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第20話 アルフレッド


 ……色んな情報が一気に入ってきて、全く追いついていかない脳内で、なんとか『協力関係……?』と、聞いた私に、少年が小さく頷く。


『純粋な、魂の輝き。

 力のあるお前達は、気のような波動を常にその身体にまとっていて、それが、僕達精霊にとっては、生きていく為の何よりの糧になるのだ。

 お前達人間は、基本的には能力の使用に対する反動に耐えられぬ身体をしておるだろう?

 僕達、精霊がそんなお前達を癒やし、お前達は僕達に糧を与えてくれる。双方にとっても、利のある契約だった』


 そうして、そこまで言い切って、少年は『だが……』と、今度は一転、くぐもったような口調で説明を続けた。


『いつからかお前達は、この世界から明らかに数を減らしてしまった。

 それが、僕達精霊にも甚大な被害を及ぼしてな……。

 結果、神聖力のあるこのような泉でしか僕達は生活出来なくなってしまったという訳だ』


 そうして、吐き出された言葉の数々に思わず、硬直してしまう。


 少年の口から、人間と、明確に区別して出されたという言葉は、『能力を持っている魔女』ということだろうか?


 だとしたら……。


 ――昔から、魔女は存在していて、本来は精霊と共にあった?


 ……そんな話、聞いたことがなかった。


 でも、目の前で、少年が私に語っていることは、本当なのだろう、とも思う。


 嘘をついているようには全く見えないし、彼が嘘をつかなければいけない理由も何処にもない。


「姫さん……?」


 唐突に、セオドアに声をかけられてハッとする。


 ……私達の会話に、当然ながらついていけてないセオドアが困惑したような表情でこっちを見ていた。


 傍から見れば、目の前にいる少年と、ずっと見つめ合ってただけだから、そんな顔もされるだろう。


 もしかしたら、表情は変わっていたかもしれないから余計怪しかったかもしれない。


「ああ、置いてけぼりにしてすまなかったな其処そこの。

 そこにいる姫さんとやらが気になって、視線を交わし合ってしまった。

 お前も、僕達にとって、大切な客人なのだから、茶でも出してやればよかったな。……気が利かなかったことを詫びよう。泉の水で良いか?」


 一人、慌てながらセオドアに弁解しようと声を上げる前に、少年がセオドアに向かって声を出したのが聞こえてきた。


 マイペースといえば良いのか……。


 少年の口から出る会話のテンポは、あくまでも此方に合わせるというより、自分主体で。


「……どこから突っ込んだらいいのか、分からねぇよ」


 どこまでも、自由奔放な様子の少年に、セオドアが呆れたように突っ込みを入れれば。


「これでも、ここの泉は特殊な力を持っているのだぞ。

 人間は、何て言っていたか、エリクサーだった、か? ほら、重宝するのではないか?」


 と、少年は、まるで何でもないかのようにそう言って「これなら、人間も喜ぶだろう?」と、ウキウキした様子で表情を綻ばせながら、私達に向かって声を上げてくる。


「……オイ。

 ……もしもソレが事実なら、なんつぅ、ヤベぇもん持ってんだよ?

 伝説の不老不死の薬とか、表に出たら洒落になんねぇぞ」


「……これは別に、僕の持ち物ではない。

 この泉には神聖力が宿っているから、長い期間を経て水に溶け込んだせいで、水自体が神聖化しただけだ。あと確かに万病には効くが、不老不死とまではいいすぎであろう?

 せいぜい、重篤な病気が次の日には完治しているくらいの効力しかないぞ」


(……わわわっ! 気軽にお茶を出すノリで、万能薬を出してこないで……っ)


 あっけらかんと、何でも無いかのように声を出してくる少年に、その説明だけで、『不老不死』じゃなくても、それが、表には絶対に出しちゃいけない薬だということが私にも十分に理解できる。


 最悪、薬を巡って戦争が起こったりする可能性だってあるかもしれないんだから……。


「あぁ……。

 ここがそれだけで、滅茶苦茶ヤバい場所だってのは分かった。

 ……それで、あんたが、精霊だっていうことも」


 そうして、少年に向かってセオドアがそう言ったあと。


「精霊ではない。お前達が僕達を精霊だというのなら、僕は子供達を束ねている訳だから、僕のことは気軽に【精霊王【・・・】とでも呼んでくれ」


 ……と、何でも無いように吐き出された少年のその一言に、当然、一度に、全ての情報を処理出来るはずもなく、とうとう、私の許容範囲を超えて、頭の中がパンクしそうになってしまった。


『魔女と精霊の関係』


『神聖力のある泉がもたらす薬』


『精霊王を名乗る少年』


 ――こんなの、お父様に、皇帝に、なんて説明すれば……っ!


 巻き戻し前の軸で、殆ど引きこもりに近かった私が、そんなもの経験している訳もなく、こんな状況になったのは、当然、初めてのことだから、これからのことを考えすぎて、くらくらする頭の中で……、けれど私は、巻き戻す前の軸、そんな話は一度も聞いたことがなかったことを思い出す。


(精霊王がいて、こんな泉があったなら、どうして……?)


 古の森の砦は、巻き戻す前の軸、一番上のお兄様のものだった。


 それなのに、一度もこういった類いの話は聞かなかったし、皇帝が事実を隠蔽したとしても、ちょっとした騒ぎにもなっていないのはどう考えても可笑しいはず。


「そんな泉が……、どうして、こんな、真っ新な状態で残ってるんだよ」


 セオドアも丁度、私と似た様なことを考えてくれていたのだろうか。


 まるで測ったように、今、私の知りたかった質問を、精霊王である少年に聞いてくれていた。


「僕達、精霊も馬鹿じゃ無い。

 欲を持った人間から身を隠す術は身につけている。そもそも、ここに来ることが出来る人間の方が、稀なのだ。森で遊んでいた子供達が……、お前達の、ほら、人間の乗り物が、あるだろう?」


「馬車のことか?」


「うむ、あれを、見つけてな。

 ……あまりにも、澄んだ人間を見たのは久しぶりだと騒いで、わざわざ此処へくるように誘導したのだ」


「……もしかして、土砂と、あの岩……アンタらの仕業かよ」


「ああ、あれか。あのまま行ったら僕達の方には絶対にたどり着けなかっただろうからな、ちょっと細工をさせてもらったぞ」


 『頭が痛い……』と、思わず、我慢出来なくなって、ぽつり、とその場に溢れ落ちたような、セオドアのその一言に私も内心で同意する。


 次から次へともたらされてくる情報は本当にどれも直ぐには、信じがたいようなものばかりで、それらを全て呑み込んで咀嚼そしゃくするには、今はまだ、あまりにも時間が足りなかった。






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