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第17話 淡い光


 それから、夜になって、みんなが、寝静まったあと、本来ならあるはずもない、急な光の点滅を感じながら、ぱちりと目を開けて……。


「……?」


 私は、眠たい目をこすりつつ、馬車の中を見回した。


 ローラと私は、眠るのに馬車の中を譲ってもらっていて、馭者の人と、ロイと、セオドアは交代で外で仮眠を取りながら、たき火の番をすると言っていた。


 ――今は、セオドアがたき火の番をしてくれているだろうか。


 私も、たき火の番をやる気で、張り切って名乗り出たのだけど、みんなからは『そんなことはしなくていい』と気遣ってもらった上で、問答無用で却下されてしまった。


 馬車の中は暗かったけど、夕方薪を拾う時に見た、ふわり、とした仄かに灯る淡い光が、私を誘うように馬車の扉の外へ出て行く。


 その光を追いかけようかどうか迷って、一度、外に出ることを躊躇ったけど……。


(外には、セオドアが見張りをしてくれているだろうし、遠くに行かなければ大丈夫かな)


 と、思い直した私は、その淡い光に誘われて扉の外に出た。


 なるべく、音は立てないようにしていたつもりだったんだけど、扉を開く時のほんの微かな、ギィ、という音はどうしても消せなくて。


「……? おい、どうした?

 まだ、交代の時間には早いだろ、……って、姫さん?」


 やっぱり、というか、私の出した音にいち早く気付いてくれたセオドアと、パチリと視線が合って。

 瞬間、私は思わず、自分がいけないことをしたときに見つかってしまったような、そんな、ばつの悪さを感じて、縮こまってしまった。


「……ごめんなさい」


「いや、別にいいけど。……どうした? 眠れないのか?」


 そう言われて、一度否定するように、首を横に振る。


 目の前の淡い光がふわふわ、と、確かに其処に浮遊しているのを視線で追いかけながら……。


「あのね、これ……。

 この淡い光がなんなのかなって、さっきから凄く気になっちゃって……」


 と、分かりやすく指で方向を示せば……。


「……は?」


 と、首を傾げられた上に、セオドアは更に分からないと言ったように表情を硬くしてしまった。


 そこで初めて、もしかしたらこの淡い光は、自分以外には見えていないのかもしれないということに気づいて、あわあわとしてしまう。


「もしかしてセオドアには、この光が見えてない?」


 思わぬセオドアの反応に、困惑しながらも何とか分かって貰えるよう、淡い光がある場所を指して「ここだよ 」と精一杯、言ってみたんだけど……。


「悪い。

 俺には何のことだかさっぱり分からねぇが、姫さんには、なんか見えてんのか?」


 と、セオドアが眉を寄せて難しい顔つきになったのを見て、私自身なんとか上手く伝える方法はないものかと、一生懸命に考える。


 淡い光は、その間にもふよふよと漂いながら、森の奥へと続く道を指し示すように、何度も、何度も、柔らかく点滅していて……。


「あの、セオドア……。

 淡い光があそこにあって、ずっと方向を指し示すかのように点滅していて……。

 えっと、多分、こっちに来てって言っているような、気がします」


 と、曖昧に声を出せば、私の一言に、分かりやすくセオドアが苦い表情を浮かべたのが見えた。


(あ、この反応……。やっぱり、信じてくれていないかもしれない)


 内心でそう思いながら、上手く伝わらないことにもどかしい気持ちになりつつ、表情を硬くすれば。


 少しだけ訝しんでいた様子のセオドアが急に私を自分の方へと、ぐっと引き寄せてくれた。


「……その、光っつぅのは、今はどこにある?」


「同じところで、ずっと点滅してて」


 あまりにも拙い、こんな荒唐無稽こうとうむけいな話なのに、信じてくれたのだろう。


 眉を寄せて苦い表情になったのは、得体の知れないものに対する警戒だったのかもしれない。


 事実、私を守るようにして立ってくれたあと、セオドアは一つ息を吐き出して、問いかけるように私に声をかけてくれた。


「何かされたって訳じゃねぇんだよな」


 その、心配そうな一言に、私はこくりと頷き返した。


「はい」


「じゃぁ、とりあえずは大丈夫か」


「あ、でも、夕方にも同じような光を見たんです。その時は、勘違いだと思っていたんだけど……」


 私の言葉を聞いて、セオドアがもう一度、眉間に皺を寄せるのが見えた。目の前の超常現象に、どう対処すればいいのか、考えてくれているのだろう。


 ……そこへ。


「……セオドアさん、皇女様に一体、何をやっているんですか?」


 たき火の番が回ってきたのだろうか……。


 それとも私達二人の会話で目が覚めてしまったのか……。


 木の下で休みながら、仮眠を取っていたはずのロイが、私達二人に向かって、声をあげるのが聞こえてきた。


「……あ?」


 そうして、ロイの問いかけに眉を寄せたまま、低い声で、セオドアが声を溢したあと、ふと、今の自分の状況を確認するように、私に向かって、視線を下げてきたのが目に入ってくる。


「……その皇女様の腰を抱いている手は何です?

 まさか、あなた、皇女様に対して何か……」


「……はぁっ⁉︎

 何勘違いしてんのか知らねぇが、コイツは別に……っ!」


「……別に、……?」


「……っ、待て! 濡れ衣だ」


 いぶかしむようなロイの言葉を聞いて、パッと、慌てたようにセオドアが私の腰から手を離してくれる。


 それを、まだ若干疑わしそうにジト目で見つつ、ロイが私に「大丈夫ですか?」 と声をかけてくれるのを聞きながら、私はこくりと頷き返す。


「ロイ、勘違いしないで。セオドアは、私を守ってくれただけだよ」


 セオドアの名誉の為にも、勘違いは勘違いだとはっきりと伝えておいた方がいいだろう。


 こんな紅色の髪を持つ私のことを、異性として好きになってくれる人間がいる訳がないことくらい自分が一番分かっている。


 十六歳だった巻き戻し前だって、誰からもそういう風に見られたことなんてなかった。


 こんなことに自信を持っているのも、どうかとは思うけど……。


「守ってくれ、た?」


「あー、なんつうか、俺等には見えないが、姫さんにはあそこらへんに淡い光が見えるらしい」


 ロイの疑惑がほんの少し和らいだところで、セオドアが私達の今の状況を一から説明してくれる。


「淡い光……?」


「さっきから、ずっと、あそこで誘うように光ってて……」


 そうして、私の補足するような一言に、ふむ、とロイが口に手を当てて思案するように俯いた。


「皇女様、他に人影などは見えないのですか? ライトを照らしているような人とか」


「うん」


「淡い光だけが宙に浮いている。それも、私達には見えなくて皇女様にだけ見える」


「……なんか、心当たりでもあるのか?」


「いえ、残念ながら、直ぐに該当する事象は思い当たりませんね……。

 何にせよ、不気味なことには変わりない。馭者の彼も起こして、三人で警護にあたりましょうか?」


「いや、それは得策じゃない。姫さんにしか見えないんだから、俺等がいくら起きてたって意味がないだろう?」


「なるほど、八方塞がりという訳ですか。

 ……それで、そんな状態だったと」


「まぁ、そういうことだな」


 私達の説明に、改めて、ロイが私とセオドアの状態を理解してくれたけど、それで、何か状況が変わる訳でもなく、私はそのまま、ちょっとだけ意を決して、光の方へと近づいてみる。


 すると、光はふよふよ、と誘うように……、その場から、ほんの少し移動したあと、また森の奥へと漂って、止まってしまった。


「やっぱり、森の奥に何かあるのかも」


「……皇女様、それはどういうことでしょうか?」


「……私が近づくと何度か点滅して、森の奥にちょっとだけ動いたあと、漂って点滅するの。こっちに来てって、まるで誘ってるみたいに」


 私の一言に驚いたような顔をして、ロイがまた考えるような素振りを見せてくれる。


 セオドアもロイも、みんなにはこの光が見えていないはずなのに、私の言葉を疑うことなく信じてくれるだけでも本当に有り難いなぁ、と思う。


「何かあるのだとして、それを、皇女様に教えているのだとして……でも、罠かもしれませんよね?」


「ああ。あからさまに、点滅して姫さんだけに見えるようにするのも可笑しいしな」


「もしかして、能力者でしょうか?」


 それからパッと今思いついたように声を出したロイのその言葉に、分かりやすく、セオドアが眉間の皺を更に深くするのが見えた。


 ロイは今、『もしかしたら、私と同じ魔女がこの森に住んでいるかもしれない』って、言ってるんだよね?


「その可能性は、捨て切れねぇな」


「相手の目的が分かりませんが……。

 もしも、そうだとしたら、皇女様がここにずっと留まっている方が危ないということでしょうか?

 いや、だからといって、その光を追っていった先に何があるか、いっそ、全員で、移動してみますか?」


「いや、ここの拠点は出来れば残しておきたい。

 たき火もしてるし、少なからず人以外、ここには、獣なんかは近づかないはずだ。

 安全な場所ってのは一カ所、あるなら残しておくに越したことはない。

 ……そもそも、馬車じゃ、小回りがきかないしな。……馬も夜は休みたいだろう?

 大勢で、森の中を歩き回って誰か一人でもはぐれたら、それこそ大事おおごとだ。

 本当は、俺一人で、様子を見に行くって言えたらいいんだけど。光が見えねぇ以上……」


「……それなら、 私とセオドアで見に行くのはどうかな?」


 ロイとセオドアが真剣に議論を交わし合っている中で、口を挟むのもどうなのかなと思ったんだけど、現状、私にしか淡い光が見えない以上、対処できるのはきっと私しかいないだろうと思って声をかけた。


 私のその一言に、二人の視線が一斉に此方へと向いて……、危ないから、絶対にダメだと言わんばかりに、思いっきり顔をしかめたロイに……。


「少しでも危ないと思ったら、セオドアにきちんと伝えて二人でここに戻ってくる。……ダメ、かな?」


 と、再度、お願いするように私は声を上げた。


 それに対して、ぐっと、ロイが言葉を詰まらせ口を閉じる。


「絶対に危険な真似はしないし、みんなのためにも、それが一番いい考えだと思う」


 そうして、ダメ押しとばかりに声を溢せば、二人の視線が交差して。


 一瞬の間が空いたあと……。


「……どちらにせよ、此処にいても何をされるか分かりませんし。

 現状、それしか方法はないんでしょうね……。ですが、皇女様、どうぞご無事で」


 と、諦めたような口調で、ロイが、心配の色を濃くした言葉を私に伝えてきてくれる。


「夜の森で動き回るのも危険だし、あんま、危ないことはしてほしくねぇんだが。

 ……姫さん、危険を感じたら、俺を盾にしてでもいいから、自分のことだけ考えろよ?」


 それからセオドアに、念を押されるようにそう言われて、私は絶対に危ないことはしないようにすると心に誓って、こくりと頷き返した




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