだな)


 とでも、嫌味を言われてしまっただろう。


 でも、当然ながら……。ここには、私のそんな淑女としてあるまじき行動を咎めるような人はどこにもいない。


 思わず、自分の仕出かしてしまったことに恥ずかしくなって、慌てて、私は扉を開けて室内に戻った。


「……ローラ、早く来て……」


 そうして、顔だけひょっこり、と、扉と部屋の隙間から出してローラを呼べば、私が、恥ずかしがっていることに気付いているだろうに、ローラの頬がゆるゆると、嬉しそうに緩んだあと、何故かローラは近くにいたセオドアに向かって、声を上げる。


「……セオドアさん、見て下さい! あの皇女様の愛らしいお姿を」


「……? ……姫さんが可愛いのはいつものことだろう?」


「ふむ、人間のかわいいなどと言う言葉の意味はよく分からないが、精霊から見てもアリスの純粋で汚れきっていない魂はあまりにも、綺麗だと思うぞ。

 ……案ずることはない、僕が太鼓判を押してやろう」


 ローラの言葉に真顔で『何を言ってるんだ?』って顔をするセオドアも、よく分からない持論を展開してきて『それって、美味しそうって意味からきてるんじゃないよね?』と、思わなくも無い、言葉をつらつらと並び立てるアルも、一向に私を助けてくれそうな気配はない。


「……皇女様を困らせて、何をやっているんですか、皆さん」


 そうして、事態が解決する兆しを見せたのは、そんなみんなの様子に呆れたように声を溢す、ロイが来てからだった。


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