あれから暫く経って、セオドアの後ろを歩きながら、私は、淡い光がどこにあるのか、分かって貰えるように声で知らせつつ、
頼りになるのは、私の目に見えている淡い光と、セオドアが持ってくれている松明の明かりだけだ。
そうして、セオドアが持ってきてくれた荷物の中から、赤色のインクを取りだして一定間隔で、森の中の木に目印として、元の場所に戻るための印をつけていってくれる。
あれから、私達が万が一朝になっても戻らなかったら、そのまま森を出て、近くの街へと知らせてもらえるように、ロイとは約束をしていた。
……事前に、可能な限り予測できる範囲での危険をロイと打ち合わせて、色々な事を対策してくれる、セオドアはどこまでも慎重だった。
「セオドア、あっちです」
私が向かう場所へと指で方向を指し示して、セオドアが私よりも一歩早いペースで進んでいってくれる。
淡い光は、一定間隔で揺蕩【たゆた】うように点滅しながら、ふよふよと私達のことを明らかに先導していた。
……それから、どれくらい経っただろうか。
突然、森の奥で、開けたようなそんな場所に出た私は、目の前に広がる幻想的な光景に息を呑んでしまった。
「……っ、! ……きれい……」
――まるで、心を揺さぶるようなそんな光景に、思わず、私の口から声が零れ落ちた。
一つ、だけじゃない。
キラキラとした淡い光が、ふよふよとそこら中に漂っていて、静かな泉の
「……姫さんが、ずっと見えてたってのは、これか?」
そうして、それは私だけじゃなく、今度は確実に、セオドアにも見えていたみたいで……、私は、セオドアに向かって返事を返すように、こくり、と頷き返した。
それから、ふよふよと漂う淡い光は、緩やかな点滅を繰り返しながら、そっと私達の周囲に集まってくる。
『ジ、ジ……っ、』と。
何度か、布きれが擦れるような音がした、と思った瞬間だった。
「姫さんっ!」
咄嗟にセオドアが、私の腕を引っ張って、自分の方へと引き寄せてくれる。
「……っ⁉︎」
何が起きたのかすぐに判別することが出来なかったんだけど……。
――淡く漂う光が、急に強く発光したと思ったら……。
『ようこそ、ようこそ』
『いらっしゃい、いらっしゃい』
『久しぶりのお客人だよ、歓迎するよ』
と、耳元で声の主たちは、楽しそうにクスクスと笑い声を溢しながら、私達の傍でまるで踊るようにくるくると飛び回りながら挨拶をしてくる。
それは、淡い光なんかじゃなく……。
「おい、冗談だろ……、夢でも見てんのか?」
と戸惑うように声をあげたセオドアに、私も驚きに目を見開きながら内心で同意する。
だって、目に入ってくるのは、どう見ても、お
――それも、一人じゃなくて、いっぱい、いた。
『あれ……? あれれっ……? 不思議だなぁ?』
『どうして……? なんで……? そんなに、戸惑ってるの?』
『ねぇ! ねぇ! それより、見てよ』
『ほんとだ! やっぱり、凄いね。
……そっちのお兄さんは、一部分だけだけど……』
『いつぶりだろう? いつぶりかなぁ?』
『まさか、こんなにも【澄み切った【・・・・・】綺麗な人間に出逢えるなんて』
そうして、精霊同士で矢継ぎ早に会話される内容についていけなくて。
あちこちで、ポンポンと繰り広げられる遣り取りに、誰が言葉を発したのかを追うだけで、精一杯になってしまう。
そうこうしているうちに、一際、強い光が泉の方で、光りだし……。
思わず、眩しくてきゅっと目を閉じたあと、光が収まって、瞳をあけたら……。
「おい、お前達。はしゃぎすぎだ。……客人が困っているだろう」
と、男の子……。
茶髪にくるくるとしたくせっ毛の、絵本に出てくる天使の絵をそのまま映し出したような少年が、呆れたように周りの精霊達のおしゃべりを止めながら、羽がある訳でもないのに、泉の上にぷかぷかと浮かんでいた。
「すまないな。この者達は、久しぶりに僕達が見える人間に会えて浮かれているのだ」
そうして、目の前の少年に堅苦しい口調で謝罪されたあと、私とセオドアは顔を見合わせる。
……敵意なんてものは、ここに来てからまったく感じなかったから、とっさに握ってくれていた私の腕を離して、先ほどまで警戒していたセオドアも、少しだけ緊張を解いたみたいだった。
「ここは、一体なんなんだ?」
それから、疑問として投げかけたセオドアの言葉に、目の前の少年が答えるよりも先に。
『ここはね、ここはね、古の森の泉だよ!』
『最古の森には、綺麗な力の源がいっぱいあるの』
と、誰かに質問をされたこと自体が嬉しかったのか、弾んだように声を溢してくる精霊達を呆れたように見ながら、一つ、ため息を溢したあと、少年が……。
「ここは、どこまでも、神聖な場所だ。
色々な土地が手垢にまみれて、僕達も随分住みにくくなってしまった。
故に、行き場を失った者達が、こうして行き着く最後の場所とも言えるな」
と、声をあげる。
「……まず、あんた達は、精霊ってことでいいのか?」
と、セオドアが今のこの状況を整理するように少年に問いかけてくれた。
「うむ、人間からは勝手にそういう名前で呼ばれていた時代もあったから。
……お前達がそう思うのなら、そうなのだろう」
それに対して、目の前の少年が肯定の言葉を上げたことに、セオドアも、私もぐっと息を呑みこんでしまった。
『精霊の存在』だなんて、それこそお伽話の世界であり、もしも、今の世に精霊がいたなんてことが公になれば、それこそ世紀の大発見と言ってもいいだろう。
(どうしよう……)
どう考えても、そんなの、お飾りの皇女の私には身に余る。
皇帝が所有している土地じゃなかったら……。
そうしてここが、私の土地にならなかったら、無関係でいられただろう。
だけど、これは、流石に、皇帝に報告しない訳にもいかない案件だ。
何より『こんなにも綺麗なこの土地が、政治的に利用されてしまうのは、嫌だな』と、一瞬でも思ってしまう、自分がいた。
これから先の事を考えて、不安に駆られていると、そんな私を見て、少年が『うむ……』と何か思案するように小さく呟いてから……。
「酷く擦り切れておるな、娘……」
『その力……お前、
と、言葉を発した。
尋ねるようなその言葉の意味を理解して、反射的に、自分の身体がびくりと震えてしまった。
(なん、で……)
そんな私の表情を見て、即座にセオドアが険しい顔をして、目の前の少年に対峙する。
「……姫さんに何をしたっ⁉︎」
「……別に、何もしてなどいない。僕は、その娘を案じただけだ」
……もしかしてだけど、セオドアには、少年の言葉が聞こえていないのだろうか?
『案ずることはない。その男には僕の本来の声までは届いていない』
私の疑問に答えるように、少年が私に向かって声を出す。
そのことに、ホッと安堵しながらも、けれど私はほんの少しだけ、無意識に警戒の色を強めた。
……どういう意図でその質問をしたのかは、少年の表情からは全く読み取れないけど、少なくともこの少年は今、私が『魔女』だということを完全に認知してしまっている。
「セオドア、大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけで」
「姫さん……」
私の一言に、一瞬だけ緊張を強めていたセオドアの表情が多少和らいだのが分かった。
目の前の少年が『精霊』だというのなら、その力で、私の事などまるでお見通しだとでもいうのだろうか。
(……六年、です)
言うか、言わないか迷った末『もしかして』と思い、少年の問いに、はっきりと心の中で声を溢せば、それだけで何も言わなくても通じたのだろう。
目の前の少年は、さもありなん、という表情をして。
『やはりな、身体が歪【いびつ】に擦り切れているのがその証拠だ』
と、私を気遣うような表情浮かべてくる。
その表情で、少なくとも目の前にいる少年が『魔女』に対して敵意を持った存在では無いことが分かってホッと胸をなで下ろした。
『能力が使えることがどうして分かるのか? という顔をしているな』
そうして、少年は私を見て、少し面白そうなそんな表情をしたあと……。
『人間達が、精霊だと呼んでいる僕達と、お前達は元来、協力関係にあったのだ。お前達のその能力は、本来は精霊と共にあり、一組のペアであった。だから、お前達とペアになった精霊は、契約で繋がっているが故に、お前達の状態が手に取るように分かるようになる』
――まぁ、僕は特別だから、そんなこと関係なく力を使うものの状態は見るだけで分かるがな。
と、私に向かって説明してくれた。